日々愚案

歩く浄土142:情況論42-さまざまな共同幻想/足下にある危機3

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深海のアルカリ熱水孔で、無機物が有機物になり、以後40億年の生命の歴史が誕生した。この惑星でただ一度だけ起こった原核細胞から真核生物の誕生のシナリオを、『ミトコンドリアが進化を決めた』を書いたニック・レーンがプロトン勾配という概念を使って読み解こうとしている。大胆で斬新で野心的な著作だ。まず細菌と古菌という原核細胞が生命として誕生し、20数億年後、細菌の一種が古細菌の細胞の中で内部共生して真核細胞ができ、多細胞生物が誕生し、性をもつわたしたちにつながっている。リン・マーグリスの『性の起源』を併せ読むと壮大な生命の歴史が一新される。ニック・レーンやマーグリスの生命の分子化学的な解明や生物学的な性の定義がマーグリスたちによって長足の進歩を遂げているが、真核細胞のなかで、ディプロイド細胞が減数分裂してハプロイド細胞になることに生命の複雑性を発見した団まりなの『動物の系統と個体発生』も斬新だった。階層性という概念を導き入れることで真核細胞の性の神秘を団まりなは解明した。生物学的に個体発生は系統発生を繰りかえすことが生物学の知であきらかにされたということだった。ポストモダンの没落以降、1980年代はこの国においては生命科学の知見が思想を代理していた。そういう時代があった。そういう時代の風潮のなかで三木成夫の解剖学的な知見は表現として輝いていた。かれは動物と人間を簡明に定義する。「胃袋とペニスに、目玉と手足の生えたのが動物。その上に脳味噌の被さったのが人間」だという。なんというシンプルさ。抽象の巧みさに驚嘆した。これ以上に見事な定義を知らない。まるで親鸞の遺した言葉のようだ。

いま、わたしがここに存在しているということはこの生命の流れがいちども途絶えたことがないからだ。生命の自然形態は悠久の遷移をくり返し、わたしとして存在している。1+1が2であることを受けいれる理性は生命形態の自然を受けいれることを猶予しない。わたしたちの身体には40億年の生命が記憶されて、天然自然として存在している。廻りには自然を加工した集成材の机と、マイクロチップでくみ上げられたパソコンとオーディオがある。人工物だらけだ。40億年の歳月が凝縮された身体という天然素材と、その身体に貼りついた電子ノイズが〔性〕の発見によって言語として有意味化されたということ。このあたりのことを内包論で書きついでいる。いま、ここに全体性として存在しているこの存在を観察する理性は観念の遠隔対象性にもとづいてさまざまに切り取り再構成する。諸学の知だ。これはそこに課題があるから好奇の念が対象として解明しようとする観念の自動更新であって、それ自体になんら価値はない。ただそういう観念の粗視化によって諸学ができていることはたしかだ。いまは分子記号学とビットマシンのコーディングが興隆しているから、複雑に絡まり合って次世代の知を開発している。そうするとつぎのような好奇の念が自然に発生する。ラボをもたないわたしでもすぐに思いつくことがある。遺伝子を分子の挙動で説明するというのはマクロすぎないか。もっとミクロの素粒子のふるまいから生命現象を説明しないと分子記号学はあまりに粗雑すぎるではないか。観念は不可避にそこへとシフトしていく。観念の自動更新には倫理は内在しないから、観念は不可避にそこへと向かう。そうやって生きているとはどういうことかという根源的な問いは無限に順延される。外延知の宿命だと思う。こういった外延知の伸張には、いつもじぶんがじぶんにとどかない意識が随伴して呼吸されることになる。意識は外延的に表現されるしかないからだ。生命科学がさまざまなことを部分知として解明することはたしかだろう。しかし部分知をどれだけ精密にくみ上げていっても生きていることの神秘には到達しない。なによりわたしはひとつの全体としていまここに存在している。わたしの言葉でいえば根源の二人称のあらわれを生きている驚異を外延的な部分知で再現することはできない。むろん医学知が生や死を解明することは先験的にありえない。もしもわたしたちが科学という宗教に同期することを是とするなら、共同幻想としての生も死も解明され、世界の属躰となることができるわけだ。がんの早期発見・早期治療というだれにとっても善となるような宗教的な概念にわたしたちの日々は晒されている。

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世界は諸学の公認された知が外延されさまざまな自然として織り上げられている。さまざまな自然の色とりどりの織物を世界といっていいほどだ。さまざまな自然を自然だと認識する自然は思考の慣性をもつ。SEALDsの運動が盛り上がっていた頃に思った。安保法制に反対して集まった若者やおじさんやおじいさんのなかにがんである人もいたと思う。安保法制に反対の意を表明する人が、がんを告知されたとする。がん治療に反対の意を表明する人はいるだろうか。ほぼ皆無だと思う。共謀罪には猛烈な反対の意を表明する人も、よかったですね、まだがんは早期だから、いま治療をすれば大丈夫ですよといわれると反対できないと思う。フーコーが考えていたよりもはるかに生権力の心身への浸透は強い。生を管理する権力の凄まじさ。がん治療の患者として医療の属躰になる現実。生は圧倒的に犯されているのに声を上げることができない。声をあげることなく唯々諾々と標準治療を受けいれていく。早期に発見して早期に治療すれば延命できる。治癒するというのではない。思考することを放棄して身をゆだねることを思考の慣性と呼んでいる。そしてこの思考の慣性はまったく自然なのだ。ひとつの例えにすぎないが、まちがったがん治療に身をゆだねるものが反対する共謀罪とはなにか。そのことを改めて問うてみたい。いま、そこにある差し迫った危機として医学知が敷衍された医療がある。それはテロの脅威をはるかに上回る。当事者としてはるかにさし迫った脅威であるにもかかわらずやり過ごされる。ここになにがあるのか。これは一体どういうことなのか。
医学知が表現たりえているかどうかなのだと思う。わたしの知るかぎり、病を表現の概念までもっていくことができたのは免疫学の安保徹だけだと思う。なんどかお会いして話をする機会をえたが、鮮烈な印象があった。ああ、こんな人がいるのだ。免疫学の趨勢は、獲得免疫の説明のしくみがあり、事後的に獲得免疫の方法で自然免疫を説明するというやり方だ。同一性の彼方の事象を同一性の方法によって措定するという矛盾がここにある。突然死した安保徹は、この発想を逆転した。解剖学の言葉で詩を書いた三木成夫の正統的な後継者だった。かれは免疫学の言葉で詩を書いた。もしかすると本人は気づいていないかもしれないが、わたしにはよくわかった。ひとつの途方もない知性が、よくあることだが、世の趨勢のなかで無視された。わたしは生前の安保徹を哀惜し、追悼としてここを書いている。かれは言った。

世の中、医療界だけでなく「専門家」が氾濫しています。「専門家に任せる」という精神は、自分の主体性を放棄した生き方に繋がります。究極には「お国のために死ぬ」といったことにも到達してしまう、それこそ怖い思想なのです。専門家というのは、「そのことしか知らない業界人」です。森を見ず、木の枝葉ばかりにやたら詳しいだけの人種。医師だって同じです。あなたの大事な生命を、たかが医療界の業界人に全権委譲して、身も心も委ねる愚かさ―。そろそろ本気で気がついてもいいころではないでしょうか。言い換えれば、あなたのことを丸ごと知っている人は、この世の中にあなた以外にいないのです。つまりは、あなたの専門家はあなた自身なのです。そのことを、常に忘れずにいてほしいと思います。(『長生き免疫学』)

安保徹は免疫学の方法を表現にすることがだできた。だれがこういうことを言ったか。身体は間違わないという安保徹の根本思想をそのまま引く。

ストレスの危機を乗り越えるための条件として、体は「低体温・低酸素・高血糖」の状態をつくるのです。この状態は解糖系にとっての最高の条件です。その「低体温・低酸素・高血糖」 の条件の下で、それまでミトコンドリアの影響下でやっと分裂しているような世界を解除して、どんどん分裂できるようになったのががん細胞の世界です。ですから、がんは解糖系の細胞としては最高なのです。
「分裂抑制遺伝子の解除」という遺伝子変異が起こるので、「がんは遺伝子病」などともいわれますが、この変異自体が異常なのではなく、適応現象なのです。それは、危機に対処するために、ミトコンドリアによる抑制を解除して、二十億年前の本当の先祖に近づけたということなのです。
ですから、がんが悪いというよりも、むしろ、がん細胞をつくるような適応現象に追い込んだ、その原因である生活習慣に問題があるのです。(『やはり、「免疫力」だ』)

ガンになるということも含め、それは生命の働きの一つです。表面的な善悪の観念をとりはらえば、ガンもまた体の知恵であることがわかってきます。
ガンはストレスによって低酸素・低体温の状態が日常化したとき、体の細胞ががん化してうまれるものです。
ガンは自分の体に悪さをする存在ではなく、生きにくい状況のなかで適応しようとする体の知恵そのものです。低酸素・低体温の状態に適応し、最大限のエネルギーを発揮する存在といってもいいかもしれません。
ミトコンドリアを持っているのは、細胞内に核を持った真核生物(動物、植物、菌類など)だけ。核を持っていない細胞のような原核生物の多くは酸素を必要とせず、分裂だけ、つまり解糖系だけで増殖をくり返します。その意味では、細胞がガン化するということは、低酸素・低体温でも適応できる原核細胞への先祖返りということもできるでしょう。(『人が病気になるたった二つの原因』)

安保徹はがんを悪だとはまったくとらえていない。善悪の彼岸にある生命の適応として病をとらえている。ストレスにながく晒されると、生命は生き延びようとして真核細胞の代謝から原核細胞の解糖系の代謝まで先祖返りするというのがかれの免疫学の詩的な思想だ。斯くしてニック・レーンの生命の起源まで行き着く。40億年のスケールをもった雄大な思想だ。父が医療過誤で後天性血友病になったころ、途方にくれて頻繁にメールや電話で相談し、そのつど、的確に安保さんは応答してくれた。父の死後、音信は途絶えたが、突然、安保さんからまだ生きてますか、ぼくの考えを褒めてくれる本があるということを聞いたのですが、どうすれば手に入りますかと電話があったので、片山さんとやっている緊急討議シリーズの該当する2冊をお送りした。すぐに直筆の礼状がとどき、読んですごくうれしかったです、がんを表現だととらえてくれた片山さんにお礼を申し上げてくださいと書かれていた。鬼籍に入った安保さんと話をすることはできないが、かれの思想はわたしのなかでリアルに生きている。

思考の慣性についてもう少し敷衍する。触った深さとその広がりが世界だ、世界とはそれ以外ではありえないという公理のようなものがわたしのなかにある。なにか確乎とした自己がまずあってその自己が観察する理性を行使して世界を構築するのではない。その意識の呼吸法とはまったく別に根源の二人称の働きによって、いま、ここが現成する感覚。あらゆる制約と余儀なさとはなんの関係もなく、いま、ここがわたしのなかに、ふいに立ち上がる。それは、いつもその都度である。最期のフーコーがつかんだ倫理的活動の核にある他性が喚起する〔主体〕と似ていると思う。この存在の他性によってもたらされる生のことをわたしは根源の性の分有者と呼んでいる。なにかへの過程としてわたしたちは存在しているのではない。観察する理性が自らを知識人と称し、観察する理性が捏造した、あらゆる簒奪の歴史をかたどってきた、大衆という理念の虚妄。この擬制はいつの時代も思考の慣性という共同幻想として存在してきた。なぜこんな自然をながいあいだわたしたちはかたどることになったのか。ほんとうは国家権力がわたしたちの生を損なうのではない。遷ろい、流転する自然を統覚する思考の慣性がわたしたちの生を世界の属躰と化し、その思考の慣性にたいする抗いが内面という自然として表現されてきたのだとわたしは考えるようになった。ふたつの自然は相克するが依然として外延自然に閉じられている。これまでの内包論の考察では思考の慣性とは同一性の謂いにほかならない。

〔補遺〕
安保徹さんの生前、中期の代表作に相当する、パソコンのなかで眠っていた未発表の私訳を掲載する。リンパ球にアセチルコリンの受容体があることを安保徹は新発見した。代表的な論考だと思う。この発見によって白血球が自立神経の支配を受けていることが科学的に解明された。医学の歴史に巨歩を示す。優にノーベル医学賞数回分に匹敵する業績である。晩年の解糖系とミトコンドリア系の仮説は検証されてはいないが壮大な思考実感として存在しつづけるだろう。過日、安保さんに電話し、代表的な論文を送って欲しいと言い、かれから英文の論文が5つ送られてきた。そのうち2本を私訳した。表や図はテキスト文なので省略した。

マウスの末梢リンパ球および胸腺におけるニコチン性アセチルコリン受容体の検証(Clin Exp Imumnol 1997 森崎私訳)

要旨
ニコチン性アセチルコリン受容体のリンパ球における存在については議論の余地がある。私たちはマウスリンパ球におけるnAChRの存在を立証しようと試みた。
ニコチンをマウスの腹腔内に投与すると3日後に脾臓内のリンパ球が増加した。新鮮分離したリンパ球は蛍光色素(フルオレセイン)で標識したα-ブンガロトキシン(αBuTx)を少量抑制したが、培地培養後リンパ球はαBuTxと結合しはじめた。顆粒球とは対照的に、さまざまなリンパ器官より得たリンパ球サブセットはαBuTxと結合することがわかった。リンパ球は筋のそれと同様にnAChR分子を伝達することが、タンパク質と結合したαBuTxの親和性精製により明らかになった。リンパ球がnAChRのαサブユニットmRNAを伝達することも、逆転写ポリメラーゼ連鎖反応(RT-PCR)分析によって示された。これらの結果は、リンパ球は表面でnAChRを伝達し、副交感神経を刺激するとnAChRを通してリンパ球が直接刺激されることを示している。

序論
ニコチン性アセチルコリン受容体のリンパ球における存在はまだ意見の分かれるところである。いくつかの論文によると結合分析や細胞増殖試験によりリンパ球がnAChRを伝達することがわかってきた。重症筋無力症(MG)の原因論の研究に関連して、胸腺コンポーネントがnAChRを伝達しているのかどうかも実験された。nAChRを伝達するのは胸腺や末梢リンパ球だけではなく、胸腺上皮細胞や筋様細胞であるとした研究もある。したがってこのことはまだ意見の分かれるところであり、リンパ球におけるnAChRの明確な実証が必要である。
私たちは本研究でマウスのリンパ球にnAChRが存在することを示そうと試みた。リンパ球は表面でnAChRを伝達し、副交感神経を刺激するとnAChRを通してリンパ球が直接刺激されることを示している。

材料と方法
マウスとニコチン投与
C3H/He マウス(生後6-8週間)を使用。すべてのマウスは新潟大学の動物施設にて特定の無菌条件下で飼育。ニコチン20マイクログラムを腹腔内に投与。

細胞調整
Ficoll-Isopaque勾配遠心分離(1.090)により脾臓単核球を精製。胸腺細胞とリンパ節細胞は胸腺と鼠径リンパ節をそれぞれ裂き、ステンレススチールのメッシュ準備。Percoll勾配遠心分離(100U/mlのヘパリンを含んだ35%のPercoll)により肝臓リンパ球を得た。抹消血液細胞は軟膜(40分間2%デキストラン沈殿)より得た。塩化アンモニウム緩衝液(0.8.% NH4CI-トリス緩衝液, pH 7.6)で汚染赤血球を溶解した。マクロファージは可塑性付着法により脾臓単核球より得た。

免疫蛍光試験
ヘマトキシリン液およびエオシン染色後の細胞塗布標本ではリンパ球と顆粒球とマクロファージは形態的に同一であった。顆粒球とマクロファージはモノクローナル抗体を使用した免疫蛍光試験でも同一であった。顆粒球はGr-1+、マクロファージはMac-1+であった。リンパ球サブセットも免疫蛍光試験で同一であった。T細胞はCD3+、NK細胞はインターロイキン-2受容体β+、ヘルパーT細胞はCD4+、細胞障害性T細胞はCD8+、B細胞はB220+であった。これらの指標に対するすべてのモノクローナル抗体はPharMingen (サンディエゴ CA)から得た。蛍光陽性細胞はFACScan(Becton Dickinson Mountain View CA)で分析した。プロピジウムヨウ化物の陽性死細胞はゲーティング法により除外した。

αBuTxと細胞の結合
C3H/Heマウスから分離した脾臓単核球は10%のウシ胎仔血清を添加したRPMI-1640の培地で培養した。それぞれ一定時間後、細胞を摘出し洗浄した。その後、α-ブンガトキシン(αBuTx)と共役したフルオレセインイソチオシアネート(FITC)(Sigma; 1×10-7M)を4℃30分間細胞ペレットに加えた。洗浄後、FACスキャンでフルオレセイン陽性細胞を分析した。陰性対照として、細胞をαBuTxと共役したFITC染色前に4℃30分間、非標識αBuTx(1×10-4M)の超過分として処理した。

ニコチン性アセチルコリン受容体の親和性精製
脾臓単核球とポリフッ化ビニリデン(PDVF)の細胞膜を結合するために、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)4℃12時間培養した。その後、ウシ血清アルブミン(BSA)を10%含んだリン酸緩衝生理食塩水で塞いだ。(閉じた?)脾臓鍛核球は37℃12時間で培養した。細胞表面タンパク質にするために採取/洗浄後、1.0mg/dlのビオチンヒドロキシsuccimideを含むリン酸緩衝生理食塩水で培養した。nonidet P-40(NP-40)および0.02%のアジドおよび1%のアプロチニンおよび、1mMのジイソプロピルフルオロホスホン酸塩、および5mMのヨードアセトアミドおよび1mMのフッ化フェニルメチルスルホニルを含んだ放射性免疫沈降法で細胞を溶解した。αBuTxのリガンドを精製するためにポリフッ化ビニリデン皮膜に結合したαBuTxで4℃2時間細胞溶解物を培養した。その後、5%の2-メルカプトエタノールの試料緩衝液のドデシル硫酸ナトリウムで95℃5分間皮膜に熱を加えた。ストレプトアビジン結合したホースラディッシュペルオキシダーゼで染色後、増強化学発光(ECL)システムで検出し別のポリフッ化ビニリデン皮膜に染めたドデシル硫酸ナトリウムの存在下で、8%のポリアクリルアミドによって沈殿物を電気泳動した。

アセチルコリン受容体(AChR)とMGN(膜性腎炎)伝令リボ核酸のαサブユニットの逆転写ポリメラーゼ連鎖反応(RT-PCR)
酸性グアニジウムフェノールクロロフォルム法によって5x10_6の細胞または50mgの組織から全てのリボ核酸を分離した。モロニーマウス白血病ウイルス逆転写酵素と37℃のオリゴプライマーを用いてリボ核酸を相補デオキシリボ核酸へ変換した。ニコチン性アセチルコリン受容体プライマーセットのαサブユニットとプライマーを相補デオキシリボ核酸を混ぜた。リボ核酸の調合の整合性を確かめるためにβアクチンプライマーを用いた。ポリメラーゼ連鎖反応は200μgのdNTP(デオキシリボヌクレオチド三リン酸)と2.5U Taqのデオキシリボ核酸(DNA)ポリメラーゼを94℃55秒、33℃30秒、72℃2分間のサイクルで30回繰り返して行われた。反応混合物の一部は2%のアガロースゲルで分離し、エチジウムブロマイドで染色した。

統計分析
差異は分散分析(ANOVA)法により統計的に分析した。

ニコチンのマウス腹腔内投与により引き起こされるリンパ球増加
ニコチンをC3H/Heマウスの脾臓に腹腔内投与すると、リンパ球が3日間で増加することを発見した。(表1)しかし顆粒球への影響はわずかであった。従来型のCD3+T細胞の数は2倍に増えたが、IL-2Rβ+NK細胞の増加はより小さかった。CD4+とCDE8+T細胞サブセットは両方とも増加した。

リンパ球の前培養によるαBuTx結合を促進
新鮮分離した脾臓リンパ球はαBuTxと結合したフルオレセインイソチオシアネート(FITC)を少量抑制するが(厳密にはニコチン性アセチルコリン受容体のαサブユニットを抑制)、37℃のウシ胎子血清10%を添加した培地での培養後αBuTxと結合し始めた。30%の陽性細胞に関しては培養後12時間で最大数であった。12時間後の染色プロファイルは図表2に示した。
FITCとαBuTxが特異的に結合したか調べるために、非標識のαBuTxでブロック実験を行った。(図表3)αBuTxと結合したフルオレセインイソチオシアネート(FITC)で染色する前に、4℃30分{1×10-10ー1×10-4M}の濃度の非標識のαBuTxで細胞を培養した。10-5Mの濃度において、FITC-αBuTx結合の80%以上がブロックされた。

さまざまな白血球およびリンパ球サブセットにおけるnAChR分布
リンパ球サブセットまたは白血球(T細胞、B細胞、顆粒球、マクロファージを含む)のどのタイプの細胞がニコチン性アセチルコリン受容体を伝達するのか調べた。αBuTxと結合したFITCおよび抗白血球抗原と結合したフィコエリトリン(PE)およびプロピジウムヨウ化物の3色に分けて染色した。プロピジウムヨウ化物に陽性反応した死細胞は除いた。ゲート法により、CD3+T細胞およびB220+B細胞で22-25%の陽性細胞が明らかになった。対照的に、Mac-1+マクロファージはかなりの割合の陽性細胞を含んでいた一方で、Gr-1+顆粒球はほとんど伝達しなかった。(図表4a)
さまざまなリンパ器官からリンパ球を調達した場合(未熟T細胞を含んだ胸腺でさえ)、それらはすべてnAChR+を含んでいる。(図表4b)成熟CD3high細胞に加えて未熟CD3-およびCD3+細胞も、nAChR+細胞を同程度に含んでいることがわかった。

リンパ球からのnAChRの分離と識別
私たちはnAChR分子をリンパ球表面から分離することを試みた。(図表5a)αBuTxと結合したPDVF(ポリフッ化ビニリデン)の細胞膜を使用してnAChR分子の親和性精製を行った。陽性対照は筋肉抽出物で(列3)、陰性対照はBSA(ウシ血清アルブミン)にのみ結合した細胞膜を使用した沈殿物である。12時間の前培養で55000-59000MW(β、δ、εサブユニット)および52000MW(αサブユニット)のタンパク質を脾臓リンパ球から取り出した。この結果は筋肉抽出物と一致した。新鮮分離した脾臓リンパ球はわずか52000MW(重量平均分子量)帯域(?)しか示さなかった。
ニコチン性アセチルコリン受容体(nAChR)および膜性糸球体腎炎(MGN)の伝令リボ核酸(mRNA)αサブユニットはリンパ球が生産しているのかどうかを逆転写ポリメラーゼ連鎖反応法を使用して実験した。腎臓(陰性対照)および筋肉(陽性対照)から得た結果を並べて示した。筋肉だけでなくリンパ球もニコチン性アセチルコリン受容体(αサブユニット)および膜性糸球体腎炎の伝令リボ核酸を生産することが証明された。DNA塩基配列決定法により、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)の生成物は正に周知のニコチン性アセチルコリン受容体の伝令リボ核酸であることを裏付けた。

考察
本研究において、さまざまなリンパ器官および分離された事実上のニコチン性アセチルコリン受容体の分子のリンパ球にニコチン性アセチルコリン受容体が存在することを証明した。(本研究において、さまざまなリンパ器官にニコチン性アセチルコリン受容体が存在することを証明し、事実上のニコチン性アセチルコリン受容体の微粒子を分離した。)成熟T細胞/B細胞および未熟T細胞/B細胞のいずれでもニコチン性アセチルコリン受容体が伝達されたが顆粒球の大部分では伝達されなかった。ニコチンの投与が脾臓でのリンパ球増加が引き起した。従って、リンパ球がその表面でニコチン性アセチルコリン受容体を伝達し、そのニコチン性アセチルコリン受容体を通じて副交感神経から直に刺激を受けることを示ししている。一方で、顆粒球はα/β-アドレナリン受容体を伝達することが知られている。このことから免疫システムは自律神経機能の元で調節されている可能性があるといえる。
なぜαBuTxと共役したFITCの結合がリンパ球培養を増加させるのかは十分にはわからないが、用量依存法で非標識αBuTxで前培養したリンパ球がαBuTxと共役したFITCの結合を妨げるためαBuTxの結合は受容体に特異的であると言える。ニコチン性アセチルコリン受容体は培養中にリンパ球において誘発されると私たちは仮定した。いくつかの種類の細胞は培養中、全く刺激を加えない状態でニコチン性アセチルコリン受容体を伝達することが報告されている。この現象ははリンパ球におけるニコチン性アセチルコリン受容体にも当てはまるかもしれない。
リンパ球、特に胸腺細胞にニコチン性アセチルコリン受容体が存在することは重症筋無力症(MG)の原因を理解する上でも重要である。この分野の研究者は患者の血清が抗nAChR抗原を含んでいることをすでに立証している。これらの抗原は筋肉のニコチン性アセチルコリン受容体のみならず胸腺細胞のそれにも反応するようである。胸腺摘出が重症筋無力症の患者に有効であることが報告されている。このことは重症筋無力症の抗nAChR抗原に反応する抗原を生産する主要な臓器が胸腺であり、胸腺細胞が筋肉nAChRの自己免疫反応を促進する主要な抗原であるという仮説を裏付けている一方で、その他の胸腺上皮細胞や筋様細胞などの胸腺細胞がnAChRを伝達することも報告されている。抗nAChR抗原の標的細胞に関するさらなる研究は重症筋無力症の患者の自己免疫メカニズムを理解する上で有益である。

謝辞
本研究は一部日本文部科学省の助成金によって行われた。原稿の準備においてkyona kimuraに感謝する。

図表1 
マウスへのニコチン腹腔内投与による脾臓内リンパ球増加症の誘発。生後8週間のC3H/Heマウスに20μgのニコチンを腹腔内投与/示された日数でのリンパ球、顆粒球、およびさまざまなリンパ球サブセットの数。投与3日後にリンパ球増加症が見られた。3匹のマウスの+1サンプルデータの平均を示した。

図表2
αBuTxとリンパ球の結合。培地での前培養後の結合の時間動態(右)。(時間当たりの増加数)3つの実験のサンプルデータ(SD)の平均値を示している。染色プロファイルも示した(左)。陰性対照は染色前の非標識αBuTxの超過分として処理したリンパ球である。

図表3
αBuTxと共役したFITCの結合は非標識αBuTxでの前培養により抑制した。脾臓リンパ球は37℃12時間培養した。洗浄後、染色前の示された濃度のαBuTxで4℃30分間細胞を培養した。3つの実験のサンプルデータ(SD)の平均値を示している。

図表4
さまざまな細胞分画でのnAChR陽性細胞の割合比率。(a)脾臓のさまざまな細胞分画でのnAChR+細胞 (b)さまざまなリンパ器官でのnAChR+細胞 (c)胸腺での成熟/未熟T細胞サブセットαBuTxと共役したFITCおよびモノクローナル抗体と共役したフィコエリトリン(PE)およびプロピジウムヨウ化物の3色染色を行った。ゲート解析によりモノクローナル抗体と共役したフィコエリトリン(PE)とプロピジウムヨウ化物陰性細胞分画を表した。陰性対照は染色前の非標識αBuTxの超過分として処理したリンパ球である。

図表5
リンパ球におけるnAChRの直接同定。(a)マウス脾臓細胞からのnAChRの親和性精製。脾臓リンパ細胞からの細胞表面タンパク質(2)および筋肉抽出物(3)αBuTxへの反応は示されたように促進された。(b)さまざまな細胞および細胞組織におけるnAChRおよびMGNのαサブユニットの伝令リボ核酸の実証。さまざまなリンパ器官からのリンパ球において、nAChR(870 bp)およびMGN(600 bp)のαサブユニットのポリメラーゼ連鎖反応(PCR)の生成物が検出された。

 

自己免疫疾患の免疫学的病態(Imunologic Reserch 2005 森崎私訳)

<Key Words>
Autoimmune disease(自己免疫疾患)
Extrathymic T cells (胸腺外分化T細胞)
Autoreactivity(自己応答性)
B-1cells(B-1細胞)
Immunosuppression(免疫抑制)

概論
 これまで、自己免疫疾患の免疫学的病因と病態においては、肝臓や腸、外分泌腺に存在する胸腺外分化T細胞についての熟考がなされないまま議論されてきた。それというのも胸腺外分化T細胞には自己応答性があり、またしばしば、自己抗体産生B-1細胞と同時に活性化されるので、これら胸腺外分化T細胞とB-1細胞は自己免疫疾患の免疫学的病態について考察する際にはともに議論にのせられるべきものである。
 自己免疫疾患の免疫学的病態は老化や慢性GVH疾患、マラリヤ感染症などとよく似ている。すなわち、これらすべての状況下で、通常のT細胞やB細胞はどちらも胸腺の萎縮や退縮に伴ってより抑制される。それとは対照的に胸腺外分化T細胞とB-1細胞はこのとき反対に活性化される。
 これらの事実は、自己免疫疾患の免疫学的病態が、胸腺外分化T細胞と系統発生のうえで原始リンパ球である自己抗体産生B-1細胞の概念が導入されることによって、再評価されるべきものであることを示唆している。

序論
 通常のT細胞、B(B-2)細胞に加えて、胸腺外分化T細胞と自己抗体産生B(B-1)細胞は、過去20年間(1-4)にわたって研究されてきた。系統発生の見地から、通常のT細胞やB細胞は人間が陸上に出現した後、外部からの抗原を処理するために生じたと考えられてきた。確かに、通常のT細胞は胸腺内の禁止クローンの自己攻撃を排除するための仕組みの一部として発達した(5-7)。
 一方、胸腺外分化T細胞は、禁止クローンを排除するのではなく、むしろ異常細胞または変性した自己細胞を攻撃するさらに原始的な免疫系を構成している(8-9)。しかし、これら胸腺外分化T細胞と自己抗体産生B-1細胞があまりにも増大しすぎると結局自己免疫疾患を引き起こす。その代わり、胸腺外分化T細胞の適度な増加は、マラリヤのように細胞内にいる病原体を防御するにあたって重要な役目を果たす。
 これら胸腺外分化T細胞と自己抗体産生B-1細胞の概念の導入なしには、自己免疫疾患やマラリヤ感染症、慢性GVH疾患、悪性疾患などの多くの疾患同様、妊娠中の免疫動態についても正しく理解することは出来ない。

胸腺外分化T細胞と自己抗体産生B-1細胞
 胸腺外分化T細胞が存在する主な場所は腸(1-2)、肝臓(3,4)、子宮(13)、関節(14)、そして外分泌腺である。これらのT細胞は脾臓や、通常のT細胞とB細胞が主に存在しているリンパ節では極端に少ない。
 通常のT細胞は、通常のB細胞が骨髄で生成されるのに対して、胸腺内で生成される。
 胸腺と骨髄は人間が陸上に出現した後に発達したものであるから、より古い免疫系は腸、肝臓(これは腸から発達したもの)、そして外分泌腺(例えば、唾液腺、顎下腺、涙腺)であるということは容易に推測できる。
 もうひとつの古い免疫システムは、B-1細胞が最も多い腹腔である(16,17)。
 いずれにしても、胸腺外分化T細胞とB-1細胞の自己応答的な性質は、原始的なリンパ球の特性の一つである。
 最も古いリンパ球は、T細胞受容体(TCR)、主要組織適合性抗原(MHC)、抗原、もしくは免疫グロブリンを利用しないNK細胞である。
 マウスの場合、T細胞中の自己応答性禁止クローンは特異的なVβs(内因性のスーパー抗原Mlsに対して)の使用によって認められる。もちろん、自己応答性禁止クローンは、胸腺内におけるT細胞の分化という大きな流れの中では負の選択の過程で排除されてしまう(5-7)。
 他の研究は、このような自己応答的Vβsが通常のT細胞上ではなく胸腺外分化T細胞上に、主に存在するということを明らかにしている(8-9)。
 他の証拠は、胸腺外分化T細胞と自己抗体産生B-1細胞が同時に活性化されるということである(10-12)。例えば、変性した肝臓組織がマウスに注入されたとき、胸腺外分化T細胞とB-1細胞はどちらも肝臓と腹腔内でそれぞれ別々に活性化される。これらのリンパ球は、胸腺内萎縮が生じたときにはいつでも変性自己細胞を取り除くために重要な役目をもつ。言い換えれば、通常T細胞と胸腺外分化T細胞は相反的に活性化される。
この免疫抑制はたびたび顆粒球増多に伴って引き起こされる。

T細胞分泌におけるもう一つの胸腺内経路
 変異T細胞経路の本流は胸腺の内部に存在している(図1)。この経路の主な変異領域は、前駆細胞(TCR-CD4-8-)に由来する胸腺の皮質部分であり、多くの二重陽性表現型(TCRdullCD4+8+)をもった多くの免疫T細胞でもある。それらはいずれもアポトーシスのもとで前駆細胞から自ら分化するが、一方でこのような細胞のわずかな割合だけが成熟したT細胞(TCRhighCD4+またはTCRhighCD8+)となる。アポトーシス中に、自己攻撃禁止クローンは自己抗原の複合体やMHCとの相互作用によって排除される。成熟したT細胞はその後、末梢の免疫器官に分配される。
 T細胞変異の本流の他にもう一つのT細胞変異の胸腺内経路が胸腺にあることが発見された(図1)。このもう一つの経路の大部分は骨髄にある(8,9)。この図表に示されているように、この個体群の表現型がまさにCD4lowNK1.1+TCRint細胞(それはNKT細胞である)になるのである。他の半分の個体群は二重陰性(CD4-8-)NK1.1-TCRint細胞となる。
普通の状態にある若いマウスにおいて、このもうひとつの経路に属しているリンパ球(TCRintIL-2Rβ+)は胸腺内リンパ球の総数のわずか1-2%を構成しているにすぎない。しかしこの割合はTCRintIL-2Rβ+細胞がストレス抵抗性であるために、胸腺が萎縮する時に増加する。
 もう一つの胸腺内経路を介して生成されるTCRintIL-2Rβ+(NK1.1+もしくはNK1.1-)細胞の表現型は肝臓に存在する胸腺外分化T細胞に似ている。胸腺と肝臓の両方にあるTCRint細胞は系統発生における原始T細胞であることが推測される。胸腺皮質は鰓器官そのものに起源を有するので内胚葉の上皮細胞を含んでいるのに対して、胸腺髄質は鰓器官の裂け目にその起源があるので外胚葉の上皮細胞を含んでいる(18)。鰓器官の裂け目が皮膚(外胚葉)にある原始リンパ球を獲得したのであろう。したがって、胸腺髄質は依然として原始リンパ球を有しており、腸と同じように肝臓の場合も同様である。

NK1.1-TCRint細胞とNK1.1+TCRint細胞の関連性
肝臓と胸腺の両方にあるTCRintIL-2Rβ+細胞はNK1.1+とNK1.1-のサブセットを含む(19)。
換言すれば、TCRintIL-2Rβ+細胞はNK1.1+TCRintサブセットとNK1.1-TCRintサブセットの半々の混合体である。
興味深いことに、無胸腺ヌードマウスは、NK1.1-TCRint細胞だけを持つ(図2)。
TCRintIL-2Rβ+細胞は加齢もしくはIL-12注入によって膨張する。
しかしながら、これらすべてのT細胞はNK1.1-TCRint細胞である。
IL-12を注入された無胸腺マウスにはNK1.1+TCRint細胞の小さな個体群がある。
これらのNKT細胞はすべてCD8+であり、すなわち、それらはCD4+表現型とα14Jα281の使用を伴う通常のNKT細胞ではない(20)。
その後の研究は、NK1.1+TCRint細胞(それはNKT細胞である)とその前駆細胞が胸腺において発生することを明らかにした(21-24)。
しかしながら、成人胸腺摘出で、肝臓におけるNKT細胞の数の減少はみとめられなかった(25)。
NKT前駆細胞が新生児期に肝臓に宿ることと、成年期に肝臓に存在するこのような前駆細胞からNKT細胞が発生するということが考えられる。
すべてのNK細胞、NKT細胞、NK1.1-TCRint細胞は、悪性腫瘍(26、27)、マラリヤに感染した肝細胞(12、28、29)、変性自己細胞(10)に対して自己応答的である。
NK細胞はMHC-自己細胞(または自己喪失)に対する自己応答性に介在している。
NKT細胞は一部の糖脂質抗原(α-glactosylceramide)(30-32)から構成されていることが知られている。
一方では、NK1.1-TCRint細胞は、肝細胞や自家胸腺細胞の再生作用をもつこれらの細胞毒性を兼ね備えている(33、34)。
これらすべての原始リンパ球は、異常自己細胞または先天性免疫のような再生型の自己細胞を排除するのに重要であると推測される。
もし、NKT細胞が増殖性の通常T細胞と相互作用しあうとすれば、このようなNKT細胞は、一部の自己免疫疾患モデルに見られるような調整リンパ球の役割を担うことになる。

腸内T細胞
もともと原始リンパ球は消化管と皮膚で系統学的に発生してきたと考えられている(18)。
上部消化管(それは鰓である)で発達したリンパ球は胸腺で通常のT細胞になり、同時に下部消化管(それは腸と肝臓である)で発達したリンパ球は腸内T細胞と肝性T細胞となったのである。
腸内T細胞と肝性T細胞の間には、どちらも胸腺外分化T細胞であるにもかかわらず、その性質においては類似性と相違点が見られる。
マウスでは、腸内T細胞がTCRhighを持ち、NK1.1抗原はない(41-47)。
それらはIL-2Rβ+とIL-2Rβ-の混合体である。
マウスの小腸では、IL-2Rβ+T細胞の大部分はγδT細胞であり、同時にIL-2Rβ-T細胞の大部分はαβT細胞である。
マウスでは大腸(48)と虫垂(49)は胸腺外分化T細胞の独特の類型を持つ。
大腸には通常見られないNKT細胞があり、それはNK1.1+CD8+T細胞(通常のNKT細胞では見られるが、これらではVα14Jα281は普通見られない)を含んでいる。
虫垂にはB220+T細胞がある。
人間の場合では、胸腺外分化T細胞は、CD56+T細胞、CD57+T細胞、もしくはCD161+T細胞(50-57)と確認されている。
換言すれば、胸腺外分化T細胞は細胞表面上にNKマーカーを送り込む。
CD56+T細胞は肝臓に豊富であり、CD57+T細胞は骨髄と関節に豊富であり、そしてCD161+T細胞は人間の腸に豊富である。

自己免疫疾患
自己免疫疾患は血清内の自己抗体が上昇するという特徴をもつことが知られている。
人間においては、自己抗体に加えて胸腺外分化T細胞(e.g.,CD57+T細胞)も同時に上昇する(52)。
マウスの場合、自己免疫NZB/WF1マウスのモデルに見られるように、胸腺外分化T細胞(この場合はNKT細胞)とB-1細胞もやはり活性化される(図3)。
発病(i.e.,タンパク尿症)の後、NKT細胞の割合と絶対数は肝臓において広がりを見せる(矢印によって指示される)。
この時、胸腺萎縮もしくは胸腺退縮が発生した(図4)。
これとは全く対照的に、原始リンパ球の数は、肝臓、脾臓、腹腔において広がっている(PEC)(この場所のB-1細胞)。
これらの結果はすべて、自己免疫疾患では、原始T細胞とB細胞は活性化された状態にあり、通常T細胞とB細胞はこれとは逆に抑制された状態にあることを示唆している(11)。
重症筋無力症(MG)(人間における)やMRL-lpr/lpr自己免疫疾患マウスのようなある種の自己免疫疾患に見られる胸腺過形成がなぜ起こるのかという疑問が湧いてくる。
これは、MG患者(61)やMRL-lpr/lprマウス(62)の胸腺内にある原始T細胞の増殖に起因している。
どちらの場合においても、胸腺髄質の過形成があり、そこでは外胚葉の上皮細胞が存在し、そして原始T細胞(それはNK1.1-TCRint細胞である)が増殖している(63、64)。
通常のT細胞の分化が起こる皮質部分は、これらの疾患においてはむしろ萎縮していく。
総合すると、自己免疫疾患の免疫学的病態は、通常T細胞、B細胞の免疫抑制の状態にある。

他の状況下でみられる自己抗体産生
高齢者では血清中の自己抗体が上昇値することが知られている(65-70)。
これに関連して、単鎖DNAに対する自己抗体(抗核抗体)の血清中濃度が100歳以上の老人において測定された(図5)。
DNAに対する自己抗体の上昇値は100歳以上の人々において明らかにされた。
すでに報告したとおり、100歳以上の老人の末梢血において胸腺外分化T細胞(CD56+T細胞とCD57+T細胞)の値は上昇を示した(71)。
胸腺退縮がある高齢者には胸腺外分化T細胞と自己抗体産生B-1細胞の上昇を認めることが結論づけられる。
この状況はまさに自己免疫疾患でみられるものとよく似ている。
慢性GVH症もまた、血清中の自己抗体の値が上昇を示すことが知られている(72、75)。
さらに、胸腺外分化T細胞は骨髄移植後(BMT)の慢性GVH症を伴ったマウスで増殖することが発見された(11、76、77)。
このとき胸腺萎縮もまた慢性GVH症マウスにおいて見られる。
人間では、慢性GVH症の症状は、下痢、肝炎、外分泌腺の炎症を含むことが知られている。
これらすべての部位は胸腺外分化T細胞が最初に存在したところである。
似たような症状は自己免疫疾患の場合に観察される。
これらすべての事実は、自己免疫疾患だけでなく慢性GVH症もまた自己応答的胸腺外分化T細胞の賦活化によって誘発されることを示している。
マラリヤ感染症の場合、多くの患者が血清中の自己抗体値を上昇させていることが報告されてきた(78-82)。
この事実は、われわれの研究においてマラリヤ感染マウスで確認された。
胸腺外分化T細胞の活性化もまた、マラリヤ感染マウスで発見される(12、28、29)。
これらの結果はマラリヤ感染症もまた胸腺外分化T細胞と自己抗体産生B-1細胞が関与する事例であるということを示唆している。
これらの原始リンパ球の自己応答性がマラリヤに感染した肝細胞や赤血球と相互に作用し、その結果マラリヤからの防御をもたらすに至ると結論づけられる。
自己応答性は、この場合の細胞内感染の防御にとっては効果的なものである。

深刻なストレスと感染による免疫抑制
最近の一連の研究において(83-88)、われわれは通常のT細胞とB細胞の免疫抑制と原始T細胞とB細胞の相反的な免疫亢進がマウスと人間でどのようにして引き起こされるのかを詳細に調べてきた。
マウスに拘束することでストレスを与えると深刻な胸腺萎縮と同時に、通常のT細胞とB細胞の抑制を末梢血で引き起こす(89)。
このとき、マウスの中では胸腺外分化T細胞の活性化と自己抗体の産生がしばしばに起きる(90)。
仮に、人間の場合を考えると、先に述べた免疫抑制は、結果的にウイルス感染(おそらく、単純ヘルペスウイルス、帯状疱疹ウイルス、EBウイルス、乳頭腫ウイルス、パルボウイルスなどのような常在ウイルス)によって起こる。
自己免疫疾患に罹った多くの患者は、この疾患の発症時に深刻なストレスと、風邪のような感染症状を経験している。
別の重要な証拠はストレスにさらされたマウスと自己免疫疾患に罹った多くの患者の末梢血に顆粒球の上昇をみること(顆粒球増多症)である。[e.g.,慢性関節リウマチの患者(RA)](表1)
この表に示されるように、RA患者の末梢血において顆粒球増多と同様に、リンパ球減少(すなわち、通常T細胞とB細胞の値の低下)も見られた。
顆粒球の過剰活性化は、超酸化物の生成によって、組織や細胞の損傷をもたらす(91、92)。
これらの炎症状態では顆粒球と同様にマクロファージもIFNγ、TNFα、IL-1、1L-6などのような炎症性サイトカインを産生することが知られている。
これらすべての反応は、自己免疫傾向のマウスや自己免疫疾患、膠原病の患者に見られる。
最後に、ストレスや感染が交感神経の緊張やコルチゾール分泌を引き起こすことは強調されるべきことである。
自律神経の状態と副腎皮質系の活性化が、通常T細胞とB細胞の免疫抑制と原始T細胞、B細胞の相反的活性化と同時に起こることは確立されている(93)。
最近のリポートで、シュワルツとコーエンは自己免疫反応それ自体が、ストレスや感染によって誘発される異常自己細胞あるいは異常組織を排除するのに効果的であろうという仮説を立てている(94)。
われわれもまた、原始T細胞、B細胞の介在によって惹起される自己応答性の適正な水準が、ストレス、感染症や細胞内感染などから生物を守るために欠かせない要素だと考える。

結論
自己免疫疾患の免疫学的動態には、系統発生における原始リンパ球であろう胸腺外分化T細胞と自己抗体産生B細胞がからんでいる。
深刻なストレスとその後の(ウイルス)感染症が、原始リンパ球の活性化を介して自己免疫疾患の発生に関わっていると考えられる。
このような時、顆粒球もまた活性化された状態にある。
顆粒球は組織損傷と関連しており、またそのように損傷された組織が次には、続いて自己応答型の胸腺外分化T細胞と自己抗体産生B細胞の活性化を引き起こすのであろう。
通常のT細胞とB細胞は、胸腺萎縮あるいは退縮にともなって免疫が抑制された状況となる。
同様の現象は自己免疫疾患に限らず加齢、慢性GVH症、マラリヤ感染症などにも見られる。

謝辞
この研究は日本の文部科学省から出されている科学研究補助金によって援助された。
著作者たちは原稿準備をしてくれたカネコユウコさんに感謝の意を表する。

図1:胸腺におけるT細胞分化の本流ともう一つの経路の図解。
   胸腺はT細胞分化の本流ともう一つの経路の両方を構成している
図2:ヌードマウスの胸腺に見られるT細胞はNK1.1-TCRint細胞である。
すべてのIL-2Rβ+CD3int細胞はNK1.1-CD8+であった。
    IL-12注入によりNK1.1+CD3int細胞の小さな割合が肝臓において現れた。
しかしながら、これらの細胞はCD8を伝達する独特のNKT細胞であった。
図3:自己免疫NZB/WF1マウスの肝臓におけるNKT細胞の拡大。
   (A)CD3とNK1.1に対して2色の色を付けた
   (B)NKT細胞の絶対数。疾患が始まると、NKT細胞(CD4+Vα14Jα281+)が肝臓内で広がった。
図4:疾患が始まった自己免疫NZB/WF1マウスにおいて胸腺退縮が見られた。
疾患が始まると、肝臓と腹腔においてリンパ球の絶対数が増加した。
これとはまさに対照的に胸腺細胞の数は著しく減少した。
図5:100歳以上の人々の血清中の変性DNAに対する自己抗体の増加レベル。
100歳以上の人々(n=20)と中年の人々(n=8)が検査された。  
表1:RA患者の血清中の顆粒球とリンパ球
   

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