日々愚案

歩く浄土31:共同幻想論の拡張4

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掟、習俗、默契という共同幻想が禁制の形をとって生まれ、国家という起源をもったところで『共同幻想論』の考察はひとまず終わっています。つづきはマス・イメージ論やハイ・イメージ論として構想されました。
『共同幻想論』には生身の吉本隆明の戦中や戦後の経験が生きていましたが、『マス・イメージ論』や『ハイ・イメージ論』を展開するときには吉本さんは観察する理性の人だったのかもしれないと、ふと思うことがあります。『マス・イメージ論』や『ハイ・イメージ論』にはかれの生身性を感じませんでした。俯瞰して現在を分析しているようで、言葉にノリがなかったのです。釈然としないままに『マス・イメージ論』や『ハイ・イメージ論』を読んだ人もいたのではないかと思います。

もしそうだとすると、共同幻想が共同幻想をなぞっているだけではないのかという根深い疑問が襲ってきます。むしろこう問うてもいいかもしれない。共同幻想というくびきは、寄る辺なき生を生きる者にとっての伝統という故郷ではないか、と。共同幻想は、絶えず不安と恐怖にさらされて生きてきた人々に不可避な自然ではなかったのか。精神の避難場所ではなかったのか。共同幻想があることによって生をしのいできたのではなかったのか。生活の知恵としての共同幻想ということではなかったのか。
さらに疑念がつのります。あらゆる共同幻想が消滅すべきということはどういうことなのか。吉本隆明はこの根源的な問いを抱いて共同幻想のしくみを解明しようとし、解き尽くさぬまま果てたように、わたしには見えます。

大規模な世界の改変は皮肉なことにグローバリゼーションによって遂行されようとしています。そこでなされようとしているのは生をモナドへ分解しあらたに再編することです。ハイテクノロジーと結合した金融工学や生命工学がそのことを可能とする世界をつくりつつあります。この転換の規模はかつての大戦が無条件降伏を受けいれて再建に向かったねじれをはるかに上回るものとして現前しています。そうです、黒船と戦後をどうじに迎えていることにひとしいのです。生きていることが分子のレベルまで分解され生が分子の記号から説明されるようになりました。未知を解明しようとする観念の遠隔対象性が止むことはなく、解読した成果をまた認識にとっての自然とみなし、さらに自然を刻みます。
この果てしない流れのなかでわたしたちの生も説明されるようになります。不可避のことだということは理解できますが、生きていることと、ハイテクノロジーの進展とはまったく次元の違うことです。この圧力に抗し,未知の生をつくることができるか。わたしは可能だと思っています。ひとりでもできます。もしわたしにおいて可能なら、そのことはだれにでも可能です。内包の論考をすすめるのはわたしにとってそういうことなのです。

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晩年の吉本さんは世界の大変動を感知して知の大転換を果たしました。それが『マス・イメージ論』や『ハイ・イメージ論』とそれ以降の『母型論』や『アフリカ的段階』という著作です。もはや吉本さんには大衆の原像を繰りこむという理念はまだるっこしいものとしてありました。理念としての大衆を帰りがけの思想で実現することにすべてを賭けたのです。『共同幻想論』が1968年に、『マス・イメージ論』は1984年に刊行されました。仮にかれの共同幻想論を前期と後期にわけると、後期の共同幻想論には前期にはなかった世界視線という概念が登場しています。後期の共同幻想論に著しいのは歴史に関与する意志を重層的非決定という認識のもとに留保していることです。

世界の変貌に直面して、吉本さんは大衆の原像という理念を世界視線という概念につくりかえました。世界視線を繰りこめ得ない思想は生きられないと感じたのです。純度100%の自己表出そのものとして世界視線はできています。たくさんの考えることがこの知の転換のなかにあります。彼の思想は世界に投げ出されたままであるという印象を持っています。まっとうな批評も評価もないままです。

『どこに思想の根拠をおくか』の冒頭でインタビュアーが吉本隆明に訊きます

 人間は生理過程の矛盾を不可避的に「観念」として疎外する、という考察は、もしそうありえたならば動物のままのほうがよいのだ、という考えにつながっていないでしょうか。つまり、幸福か不幸かという対の意味とは違うとは思いますけれど、人間の本質は〈不幸〉なものであるという認識がそこにあるように思うのです。

答えて吉本隆明は言います。

 もしそう思うならば、人間の本質は〈不幸〉なものだとおもいます。この〈不幸〉の内容は、つぎのように要約されましょう。
 ひとつは、いったん〈人間〉的な過程に入った人類は、人間のつくる観念と現実のすべての成果(それが〈良きもの〉であれ〈悪しきもの〉であれ)を、不可避的に蓄積していくよりほかにないということです。つまり〈人間〉を制度的にも社会的にもさらりとやめて、〈動物生〉に還るわけにはいかないということです。いいかえれば、人類の現在性を〈離脱〉した〈生〉は不可能ということです。(略)
 第二に、人間は、他の動物のように、個人として生きたいにもかかわらず、〈制度〉、〈権力〉、〈法〉など、つまり共同観念を不可避的に生みだしたため、人間の〈不幸〉は、個人と共同性とのあいだの〈対立〉〈矛盾〉〈逆立〉としても表出せざるを得ないという点です。(略)これらが、人間の本質が〈不幸〉ことの内容だとおもいます。ただ、この〈不幸〉は、〈不幸〉なことが識知された〈不幸〉であるために,究極的には解除可能な〈不幸〉ではないでしょうか。(「どこに思想の根拠をおくか」8~9p)

不幸であると認識するということはその根因である共同幻想を究極的には解除できることにつながると見解を述べています。わたしはこの考えにはおおきな空隙があると思います。人間の本質が不幸であるとすれば、認識された不幸は究極的に解消することができると吉本隆明はいっていますが、違うのです。吉本隆明の思想の未然がこの表明にあるのです。吉本隆明が究明し尽くしていないことがここに隠れています。
共同幻想によってしばられることを制約だと感じる個人がいるとして、そのことと共同幻想を消滅させるということのあいだには目の眩む千里の径庭があります。吉本さんの思想に反して、人間にとって自己が自然であるのとおなじように共同幻想も自然であるということです。同一性を認識の自然とするかぎり自己幻想も共同幻想も人間のつくった不可避な自然です。生の余儀なさや制約であるとどれだけいってもこの自然は変わりようがないのです。
天皇のためになら死ねると思い決めた精神の不如意から身を起こし、共同的なものより個人の恣意性を優先するという吉本さんの生身性が情況への発言にありました。個人の私性を断固として擁護したのです。そのモチーフが共同幻想論として発現されたのです。前期の共同幻想論にはかれの息づかいを看取できます。わたしたちはかれのその激しい息づかいに惹きつけられたのです。それが正しいか間違っているか関係ありません。解釈を拒む言葉の強さが当事の吉本さんにありました。格好よかった。

願望や渇望や熱い意志がどれだけ語られても自己幻想が共同幻想と矛盾・対立・背反するという理念を梃子にして共同幻想を消滅させることはできなかったと思います。生にとって不可避であった共同幻想という自然がなくなることはないからです。国家の本質が共同幻想であるとしてもこの認識で共同幻想をなくすことはできません。ある共同の掟がしばりの多いものであれば支配者はそれをなんとか改良します。それは人々の生活の知恵です。これを無視すれば秩序は成り立ちません。宗教から法・国家へと馳せ昇った共同幻想の高度化はそういうものとしてあります。観念の遠隔対象性も自然であれば実現された共同幻想も自然です。

なにが問題なのか。自己という自然と共同幻想という自然をともに包むもうひとつの自然があります。吉本隆明の大衆の原像から「大衆」を抜きとり、生の原像を還相の性で生きるとき、自己は領域としてあらわれ、領域としての自己のなかに自己という自然と共同幻想という自然は包み込まれます。わたしの内包論では根源の性の分有者ということになりますが、外延論の世界では自己は領域としてあらわれます。この領域としての自己では、自己の生存の形式は自然的な自己でありながら、どうじに性を含みもちます。それ自体としての領域として自己は生きられるのです。

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吉本隆明は歴史の動因を「大衆」の「やり過ぎてしまう」そのありかたに視ています。

大衆は、その〈常民〉性を問題にするかぎり、その時代の権力に、過不足なく包括されてしまう存在です。だから大衆的であること自体はなにも物神化すべき意味はないとおもいます。そしてこのような存在であることは、そのまま時代の権力を超えてしまう可能性に開かれている存在であることをも意味しています。つまり権力に抗いうるという可能性というよりも〈権力に包括されすぎてしまう〉という意味では、権力を超えうる契機をもっている存在だということです。だからあらゆる〈政治的な革命〉は、大衆の〈され過ぎてしまう〉から例外なく始動されてゆきます。終わりをまっとうするか、〈過不足なく包括され過ぎる〉ところに還ってしまうかは、このような大衆の存在自体からはなにもでてこないこともあきらなのですが。(略)
人間の観念にとって真に志向すべき方向への自覚的な過程は、逆に、大衆の〈原像〉(社会的存在としての自然基底)を包括すべく接近し、この〈原像〉を社会的存在としての自然な基底というところから、有意味化された価値基底というところへ転倒することにあるようにおもわれます。
人間の生き方、存在は等価だとすれば、その等価の基準は、大衆の〈常民〉的な存在の仕方にあるとおもいます。しかし、この大衆の〈常民〉性を、知識の空間的な拡大の方向に連れ出すのではなく、観念の自覚的な志向性として、この等価の基準に向って逆に接近しようとする課題を課したとき、この等価の基準は、価値の極限の〈像〉へと転化します。これは、実感的にも体験できます。一般的には、生れ、成長し、婚姻し、子を生み、老い、死に、その間に風波もなく生活し、予め計算できる賃金を獲取し、子に背反され老いるという生涯について、人々は〈空しい生〉の代名詞として使おうとします。けれど、経験的には、こういう云い方は虚偽であることがわかります。人間の生涯の曲線は、どんな時代でも、こういう平坦な生き方を許しません。大なり小なり波瀾はどこにでも転がっていて、個人の生涯に立ち塞がってきます。だから、人間は大なり小なり平坦な生き方の〈原像〉からの逸脱としてしか生きられません。
この逸脱は、まず、生活圏からの知的な逸脱としてあらわれ、また、強いられた生存の仕方の逸脱としてあらわれます。そうだとすれば、かつてどんな人間も生きたことのない〈原像〉は、価値観の収赦する場所として想定してよいのではないでしょうか。(同前 10~11p)

のちに晩年の吉本さんの思想では実感的な基底としては「アフリカ的段階」へと拡張され、現在の表現概念として「世界視線」という無限遠点からの観察する理性をつくりました。スキャナで読み込み、字の間違いを修正しながら、吉本さんの方法は古典的だなあとあらためて思いました。マルクス主義からの自立思想をめざしていたことは理解できますが、古典的すぎます。いや、違う。この頃の吉本さんの言葉には力が漲っていました。
消費社会が興隆するなかでのちに知の大転換をしながら吉本さんは空しかっただろうなと推測します。晩年の仕事にもおおきな知性を感じることはできますが、どこにも生きられる生はありませんでした。大衆を語るのではなく、かれがじぶん自身を生きればよかったのです。大半の人は目先の実利でしか動きません。昔も今もこれからも変わらないと思います。そしてマスとして登場するときおうおうにしてやり過ぎます。このあり方に思想の基準も価値もありません。あるはずがありません。それは外延的な自然それ自体です。そういうふうにはどうしても生きることができないありかた、それをわたしは固有の生と名づけて生きてきました。大衆や常民の原像から「大衆」や「常民」を抜いて、喰い、寝て,念ずる生の原像を生きればいいだけではないか。
特殊な共同幻想だと吉本さんが考えた対幻想を、共同幻想への媒介になる節目とみるのではなく、還相の知で拡張すればよかったとわたしはおもいます。生の原像を還相の性で生きるときはじめて出来事を俯瞰する権力から解かれて固有の生がそこに現成します。根源のつながりを生きるとはそういうことです。ここに当事者ということのほんとうの意味があります。

もう少し言えます。吉本さんの思想は禁止と侵犯という同一性の思考に閉じられています。主観と客観という分別でもいい。自己幻想と共同幻想という対位でもいい。閉じた思考です。ここを突破しようとさまざまなことが思考として試みられました。ユングの元型、ヴァイツゼッカーの円環構造、ライアル・ワトソンの生命潮流、西田幾多郎の自己の中の絶対の他、道元の思想も、対象と対象を視ている自己との空隙を埋めようとする試みです。自己を対象の中に融即することは、それぞれのやり方でできています。対象と対象を分別するものは不一不二の関係であることを発見しています。わたしはこの達成にもおおきな不満があります。かんたんにいうと、一を多に融即することしかできていません。一は共同性の多に隷属します。自己と共同性を不一不二といっても天意自然なりという自然を拡張することができないのです。それはあるがままの自然を受容することと同義です。

わたしの知りえたかぎり、ただひとり、親鸞だけがこの不一不二を切断し他力で包みました。親鸞にもやり残したことがあります。わたしは親鸞の未然をさらに拡張しようとしています。わたしは内包で、自己と性が不一不二であること示し、根源のつながりと分有者の関係が不可逆であることを、言葉として言おうとしています。内包存在を数学が扱うことは原理的にできません。同一性はとても制約された表現の形式です。同一性はある根源から流れ下ったひとつの思考です。そこに未知の生はありません。

吉本さんの思想におおきな影響を与えたのはマルクスであり、シモーヌ・ヴェイユであり、親鸞であり、三木成夫であることを知っています。たとえばマルクスの『経哲草稿』。初期のマルクスはそのなかで、男性の女性にたいする関係は人間の人間にたいする関係であり、それは人間の自然にたいする関係とおなじであることを喝破しました。ほんとうは男性の女性にたいする関係のありようをそのまま資本論として記述すればよかったのです。人間が自然に働きかけると不可避に自然から反作用をうけることをかれは同一性に基づいて記述しました。関与的な存在のありようをそのまま資本論として表現していればかれの思想はべつの形をとったと思います。
あの偉大なマルクスも微分学が登場したときその数学の手法に驚き、微分係数は分数とどう違うのか『数学手稿』で真剣に書いています。つまりかれも当事の先端数学の成果をじぶんの思想の取り入れようとしました。ヘーゲルの『精神現象学』にもいま読めば荒唐無稽で滑稽なことがたくさん書かれています。しかしそのマルクスでさえもある前提がありました。お金は貯めて増やすという自然を前提としています。かれは偏った富の分配のしくみをかえれば人々は楽な生活をすることができると考えたのです。当事は無視されましたがゲゼルの減価する貨幣という考えは魅力的です。だれも考えつきませんでした。ケインズはいち早く気づきかれの経済学に取り入れ名声を得ました。

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こうやって吉本隆明の共同幻想論を拡張する方法を扱いながら、それでも、吉本隆明の言葉には生きていることがあります。かれは生涯、弱者を実体化することはありませんでした。生の恒常性においてしかひとはつながることはないと言いつづけました。そういうかれはいまでも好きです。かれにとって弱者は内在するものでした。

このような人間の歴史的な過程が、さまざまな時期に、さまざまな形でなされた抗議の表出にもかかわらず、不可避的に、現在の〈世界〉、〈制度〉をもたらした側面を認識するならば、この不可避性を止揚する過程もまた、普通考えられているよりも、遙かに困難な、そして、過程を誤りなく踏むことを必須とするはずです。つまり、すべての個人としての〈人間〉が、或る日、〈人間〉はみな平等であることに目覚め、そういう倫理的規範にのっとって行為すれば、ユートピアが〈実現する〉という性質のものではないということです。(『どこに思想の根拠をおくか』9p)

むきだしの生存競争という世界の無言の条理の現前するなかで、吉本隆明のこの言明は依然として有効です。そのことに同意したうえで、わたしはかれの言説の彼方をめざしています。

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