日々愚案

歩く浄土132:内包贈与論12-カール・マルクス考12/価値形態論について3

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わたしたちは、マルクスの使用価値を指示表出に、交換価値を自己表出に読みかえて、指示表出と自己表出で織り上げられた言語の表現理論が『言語にとって美とはなにか』であることを知っている。お訊きしたい。自己表出の意味を理解した人がいるだろうか。わたしはわからなかった。ソシュールもマルクスの『資本論』の価値形態論を読みかえて言語学をつくった。吉本隆明の自己表出の定義はつぎのようなものである。

 ひとつの作品から、作家の個性をとりのけ、環境や性格や生活をとりのけ、作品がうみ出された時代や社会をとりのけたうえで、作品の歴史を、その転移をかんがえることができるかという問題である。いままで言語について考察してきたところでは、この一見すると不可能なようにみえる課題は、ただ文学作品を自己表出としての言語という面でとりあげるときだけ可能なことをおしえている。いわば、自己表出からみられた言語表現の全体を自己表出としての言語から時間的にあつかうのである。(吉本隆明『言語にとって美とはなにか』)

わたしは吉本隆明の言語の表現理論を拡張したくてむかしつぎのように考えた。わたしの理解では吉本さんは自己表出という概念のむなしさを補うものとして消費社会の高度化を説明する「世界視線」という概念を編み出したが、この概念はかれのなかの空虚を昂進した。

 ぼくだったらべつの機軸をもうける。吉本隆明とは逆に「ひとつの作品から、作家の個性をとりのけず、環境や性格や生活をとりのけず、作品がうみ出された時代や社会をとりのけず、作品の歴史を、その転移をかんがえることができるかという問題」だという具合に。そのためには吉本隆明の自己表出を内包表出に、自己表出としての言語の全体を内包表現と呼べばいい。(「メモ1991年」)

このメモを書いてずいぶん時間が経ったからべつの言い方もできる。吉本隆明は言語の表現理念を往相の過程で叙述した。マルクスの自然哲学が行き途の世界構想であったように。親鸞は自然を自然法爾(じねんほうに)の還相廻向として生きた。親鸞が生きたその場所で歩く浄土が可能であれば、800年の時空を隔てた、いま、ここでも可能である。時代や社会の違いも、個性や環境や性格や生活の違いはいくらでもある。それにもかかわらず自然法爾は可能である。根源の性の分有者が可能な、この場所で、システムはいつも超えていることにおいて超えられている。「そうしてあなたは自分でも気づかずに/あなたの魂のいちばんおいしいところを/私にくれた」(谷川俊太郎)

人間が社会的な存在の彼方に内包的な存在として存在しているということについて触れた文章をふたつ取りあげる。むかし書いたコメントもそのまま貼りつける。

①彼はあらためて赤ん坊を見た。もう思い出せないくらい遠い過去に遡って、赤ん坊はずっとそこにいたような気がした。赤ん坊との関係で、彼は自分が、けっして関与することのなかった過去へ向かって投げ出されているのを感じた。記憶の外にある過去の暗闇から、赤ん坊は周作を見つめていた。その遥かな場所から、赤ん坊は現在と未来の彼を間いつづけていた。周作には、この小さな生命の何ものであるかを名づけることはできない。逆に、一個の小さな生命が、彼の何ものであるかを絶えず問いつづけているのだった。
 赤ん坊は瞬きもせずに、じっと見つめている。不意に周作は、見られることによって、自分が選ばれた者になった気がした。誰からともなく選ばれて、ここにいるような気がした。赤ん坊との関係で、彼は自分という存在にたいして、いまはじめてピントが合うのを感じた。目の前にいる赤ん坊にたいして、周作は自分以外の何者でもありえなかった。他の誰も、彼のいる場所を占めることはできない。この場所は、広大な宇宙のなかでただ一箇所、彼だけのために用意された場所だった。暗がりのなかから見つめる二つの目が、そのことを果てしなく肯定していた。(片山恭一『もしも私が、そこにいるならば』所収「九月の海で泳ぐには」225~226p)

〔コメント〕以前この作品を雑誌で読んだことがあり、この箇所を記憶していました。それで片山さんに本を送ってもらったのです。とても好きな箇所です。なにかわたしが考えてきたことと似た感触があります。おそらくレヴィナスはこういうことが言いたかったのだと思います。「赤ん坊は瞬きもせずに、じっと見つめている」、これがレヴィナスのいう他者です。この視線によぎられることによってはじめて自己の各自性が生まれるのです。けっして自己は自明で実有の根拠ではないのです。よぎられるという受動性の賜物です。レヴィナスの「自我は起源に先立って他者へと結びついている」ということはこういうことなのです。目の前の赤ん坊にたいして、かれはじぶん以外の何者でもなく、他の誰もかれのいる場所を占めることはできません。それはかれだけのために用意されているのです。この場所はけっして共同化することができず、それ自体としてあります。そしてこのときひとはだれも同一性の彼方を生きているのです。
 存在の彼方からの襲来とか、存在の背後の一閃とか、いつもすでにそのうえに立っている、それがあることによってはじめてヒトがひととなったシンプルな情動とか、いろんな言い方をしてきましたが、根源の性とはそういうことです。作品の主人公は、自己以外の何者でもなくかれ自身でありながら、けっして共同化できないそれ自体としてどうじに〈性〉なのです。根源の性の分有者が外延論理で一人称であるとどうじに二人称であるということはそういうことです。この反復をくり返すなかにゆるやかな内包親族論とでも呼ぶものがしだいに輪郭をもってきます。もっとも中心的な概念は、根源の性を分有する分有者に内在する還相の性ということになります。それは表現論としてのみ可能です。(「歩く浄土6」)

②ぼくはこの本を「自閉症」という生をうけた一人の女性がある〈根源的な感情〉を通じて、意識すると否とにかかわらずぼくたち一人ひとりがいつもすでにその上に立っている世界のもっともシンプルな熱をみずから手に取り、ひとであることの原義を発見していくこころの成長物語として読みました。ドナの『こころという名の贈り物』は衝撃でした。ドナの「わたしは人に属する」「わかち合う」という〈ことば=感情〉は、ぼくの内包という概念と重なると思えたのです。いまでもその驚きを憶えています。

やがてドナは決定的な出来事に襲来されます。「首筋に、寒気が走り始めた。わたしは紙とクレヨンをつかんだ。全身をつかまれてしまう前に、わたしは急いで紙に書く。『大丈夫、わたしは戻ってこられる。大丈夫、わたしは戻ってこられる。大丈夫……』。体は、まるで大地震の時のビルのように、ぐらぐらと震え出す。歯は、猛烈な勢いでキーをたたいているタイピストのような音をたてて鳴る。体中の筋肉という筋肉が、わたしの命を絞り出してしまおうとするかのように、収縮する。やっとその収縮がおさまると、ついに『大波』がぶつかってくる。何度も、何度も、何度も。悲鳴でのどが張り裂けそうになるが、叫びは決して外へ出てゆくことができず、押し戻されて爆発し、心の中で反響する。『息をして』。合い間に、ふと声が聞こえた。わたしは深く息を吸い、一定のリズムで深呼吸を続ける。なんとかわたしは、襲撃をしのいだのだ」「真っ暗な底なしの無の世界の主が、わたしを連れ去りにくるという、身も凍るような、泣き叫びたいほどの発作の正体は、このあふれ出した感情だったのだ。そしてそれは、うれしさから怒りまでのあらゆる感情によって、引き起こされていたのだ」ドナの身も凍るようなパニックはおそらく人類史の初期を生きたひとびとが体験したことに違いありません。自然と戯れていた太古の面々に感情ということばが、ことばという感情が宿った瞬間に比喩されていいかと思います。ついにドナに、未明のひとびとに、〈つながり〉が自覚されたのです。ドナの生涯にとっての、人類にとっての大いなる一歩が踏みだされました。そしてついにドナはじぶんが人に属していることを発見します。感情の発見から「帰属感」までは一瞬でした。感動的なクライマックスです。そしてその発見は同時に存在を分有することの発見でした。(『guan02』137~138p)

引用①や②を私自身の体験をなぞりながら内包的な表出という概念を取りだしてみる。自己であるまえに〔性〕であると内包論で考えた。

内包的な表出という概念を手にするまでに長い歳月がかかった。熊本の田舎少年が博多に出ていろんなことにもまれ体験を重ねていった。わたしは部落解放運動に深く関わり、壊滅的な出来事に遭遇した。苛烈だった。百億の夜に千の閂が掛けられた。そこに千の可能性がある。そのひとつをわたしは生きている。吉本隆明の共同幻想という思想に支えられて孤絶した闘いの総過程は完遂された。そのときの生存感覚はわたしの皮膚感覚として焼きついている。苛烈のただなかで熱い自然に触り、その驚きを内包論として構想しはじめた。この時期に徒手空拳で闇夜の手探りをつづけていたように思う。1974年、20代の中頃にノートしていた部落解放運動についての覚え書きが偶然編集者の目に触れ、1980年、ある雑誌に掲載された。そのときわたしはすでに歴史の未知を感受していた。ロックを聴きながら倉田令二郞さんから数学基礎論の手ほどきを受けていた。

確かに受感されながらも明確にはことばを与えることのできない、歴史の未知のもたらす異様な感性の根拠を〈疎外〉の質的変容にもとめようとしてここまできた。経験や感性にどれだけ論理の筋目をつけることができたかはよくわからないが、〈疎外〉の質的変容が人間の自己意識、観念のありようそのものの変容を強いているようにかんじられることだけはまちがいないものと思われる。自然過程として不可避に疎外されたこの〈疎外〉が根源のところで尖端的自己意識や現実過程におそらく人類史の規模で未知の〈生き難さ〉を発現しているということができるだろう。情況としていえばこの歴史の未知のもたらす感性と日本的なものと二重化されたところに修辞的な現在を自体的に表象させている。自己表現としての歴史の内部ではナショナルなものの横への拡散の極限とある対応をなして恣意的感性すらが解体的に浮遊させられている。しかしこの非戦後的戦後はある抽象をほどこせば別であるがナショナリズムの連続性という単一の時間でつかむことはできないようにおもわれる。もうひとつ別の時間軸を導入することが必要である。ぼくたちはこの〈疎外〉の根源に垂鉛をおろすためにまだ視えないいくつもの迂回路を経なければならないだろう。いまはじめてぼく自身の68年~の政治的運動や部落解放運動への関与は体験のことばから戦後の時間の拡がりの中へでていこうとしている。歴史の未知にぼくたちのナショナルな体験をうまく接続することができるか。(『乾坤』8号所収「〈部落〉の背景・〈感性〉の現在」)

果てしない争闘がこの後もつづいた。『guan02』から貼りつける。

たとえどんな生涯であれ代理不能のふかく刻みこまれた固有の体験というものがある。それは言葉に最も遠い場所だ。書けぬことも書かぬこともある。〔おれは人間ではなく〈おれ〉である〕という表現の格率から、〔わたしは〈性〉である〕という内包の知覚に至る、わたしの三〇年を賭けて、原口論考の感想を走り書きする。一人でながいあいだ戦争をやった。時代がうねって渦巻いた、避けようのない、昏い、仁義なき戦いだった。船戸与一や笠井潔やトマス・ハリスの小説よりもサイコでハード・ボイルドだった。終戦も手打ちもどこにもなかった。じぶんのすべてを賭け、殺されても殺してもゆずれないこととしてそこを潜るほかなかった。不意の一撃にそなえ全身を眼にした二四時間。麻紐の滑り止めを巻きつけた一尺の肉厚鉄パイプをブルゾンの袖にしのばせ、灼熱の夏にボルトナットを縫いこんだ皮手袋を身につけ重ねた十数年。それがじぶんがじぶんであることのすべてだった。書くということはどこか遠い世界の出来事だった。そうやって十数年を生き延びた。それでもアタマのなかが一瞬で真っ白になる出来事のまえでおれは能面になった。迂闊だった。書かぬことも書けぬこともある。一九八六年、三六の歳だった。自殺する人がやたら元気に見えた。じぶんがそこらに転がっている石ころとおなじみたいで一切の感情がなくなった。コトバも消えた。死でさえ余裕がありすぎた。おれたちの連合赤軍としてひきうけた一九七三年春の昏い衝撃も吹き飛んだ。Jumping Jack Flash! そしてわたしはビッグピンクにさわった。そこから内包表現論をはじめ、一〇年が過ぎた。(「熱くて深い夢―中村哲論」1996年)

『乾坤』に書いたときは内包に遭遇していなかった。自己意識の外延的な表現の範型からこの文章は書かれている。引用の言葉でいえば「〔おれは人間ではなく〈おれ〉である〕という表現の格率」に相当する。いわゆる内面化というものだ。「〔わたしは〈性〉である〕という内包の知覚」は内面化できない。それは内面化も共同化もできない名づけようもなく名をもたない生のリアルだった。それがどういうことであるかつかもうとした試みが内包論だと言える。吉本隆明の対幻想という認識に収まるようなものではなかった。それがあることによって自己も共同性も包まれてしまう生の奇妙さ。ここをていねいにつかみだせば世界は一気にひろがることになる。一心にこのリアルを言葉にしようとした。『情動の思考』を書いたドゥルーズはわたしと似たようなことを言っている。「あるいはむしろ、つねにフーコーにつきまとった主題は、分身(double)の主題である。しかし、分身は決して内部の投影ではなく、逆に外の内部化である。それは〈一つ〉を二分することではなく、〈他者〉を重複することなのだ。〈同一のもの〉を再生産することではなく、〈異なるもの〉の反復なのだ。それは〈私〉の流出ではなく、たえざる他者、あるいは〈非我〉を内在性にすることなのだ。重複において分身になるのは、決して他者ではない。私が、私を他者の分身として生きるのである」(『フーコー』)かれにあっても「外」という超越が意識の外延的な形式で語られている。同一性をふりきろうとしてふりきれないもどかしさがかれのなかにある。そうではない。あるものがそのものに融即するから、事後的にあるものがそのものとして立ち上がるのである。この生の驚異を根源の性の分有者と名づけた。神や仏という超越は内包存在の痕跡として同一性的に表現されたものにすぎない。意識の内面化はある符牒を共同性へと通約する。ここにマルクスが解明できなかった交換や貨幣や資本という共同幻想の秘密がある。マルクスは解けない主題を解けない方法で解こうとした。神や仏でもなく意識より深いリアルがある。むろん無意識でもない。それらは外延表現であり外延自然にすぎない。この領域をそれ自体として取りだすこと。そうすれば親鸞の自然法爾の先にすすむことができる。

    2

内面化も共同化も不能の意識は自己表現によって措定することはできない。意識の内面化という行為のなかには共同性へと共約する符牒が潜んでいる。この符牒によって人格を媒介とした間違った一般化が起こる。内面化と共同化は人間が長い狂乱の歴史のくり返しのなかで身につけた生活の知恵のようなものだとわたしは考えている。国家が巨大な権力だとすればこの内面化もまたそびえる権力を自然の暴威から身を護るようにして遮光した権力である。文学がどれほど深遠にみえても間違った一般によって共同性へと導かれる。意識の外延的な表現の途につくかぎり内面化と共同化は一対のものとして、表現者の意図と関係なくそういうものとしてある。これがわたしたちの知っている内面化と共同性の理路と言っていい。内面の文学があることによってこの世の仕組みは予定調和的に支えられる。わたしはこのすでにある意識の形式を、意識の第二層と呼んできた。民主主義という共同幻想もグローバルな経済もこの意識に閉じられている。〔ひとりでいてもふたり、ふたりでいてもひとり〕という意識のありかたは、内包的な存在が存在しないことの不可能性として表現されている。この意識の領域をとりあえず意識の第三層と名づけてみる。意識の第二層の表現は内面という規範に根拠をもつ。この意識の第二層に、たとえば、ヘーゲルの即自・対自(向自)や正・反・合という弁証がある。生きることがままならぬということは、ことさら厳めしい物言いをしなくても、失敗・反省・納得という体験知としてだれでも知っている。生はいつも同一性をはみだしている。生はいつも意識の弁証法などという観察する理性の賢しらさをはみだしている。ヘーゲルの弁証は存在を同一性によって粗視化した典型的な論理式であり、観念の粗視化のひとつとしてあるにすぎない。生きているということはこの論理式をはみだすということだ。同一性とヘーゲル的な自意識は極めて相性がいい。国家という外延権力に抗する内面もまた共に制度にほかならない。約めていえば意識の外延表現は意識の第二層までしかくることができない。わたしたちの知る知はここにみごとに閉じられている。親鸞が流罪から赦免されて俗名を与えられたとき、すでにして親鸞は僧にあらず、しかも俗にあらずとつぶやいたとき、内面の自力作善は突き破られていた。わたしは、生きられる生の未知は意識の第三層にあると内包論で考えた。意識の第三層は何処にあるのか。広義の〔性〕に、他者を自己のうちに認める情動のなかにある。同一性の空洞やニヒリズムはこの場所でだけ消える。そしてこの不思議はだれのなかにも内属している。

したがってつぎのようにいうことができる。〈対の内包像〉によって微分された〈わたし〉が、クラインの壷の曲面をなぞるようにして〈あなた〉へと反転する《関係》の全体を内包表現と呼ぶ。この表現理念によってわたしたちはひかえめに、しかしはっきりと〈内包表出〉という〈関係の表出概念〉を手にすることができる。これはわたしたちによってはじめて言われることである。また、「表出史」という概念が自己意識の外延的表現からみて可能だとするならば、内包表出史という概念が自己意識の内包表現として可能となる。ひとびとがどちらの表現理念を善しとするか、もちろん恣意に属する。あたかも数という概念のうちで自然数や有理数が相互に併存しうるように。ただ、どちらが拡張された表現型であるか、そのことははっきりしているようにおもわれる。(『内包表現論序説』166p)

個人や自己のなかにはつながりが内包されて(うめこまれて)おり、そのことにおいてつねに自己は自我を超えて存在しています。自己と他者が〔一〕において不一不異であり、しかし、この結びつきを分けもつことにおいて分有者は、つながりと初めて不一不二なものとなり、分有者につながりの大洋感情が到来するのです。このつながりは二つの分有者によって分けもたれるのですが、しかしそのままに〔一〕です。そこに人間の根柢があります。つながりから自己がでてくるにもかかわらず、分有された自己のままに内包存在を生きることができるという驚き。つまり、あるものが他なるものと融即することがなければ、あるものがそのものに等しい(自己同一性)ということはけっして起こりえません。重なり融即することから身を引き剥がすときにはじめて同一なるものへの回帰が可能なものとして到来します。それが自己同一性の本来の意味です。しかし事はそうかんたんではありません。同から他への過ぎ越しに目を奪われて足元の同がおろそかになるのです。西田幾太郎もレヴィナスもここをやり損ねました。

西田は自己の中の絶対の他を手がかりに、自と他の絶対矛盾的自己同一を叙述するのですが、同という内包存在の分有された潜勢力は、自己の中の絶対の他ということで言い尽くされるようなことではありません。このあいまいさが自然や国家への融即となるのです。この意識の型は主観的にはどうであれ権力としてあらわれます。すでに歴史として体験しています。

〈ある〉のざわめきを抱えつつ西欧哲学の辺境を生きたレヴィナスは自我と自己を同一のものとみなすことが惹き起こした地上の簒奪の歴史を撃つことに性急なあまり、自己に帰還しない自我のあり方を存在の彼方という言葉で語りました。それは画期的なことでしたが、起源に先立って他者へと結びつけられている自我という概念にのこされたあいまいさが、他者の複数性をまえにしたとき、「判断と正義」を要請する矛盾に直面します。この思考の型では情報機関のモサドは現実的には容認されます。自我の起源に先立つ結びつきは端的に存在の彼方であり、そのことにおいて自我はすでに自我を包越しているのです。自我が起源に先立つものに結びつくやいなや自我は自我という言葉ではもはや語りえないのです。なぜこんな簡明なことを彼が見逃したのかわかりません。彼にとって〈ある〉のざわめきがすでにしてイリヤだったということでしょうか。いくつもの自我があるのではありません。同一性の謎は彼らにあっても剔抉されていません。あるものがそのものに等しいことを自己相等(自己同一)といいますが、あるものを往相廻向とすれば、そのものは還相廻向として、あるものに重なるのです。神秘です。そしてここにこそ意識の第三層があるのです。内包論がなしえたひとつの達成だとぼくは考えています。(『Guan02』140~141p)

人類史の転換は意識の第三層を生きることでおのずともたらされるとわたしは考えている。出来事を本質的に語ることはとりもなおさず状況的であり、状況を語ることはそのまま出来事を本質的に語ることであるという思想の方法をわたしたちが手放すことはない。
貨幣は身体の延長であり、その身体が心をかぎっているとしたら、貨幣は心の延長である。こころが身をかぎり、身が心をかぎる、その心身一如を所有するものを自分だとみなしたとき、生命形態の自然が環界を巻き取り粗視化するのは必然だった。ここに精神の古代形象の原型がある。それにもかかわらず性は内包表現として太古の面々のなかに気づかれることもなく内挿されていた。

マルクスにとってたったひとつあった思想の可能性。男性の女性にたいする関係のなかに本質的で直接的な関係があらわれると言いながら、この初源の関係を括弧に入れて外延化して、さらに人間の人間にたいする関係へと外延し、それはどうじに人間の自然にたいする関係であるとした。ほんとうは男性の女性にたいする関係は内包であるにもかかわらず人間と人間の関係や人間と自然の関係を外延して自然哲学をつくり、人間の個的な存在は社会的であると錯認して外延表現の極北を実現した。わたしはマルクスの思想の未然のなかにマルクス主義の無惨が胚胎することになったと内包論で考えている。マルクスの思想的な負債は「社会」主義としてその後も受け継がれている。いや、「社会」主義的思想の変態がマルクス主義であったのかもしれない。いずれにしてもこれらの理念は人格を媒介にしてしか表現されなかったと言える。

マルクスさん。あなたがいまわたしの目の前にいるとしてお訊きします。あなたは人間と自然の相互規定としての疎外という信の立場から疎外された人間の労働を資本家階級から取り戻すことで「歴史は人間の真の自然史」たりうることを『資本論』として書きましたね。あなたは始めからボタンを掛け違えています。あなたが生きた自然は外延自然であり、外延自然であるかぎり適者生存で世界の無言の条理は存在しつづけます。そうではないのです。人は存在の根柢において二人称なのです。根源の二人称を同一性という認識の下で自己として引きうけても、人は根源において二人称だから、人間と自然の関係は疎外ではなく〔表現〕としてあらわれる。相互規定は表現なのです。根源の性を分有する生のあり方からだれが一体なにを奪うことができるのでしょうか。なにひとつ奪うことはできない。親鸞はそのことを自然法爾と言った。この驚きを内包表現としてわたしは名づけてきた。だから私性を物神化した貨幣は交換ではなく贈与としてあらわれるほかない。マルクスさん、おわかりですか。(カール・マルクス考 了)

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