日々愚案

歩く浄土225:アフリカ的段階と内包史13

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生の固有性を当事者性として生きるとき、体験の渦中にあってその体験を俯瞰することはできない。わたしは体験として当事者性を生き、体験の当事者性が生みだしたさまざまな歪みを体験の当事者性のど真ん中で開こうとした。体験とはなにか。あまりに生と分かちがたく結びついているので体験を知の場所から語ることができなかった。それがどういうことであるのかをじぶんの言葉でつかむのにほぼ半世紀を要した。語りえぬ体験を共にした無限小の者には、内包の概念の当否ではなく、なぜ内包という考えにたどり着いたのか、切れ切れの吐息のようなものは伝わると考えている。それは知の言葉ではない。むろん達観や悟りや回心という自力の信でもない。内包は世界へのひとつの態度である。どんな自力廻向も自己を表現する便法である。内包は自力のはからいとは深淵をもって隔たっている。この深淵をじぶんの言葉で表現するのに長い歳月がかかった。自力という内面を内包化することでしか内包というリアルをつかむことはできない。それがどれほどシンプルなことであるか繰り返し述べてきた。自力のはからいで世界や生を解釈するどんな知も内包というリアルを手にすることはできないと思う。自力廻向では文明の外在史と精神の内在史という外延知に閉じられた思考の慣性までしか来ることができない。文明の外在史と精神の内在史という思考の慣性とはべつの気圏がある。わたしが総表現者というとき、生の体験は、意識が外延的に表現された知によってつかむことはできないことを前提としている。もしも無限小の読者に内包の気息が伝わるとしたら以て瞑すべしだと思う。親鸞より近い仏を親鸞が親鸞として生きるとき、親鸞はこの絶対的気息のことを他力や自然法爾と名づけた。わたしは親鸞の還相廻向をわずかにふくらませて他力や自然法爾を還相の性へと拡張した。内包は還相の性を第十八願とする。ひとりの読者をもつことは世界を手にすることにひとしい。

国家は宗教的信の残滓であり共同の幻想である。おなじように民主主義も人格を媒介にした宗教的な信がかたどられた共同の幻想である。大衆の原像はどうか。大衆を媒介にする思想も宗教である。自己幻想とつるんだ共同幻想であると内包論で考えた。衆を媒介に表明されるあらゆる幻想は共同主観的現実として表現されるほかない。どんな例外もない。なぜか。個人としての個人と家族の一員としての個人と社会の一員としての個人がそれぞれ異なる観念の位相をもつことを統覚する観念が同一性だからだ。マルクスのイェニーさん問題と島尾敏雄のSさん問題はあらわれかたの違いがあるようにみえて意識としてはまったく同型なのだ。人間が取りうる観念のなかで性的な観念だけが同一性の祖型となる。べつの言い方をする。自己幻想も共同幻想も自力廻向だからだ。むろん個人としての個人の内面を共同幻想に還元することはできない。あるいは共同幻想を自己幻想に還元することもできない。ではそれぞれの観念を相互に還元できないという考えはなにを帰結するか。あるものがそのものに等しいことを記号A=Aという観念の切断力によって腑分けすることができないということだった。内面の表現でもここまではこれるが、意識の起源の闇に行きあたる。だからこのはじまりの不明はニヒリズムとなる。意識には深淵な空隙があるということだ。底のみえない空虚は神や仏という超越によって充填された。わたしたちの知るあらゆる観念は同一性を暗黙の公理として表現されてきた。それが人類史だと言える。これまでの内包論の考察で同一性の祖型となる観念が還相の性であることを明らかにしてきた。同一性は還相の性の身体的な表現にすぎなかったわけだ。わたしたちは個人としての個人の観念を実有の根拠として世界を表現してきた。この世界ではたしかに自己幻想は共同幻想と背反するようにあらわれる。なにが自己幻想と共同幻想の背理を埋めるか。大衆であると仮構された。牧歌的な社会思想が勢いをもった時代もあるが、マルクスや吉本隆明は解けない主題を解けると錯認した。個人としての個人の内面がすでに社会化された共同幻想にすぎないことをかれらは洞察することができなかった。言うまでもないことだが、マルクスや吉本隆明の思想が、ある時代の趨勢のなかでの象徴的な思考にすぎないことも、知が権力にすぎないことも、内包論では考え尽くされている。

国家や民主主義が宗教の遺制である共同幻想だとして、共同幻想を相対化し、共同幻想を死滅させる媒介となる大衆の原像という理念がなぜ共同幻想にすぎぬのか。わたしじしんの生の経験に即して考えてみる。吉本隆明の知識人の課題という考えが20歳の頃からずっとわからなかった。抱え込んだ厄介なことに対象的になろうとするときに、大衆の沈黙を有意味性として繰り込むことが知識人の課題だという考えはなんの役にも立たなかった。出来事から身を引き剥がすこともできずにそのさなかにあるとき肝心な言葉が消滅し、知的な課題がどうであるかなど考える余裕はない。内面化も共同化もできない出来事に遭遇するとはそういうことだ。厄介な出来事を自業自得で抱え込んで絶息したとき、体験を知的な課題へと抽象することができなかった。体験したことを俯瞰し意味づけることができなかった。吉本隆明が体験した現人神体験とわたしの部落解放運動の体験は違うような気がした。吉本隆明の体験は言葉がまったく無力であるという体験ではなかったとわたしは思う。なにかとても余裕のある観念的な障害感だった。否定性に充ちた「マチウ書試論」の思想としての底の浅さにそのことをみることができる。なんという余裕。なにか決定的な体験の違いがあるという気がしてならなかった。世界を抽象する言葉の網の目があまりに粗すぎる。語りうることが語られているにすぎない。もっと踏み込んで言えば、吉本隆明の言葉には深さがないように思えた。わたしが部落解放運動に深く関与した体験と吉本隆明の生き神様体験はおおきくずれている。わたしが抱え込んだことを吉本隆明の思想で解決できなかった。大衆の原像もまた制度を相対化する共同幻想にすぎないのではないか。まるで腑に落ちない。大衆の原像というものなどない。大衆の原像という理念は生を損ねる。生と分離できる知の場所はもともと虚構にすぎないからだ。断じてそんなものはない。もし大衆の原像が存在するとしたら宗教という共同幻想としてだけだ。そんなものに身を任せてどうする。胸の悪くなる体験を経てそう思う。個々ばらばらの面々のはからいによる私性があるだけだ。そして私性は同一性によって規定されている。おわかりだろうか、みぞおちに良心をもつ数少ない読者よ。大衆の原像という観念は虚構としてしか存在しないことを。グローバルなビットマシンによる意識の外延革命が新しい世界のシステムをつくろうとしているとき、世界の無言の条理を外側からなぞることにしかならないことは自明である。社会思想に未知の現実をつくる力はなにもない。事態を嘆きながら追認するだけだ。古代起源の大乗教の衆生救済の近代や現代版が人権の理念で、この人権を媒介にした理念はビットマシンの外延革命によって微細な情報に分解され、人格を媒介としない外延的な自然がつくられることは避けられない。社会思想は世界のシステムに沿って再編されることになる。ビットに還元された情報を再構成するなかで世界のシステムに準拠した社会思想が他人事として語られるだけである。ここには生のどんな未知もない。

わたしはじぶんの体験したことを普遍的に表現したいと考えてきた。わたしの身を襲った出来事は特別のことではないと思う。むしろありふれた出来事だった。わたしは知的に世界を俯瞰する者たちの思考の慣性をまるごと疑った。おそらくだれのどんな生にあってもおなじことが起こっている。ある思考の慣性をはずすと世界はカオスとなってあらわれる。その混沌を統覚するものはなにか。内面を内包化すると、言葉が言葉を生きる不思議があらわれ、言葉は性になる。性になった言葉が同一性的な思考の慣性を統覚している。性をそれ自体として自存する領域として表現するとき、始めて人類史をかたどってきた思考とはべつのOSがあらわれる。それは社会思想とはまったくべつのまなざしである。人と人がつながることはどういうことかについて、生の未知の可能性がこの言葉の気圏にあると思う。未開的な思考から開明的な思考に時代は変遷していくという思考の慣性は迷妄である。人類史の歴史はわたしたち一人ひとりの生に縦に内属し、その根底を変わるだけ変わって変わらない、変わるほどに変わらない根源の二人称が支えている。

    2

人間の心には内面しかないのだろうか。内面がおおきな自然に抗する生というちいさな自然の余儀なさだとしても、内面という自然は適者生存をなぞるようにしか自己を表現することができない。それが文明の外在史と精神の内在史の矛盾だった。この意識の範型は知識人と大衆という生を睥睨する権力として生を引き裂き、知識人は、人類史の発祥と共に国家や貨幣という共同主観的現実を采配する司祭階級として機能してきた。いまも変わらない。内面より深い自然を手にするにはふたつの概念が要請される。ふたつの概念をより合わせるとあたらしい自然ができる。ふたつの概念を統覚する自然が同一性的な思考の慣性を拡張する還相の性だとわたしは考えた。
ふたつの概念とはなにか。ひとつは知識人と大衆という生を分割支配する権力の視線を拡張する総表現者だ。生活を余儀なさとして生きることを司祭階級としての知識人が采配するのではなく、だれもが表現者であるということ。この概念はわたしたちの知る人類史に登場したことがない。また文明の外在史と精神の内在史の乖離という意識の気圏とはべつの自然をつくることによってしか総表現者は可能とならない。総表現者という概念が可能だとして、では総表現者の一人ひとりはどこに棲まうことになるのか。外界と内面という硬い言葉の気圏では生は引き裂かれるだけだ。外延自然とはべつの自然をつくることが要請された。総表現者という概念も内包自然という概念も、わたしの生に直立する固有の生存感覚を普遍として表現できるというところから、生を引き裂く権力を熱い自然が包み込む観念として構想された。総表現者も内包自然も内面という表現ではつかむことはできない。内面化も共同化もできない出来事を突きぬけることでしかこの世界を手にすることはないと思う。なぜ親鸞はあれほど自力廻向を排し還相廻向を説いたか。自力の信では他力の信に到達できないからだ。

だれもがじぶんの生を生きることにおいて生の当事者である。当事者としてじぶんの生を生きるとき、来歴によって免責されることはない。「ぼくは、大衆のとらえかたが鶴見さんとはものすごくちがいますね。ぼくのとらえている大衆というのは、まさにあなたがウルトラとして出されたものですよ。戦争をやれと国家から言われれば、支配者の意図を越えてわっとやるわけです。たとえば軍閥、軍指導部の意図を越えて、南京で大虐殺をやってしまう。こんどは、戦後の労働運動とか、反体制運動では、やれやれと言われるとわっとやるわけです。裏と表がひっくり返ったって、それはちっとも自己矛盾ではない。大衆というものはそういうものだと思う」「だからぼくは、大衆が戦争において行き過ぎようと、何々運動において行き過ぎようと、それは否定の対象にならないと思うんですよ。ただ、それをチェックしうる思想を知識人が形成しうるか否かだけが問題ですよ」(『どこに思想の根拠をおくか』吉本隆明vs鶴見俊輔)吉本隆明はなぜこういう半端な物言いをして大衆を擁護するか。それはかれの現人神体験が自力廻向の内省でしかなかったからだ。銃で母と妹の自決を幇助したテニアン島の悲劇の発言者に、あなたはなぜそういうことをしたのか答えなくてはならないと、わたしはサイトの記事で呼びかけた。なぜならあなたも総表現者のひとりであり、殺害の実行者が出来事から免責されることはなにもないからだ。吉本隆明の大衆理解は卑俗であり、自力廻向の信のカテゴリーに殺害の実行者が苦悶する解はない。それらをまるごと総表現者と内包自然は包越することができる。

またわたしの理解では内包論は強いAIに抗することもできる。外延的な思考の慣性のもとにある生はビットマシンの外延自然の革命によって薙ぎ倒され併吞される。この新しい世界システムの情報の端末として生が編成されるということ。わたしたちの生の、心身の一片に至るまで商品になるということ。文明史の必然だと思う。わたしたちはそのシステムの属躰でしかなく、たんなる情報端末となる。そしてシステムの属躰であることを受容しそこに適者生存の内面をつくることになるだろう。AIによって多くの人の雇用が簒奪される。ビットマシンの革命による無産階級の広範な出現だ。この過程は同一性的なOSの必然であり避けることはできない。この文明史の転換期にあって天皇制的民主主義もOSの上を走っているローカルなアプリにすぎない。世界の帝国化や中世化も到来する新しい世界システムにたいして劣勢に立った天然由来の自然の精神の退行であり、文明史の地殻変動の猛烈な圧力に抗する喘ぎの象徴としての意味合いしかない。

    3

存在の複相性から吉本隆明の『心的現象論』を読み解くとどうなるか。吉本隆明のアフリカ的段階や宮沢賢治の擬音についての理解をみると内面の内包化にいくらか気づいている。吉本隆明の「第三段階」(表現意識の第三段階―森崎注)と、内包論の意識の第三段階を比較する。吉本隆明が表現意識の第三段階と呼ぶものは宮沢賢治の擬音についての批評として書かれている。『宮沢賢治』の巻末の「擬音一覧表」では意味不明とされる擬音の解釈だ。「だが第三段階になると違う。作品の運命は遠ざかり、ただ作品の無意識のなかにしまいこまれる。それと同時に作品はじぶんじしんの運命にたいする他者の表現をうみだすのだといっていい。わたしたちが普遍的な喩とみなすものは、いずれにしてもこの他者の表現をさす」(『ハイ・イメージ論』所収「普遍喩論」)吉本隆明の他者の表現は依然として外延的な思考に閉じられているが、ほんとうは宮沢賢治の表現世界を作品の無意識とするのではなく、それ自体として取りだすことができれば、内面の内包化に到達するようにわたしは思う。
宮沢賢治の擬音の意味は、意識の外延性を内包性へと往還すればつかむことができる。存在の複相性を挿入しないと擬音の解釈は成り立たないとわたしは考えた。意識の外延性を延長して解読しようとしても、デデデツポは意味不明となる。内面という表現がとどかない意識の領域があることを吉本隆明自身が表明していることになる。このことは意識の内面的な表現がとどかない意識の領野があることを逆説的に暗喩しているとわたしは理解した。内面の表現がとどない意識の気圏は内面を内包化するときにリアルにあらわれる。外延的な表現をどれだけ緻密に重ねても内面が内包化されることはない。存在の概念を拡張するしか内面の内包化に達することはない。外延的な意識が内包のなかに陥入することではじめて内包の内面化がかすかに輪郭をあらわす。文明の外在史と精神の内在史の背反という表現のカテゴリーを拡張したとき、意識の外延表現とはまったくべつの未知の表現があらわれるということだ。擬音は性的な表現なのだ。存在は可塑的で、バイロジカルな複相性として存在している。意識の外延性は精神の第二層までは表現できるが、内面より深い意識は意識の第三層としてあらわれる。意識の外延性を内包化すると外延性ではない意識の第三層という内包自然があらわれることになる。宮沢賢治の作品は意識の第三層まで到達している。内面を掘り進んでいたら内面をつきぬけて内包自然という意識の第三層までつきぬけてしまっている。

バイロジカルな存在という内面とはべつのまなざしから吉本隆明の表現理論を探ってみる。『心的現象論』のモチーフについて吉本隆明はつぎのように言っている。

 言語の考察をすすめていたあいだ、たえず、言語の表現が、人間の心的な世界のうちどれだけを作動させ、どれだけを作動させないか、もしも、言語の表出において心的世界がすべてなんらかの形で参加するとすれば、はたしてその世界はどんな構造になっているか、というような疑問につきあたってきた。この疑問は、わたしの言語表現についての考察を基底のところで絶えずおびやかすようにおもわれた。
 そこで、〈言語〉の考察が、あとに力仕事だけをのこして完了したあとで、心的現象について基本的なかんがえを展開しようとおもった。

では、心的な領域とはなにか。

心的な領域は、生物体の機構に還元される領域では、自己自身または自己と他者との一対一の関係しか成りたたない。また、生物体としての機構に還元されない心的な領域は、幻想性としてしか自己自身あるいは外的現実と関係しえない。(『心的現象論序説』)

モダンな思考の慣性で吉本隆明は心的な領域について定義している。意識の外延性として言えば穏当な考えだと思う。しかしなにも言っていないにひとしい。どういうことか。内面と外界という意識の流れが定義できることだけが定義されている。意識の内包性として言えば心的な領域を領有する自己は内包的な意識の事後的なものとしてあるだけで、存在の複相性から言えば、心的な現象について吉本隆明は半分しか言っていない。半分とは行きがけの知であり、心的な領域には帰りがけの知もある。なにかを前提としたとき吉本隆明の心的な現象が成り立つことは理解できる。吉本隆明は自己という現象を実体であることを前提にしている。まったくちがう。親鸞になぞらえていえば、吉本隆明の心的現象の定義は往き道にすぎない。心的な現象を定義するとき吉本隆明は思考の慣性を運用している。そうではない。還りがけの心的領域が存在する。おおまかに言えば、吉本隆明のなした仕事は、言語表現の美と共同幻想論と、心的現象論があり、晩年に、イメージ論や母型論、アフリカ的段階についての考察がある。マルクスの思想に詩人の感性を加えた思想が吉本隆明の独創性と言える。吉本隆明の全幻想論は観念の半分しか表現できていない。意識の外延表現で性を表現することはできない。意識を往還するなかではじめて性が全円的に表現される。そこで浄土はおのずと歩く。吉本隆明の自己とはなにか。心身一如の自然に自己があると吉本隆明は考えた。自己を実有の根拠とする表現論では自己を基点として身体性に起源をもつ心身一如の観念に引き継がれたときに対なる幻想が生まれたことになる。

吉本隆明の定義では生物体としての機構に還元できない心的な領域は共同幻想として疎外される。そのひとつが大衆の原像である。吉本隆明は知識人と大衆という時代を生きた思想家だから、知識人の知的な課題というものがあった。大衆に寄り添うのではなく、大衆の存在のありようを知的な課題として繰り込むことが知識人の思想的な課題であると強く主張した。国家が共同幻想であるとしたら、大衆の原像も共同幻想ではないか。わたしは体験を反芻しながら、大衆の原像を喰い、寝て、念ずる生の原像と読みかえた。生の原像のなかには大衆も他人事も宗教性もない。日々の生の原像を還相の性として生きることが価値の源泉となる。固有の体験は生の当事者性からはぐれることなくそのまま普遍へと至る。生の固有の体験を体験の当事者性を手放さずに招き寄せたさまざまなひずみをひらくことは困難を極めた。わたしの内包論に取り柄があるとすれば、吉本隆明の太い思想の還り道を期せずして表現したことにあるのかもしれない。総表現者のひとりとして内包自然の大地を滑空するとき自己は領域として生きられ、吉本隆明の言語の気圏の第三人称はあたかも二人称のように生きられる。内包論の余熱がかたどる自然のどこにも国家も戦争も信の共同性もない。おおきな自然と余儀なさとしてのちいさな自然はそびえる文明の外在史とささやかな内面という自然を輻湊して観念の構築物をつくってきた。その文明が地殻変動を起こし、ビットマシンによって文明そのものを改変されつつある。大いなる文明の転換期だ。吉本隆明の心的な領域の定義は同一性のかたどる思考の慣性に抗することができない。生はかぎりなく記号A=Aに漸近していく。なぜか。吉本隆明の心的な領域の定義が起源の闇を含んでいるからだ。「そこで、わたしたちは、身体の生理過程がそれ自体で矛盾をつくりだすときは、つねに心的な過程をうみだすという規定をもうけることにする。つまり心的な過程は生理的な過程の矛盾を補償するための吐け口であり、心的な過程ははじめてこのような矛盾の捨て場あるいは緩衝域としてうみだされたものであるとしておく」(『心的現象論・本論』所収「眼の知覚論」)では、吉本隆明に問う。生理過程の矛盾のはけ口や緩衝域として産みだされた起源の電子ノイズはなぜ有意味化されたのか。強いAIのリカーシブな自我のような振るまいと人間の心的な過程はどう区別されるのか。やがて内面は商品になる。いや、なかばそのことは実現している。同一性的な内面は無垢のものとしてどこにも存在していない。モダンな心性はビットマシンによって貪食される。外延的な生は易々と科学知という共同幻想に呑み込まれるだろう。まったくべつの自然をつくることでしか文明史の転形に抗することができない。

    4

後年、吉本隆明は三木成夫の著作を読んだことは事件であったと書いている。若い頃に三木成夫の著作に触れていればべつの言語表現論ができたとまで言っている。

 こんなときこの著者(三木成夫ー森崎注)ははっきりと決定的な暗示をあたえてくれた。この著者は内臓の発生と機能と動きを腸管系の植物神経に、感覚の作用を体壁系の動物神経に、はっきりと分けてむすびつけていた。そして肺の呼吸作用が体壁系の筋肉や神経作用にむすびついている側面をもつこと、また腸管系の入口である口腔と出口である肛門の両端は、体壁系の感覚に結びついて脳の働きに依存しているが、その両端を除くと脳とのむすびつきはぼやけてしまい、ただ肉体の奥のほうで厚ぼったく、ずしりとした無明の情感や情念のうどきにかかわっている。この指摘と洞察は、とりわけわたしには眼から鱗がおちる気分だった。つまりわたしははじめて、長いあいだもやもや膜を隔てているようだった〈こころ〉とその働きがわかったとおもえたのだ。
〈こころ〉とわたしたちが呼んでいるものは内臓のうごきとむすびついたあるひとつの表出だ。また知覚と呼んでいるものは感覚器官や、体壁系の筋肉や、神経のうごきと、脳の回路にむすびついた表出とみなせばよい。わたしはこの著者からその示唆をうけとったとき、いままで文字以後の表現理論として展開してきたじぶんの言語の理念が、言語以前の音声や音声以前の身体的な動きのところまで、拡張できると見とおしが得られた。もちろん内臓系の〈こころ〉のうごきはわたしの定義している自己表出の根源であり、体壁系の感覚器官のはたらきは指示表出の根源をつくっている。(『海・呼吸・古代形象』所収「解説」)

内臓系の心の動きを自己表出に、体壁系の感覚器官のはたらきが指示表出の根源をつくっているから、言語以前の音声や音声以前の身体的な動きまで拡張できると吉本隆明は三木成夫の考えを祖述する。人間のすべての営みを自然史に還元したいという吉本隆明の強い精神の傾きが語られている。三木成夫は解剖学をしかけとしくみから表現するのではなく、ゲーテに魅せられて、姿、形から構想している。三木成夫の世界には言説の権力性やニヒリズムというものがまるでなく、とてもやわらかい感覚が流れていて読んでとても気持がちいい。「胃袋とペニスに、目玉と手足の生えたのが動物。その上に脳味噌の被さったのが人間」だという。人間をこんなシンプルで深く洞察した知見をほかに知らない。吉本隆明さんも心地よく驚いたのだと思う。食と性の二大体制から人間というものを表現した三木成夫の表現としての解剖学はすごいものだと思った。いまでもその驚きは変わらない。ずいぶんまえだが、三木成夫の食と性の二大体制をはみだしてしまうのが人間であるとわたしは考えた。どうしようもなく自然がはぐれてしまうのが人間であると言い換えてもいい。自己が自己とはぐれてしまう。なにかを媒介にしないと自己は自己に回帰できない。自己とは関係が関係それ自身と関係するような関係としてあらわれる。そのとき吉本隆明の心的な領域の定義はあまりに無造作にすぎないか。「心的な領域は、生物体の機構に還元される領域では、自己自身または自己と他者との一対一の関係しか成りたたない。また、生物体としての機構に還元されない心的な領域は、幻想性としてしか自己自身あるいは外的現実と関係しえない」と吉本隆明が心的世界を定義するとき、自己幻想と対幻想までは心身一如として身体と観念は相互に還元できるが、その余は共同幻想として外界と関与することになると書かれている。自然的な性関係を土台としてそこから疎外される観念が対幻想として規定されているが、どうじにこの幻想は特殊な共同幻想であるとも言われる。自己と他者の一対一の関係がなぜ共同性として疎外されるのか。意識の流れからするとまるで順序が逆だと思う。意識の外延的な表現ということからみれば吉本隆明の心的な領域の定義は妥当だと思うが、混合してあらわれる三つの観念を自己幻想が統覚する観念のしくみを吉本隆明はもっている。ほんとうは三つの観念を統覚しているのは同一性である。自己幻想が同一性を代理しているというべきか。あるいは同一性を暗黙に担保として自己幻想がつくられているといってもよい。原因と結果が逆になっている。自明のようで自己幻想がいちばんあいまいな観念ではないか。吉本隆明の心的領域の定義はなにも言っていない。なにか思考の慣性が語られているだけではないのか。吉本隆明は自己を定点とし他者と社会に向かった。個人としての個人と家族の一員としての個人と社会の一員としての個人という思想だ。そして混ざり合った観念を自己幻想が統覚する。この観念のありかたを自己意識の外延表現と呼んできた。意識の外延的な表現はふたつのおおきな矛盾を抱え込む。ひとつは自己意識の起源が迷子になるということだ。はじまりの不明を意識の外延性が解くことはない。もうひとつある。共同幻想が人間の存在に落とす影を解除できない。自己幻想と共同幻想が矛盾や対立や背反するものとしてあらわれても衆を媒介にするかぎり自己幻想は共同幻想と同期することになる。

わたしはあるとき自己と他者の一対一の関係である対幻想という意識の外延的な関係を内包化できることに気づいた。他者はわたしより近くにいる。あまりに近いので対幻想という観念では触れることも可視化することもできない。性はメビウスの輪として存在しているのだ。いつのまにかわたしがあなたになってしまう。意識の同一性ではこの不思議を表現できない。この生のリアルはわたしにとってただならぬ出来事だった。メビウスの輪になった性から自己があらわれる。メビウスの輪になった性のことを根源の性と呼べば、根源の性を分有することでわたしがわたしに成るということだ。意識は外延性としても内包性としても存在しうる。この発見は驚きだった。意識の外延性では自己を表現するが、意識の内包性では自己は表現される。自力と他力の違いがある。この機微を親鸞は信には二種の廻向があると言った。外延的な表現では対幻想を結節として国家が形成されるが、そこから降りてくる還り道がない。貨幣の交換をどういじくっても贈与となることはない。
レヴィナスは自我は起源に先立って他者へと結びついているといい、存在するとは別の仕方で、あるいは存在することの彼方へと言いながら、それが内包存在であることに気づかなかった。始めにあった他ならぬこの他者という固有性がいつのまにか他者一般へと横滑りし意識の外延化された神を語ることになった。信の共同性を意識の外延性がほどくことない。おなじことが吉本隆明の思想にも言える。国家の発生のメカニズムを説明できても、国家から降りる方途がない。意識の外延性の必然だと思う。文明の外在史と精神の内在史の矛盾を衆を媒介にして解こうとしても、解けない主題を解けない方法で解こうとする自己撞着に陥る。ある思考の象徴として吉本隆明の思想を取りあげているが、マルクスにおいても他のだれの理念によってもこの矛盾は解かれていない。自己が関係それ自身と関係するときの外延的な意識を内包的な意識に往還させると、根源の性の分有者には往相の性と還相の性がふたつ表現される。メビウスになった性ではひとつの身に心がふたつあることになる。ここで吉本隆明の心的領域はおおきく拡張される。そのことはとりもなおさずわたしたちの生に内属する有史をひらくことになるだろう。

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