日々愚案

歩く浄土224:アフリカ的段階と内包史12

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わたしの存在そのものが世界への問いとしてある。存在しているとはどういうことかという根源的な問いにたいして、存在は意識の外延のなかにはなく、意識の内包のなかにあると、内包論で考えてきた。内包存在があって始めて外延存在が存在する。その逆ではない。そのとき意識は内包と外延を自在に往還できる。

自己も個人もすこしも自明ではない。自明であると思いなすなかにわたしたちの生があり、その生は歴史を重畳してきたのだが、この生も歴史も引き裂かれ、文明の外在史と精神の内在性という、ある思考の型を不可避に疎外した。いまもなお意識のこの囚われのなかにいる。
人間は個人であるまえに〔性〕であるとこれからも内包論は主張する。個人から〔性〕が出てくるのではない。個人は自己の同一性を前提としている。同一性がなにを生みだしたきたかは明瞭で、わたしたちの知る人類史である。内包論では個人は性を分有することからあらわれると考える。個人から性が出てくることと性から個人が生みだされれることはまったくちがう。生としても歴史としても異なるベクトルをもっている。もしも広義の〔性〕がなければ個人や共同性という観念が生まれることはなかったと思う。人であるということは性であることと同義であると内包論では考えてきた。個人としての個人があり、その個人が他の個人と一対一の関係をつくる、その余を三人称の関係する世界とすれば、思考の慣性ができる。それがわたしたちの知る歴史だと言える。

神我と共にいますというインマヌエルの信が成り立つとき、自己と共同性が同期する秘技が語られる。神という超越性は心身一如の自己同一性を暗黙の公理としていて、もしその前提がなければ信そのものが成り立たない。どれほど深い信であっても、信にどんな切実性や切迫感があっても、そのことは変わらない。自己は共同的な信に同期する。いかなる意味でも自己の観念が共同的な観念に離反することはない。自己を抽象化された一般性として表現すると共同的な信に至る。自己についての同一性が暗黙の公理とされるかぎりこの過程は自然である。自己と、自己を抽象化した一般性は、おなじカテゴリーに属するからだ。自己と共同性のあいだに衆が媒介されると事態は一変する。自己の観念は共同の観念と矛盾や対立や背反するものとして知覚される。自己の観念がすでに社会的なものであることを括弧に入れて、自己が社会的な存在であることをさらに括弧で括って内面をつくり、自己の自己についての観念が、共同的な観念と乖離すると仮構される。この思考の慣性がわたしたちの人類史をかたどってきた。なぜこんなつまらない考えが流布されてきたかと言えば、生存競争や適者生存をつくりかえて、その世界の無言の条理を言葉の力によって平定することができなかったからだと思う。現実の強度に怯みながら、解けない主題を解けない方法で解こうとしてきた。このような思想を「社会」思想と呼んできた。わたしたちが粗視化した自然では個人はもともと社会化されており、どれだけ内面化してもこの呪縛とべつの自然がつくられるわけでもない。個人も社会も粗視化された自然を思考の慣性にしているだけだ。

ある意識の流れに入るとわたしの言っていることはとてもシンプルでわかりやすいことだと思っている。がんで難儀している方とお話をして、必要以上に死ぬことを重くとらえているんだなあと感じた。聖書にイエスの言葉として、我が荷は軽いと書いてあるが、これは当たっている。ずっしり軽いのです。始めて言うが、わたしの考えとキリスト教が違うとしたら、インマヌエルを根源の性に拡張したということだと思う。インマヌエルのはるか手前に還相の性がある。それぞれに個性的で表現の仕方は違うけど、ヴィトゲンシュタインやキルケゴールやニーチェやヴェイユやフーコーとわたしは握手していると実感している。親鸞や宮沢賢治においてをや。このことをほんとうのほんとうの神を渇望した宮沢賢治と共有していると思っている。変わるだけ変わっって変わらないもの、変わるほどに変わらないものは、同一性の手前にリアルに存在している。ここまで来るのに半世紀かかった。そのなかにいてそこを生きるとはそういうことしてある。内包論の第十八願だ。

マルクスのイェニーさん問題と島尾敏雄のSさん問題は分かちがたく絡まっている。青年マルクスにとってイェニーさんは自他未分の、ある激しい渾然一体となった感情としてあった。すでに、ある思考の慣性のなかにあるマルクスは、この情動によぎられたとき、個人マルクスは個人イェニーさんにたいする制御しがたい激情を―けっして内面化も実詞化もできないにもかかわらず思考の慣性の流れに沿って社会化し、対幻想という特殊な共同幻想に貶めている。マルクスの思考はつぎのように転位する。マルクスの思想は三つの概念の外延化によって成り立つ。吉本隆明もまた精確にマルクスの思考の型を継承した。そこでマルクスの考えの根っこにあるものを箇条書きにする。
①男性の女性にたいする関係
②人間の人間にたいする関係
③人間の自然にたいする関係
マルクスにとってイェニーさんはマルクスより近くにいるにもかかわらず、マルクスのイェニーさんにたいする情緒を、人間の人間にたいする関係に転写し、さらに人間の自然にたいする関係に外延している。この三つは互いに離接しているにもかかわらず、強引につないでしまい、マルクスは②を世界認識の核とした。自己を心身一如のモナドとみなす思考の慣性がマルクス主義の厄災を招来することは不可避だった。かりに個人としての個人を自己と呼べば、個人はいかなる意味でも社会と結びつかない。そのことを理解した形跡はマルクスの思想のどこにも見当たらない。わたしたち一人ひとりの自己は私性として深い穴のなかに棲んでいる。あるいは、在るのざわめきになかに浮かぶちいさな自然として、それぞれが漂流しているというべきか。私性が類生活になることはない。私的な心性が共同的なものに同期することはあっても、個的なものがそのまま共同的な現実になることはない。マルクスの太い精神のうねりは始めから解けない主題を解けない方法で解こうとしている。解けるわけがなかった。マルクスにとってのイェニーさんの関係をひとつの喩とすれば、イェニーさんはマルクスよりマルクスの近くにいる。あまりに近すぎて可視化することも分離することもできない。この性をそれ自体として取りだして対象化することは自己意識によってはできない。性はいつも自己に先立ち自己の手前にある。わたしたちが人類史として知る世界認識とはまったくべつの世界認識によってしか、私性に拠って生きるわたしたちの生が拓かれることはない。このことがマルクスにはわからなかった。マルクスの錯認の根は深い。マルクスは①を性のなかで人間は部分的ではなく全円的に存在できると拡張すべきだった。自己の私性を抽象化した一般性に昇華すると共同幻想となる。個人の私性と共同性は分かちがたく結びついている。精神の古代形象としての根源の性を分有したときに、脊髄反射のように身体性を巻き込んだということだ。この身体性のなかに生を引き裂く権力と貨幣の起源がある。自己や社会に先立ち自己や社会のはるか手前にある意識の内包性を、それ自体として自存するものとして表現するとき世界は革まる。

わたしたちの思考の慣性では性は自己という観念に帰属するものであると理解されている。迷妄的な思考だと思う。あらかじめ自己という現象があって、その自己が一人の他者と出会う世界が性の世界であると思いなしている。自己意識の用語法では世界認識の定点は自己が基準となる。キルケゴールは、自己とは関係が関係それ自身に関係する関係であると言った。キルケゴールにとって自己は自明なものではなく、関係それ自身に関係する出来事であるという認識があった。関係それ自身はつねに自己に先立って存在しているという生の知覚があったからだ。関係それ自身とは神のことであるが、同一性が穿った自己の空隙を差異性によって埋める不毛を繰り返すのではなく、神という関係それ自身によって差異性を充填した。この心性は私性を超えるだろうか。信の共同性をもたらすだけだと思う。

    2

島尾敏雄のSさん問題はなぜ無惨なのか。起こった出来事が無惨ということではない。ありふれた出来事である。出来事の現場がどれほど凄惨であっても、欺瞞と虚偽意識で練りあげられた『死の棘』が文学の表現とは思わない。読者がどういう感想をもとうと面々のはからいだがこんなものを表現とは思っていない。
第十八震洋特攻隊隊長として奄美群島加計呂麻島で出撃の命令を受けて待機するが、出発は遂に訪れず、敗戦を迎える。妻のミホさんは白装束に短剣を帯びて島尾敏雄の特攻を待ち、自決を決意する。特攻体験と『死の棘』体験が特異な作家であるが、「夢の中での日常」の系譜に島尾敏雄の本領があると思っている。一度講演を聞いたことがあるが、不可解で理解できなかった。戦争体験のない吉本隆明が、守備する島で兵隊や島の人におおらかに接した島尾敏雄に好感を持ち、病妻ものを細かに綴ったことを評価するのはわかるが、かれの本分は、じぶんがじぶんに根づかない生の不全感をそのただなかで生きたことにある。島尾敏雄は生をまるごと無意識に性であるように日々を生きた。かれはいつも虚ろな夢のなかにあった。島尾敏雄のSさん問題の核心には日々を漂うように生きた生の不全感があり、なにごとにも実感というものをもてなかった、じぶんがじぶんとはぐれてしまうそのありようを性として生きたということだ。『死の棘』という作品でさえもかれにとって自覚的な演技でしかなかった。島尾敏雄を貶めたいのではない。かれが生きた生の不全感の深さと由来を、ある思考の型の必然が招来したと考えてみたい。

島尾敏雄の奥さんは三角関係に苛まれて心が壊れたのだろうか。そうではない。壊れたふりをした。振り回された夫も疲れ果て壊れたふりをする。すべてが演技だと思う。作家とはなにか、読者とはなにかという根源的な疑問が、いや不信が、この作品にたいしてある。起こった出来事が語りえぬものであるなら、あるいは内面化できぬことであるなら、沈黙するがよかろう。修羅が言葉にならぬことであるなら、なぜ妻の検閲化で「その女」と書き、それを公衆にさらすのか。島尾敏雄もかれの妻も読者も根本的に錯認していることがある。内面の表現がおおきな自然という権力の慰めでしかないのだ。こんな通俗をわたしたちは文学とみなしてきた。書かれるべきことはなにも書かれず、書かなくてもいいことが書かれている。つまり、なにも書かれていない。内面という表現は内面を過ぎこす過渡としてある便宜的な習わしにすぎない。出来事が語りえぬことであるならば、内面の表現を媒介にして、内面ではない自然を表現しようではないかと考え、総表現者と内包自然という概念を提起した。内面というちいさな自然は環界のおおきな自然とつるむだけだからだ。思考の慣性にすぎない自然とはべつのまなざしをつくりえないかぎり内面と外界はたえず同期する。すくなくともフーコーは自然という権力にたいして極めて自覚的だった。かれは考えた。戦後を生きるにあたって、フーコーは、デカルト的な意味での主体、そこからすべてが生まれてくるような根源的な点としての主体から出発してはならない、ということをみずからの表現の戒律とした。人間にまつわる理念が自己という空隙を埋めることはないとフーコーは前提とし、早々と人間という概念を終焉させた。なぜ人間の終焉か。おそらくナチスとスターリンのなした人類史の規模の厄災がフーコーの思考におおきな影を落としていた。この重い大気の重力を計量しながらフーコーは同性愛を生き、それを生存の美学にした。徹底した出来事の当事者性を生きることで、かれはかれの体験を普遍的な思考まで昇華した。そして、ついに主体は実体でも空隙でもなく真理は他なるものからもたらされるという普遍をフーコーは摑取した。自己を表現するのではなく、自己に先立つ倫理的な活動の核にあるものから自己は表現されることをフーコーは表明し、斃れた。フーコーは思想として表現の概念を拡大したとわたしは思う。わたしの言葉でいえばフーコーは内面という権力を内包化したことになる。自己を表現するのではない。自己は言葉が言葉を生きるとき、言葉である性によっておのずから表現されるのだ。性は言葉であり、言葉は性である。このとき内包化された内面のどこにも権力は存在しない。親鸞の他力はそういう思想としてある。

内面を内包化し内面を包越することは世界認識のOSを拡張することと同義である。わたしたちの人類史はたったひとつのOSをなぞることでほぼ一万年のあいだ倒錯の歴史を積みあげてきた。西欧であろうと東洋であろうと変わらない。人類史のOSとはなにか。同一性である。わたしたちの生や人類史にはたったひとつのOSしかインストールされていない。そのOSのうえをいくつものアプリが走り、そのひとつが文明の外在史と精神の内在史は相反するという思考の慣性だ。このアプリの機能は、赤裸々にいえば世界の無言の条理をなぞっただけで、おおきな自然から疎外されたちいさな自然を―それがわたしたち一人ひとりの生であるわけだが―内面と名づけただけで、もうひとつの自然を生みだすこともなく、ビットマシンの外延的な自然の革命に呑み込まれようとしている。ビットマシンの社会革命と西欧近代に発祥した産業革命はかなり様相が異なる。ビットマシンの意識の外延革命は天然自然の人格をビット情報に細分化し、記号A=Aにかぎりなく漸近するように作用する。グローバリゼーションに追いまくられて人間という自然は組み替えられ、奥行きのないないつるんとした心性として再生されることになりつつある。OSの仕様上そのことは致し方ない。そうやって、一度も人間という概念が生きられることもなく、人間も世界も終焉しつつあるようにみえる。この流れは止まらない。古い思考の慣性とべつの新しい自然を表現としてつくることができなければ、わたしたちはいやおうなくあたらしい世界システムの属躰となるほかない。世界への未知の構想を 語りえないものたちは、安倍的なものを嫌悪や唾棄することはできるが、ではどうすればいいのかということに答えられない。そこで欺瞞は昂進される。『ぼくたちはこの国をこんなふうに愛することに決めた』(高橋源一郎)本の表紙が日の丸になっている。ソフトな日本会議ではないか。安倍的なものと反安倍的なものの同一性。この国の伝統的心性である自然生成も古いOSのうえを走るひとつのアプリにすぎない。わたしはべつのOSで内包自然の天空を始祖鳥のように滑空したい。

島尾敏雄が引き寄せた性の悲劇は三角関係と呼ばれる。ほんとうはこの性の現場でなにが起こっているのか。生の不全感を同一性が招くように、同一性が惨劇を呼び込んでいるだけだ。同一性的な性がそれぞれの性と生を引き裂いている。この世界で浄土は歩かない。対幻想のなかにある共同性はいやおうなくそれぞれの生と性が生木を裂くように断ち割られる。意識を凝らして考えるとマルクスのイェニーさん問題と島尾敏雄のSさん問題は表裏の関係にある。ここにいてここにいない島尾敏雄の心性は本人の意識とはべつに性的なものとして存在していた。おそらく存在そのものが性的であることは島尾敏雄の天与の資質ではなかったかと思う。いつも心がここになく夢の中にいるようだった。いや、かれはどこにもいなかった。そのありかたに女性が惹き込まれる。島尾敏雄の存在が性的であるとはそういうことだ。それがどういうことなのか島尾敏雄にもわからない。Sさんの愛人はふたりから迫害をうけ、なぜこんな目に遭わないといけないのかと声をあげる。イエスも処刑されるとき「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」と呻くように言う。「妻」が「その女」と呼ぶ女性は、「Sさん、助けてください。どうしてじっと見ているのです」「Sさんがこうしたのよ。よく見てちょうだい。あなたはふたりの女を見殺しにするつもりなのね」と叫ぶ。『死の棘』を読む読者に重い残響音がのこる場所だ。三角関係に巻き込まれると嫉妬という統御できない激しい感情に翻弄される。嫉妬を理性は制御できない。それはエイズウイルスに道徳を説くようなものだ。もしも人間の心のあり方が、個人としての個人と家族のなかの個人と、社会の一員としての個人の混合したものであるとすれば、三角関係の修羅は永遠に解決不能の普遍として君臨することになる。わたしはそうは思わない。個人と個人が出会うところに性があるのではない。自己に先立つ根源の二人称から、その根源のふたりを分有することで個人と共同性が観念として結ぼれる。マルクスがイェニーさん問題をそれ自体の領域として表現できなかったことと、島尾敏雄のSさん問題はおなじことを意味している。もしもマルクスがイェニーさん問題を自己と類の結節点としてとらえるのではなく、イェニーさん問題を基点として世界を表現していたら、貨幣の精妙煩瑣な交換のしくみは資本論ではなく贈与論となるように、もしも島尾敏雄がSさん問題を内面化を超えて表現していたら三角関係は消滅したと思う。対幻想という特殊な共同性を内包化すると性はそれ自体の領域としてあらわれ、自己と共同性を包み込んでしまい、自己は領域としての自己として、外延表現の共同性は喩としての内包的な親族となるほかない。内包的な生と内包史の可能性は還相の性のなかにある。

みなさん、また来年サイトでお会いしましょう。

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