日々愚案

歩く浄土147:内包贈与論21-信の共同性と還相の性・補遺

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社会の出来事を俯瞰する視線で内包論を書くことはない。ある特定の時代をあるきっかけで生きるとき、それは時代の大きな流れに巻き込まれることだが、それがどれほど愚劣なことに満ちていたかという人ごとならぬ体験をわが身をなぞるようにして内包論を書いている。出来事のなかを当事者として生きるとき第三者の場所はない。出来事を俯瞰することなどできない。どちらでもない場所は存在しない。そしてどちらを選択しても手は血にまみれる。なぜ生はこのように引き裂かれるのか。生き延びようとするとき否応なく善悪の彼岸を生きる。事態を鳥瞰することはできない。どちらかしかない。共同幻想から人間の意志が自存することはできない。その渦中で吉本隆明の「マチウ書試論」を読んだ。知識として読んだのではない。体験知として読んだ。かれは戦争期の体験を普遍的な形で内面化した。わたしは吉本隆明の思想は半端だと思った。かれは体験を内面化しえたわけだ。わたしにはそれができなかった。それから長い歳月が過ぎてわたしは吉本隆明と違う思想を内包論としてつくりつつある。わたしには吉本隆明の思想の背中が見えているけれどもかれにはわたしが言うことが見えていなかった。四半世紀前の対談のときそのことを痛感した。ハードコアパンクの吉本隆明にしてその程度だということは衝撃だった。拠るべき思想はどこにもない。そのないものをつくろうとして闇夜の手探りをつづけた。吉本さんとの対談はハルノ宵子さんの了解を得てそのうちサイトに掲載しようと考えている。知人は吉本隆明という小物になぜいつまでもこだわるのかとあざ笑う。わたしの同世代もふくめ吉本隆明はわたしにとって圧倒的な存在だった。そのことを隠すいわれはない。かれの共同幻想という理念がなかったら、わたしはわたしの孤絶した闘いを貫通することはできなかった。ひとり、暗闇で命のやりとりをし、偶然に生きた。わたしはだれにも援軍を求めずひとりで闘いを完遂した。家族以外だれも巻き込まなかった。しかしわたしの体験は吉本隆明の思想との決定的な離反をもたらした。

吉本隆明は思想を内面化できたが、わたしはできなかった。吉本隆明の思想は世界の無言の条理に歯が立たなかった。そのことはだれより皮膚に焼きついた感覚としてわたしがしっている。かれは国家という観念がいかに自己の観念から離脱し対幻想を媒介に自己幻想と逆立しながら共同幻想として形成されるか見事に解明した。それはかれが、世界を観察する理性としてかれの観念を行使できたからだ。ふたつの共同幻想が激突するときどちらに信があるかを信は決定できない。天皇のためなら死ねると思ったかれの一途を吉本隆明は観察する理性を前提として共同幻想という概念を抽出した。「マチウ書試論」の言葉を借りればそれは「関係の絶対性」ということだった。観察する理性としてなら自己幻想と対幻想と共同幻想がそれぞれ異なって存在していると了解し観念を相対化することはできる。わたしは渦中で問うた。この「関係の絶対性」は生の概念たりうるか。できないとわたしは地獄のなかで考えた。関係の絶対性は関係の客観性とおなじことだが、吉本隆明の現人神体験には生を引き裂く生々しさがない。かれは関係の絶対性を言うことでかれの戦中体験を普遍化できると考えた。緩い、甘い、浅い。吉本さんの思想は社会思想だった。わたしは共同幻想のしくみの解明ではなく、共同幻想のない世界をつくろうとした。体験のこの違いは決定的だと思う。それは知識ではない。それよりほかにわたしは生きようがなかった。お前は影響をうけた吉本隆明の思想に後足で砂をかけるのかと問われたら答える。吉本隆明が血煙をあげ疾走しながらつくった思想でも現実をひらくことができないとしたら、じぶんでこじあけるしかしなかろうが。ほかに生きようがないのだから。もちろんわたしの誤読もありうる。それは面々の計らいではないか。吉本隆明の戦中と戦後のつながらない日々の悶絶がほんとうに生きがたいことであれば共同幻想のしくみを解いたあと、どうすればその共同幻想のない世界が構想できるかと問うたであろう。観察する理性の明晰は迷妄から人の生を救いはするが生を熱くすることはない。暗闘の渦中で熱い自然に触れた。このふたつはわたしの生の公理としてある。わたしは吉本隆明よりも深く世界を引きうけた。ひとは根源において〔ふたり〕であるという生の知覚がある。触った世界の深さと広がりを内包論で言おうとしている。

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家族や親族だけではなく隣人も家族になることを喩としての内包的な親族と名づけてきた。根源の二人称という生の知覚からすると、歴史は人類史というモダンな意識の外延史であると一括りすることができる。ひとが根源において〔ふたり〕であることが心身一如の自己意識に先立つからだ。外延的な表現である共同幻想も自己幻想も同一性から派生した意識にすぎず、内包論の立場からすると自己幻想が共同幻想に同期するのは自然だということになる。そのことはわたしのなかで充分に反芻され自明なことだが、喩としての内包的な親族という概念が可能となるには究尽せねばならぬ困難があった。それは親鸞も輾転反側した信の共同性の根をどうすれば抜くことができるかということだった。信の共同性を解体できなければ内包的な贈与という概念は絵に描いた餅となる。ひとは根源において〔ふたり〕であり、この生の知覚は無限小のものとしてだれのなかにも内挿されているとして、その根源の性を分有する者たちは相互にどうつながるか。根源の二人称を生きる者たちは根源の性を分有するものとしてふたたび共同性をつくるのではないか。登攀の道行きは困難を極め百戦挫敗。思考はフリーズした。この問いに十数年呻吟した。しかしついにじぶんの閂をこじあけた。還相の性をつかんだときふいに身が軽くなった。なんだ、ここにずっしり軽い性があるではないか。驚いた。わたしの気づきは最期のフーコーの言葉と共鳴する。最期にフーコーは主体は実体ではなく、真理は他なるものが措定すると言い残した。

フーコーは根源の性のことを倫理的活動の核と言い、ここから倫理や道徳や主体があらわれると言っている。人間の終焉を宣言し、あてどなく生を彷徨ったフーコーが手にしたものはシンプルな真理だった。深く共感する。そのうえでフーコーが最期に到達した知の深淵をわたしはさらに広げつつあることを実感している。ひとは根源においてふたりであるという生の知覚は同一者のなかにふたつの心が棲まうということであり、実体化も可視化もすることはできないが、この領域となった自己が〔主体〕であると考えている。根源の性は分有というかたちで各自に分けもたれるほかないのだが、この〔主体〕は〔ふたり〕である。外延的にいえば一人称であるとどうじにそのまま二人称なのだ。人間という生命形態の自然では対の関係は往相の性としてあらわれる。往相の性は対幻想とほぼ重なると考えてよい。わたしは往相の性と還相の性を〔性〕だと考えている。エックハルトが「私が神である」というとき、親鸞が自然法爾を語るとき、仏は親鸞である。エックハルトにとって、親鸞にとって、神や仏という他性によってエックハルトの信や親鸞の信が領域化される。この領域のことが自然法爾だと思う。仏によぎられることで親鸞は仏という親鸞になる。この領域としての親鸞は絶対の他である他性(仏)によって一方的に主体化される。そのことが他力だと思う。エックハルトや親鸞がつかんだものを内面化できるだろうか。共同化できるだろうか。内包の生を内面化することや共同化をすることはできない。なぜ内面化や共同化ができないのか。気づけばかんたんなことだった。内面化や共同化は同一性が暗黙の前提となった認識の様式だったからだ。生を普遍化するにはべつの認識の様式が要請される。この未然が人類史ということに等しい。この思考の慣性のうちに国家や内面の表現が閉じられていた。気づくのにおおまかに一万年かかったというべきか。もともと言葉は同一性の彼方に属する。自己同一性が自己意識の用語法として汎用されるのは人間の生命形態の自然が心身一如の生存のありようを規範化することが容易だったからにすぎない。生はもっとはるかに豊潤である。同一性という観念の粗視化では生存していることの驚異を汲み尽くすことができない。根源の〔ふたり〕という存在の原理を同一性はシミュレートすることしかできない。粗視化の観念の網の目が粗いということに尽きる。

だれの生のなかにも還相の性がひっそりと眠っている。内包論から言えば、意識の外延表現としては対の関係は往相の性としてあらわれる。通常この性の感覚は対幻想と言われている。往相廻向があれば還相廻向があると親鸞は信について述べた。その謂にならえば、往相の性のかなたに還相の性がある。この還相の性という領域としての〔主体〕は内面化することも共同化することもできないから、自己と共同性の彼方に行くことができる。だれの生のなかにも、無限小のものとして還相の性がある。同一性という閂をはずすと、だれもが生の原像を還相の性として生きることができる。家族や親族は往相の性としてあらわれるが、還相の性を生きるとき、隣人は喩として内包的な親族としてあらわれるほかない。イエスが、あるいは親鸞が、説法を聴き入る聴衆に語りかけた真意は、こういう心の機微だったと思う。父とはだれか、母とはだれかとイエスは言い、親孝行など一度も考えたことがないと親鸞は言った。あなた方が親であり兄弟である。インマヌエルも仏の慈悲も宣教された精神風土の違いはあるが、おなじことを言っている。神が、あるいは仏が、わたしより近くにいるならば、あなた方が親や兄弟とならないはずがないじゃないか。血縁でない隣人が家族や親族になる秘技がエックハルトや親鸞によって説かれた。すごい情景だと思う。

わたしはエックハルトや親鸞の気づきをすこしだけ広げた。根源の性の分有者が還相の性としても可能だから、外延的な表現意識の三人称は、内包的な表現意識では、主観的な意識の襞にある信ではなく、信の共同性でもなく、還相の性との関係において、喩として、あたかも外延表現の親族のようなものとして内包的に表現されることになる。存在がそれ自体に重なるここで、ヴェイユの匿名の領域も、親鸞の自然法爾もほんとうの意味で生の輪郭を描きはじめることになる。自己幻想と対幻想と共同幻想はそれぞれべつの観念のありように属するが、位相の違いを統覚する理念は同一性である。根源の二人称を分けもち、それぞれがその生を生きるとき、根源の性を分有するそれぞれの生のあり方を統覚する理念は還相の性である。三人称のあり方を人倫として語っているのではない。生の原像を還相の性として生きるとき三人称の世界は存在しない。交換はおのずと贈与となるほかない。贈与は交換の変形ではない。同一性に基づく交換や贈与があるとしてもこの世のしくみを変えることができないことは先験的である。贈与論は経済論とはまったくちがう認識によってもたらされる。内包論は悶絶しながら考究されたが、ひとたび概念として抽象されれば、ただちに外延表現を統覚する同一性の拡張型として還相の性が存在しはじめる。もしもわたしが内包存在を言葉の鑿で掘ることがなかったら、内包的な贈与や喩としての内包的な親族という理念を構想することはできなかったと思う。ただ当事者性を普遍的に語ろうとする愚直が同一性の彼方にある根源の性を構想するしかなかったと言える。内包論のすべては熱い自然に触れたときから始まった。殺し合いなどどうでもよかった。悪くて死ぬだけだった。熱い自然はそういうわけにいかなかった。わたしは熱い自然の驚異をなんとか言葉にしようとじぶんの全存在を賭けた。根源の二人称の深奥に実体化できない還相の性があった。往相の性のなかにも還相の性はある。往相の性がなくても還相の性はある。

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たとえば、仏はただ親鸞一人がためにあると元祖親鸞が言い、ある者が親鸞の非僧非俗や他力を我がことのように諒解したとする。さらにもう一人の者もおなじことを覚知した。するとどうなるか。元祖親鸞をn1、他力本願をつかんだ者をそれぞれn2、n3、n…とする。そのとき親鸞n1と親鸞n2と親鸞n3・・・の互いの間柄はどうなるだろうか。どういう関係をつくるだろうか。わたしはここで絶句した。ここにある謎を解かないかぎり、私性と貨幣、あるいは権力をひらくことはできない。この世の条理をなぞることにしかならないからだ。根源の性の分有者と、生が根源において二人称であることはよく似ているが、共になにかもうひとつたらない。親鸞の自然法爾をじかにつかんだ者が複数いるとすれば他力という信の共同性ができるのではないだろうか。人間の終焉を宣明したときのフーコーは人間という概念が西欧近代でつくられたフィクションであると考えこの困難を回避しようとし、法と秩序のあいだの和解は永遠に夢であると言っている。死の直前にフーコーはなにかをつかみかかっていた。親鸞の自然法爾とフーコーが遺した倫理的活動の核は共鳴しているようにみえる。意志論を放棄したフーコーの知の考古学がはじめて実体ではない、孔のあいた空隙でもない、他性によって措定される〔主体〕を生きようとしてもかれには残余の生はなかった。わたしの推測だが、ヨーロッパの知を渉猟してついにフーコーは精神の古代形象の起源を生きたのではないかと思う。身が心をかぎる生命形態の自然をわたしたちは生きて、この自然のありかたに同一性の起源があると考えるようになった。なぜ心身一如なのかと問うても意味はない。それを自然として生きたのだから。フーコーが倫理的活動の核から人倫が起こってくるということを言ったとき、おれは〔人間〕ではなく〔性〕であると言いたかったのだと思う。死を目前にしてフーコーは人倫の起源をつかんだ。フーコーはこうも言いたかったのではないか。人は根源的に〔ふたり〕であるが、この〔性〕を身に引きうけて生きるとき同一性が生じ、同一性は根源の〔ふたり〕に遅れてつねに到達する。そのありかたが過誤の人類史を生んだのだと。だから人間は終焉する。もういないフーコーさん。人間は終焉するのではなく人間という概念の幹を太くするんだよ、とわたしはひそかに呼びかける。

そのなかにいて、かれがつかんだ性を、かれは観察する理性をかなぐり捨てて当事者性としてじかに生きた。最期のフーコーの言説を読み返してそんな気がしてならない。なにか言葉で言えないものが押し寄せてくる。モダンな人類史を、どの時代に、どこで、どのように生まれ育とうと、それぞれの精神風土やローカルな言語の違いを超えて、ひとは縁があれば似たようなことを考える。さまざまな自然に囲まれて、かぎられたある特定の生涯をわたしたちは生きるほかないが、それにもかかわらず生はつねに根源の二人称にひらかれている。フーコーが真理は他者からもたらされるが、主体は実体ではないというとき、かれのつぶやきを手のひらの上に取りだして見ることができるだろうか。できない。しかしそれにもかかわらず主体は不可視だが存在する。だれもみることはできないが、観察する理性や諸科学のかなたに、それは存在しないことの不可能性として存在する。親鸞も存在のこの原理を他力や自然法爾としてしか言いえなかった。

根源の〔ふたり〕という存在の原理はなぜ私性や私欲にかたどられた人類史をつくってきたのだろうか。ながいあいだ煩悶した。わたしはそれは同一性の宿命だと考えた。根源の〔ふたり〕を同一性が知覚するとき、その見えないものをひとまず実体化するほかない。ある規範をフィルターとして設けないと指示性をもたない。イエスのインマヌエルも親鸞の他力も、それが同一性のかなたの出来事であるにもかかわらず不可避に実体化される。西欧の信の教団もこの国の信の教団もそのようなものとして存在している。民主主義や国家という理念においてをや。それにもかかわらず根源の〔ふたり〕という知覚は縁があれば自力を超えてふいに立ち上がる。なぜならばそれが存在しているということのデフォルトだからだ。同一性の制約があるとしても、エックハルトが「私が神である」と言い、親鸞が他力を語るとき、存在するとはべつの存在が可能であることをそのただなかにいてその場所を生きた。

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内包的な贈与論を書き進めたくて、マルクスの本を、人は根源おいて〔ふたり〕であるという内包論の根本から考えてみた。吉本隆明とおなじでマルクスは社会思想家だった。社会思想は「衆」を媒介にこの世のしくみを変えようとする。「衆」を前提とした思想はどれだけ言葉の網の目を細かくしても生きていることの根底にはとどかない。世界の無言の条理をなぞるだけだったと思う。マルクスの真の思想があり、ロシア・マルクス主義の歪曲があるということではない。「社会」主義の言葉は生の豊穣さを狭めてしまう。縮減された意識の剰余を内面の文学と呼んでもつまらない。人間は社会的な存在ではないし、内面的な存在でもない。その自然は終わりつつある。「社会」主義の理念では生を言祝ぐことはできない。マルクスの思想のなかで生きることがあるとすれば、男性の女性にたいする関係のなかに人間とってもっとも本質的なことが直接性としてあらわれるということだけだった。マルクスも吉本隆明もこのリアルを思想としてまるごと取りだせばよかった。どれだけうまく言えたかはべつとして、バタイユやフーコーは性のただなかにいて性を生きたのではないかと思う。性の世界は自己や共同性の媒介としてあるのではなく自己や共同性の源泉としてあるのだ。わたしたちの生には外延表現というおおきな覆いがかかっていて、この次第をわかりにくくしている。デフォルトの存在を括弧に入れ、同一性による存在の規範化の制約をはずさずに世界を表現しても世界の条理はみじんも揺らがない。だれもがそのなかにいてそこを生きているにもかかわらず、観察する理性は生きているという全体性を部分化し抽象する。知識の宿痾みたいなものだ。いまもなおこの囚われのなかで知は生みだされている。そんなことではAIに負けるよ。だからわたしは総アスリートという現実にたいして総表現者という理念を提起した。このとき意識は内包化されている。内包自然が可能であるという前提があって総表現者を主張した。

このメモも世のなかの動きを視界の片隅に入れて書いている。本質的な考えが状況を無視することはありえない。移りゆく状況のただなかで書いている。数日前に菅野完にいきなり電話して30分ほど話をした。忙しいかれに迷惑をかけたと反省している。菅野さん、なかなかいい感覚しとるね、ということを伝えた。日本会議の樺島たちは昔ぼこぼこにしたよ。ヘンなジジイからのガセネタとしか思わなかったのではないか。「歩く浄土106」を読んでよと言っても、???だろうけど。いまこの国で起こっていることを小田嶋隆が的確に書いていた。「教育勅語が若い世代を含む多くの日本人をいまだに魅了してやまないのは、並列された文言の背景に一貫している『個々の人間の個別の価値よりもひとまとまりの日本人という集団としての公の価値や伝統に根ざした心情の方がずっと大切だぞ』という思想が、根本的にヤンキーの美学だからだよ」「より大きな集合の一員であることの陶酔に挺身するのがヤンキーの集団主義道徳で、その彼らを結びつけている文化が友情・努力・勝利の少年ジャンプ的なホモソーシャルである以上、教育勅語はど真ん中の思想ですよ」「さらにもうひと回り因果関係をひっくり返して、『人権思想や個人主義みたいな戦後民主主義的ないしはリベラル的な諸価値が、つまるところ学校のお勉強が得意だった腐れインテリ連中のアタマの中にしか定着しなかったこと』の結果が、いまの世界なのだと考えるべきであるのかもしれません」(いずれも2017年3月14日ツイート)当たっている、そのとおりだと思う。オバマ前大統領などその典型じゃないか。トランプやアベシンゾウは真反対のヤンキーだから、なんかやっとる感がウケる。

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意識についておおきな弓を引こうとしている。一気にかつて古代の民であったわたしという精神の古代形象に思いを馳せる。すでにわたしは初期の人類である。生には明晰と迷妄がない混ざっている。明晰であることは迷妄であり、迷妄であることが明晰であるということでもある。野蛮、未開、原始、古代・・・という時代の区分があるのではない。時代が過ぎても生は過ぎてゆかない。いつも特定の時代のかぎられた生涯を、たまに言祝ぎおおむね苦に薙ぎ倒されながら生きている。人間という生命形態の自然は存在が根源において〔ふたり〕であることを知覚したとき、ヒトから人が表現された。自然から離陸しはじめたとき、自分たちが自然の一部でありながら、自然と異和をなしていることは戦慄的な恐怖だった。なぜそのような激烈な感情が起こったのか。自然から離脱した人間が意識に目覚め迷妄な意識が洗練されて理性という人倫をもつようになったと知の観察者は考える。ねつ造された意識の説明だと思う。はじめに激烈な性の光球が存在した。直視すると目がつぶれる。太古の陽気な面々にもそれがなんであるかまったくわからない。三木成夫の「胃袋とペニスに、目玉と手足の生えたのが動物。その上に脳味噌の被さったのが人間」という定義を思い出そう。食と性が生の基本体制だったとかれは言う。三木成夫の解剖学の言葉で書かれた詩はもう一捻りできる。動物的な捕食行動は飢えを充たすためであり、性行動は自然な衝動だったと考えることはできる。そうだろうか。食と性の基本的なしくみそのものが広義の〔性〕のうえにちょこんと乗っているのではないか。人が根源において〔ふたり〕であるという知覚がなければ、ヒトは動物のままでよかったし、自然から離脱する必然はなかった。身が心をかぎり、心が身をかぎるという心身一如をわたしたちは人という生命形態の自然として生きているから、この自然から意識の目覚めをつかもうとする。方法がすでにモダンなのだ。わたしが引こうとしている言葉のおおきな弓からは、三木成夫の食と性の基本体制でさえデフォルトの根源の〔ふたり〕のモダンな定式のようにみえる。三木成夫はかれの〔流〕の世界を自己を前提としないで描けたはずだ。自己はいつも自己をはみだしている。はみだした剰余が内面ではない。そのちいさな自然は環界のおおきな自然と同型だ。そこに存在している広大な表現の余白。内面の自然と外界の自然を包み込んでしまう内包自然。太古の陽気な面々にもそれとしらずに内属し、わたしたちにも内挿されている根源の二人称。それにもかかわず、先史を生きた古代の民は飢えの衝動を身が心をかぎる生命形態の自然として心身に巻き込み身体に貼りついた電子ノイズをそれぞれの精神風土に根ざしながら粗視化していったにちがいない。ローカルな言語も民族もそのなかで洗練されてかたどられた。同一性によってかたどられた過誤の歴史を精神の古代形象のはじまりと共にありつづけている根源の〔ふたり〕という〔主体〕でひらくこと。

それがあることによってヒトが人となった所以である激烈な性の光球は古代の民の生活の知恵として往相の性となり、家族や親族を疎外し、氏族は部族となり、やがて国家へと馳せ昇った。往き道だけがあって還り道がない。「衆」という自然を媒介にしても自己も大衆も国家も外延自然だから、矛盾はきりなく順延されるだけだった。この意識の範型がのこした長い影のなかをグローバル経済もハイテクノロジーも生きている。永遠にじぶんにじぶんがとどくことはない。わたしたちが生きているこの世界のしくみは、同一性を暗黙の公準とし、心身一如を実体化することによって、国家や市民社会を機能させている。そして環界のおおきな自然を貨幣が循環する。外的な自然もおおくの革命を経てきた。ハンムラビ法典からフランス市民革命の人権宣言は人間の理解についておおきな飛躍をしている。観念の大革命だといってよい。そしてこの理念はデモクラシーの原型をなし、世界に敷衍された。しかし、人格を媒介にする民主主義とむきだしの生存競争は矛盾しない。総アスリートとして機会はひらかれているからだ。民主主義と独裁も矛盾しない。人格を媒介にするかぎり、この矛盾をなくすことはできない。富める者はより富み、困窮する者はさらに困窮する。なぜだ。デモクラシーの底に穴があいているからだ。この穴は世界の無言の条理にじかに接している。それにもかかわず人間は長い長い歴史を扇状形に重畳してきた。それがどういう時代であれ、根源の二人称が生の根底にあったからだと思う。かぎられただれの生のなかにも、生命の歴史40億年が内蔵され、人類の一万年の歴史が内属している。生はいちども途絶えたことがない。この驚異。この不思議。わたしはこの神秘を縦にすることにした。外延的な生や歴史は外在的だが、内包的な生や歴史はわたしと共に、いま、ここにある。40億年の果てに、一万年の歴史の果てのいま、ここにまぎれもなくわたしが存在している。かぎられたわたしのこの生の全体が、生命の、歴史の、表現なのだ。驚け。内包自然の深奥にある還相の性を生の原像として生きるとき、そこに豊穣な生の源泉がある。この信が共同性をなすことはない。また信は還相の性のつながりにおいてのみひらかれる。同一性がこの世のしくみをかたどっているならば、還相の性は同一性を拡張する生の様式を可能とし、内包史を可能とする。ここでは還相の性が公準である。この先後が逆になることはない。この表現によってしかじぶんをじぶんにとどけることはできない。

〔付記〕
いま話題の教育勅語を高橋源一郎が現代語訳している。おもしろいので貼りつける。

①「はい、天皇です。よろしく。ぼくがふだん考えていることをいまから言うのでしっかり聞いてください。もともとこの国は、ぼくたち天皇家の祖先が作ったものなんです。知ってました? とにかく、ぼくたちの祖先は代々、みんな実に立派で素晴らしい徳の持ち主ばかりでしたね」

②「きみたち国民は、いま、そのパーフェクトに素晴らしいぼくたち天皇家の臣下であるわけです。そこのところを忘れてはいけませんよ。その上で言いますけど、きみたち国民は、長い間、臣下としては主君に忠誠を尽くし、子どもとしては親に孝行をしてきたわけです」

③「その点に関しては、一人の例外もなくね。その歴史こそ、この国の根本であり、素晴らしいところなんですよ。そういうわけですから、教育の原理もそこに置かなきゃなりません。きみたち天皇家の臣下である国民は、それを前提にした上で、父母を敬い、兄弟は仲良くし、夫婦は喧嘩しないこと」

④「そして、友だちは信じ合い、何をするにも慎み深く、博愛精神を持ち、勉強し、仕事のやり方を習い、そのことによって智能をさらに上の段階に押し上げ、徳と才能をさらに立派なものにし、なにより、公共の利益と社会の為になることを第一に考えるような人間にならなくちゃなりません」

⑤「もちろんのことだけれど、ぼくが制定した憲法を大切にして、法律をやぶるようなことは絶対しちゃいけません。よろしいですか。さて、その上で、いったん何かが起こったら、いや、はっきりいうと、戦争が起こったりしたら、勇気を持ち、公のために奉仕してください」

⑥「というか、永遠に続くぼくたち天皇家を護るために戦争に行ってください。それが正義であり「人としての正しい道」なんです。そのことは、きみたちが、ただ単にぼくの忠実な臣下であることを証明するだけでなく、きみたちの祖先が同じように忠誠を誓っていたことを讃えることにもなるんです

⑦「いままで述べたことはどれも、ぼくたち天皇家の偉大な祖先が残してくれた素晴らしい教訓であり、その子孫であるぼくも臣下であるきみたち国民も、共に守っていかなければならないことであり、あらゆる時代を通じ、世界中どこに行っても通用する、絶対に間違いの無い「真理」なんです」

⑧「そういうわけで、ぼくも、きみたち天皇家の臣下である国民も、そのことを決して忘れず、みんな心を一つにして、そのことを実践していこうじゃありませんか。以上! 明治二十三年十月三十日  天皇」(2017年3月15日ツイート)

訳し終えた高橋源一郎のつぶやきも面白い。

とまあ、サクっと訳したので、若干間違いあるかもしれませんが、だいたい、いい線いってると思います。自分で読み返して思ったんですが、これ、マジ引くよね……。

菅野完の八面六臂の活躍を内田樹がつぶやく。賛同する。

テレビはなんだかすごいことになっているみたいですね。今度の事件は、一人のジャーナリストが個人としてどれくらいの社会的影響力を持ちうるかということと、マスメディアが横並びでいる時の無力さと「水に落ちた犬」を一斉に叩くときの節度のない非情ぶりを改めて教えてくれました。(2017年3月15日)

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