日々愚案

歩く浄土138:内包贈与論17-初源の意識と権力5

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小さい頃からいくつかの性癖があった。小学校の五年生か六年生の頃、オパーリンの『生命の起源と生化学』を読んでショックを受けた。天と地に関心のある空想少年だったので、こつこつバイトをしてお金を貯め、顕微鏡や天体望遠鏡を買い、花粉や星を眺めてきた。昼間はケンカに明け暮れ、深夜に銀河や惑星をみることが楽しかった。高校まで熊本で暮らし、そのあと博多に出て、親の世話をするしかなくなって、熊本に戻り生活をしている。少年が青年になり、おっさんからじいさんになり、あらぬことを変わらず考えている。小さな頃から遺伝子がDNAであることは知っていた。そのとき不思議に思ったこと。DNAは化学物質にすぎないのに、いつ、どこで、どういう理由でDNAに心が宿るのだろうか。考えていると頭が変になりそうだった。宇宙に果てがないとはどういうことなのか。人間の精神現象(当時はそういう言葉さえ知らなかった)があるとして、その精神現象を球面だと考えると、数学的な観念はどのあたりに位置しているのだろうか。考えるとわからないことだらけなのに、そういうことを考えていると楽しかった。通信簿の素行欄にはおまえの態度が悪いとばかり書いてあった。そういうことはどうでもよくて、物質があり、生命が生まれ、人間の心というものがあらわれることが不思議でたまらなかった。考えたからどうということもないことをつい考えてしまう、そんな性癖は歳をとってものこっている。小さな頃不思議に思った意識の起源はずいぶん時間が経ったのに少しも解明されていない。明日は片山さんとの討議があるので博多まで出かける。真剣に話をしているので、話のためのメモを取っている。今日中にできあがるかなあ。私性や貨幣や権力の起源について話ができたらいいなと思っている。

意識の起源について書いた人のなかで、ペンローズと吉本隆明に関心をもっている。心の世界と物理の世界とプラトン的世界がくるくる円環するペンローズの考え方のいちばん根っこには、すべては数学で書くことができるという信念がある。この信念のありかたが面白い。完全な数学があれば精神は自然科学的に記述できるということになるのだが、この信念が窮屈でない。それが驚きだった。かれの数学は豊穣な生があるというその驚きの数学的な表現なのだ。カザルスのチェロのように。いま興隆するAIを徹底的に批判する。その激しさは尋常ではない。批判が自信にあふれ確乎としている。なにかをペンローズはつかみ、つかんだことを生きている。生きていることの驚きがペンローズの思想のなかにある。『皇帝の心』や『心の影』を読んだときの驚きといったら。。。それがどういうことであるか今回も素通りする。

吉本隆明の意識の起源についての発言は論理的である。なるほどそうきたか。認識の自然を三つ重ねて慎重な手続きをする。かれはつぎのように言う。

 いま、視たいとおもった対象物が網膜にその像をむすんだ。この像のあたえる刺激は網膜背後に分布する神経節に刺激としてあたえられ、この刺激は、蛙の場合とおなじように分担されて、ある神経節は明暗を、ある神経節は輪郭を、ある神経節はコントラストを、ある神経節は対象の移動をといった具合に脳の視覚中枢に伝達される。
 ところが、問題なのは、このように機能的に分担され、また、前後する刺激のつぎつぎの伝達によって脳の視覚中枢に情報刺激の総体が到達したとき、この刺激情報の総和は、なぜ、いかにして対象物の総体を再現できるのだろうか? 常識的にかんがえてこのばあい脳の視覚中枢に到達するのは、それぞれに機能分担されて時間的に前後してやってくる刺激の総和であってそれ以外のものではない。だから、対象物の形状も明暗も輪郭や動きも伝達されるわけではなく、ただ、刺激の総和が伝達されただけである。どうかんがえても、この刺激の総和が対象物の像を網膜のように再現できるとはかんがえられない。そして再現できるとかんがえるばあいには、生理過程ではなく、それ以外のものでなければならないはずである。そしてこのそれ以外のものとは、心的な過程とみなすよりほかに術がないようにおもわれる。

もちろん、ここで重要な別の疑義がないわけではない。あるいは、別の解釈がないわけではないといってもいい。もともと生物の視覚の〈過程〉は、対象物の形態とか明暗とか運動とかを、それがまさにそう在るように〈視える〉ように出来ているので、そのことは、いわば先験的自然性にすぎない。だから、ひとたび網膜に映った対象像が、刺激分担にかえられたうえで脳の視覚中枢に達するといった過程は、どうでもよいことである。最終的には、そのように網膜に映った対象像は、そのように視えるということだけは確実なことである。なぜかといえば、生物の視覚系は先験的にそのように出来上っているのだから、途中の過程が刺激の伝達にかえられて脳中枢に達するか、あるいは下等動物の趨光性のように光反射行動に転化されるかといったことは、生物に固有な構造によるもので、対象物がそこにあるようにそのとおり視るという〈視覚〉系の機能だけはうたがいようがないのではないか?

 以上のような解釈あるいは疑義がさしあたってかんがえられるものである。わたしにはこの解釈あるいは疑義は相当に迫力があるようにみえる。
 これを否定することができる唯一の根拠は、そもそも〈視覚〉系の構造について、ここで種々に考えをめぐらしていること、そのこともまた心的な構成力によるものであり、いいかえれば、〈視覚〉系の刺激分担を像にかえる再構成力は心的な過程ではないかという解釈自体が広義な心的過程に包括されるという矛盾が存在しているということだけである。このような矛盾を演じられるという機能を、わたしたちは心的な過程とみなしうるのではないか。

 そこで、わたしたちは、身体の生理過程がそれ自体で矛盾をつくりだすときは、つねに心的な過程をうみだすという規定をもうけることにする。つまり心的な過程は生理的な過程の矛盾を補償するための吐け口であり、心的な過程ははじめてこのような矛盾の捨て場あるいは緩衝域としてうみだされたものであるとしておく。(『心的現象論・本論』「眼の知覚論」5~6p)

吉本隆明のこの発言には思想の力を感じる。わたしたちが1+1を2とする理性をもっていれば、手続きのどこにも矛盾がない。わたしたちの知っている意識の起源に関するものは機能主義的言語でなされている。意識の起源を解明しようとした人は数多くいる。意識の起源には好奇の眼差しが向けられる。ダニエル・C・デネットの『解明される意識』や『解明される宗教』を数年前に読んだが、論理が平板でなにも解明されていない。機能主義的な視線に意識を晒してもなにがでてくるわけでもない。既存の論理式で帰納法的に導かれるりくつを意識と定義している。二点を結ぶ最短距離を直線と定義するということに似て意識の定義にどんな驚きも斬新さもない。あるいはあらかじめ自然科学的に真理とされる事柄を演繹的に措定して、むりに意識をそこに当てはめて、意識は解明されたという。定義できないことを帰納法的に推論するか、演繹的に意識を定義する。面白くない。自己言及のパラドックスになってしまう。クレタ人の預言者エピメニデスが言った。「クレタ人はみんなうそつきだ」は、正しいかうそか。決定できない。決定できないことを意識だと定義してもなにも生まれてこない。わたしたちの持ちあわせの論理をどういうふうに組み合わせても意識の起源を解くことはできない。そのことを前提にして意識の起源を考えてみる。同一性の論理式をどれだけ精密にしても意識は解明しようとする方法的な意識の彼方にある。わかりやすくいうと、意識の定義は常識を基盤にしていつもなされている。かれらがその常識(自然)がどこからくるのかと問うことはない。ドーキンスの『神は妄想である』の執念は自然科学という宗教の妄想だ。安倍晋三やトランプの邪悪をポリティカル・コレクトネスに基づいてどれほど批判してもかれらを言葉が貫通することはない。邪悪も善も互いを写しているにすぎない。あらゆる自己言及がどんな論理式をもってきてもパラドックスを含んでしまうのは、同一性を論理の基盤として外延的に表現しているからなのだ。ゲーデルの不完全性定理はニーチェの文学的言説を数学的に表現したものだとわたしは理解している。ペンローズはこのことを逆手に取りAI信奉者を激烈に批判する。とても心地いいものだ。

「外界事物に始まって後頭葉ニューロンに終る因果系列に『順路』の因果」はあっても、「この逆路に進む因果系列は見出されたことはないし、見出されることはありえないだろう」(『時は流れず』)という指摘は、吉本隆明の「刺激情報の総和は、なぜ、いかにして対象物の総体を再現できるのだろうか」という問いとおなじく根本的なものである。この奇妙さへの数学的な表明がゲーデルの不完全性定理だとわたしは考えている。もっと踏み込めば、明晰さを規範とする同一性の意識で大森荘藏が考えた知覚の「復路」や吉本隆明の「像」の奇妙さに触れることはできない。大森荘藏が指摘する脳生理学の奇怪さを意識にとっての自然としてやりすごすことができるということ。自然科学の自然とはまたそういうものでもある。

おなじことに気づきながら知の開き方が吉本隆明と大森荘藏ではおおきく異なる。大森荘藏は「意識という意味は自分で裁縫した自閉的拘束衣ではあるまいか」(『時は流れず』)と考え、意識という自閉をこの国の伝統的な自然に流し込み解消した。この感情のことを大森荘藏は風情と呼んでいる。岡潔ととても似ている。道元的な自然生成である。この風情は天皇親政的なものに必ず行き着く。「それは普通人ならば誰もが日常使っている他我の意味をあらためて模型的に提示してみるだけのことであるが、それによって哲学的問題である他我問題は跡かたもなく雲散霧消してしまうだろうと期待している。なぜならば初めから普通人には何の問題もないところに哲学者が哲学問題として他我問題という空中楼閣(ウィトゲンシュタインはカードの家と言った)をわざわざ建設したのだからである。一言でいえば、難行苦行の哲学の道を去って、普通の人がかよいなれた亘々たる易行の道に就くこと、それが他我問題を終結させる安易きわまる方法にほかならない」(同前)飛ぶ矢は飛ばないというゼノンのパラドックスを解明することに生涯をついやした大森荘藏は「元来は運動と無縁である時間軸に現在経験に充満している運動を無理に持ち込もうとすることにある」と考え、「私は、ゼノンの警告がもし適中したならば、自然科学の全体が崩壊するのではあるまいかとすら思う。なぜならば、ゼノンが矛盾を含むと警告したのは、現代科学の最基底にある最も基本的な表現に対してであると思われるからである」と書いてまもなく亡くなった。疲れたのだと思う。大森荘藏が生涯を賭けて思考したことはまったく解決していない。そのうえに自然科学はあぐらをかいている。吉本隆明の「刺激の総和が対象物の像を網膜のように再現できるとはかんがえられない」と大森荘藏が無脳論の可能性で書いた知覚の順路はあっても復路はないという気づきは精確に対応している。大脳生理学はこの事実をないことにして成り立っている。自然科学はその程度のものだと承知していたほうがいい。

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伝達の順路も復路もない。知覚してそのものを了解することは先験的自然性であるかもしれぬといくらか吉本隆明は猶予する。しかし吉本隆明は先験的な自然性を受けいれない。畳みかけるように反論する。「これを否定することができる唯一の根拠は、そもそも〈視覚〉系の構造について、ここで種々に考えをめぐらしていること、そのこともまた心的な構成力によるものであり、いいかえれば、〈視覚〉系の刺激分担を像にかえる再構成力は心的な過程ではないかという解釈自体が広義な心的過程に包括されるという矛盾が存在しているということだけである。このような矛盾を演じられるという機能を、わたしたちは心的な過程とみなしうるのではないか」。わたしは喝采を送る。まさにそのとおりのことだからだ。

生理過程の矛盾を緩衝する領域として心的な過程を想定されると吉本隆明は極めて慎重で控えめな言い方をしている。大事なところなのでもう一度その箇所をペーストする。「そこで、わたしたちは、身体の生理過程がそれ自体で矛盾をつくりだすときは、つねに心的な過程をうみだすという規定をもうけることにする。つまり心的な過程は生理的な過程の矛盾を補償するための吐け口であり、心的な過程ははじめてこのような矛盾の捨て場あるいは緩衝域としてうみだされたものであるとしておく」。見事な文句のつけようのない定義だと思う。だれも、心的な過程の存在を、自然科学の手法を受けいれながら、自然科学的に記述するのではなく、それ自体として抽出したことはない。吉本隆明によってだけ心的な過程の存在のゆるぎなさが表現されている。表現としてものすごくおおきな達成だと思う。この吉本隆明の気づきは言語表現論の〈う〉という有節音を〈う〉という意識のさわりを表出する吉本原人につながる。ひとつまえのサイトの相当するところをもういちど貼りつける。

Ⅰ 叫び声〈う〉→反射
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Ⅱ 〈う〉という有節音(指示音声)→意識のさわり
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Ⅲ 〈海〉→自己表出(象徴的な指示)

言語が現実の反射であったとき、人類はどんな人間的意識ももつことがなかったというのはほんとうだろうか。では人間的な意識をもつことのなかった人類はなぜ意識のさわりをもつことになったのだろうか。意識のさわりを覚えるとはどういうことだろうか。Ⅰは動物的な反射だと吉本隆明は言う。そのⅠの段階にある前人間的な人類は、なぜ、Ⅱの段階では意識のさわりを覚えたのか。哺乳綱霊長目から分岐したある人類がある時期Ⅰの段階にあったことは了解する。わたしはⅠの段階をⅡのなかに人類は巻き込んだと考えている。わたしはそこに、精神の古代形象の起源の不意をつく錯乱があると考えた。ある対象を象徴的に表現しうるようになると、心的な過程が外界を自動的に網の目のようにコーディングする。一万年は一瞬だった。吉本隆明はⅠ→Ⅱ→Ⅲをなめらかな意識の線状性で描き、心的な過程を自己幻想、対幻想、共同幻想と類別した。わたしは吉本隆明の言語表現論は吉本隆明という類い稀な思想家の生の不全感を人類史に敷衍したものではないかと思うようになった。否定はあるのだが肯定がない。人類が意識を掴取したとき、生は不可避に引き裂かれ、戦慄と恐怖と錯乱に襲われたことは想像に難くない。未明の意識は迷妄だったのだろうか。太古の民がその時代とのあいだにもつ迷妄の度合いはいまを生きるわたしたちがこの時代とのあいだにもつ迷妄の度合いと変わらないと思っている。わたしたちが真理とみなす自然も可塑的で可変である。吉本隆明はⅡ→Ⅲヘの連続的転化をマルクスの交換価値という概念を借用し自己表出と読みかえ、言語の表現理論を自己表出史という概念で読み解いた。同一性を暗黙の公理とすれば自己意識は外延的に表現されるほかなく、人類史は外延史であるように表出される。それは同一性的意識の必然だったと思う。この意識の外延的表現の範疇に国家も経済も文学も芸術も収まっている。この閉じた観念の球体はグローバル経済でもハイテクノロジーでもビットマシンの強いAIでも、DNAを編集することでも破れない。矛盾をさらに外延することにしかならない。

わたしは苛烈な体験のただなかで熱い自然があることを知覚し驚嘆した。その驚きをなんとか言葉にしたくて内包論を考えつづけてきた。わたしはじぶんの体験を普遍的に言いうると考えた。Ⅰの段階からⅡの段階に移行するとき、表現としていうのだが、ある種の哺乳綱霊長目が根源の二人称を知覚したとき人類が生まれたのだと思う。Ⅰの段階を生きた人類は動物的な生存衝動をⅡの段階に巻き込みながらⅡの段階に移行した。吉本隆明はそこにある「憎悪、恐怖、殺害、死、混乱、分裂病や鬱病の契機が渦巻いている地獄のような層」を母型としてみている。「母親と胎児との胎内の関係が人間の絶対的な認識と感性の起源である」(『心的現象論』)そうだろうか。吉本隆明は精神の古代形象の始原について始めからボタンの掛け違えをしている。それはかれの心象風景がそうであるというにすぎぬ。わたしは熱い自然を知覚したとき、吉本隆明とまったく違うことを感じた。その驚きと言ったら。。。わたしの体験を歴史に置き換える。戦慄、恐怖、錯乱のただなかで根源の二人称が地獄の母型を統覚していた。わたしの身に起こったことは歴史としても起こりうる。悠遠の太古の面々にも根源の性を分有するという不思議は起こった。一世代ごとに内包→外延→内包→外延を果てしなくくり返しながら人類は重畳する歴史を扇状に折り重ねてきた。強い者が権力を握り、弱い者たちが皇帝にへつらってきたようにみえる。違う。内包が外延をいつも凌いでいたから歴史は絶えることなくいまに至るまでつづいている。民衆史観ではない。奇妙な生に内挿された、存在することの、計らいを超えた原理である。悠遠の太古の面々にも固有の浄土があり、鎌倉の乱世を生きた親鸞にも親鸞の浄土があり、いまを生きるわたしたちにもそれぞれに固有の浄土がある。それは生の基底に根源の二人称があるからだ。根源の二人称を内包的に表現するとき歴史は内包史として現成する。

一心に子が親を見つづけるからその視線にやどられて、ああ、おいしいねと一緒に言うから、高熱でうなされる子をまえにしてさすってやることしかできないから、崖下に落ちて苦しんでいるかの女をまえにして痛いや悲しいという感情が、名づけようもなく名をもたぬ意識として、〈ああ〉という有節音と共に、〔内包的〕に表出された。動物的な段階にあった反射の応答は、根源の二人称にうながされて内包的な意識として表現されることになる。ここで生理的な過程と矛盾する電子ノイズがはじめて言語として発出された。ここに意識の起源があり、内包的な意識の発出が心身ひとかたまりのなかに引き取られ、起源の不意をつく錯乱が起こることになった。それは外延的な歴史やこの世の無言の条理としてわたしたちのよく知るところである。それらは末節にすぎない。わたしたちの生が根底において二人称であるという信じがたい驚異は、わたしたちと〔共〕に昔も今もこれからもありつづける。(この稿了)

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