日々愚案

歩く浄土275:複相的な存在の往還-幼童について7

    1

ひさしぶりの更新となる。インマヌエルという幼童の祖型について考えてみる。

半世紀やみくもに生きてきて、表現についていくつかの公準のようなものが身についた。言葉には個人の内面的な表白とまったく異なった固有のはじまる場所がある。そこにわたしの苛烈で、やわらかい、だれのものでもない固有の物語の源泉がある。それを体験の固有値と呼べば、この源流に根拠をおき言葉をつくると、ひとりでに言葉が言葉を生きはじめ、この世のしくみからはずれてしまうのがなんともいえず新鮮だった。むろんわたしたちの知る思考の慣性である内面で起こっていることではない。存在の複相性を往還するときおのずとあらわれるこの出来事をわたしは〔歩く浄土〕と名づけた。知識人と大衆という生を睥睨する知を実感することはついにいちどもなかった。だれでもないおおくのなかのひとりとしてすきに生きてきた。

わたしは総表現者のひとりであり、その一人ひとりに内挿されている無限小となった還相の性を、生の原像として生きる。この生のありようは思考の慣性がかたどる人と人のつながりとはちがうもので、社会や共同性を媒介とせずにおのずとじかにつながっている。じかにつながるとはどういうことか。つながりが喩としての内包的親族となることにほかならない。コロナ禍のただなかにあっても生の余白がここにある。わたしはわたしに固有の体験を普遍的に語ろうと、〔歩く浄土〕をいまも書き継いでいる。コロナ禍がもたらす劫火におまえの内包論が耐えうるのかと絶えず問いながら、困難な日々のなかで、いつ途絶えるか、それはわからないが、すべての可能性を内包という一艘の舟に託して少しずつ内包論を書いている。平時の戦時は有事の平時とちがう。平時の戦争を生きてしまったわたしの体験の固有値は、この一年の世界の変貌のただなかにあってまだ超えられていない。この小論を緊迫感をもって書いている。

わたしはわたしの経験したことを普遍的に語ることしかできない。そのように生きてきた。内包表現は個人の内面の表現をまったく意味しない。内面の表現を文学や芸術とみなすことと内包表現がわずかに重なるとして、大半、大部分は、まったく接点がない。自己を起点に表現するかぎり個人の定義がどうであれ自己意識の外延的な表現となり、文明の外在史と精神の内在史を重層的に積みあげることにしかならない。外延表現とわたしたちのちいさな自然を内包的に表現することのあいだには千里の隔たりがある。この隔たりを観念の力で粗視化しえたとき人類史はべつのもうひとつの可能性となりぐるんと転回する。

文学を内面の表現とする思考の慣性とどれだけちがう観念を粗視化することができるか。そのことがもっとも本質的な表現の課題だと長年主張してきた。内包は固有の体験のうちにはじまりをもち、やがて固有の体験を突きぬけ、固有の体験がそのまま普遍である観念の運動へと転位する。ひとりがふたりで、ふたりがひとり。この不思議が内包論にある。究尽しながら見えてきた世界を少しずつ書き継いできた。ジョン・レノンが死んで40年。息子のショーンが父を語る。<父は「ジョンとヨーコ」が1つのことばであることを望み、「1人」の存在としてとらえていました。>(「NHK NEWS WEB 2020年12月9日)〔2〕を主格とすること。内包論とおなじことが言われているような気がした。

わたしの考えている内包論は共同性を疎外しない三人称のない世界である。存在の複相性を往還しないとこの世のしくみとは異なった喩としての内包的な親族を現にあらしめることはできない。まずはじめにメビウスの輪となった性が自己の手前で一閃した。存在するとは別の仕方で存在する存在の手前がリアルに存在する。このメビウスの輪の曲面にふたつの刻み目を入れひらくとふた捻りしたメビウスの輪となった輪っかがはじめのメビウスの輪にころんと絡みついている。ふたつのメビウスの輪の接点のことを親鸞は有縁と名づけた。有縁によって喩としての内包的な親族があらわれる。人間の思考にとって生きられたことのないまったく未知のおおきな幼童だと思う。

ベイトソンは『精神の生態学』や『精神と自然』や『天使のおそれ』でなにを言いたかったのだろうか。とても簡単なことだった。唯物論という観念論と、唯物論の対極にあるさまざまな観念論は、すべては観念の強度の差異に還元できる。二元論でも一元論でもなくただ粗視化された自然の観念の強度の差異が思考の慣性としてある。晩年、ベイトソンは自然もまた、いうまでもなく進化論も精神であると認識するようになった。これらの観念の強度の差異は内包表現によってさらに粗視化することができる。

種族語から国生み神話をもつ国家に至る観念の経路を外延知とし、いかなる手立てをほどこしても国家に至ることのない観念の経路を内包知とする。GB(グレゴリー・ベイトソン)と滝沢克己の思想の相同性について考えてみたい。ふたりの知の賢者の拠って立つ思想は一元論である。わたしはふたつの観念一元論を意識の外延性による観念の強度の違いとして読み解き内包論の可能性を示そうと思う。

    2

昔、乱暴狼藉の限りを尽くしていたとき、梅雨空からかいま見える蒼穹のようにして滝沢克己さんという人物と思想に出会った。かれの言うことがからだのなかに染みこむように入ってきた。りくつではない感覚だった。半世紀を超え、はじめて滝沢克己についてすこし書く。19の歳に滝沢克己の思想と生の現場で出会い大きな影響を受けた。かれの言うことがからだのなかにすーっと流れ込んできた。それはもともとわたしのなかにあるなにかをゆさぶった。存在するとはどういうことか。そこにどういう機微が作用しているのか。少年の頃から星々や生き物のふるまいの不思議に没入し、DNAはタンパクの複合的な化学物質にすぎないのに、命が宿り、やがて意識が生じるのはなぜか、そういうことばかり考えていた。わたしのなかで長く息づいていたものがなんであるのかを滝沢さんの思想によってつかむことができた。知解ではない。はるかにやわらかくわたしに内在する感覚だった。だから長い間かれの思想について書くことはなかった。かれの言っていることが手にとるようにわかるから、書くまでもなかった。滝沢克己さんの思想を体験して半世紀を超えたので内包論からかれの神学について語ることにする。

滝沢さんの最晩年の著作に『純粋神人学序説』がある。そのなかの「物と人と物理学」(1984年日本物理学会での講演:於九州大学)で、「物」についてつぎのように言う。大意を要約しながら祖述する。植物も動物も人間もまた「物」である。このことはそれぞれの「物」に固有な物質を捨象してつくられた抽象的一般的な類概念を意味しない。そうではなく、それらの物に独特な形態がそれなしには存在しえない土台という意味での〈物〉である。言いかえれば、ただ、「これ」と指示することができるだけの「有限の物」である。だから物理学の対象となる無機物から有機物、植物、動物を経て人間に至るさまざまな物はみな第一義的な〈物〉の諸形態ということになる。そのように滝沢さんは考えた。

〈物〉の諸形態について、晩年の滝沢さんの考えの祖述をつづける。かれによると、事実は神を求めているのではなかった。自分自身のほんとうの根拠を探していた。さいわいに西田幾多郎の「絶対矛盾的自己同一」という表現に遭って、自分が自分であることの成立の根拠から呼びかけられている事実に気づいた。ドイツ留学のとき、西田幾多郎からいま流行りの軟弱なハイデガーではなく、神学者カール・バルトを学ぶように言われ、バルトの下で新約聖書を通してインマヌエルの根本原理を覚知する。それは、わたしの理解では神学僧のヘーゲルが解明しようとして苦悶の果てに放棄した人間の精神現象の淵源の発見でもあった。ヘーゲルの哲学が根こぎのニヒリズムであるのはこの不明に端を発している。ヘーゲルは目を瞑って存在の根元を括弧にいれたままこの不明を跨ぎ超し意識のふるまいを精緻に記述した。ヘーゲルの哲学と絶滅収容所や収容所群島は一直線につながっている。天皇を神の地上の顕現とみなした滝沢克己においてもなお。(注:「歩く浄土242」『カール・バルト=滝沢克己 往復書簡1937-1986』)

バルトが滝沢克己に投げた「聖書によらずして人間が正しく神を信ずることは、原理的には可能であるが、事実的には不可能である」という問いかけに、滝沢さんは、バルト先生、ぼくは神と人との関係をインマヌエルとして直覚したとき、まだ聖書を読んだことはなかったのです、と応答している。なんとこのやりとりが34年もつづいた。同一性を暗黙の公理として人と神や仏という超越のあいだがらをどれだけ論じてももつれた糸はほどけない。エックハルトの神の領域化や親鸞の他力はその至近まで迫っていた。ヴェイユが古代ギリシアまで遡及して発見した『前キリスト教的直観』においても。自己という意識に先立つなにかは存在しないことの不可能性としてたしかに存在しているのだが、ほらここにそれがあると指し示すのはたとえようもなく困難である。それがあることによって同一律が成り立つ、自同者に先立つ自己の手前のしくみを解き明かすことによってしか、自滅に向かってメルトダウンする世界の向こうに行くことはできない。向こうは足下にある。この世界の手前に、神という超越よりはるかに深い内包の性がある。バルト-滝沢克己の論争とおなじく空想のなかで滝沢克己のインマヌエルとインマヌエルの祖型となる根源の性のあいだの論争がつづいている。

かれにとって自己が自己であることは自己が主体であることとはまったくべつのことで、それはかれの思想にとって絶対にゆずることのできない不動の一点だった。自己は全然主体ではない有限のもののひとつの反映にすぎない。そこに人間にとっておそろしいほどの絶対的な自由の根拠がある。わたしの理解では滝沢克己はキリスト教に拠りながら人びとが粗視化した思考の慣性を創りかえようとしていた。滝沢思想はすべては「神の表現点として〈物〉の〈存在〉」へと収斂していく。かれは人間もまたただ「これ」と指示される「有限の物」にすぎない。存在の複相性を往還するとさまざまな自然が表現される。そのひとつが内包自然だ。GBはデカルトの精神と物質という二元論とはまったく異なる自然を創造した。GBの「長い長い進化の全過程もまた精神のプロセスである」という言明と、神の表現点としての〈物〉の秩序はとてもよく似ている。ここは意訳ではなく、著者の言葉をそのまま引く。

①<人間の発生はただ物から生物へという必然的な進化発展の線上に現われた一つの出来事にすぎない-そう言っただけで満足すべきでしょうか。しかし、「進化」ということは一般に、前の段階の形を踏まえてより進んだ次の段階の形へ移ることと解されますが、この「移行」が事実の世界でどういう風に生起するのか、どのような仕方で行われるかは、原理的・本質的な点だけに問題を限ってみても、けっしてそう容易に掴めることではありません。そこを原理的・徹底的に掴むことこそ私たち人間にとって甚だしく困難であって、そのためには、ただ歴史上に現われた一々の事実を沢山に集めて、あとからその上つらをなぞって纏めるというだけでなく、それらの現象が暗示している物そのものの道理-つまり、物が事実存在するということはもともとこういうことだから、物の主体化、その高度化ということが自然法爾(じねんほうに)に生起してくる、という一種独特な意味での「必然性」-を直覚・把捉するということがなくてはならないでしょう。
 そういたしますと、まず明らかなことは、何かある種の類人猿から、ある時ある処で、人間が発生したということを一応認めるとしても、それは、考えるものとしての人間が発生したということを一応認めるとしても、それは、考える存在としての人間の事実存在がその猿の内部に身を縮めて潜んでいたというようなことではないということです。>(『純粋神人学序説』14~15p)

神という超越でも言いえないなにかに滝沢さんは気づきつつあった。神もまた人間の精神の夢である意識の外延性の極北に存在しているにすぎない、それは同一者の思考で言いうることではない。その近傍まで滝沢さんの思想は及んでいた。自己に先立つなにかが存在するということを精神と物質の二元論で知解することはできない。論理階型を彷徨ったGBの進化についての理解もまた心的な過程にすぎないというある種の迷路に迷い込んでしまう。

<同じような不連続性が記述的言明の階層構造のなかにもあらわれる。経済性という理由で、記述者(ないしDNA)はどうしてもディテールを束にして扱わざるをえない。カーブした輪郭は、近似的に何らかの数学的形態へとくくられる。ある形の無限の細部もひとつの方程式に押し込まれる。そうして、あるひと束のディテールをうまく記述しおおせると、われわれは必然的にもう一歩一般化を押し進め、それらの束どうしの関係を要約することになる。たとえば、木の葉やカニの足(あるいは核酸でもいいが)どうしのちがいを述べるためには、比較される両者に共通の形式的類似性を取り出す必要がある、といった具合だ。しかしそのさい、ディテールから複数のディテールの束への飛躍や、さらにその束から複数の束の束への次なる飛躍は取り上げられないまま残る。これらの飛躍は、多くの理由で明確化されず取り上げられずに残ってゆくのである。われわれにはこのような抽象的な不連続性をいかにして記述したらいいかわからない。これに関する数学的定式化はまだまだ拙いものである。だが、たとえもっと強力な数学ができたとしても、われわれはたちまち無限遡及に陥ってしまうだろう。論理階型でいうといっぽうが高くもういっぽうが低いような階層関係にある二つの記述命題を立てた場合、その脇に立ってこれら両者の関係を記述するなら、この新しい記述は第三の論理階型に属すことになって、われわれはこれと前二者の関係を記述せざるをえなくなり、結局第四の論理階型が出現して、これが無限につづいてゆくのである。>(『天使のおそれ』284p)

科学という名の宗教が効率の最適化競争からまぬがれないかぎり、科学は何も証明しないというGBの命題はリアルにいまも生きている。現に今、コロナ真理教という科学という名の共同幻想に人類が憑依され家畜のように馴致されようとしている。私性は科学知という宗教に易々と組み込まれ新型コロナウイルスを撲滅することで社会の公共性が防衛される。生権力によって社会が防衛される。この観念の強制を忌避することはだれもできない。そのような知にわたしたちの日々は囲繞される。生命、あるいは人間という複雑性の現象を同一性という暗黙の公理を前提とした線型的な表現で記述できるということが理念の倒錯なのだ。おそらく人類史的な倒錯がこの思考の慣性のなかにある。意識の外延性とはべつの自然を粗視化しないかぎりコロナの呪詛から逃れる手立てがないことは先験的である。斯様に不安と戦慄を煽る明晰な迷妄という科学知は旧脳に易々と占拠される。大脳辺縁系の生に直属する意識のふるまいを内包という快楽で置き換えること。なにより〔2〕を主格とする表現をかたちにすること。来たるべき世界への勝機はすでにわたしたちの手中にある。

    3

GBの精神一元論とおなじように、滝沢克己は、物も人間も神の表現点であると心的一元論を唱える。間違いではないが、インマヌエルにふくらみがなく、ある種の窮屈さを感じてしまう。物の秩序を神の表現点とすることは洗練された同一性の外延的な拡張ではあっても、神と神の子イエスと、衆生を可能とする同一律そのものは前提とされている。これではどうやろうと信の解体はできない。なにより滝沢さんの思想では歴史の概念をつくることも信の解体も叶わない。猿の内部に人間が身を縮めて潜んでいたのではないということが滝沢さんのインマヌエルを象徴している。よくわかるが、とてもきわどいところだと思う。神を可視化する視線とはべつの自然を粗視化することでしか、この矛盾は解けない。猿から人間が出てくることはなく、この時間はメビウスの輪になった自己意識の外延性とはまったく次元の異なる生の内包的な表出としてある。インマヌエルとは異なった了解の系列が存在する。かれの思想も内部と外部という思考の慣性を暗黙の公理としている。つまり同一律のしばりを免れていない。存在の複相性を往還することをぬきにして、内部が外部であり、外部が内部である観念の運動を粗視化することはできない。インマヌエルが外延性の範疇で粗視化されている。わたしの理解では滝沢さんには存在の複相性の往還という理念はなかった。

あるひとつの思考実験。かりに人類の生態が500万年だとして、つい最近の現生人類のホモ・サピエンスの出現までの500万年の過程をビデオに撮り、超早送りで再現すると、あるとき、あるところで、人間の雛型が飛び出てくるだろうか。あるいはその変容はゆっくりしたものだろうか。自然人類学はこの問いに答えることができない。このような問いのすべてが擬制である。自然人類学のなかから内包論が出てくることはない。自然人類学は認識の往相の過程にあり、内包は存在を往還することでしか体験できない。聖道門の信と浄土門の他力ほどの違いがここにある。既存の認識の方法で内包論を実詞化することはできない。かろうじて存在の複相性を往還することで自然人類学のヒトの変遷と人間を根源的に分かつものがなんであるか明確になる。滝沢さんはそのことに自覚的だった。もう少し滝沢さんの言おうとしたことを引用する。

②<この私の事実存在は、私の歴史がどんなに正しくかつ高い段階に達したものであっても、すべてそういうこととは全然別なことです。人間のはたらきやすがたの正邪善悪・高低精粗というようなことが、そこでは一切問題になりえない、そういう意味ではただ在るから在るというほかない、絶対にコンティンゲントな出来事です。そうして私の「自由」というものは、このことと離れて成り立つことはけっしてできません。そこに私の人間としての、絶対に他に転嫁したり譲り渡したりすることの不可能な「責任」の出処があるのです。(中略)それが、私が最初に人間もただ〈物〉の一形態だと言ったことの意味なのです。>(『純粋神人学序説』47~48p)

歴史が正しくても、高度な段階に到達していようと、人間の働きや善悪、あるいは自由は、人間であることに根拠をもたない。それは向こうからくるもので絶対の受動性としてあると言明する。この信を聖道門の信と峻別できるだろか。

GBもおなじようにしてデカルト的な二元論を断ち切り、思考を一元論へと収斂した。だれによっても解決されていない困難な思考の限界がここにある。あるときからわたしはこの一元論をひらくことができることに気がついた。だから〔歩く浄土〕を書きつづけている。どれほど時代が遷移してもそこから世界があらわれ、そこへと回帰していくかわらぬ不動の一点がある。わたしはこの驚異を根源の一人称と名づけた。ここに観念の母型がある。この不思議を神の表現点としての〈物〉の秩序のありようとして描くことができるか。インマヌエルも同一性を暗黙の公理としたモダンな思想にすぎないことはわたしには自明に思えた。インマヌエルよりはるかにふるい前キリスト教的な精神の古代形象がある。聖書を読まずしてインマヌエルを直覚できるなら、インマヌエルぬきに存在の複相性を往還し内包自然に至ることができる。

人間もまた物の秩序のひとつであると言うことはできる。『言葉と物』でおなじことをミシェル・フーコーも言った。どうであれたしかに物の秩序は自然の摂理に従って遷移してきた。わたしはこれらの思考の全体を意識の外延史と一括りし、文明の外在史も精神の内在史も同一律が象り粗視化した壮大な精神の構築物であり、巨大な思考の慣性であるとみなしてきた。そうすると滝沢克己さんの思想は「有限の物」にすぎない存在を還り道で表現することでインマヌエルに奥行きを創ろうとした試みであったとも言える。GBもそうだったが滝沢克己も恐ろしい思想にたどりつく。ただたんに「これ」と指さすしかできない事物の悉くが神の表現点であると言う。神の表現点としての〈物〉は存在していると。わたしは内包論でこの世のしくみを往相の過程だとすれば往相の過程を逆にたどることが可能だと考えた。そしてなにより逆にたどることは個々人の意志とはなんの関係もないことであり、端的に言えば意志そのものが消滅していることになる。この機微のことをかれは不可逆という。非可換にも二相がある。親鸞は還相の不可分・不可同・不可逆の全体を他力と一言で言いあらわしている。

神を仲立ちとすることによって自己の自己性がもたらされると滝沢さんは考えた。この生の覚知がインマヌエルだ。滝沢さんにとってインマヌエルは理念以前の動かしがたい事実だった。わたしの考えてきた内包と滝沢さんのインマヌエルはどこがちがうのだろうか。滝沢さんは往路でインマヌエルを語っているようにみえる。往路で同一性のしばりを解くことはできない。後景に退いているようみえるが神と人との、不可分・不可同・不可逆の関係が暗黙の公理として同一性を陰伏している。この神の表現点として〈物〉の秩序を語るならば、神は内包の子であると実詞化せずに寓意すればよかった。どうやっても滝沢克己さんのインマヌエルという信は信の共同性を招き寄せる。竪超の信は自力であり、その写しが現世であると言ってよい。どうであれ聖道門の信はこの世のしくみをなぞることしかできない。共同的な信を解体する力が信それ自体のなかにないからだ。おそらくGBも滝沢克己もべつようの言葉でおなじことに気づいている。

ひとりがふたりで、ふたりがひとりということを同一性は粗視化することができない。『純粋神人学序説』の16pで人間の存在の不可分・不可同という両極性を一にして二、二して一と言い切っている。それにもかかわらず滝沢克己さんの思想がモダンだと思えるところを引いてみる。

③<いくら未開であっても、それなりにちゃんとした生産の技術と、それに見合う社会的組織が「自然発生的」に形づくられていました。それがすなわち人間が現実に生きていたということでありましょう。けれども、かれら自身がそれと「自覚」していたかどうかはともかく、もともと「考えるもの、意志するもの」として物を感ずる人間は、かれらの実現しえた技術・知識の及ばぬところは、呪術的な想念や儀礼によってその欠を補うことで、暗黒のⅩの恐怖に堪えるほかはなかったのでしょう。>(『純粋神人学序説』36p)

滝沢思想の根っこにある未開人の暗黒Xへの恐怖は形を変え、新型コロナウイルスへの呪的な戦慄としていまも現存している。同一律によって彫像されてきた諸科学が人びとを恐怖に陥れる。死は生に包まれてしか存在しない。生物学的な死のなかに生きられる死はまったくない。存在の複相性を往還すると内包という観念の母型にひとりでに降り立つことができる。わたしは体験のなかでつぎのように考えた。意識は内包という観念の母型を分有することで、自己に内包的に表出されたのであって、自己意識として自然から分離したものではない。自覚するしないにかかわらず、はじめから自己は〔ふたり〕なのだ。内包という母型から根源の性が弾けて心身一如の同一性的な生が表現され、自己の自己についての意識が分極し、自己の意識と環界が相互に規定し合い、さまざまな自然がつくられ、外延的な生は生の終わりに脱分極し、内包という母型に回帰する。生は内包と共に始まり、ある時間を外延的な生として生き、再び内包に回帰する。個人の生涯も内包から外延を経て内包に回帰し、歴史もまた内包から生まれ、一時期、外延史の世界を描き、やがて喩としての親族から内包という観念の母型に回帰する。誕生と終わりのふたつの内包にはさまれて自己と歴史という外延的な表現が存在している。滝沢克己さんのインマヌエルはもっと伸びやかな精神の古代形象に拡張できる。内包論の変わるだけ変わって変わらない、むしろ変わるほどに変わらない、存在の複相性を往還することで生きられる内包自然とインマヌエルは異なる人間理解だと思う。ここには自同律からの途方もない逸脱がある。自同律を可能とする内包という観念の母型が生にとっての無限の可能性だと思うから内包論をつづけている。

レヴィナスにも滝沢さんと似た生の感受がある。〈ある〉にふと触れることの恐怖をデュルケムに重ねながらレヴィナスは語る。

<未開宗教における聖なるものの非人称性は「いまだ」非人称の〈神〉であり、いつの日にかそこから発達した宗教の〈神〉が生まれることになるが、それとはまったく反対に、この非人称性は神の出現を準備するものなど何ひとつない世界を描出しているのだ。〈ある〉の観念は私たちを〈神〉に導くものではなく、むしろ〈神〉の不在に、いっさいの存在の不在に導く。未開人たちは絶対的に、〈啓示〉以前に、光の到来以前にいる。>(『実存から実存者へ』)

レヴィナスは自身のイリヤという生の不全感を未開人に外挿する。滝沢克己とレヴィナスは思想的にモダンな相貌をしている。未開についての根本的な倒錯がある。わたしたちの先端的科学知もまた共同的な迷妄と共にある加持祈祷のたぐいではないか。同一性を公理として表白されるどのような表現も意識の外延性からまぬがれることはない。科学も宗教も貨幣も共同的な明晰な迷妄の虜囚である。なぜこのような考えが招来されるのか。内包知がないからだと思う。

かろうじてシモーヌ・ヴェイユは自我と社会という偶像から遠く離れて信を語った。神は婚礼の部屋にあらわれると彼女は書き、問題の核心をみごとに射貫いている。信仰の言葉には集団の言語と個人の言語があるとヴェイユは言う。神の真の友人たち、たとえばエックハルトがそうだが、かれらの言葉は公的な信と矛盾を起こし、沈黙のなかで信が生きられる。神はこの場にだけ臨在する。

<そして、かれらが教会の教えと一致しなくなる時、それはただ、公けの場所での言語が、婚礼の部屋の言語とは異なるからであるにほかならないのです。二人ないしは三人の間でしか真に親密な会話は存在しないということは、誰でも知っております。もしそれが五人あるいは六人になれば、すでにして集団の言語が支配しはじめます。ですから、「あなた方のうちの二、三人が私の名において集まるところではどこでも、私もその中にいるであろう。」という言葉を教会にあてはめますと、完全な間違いをおかしていることになるのです。キリストは、二百とも、五十とも、十ともおっしゃいませんでした。キリストは二、三人と言われたのです。キリストは親密なキリスト教的友情、すなわち二人の向かい合った親密さの中に、第三者としてつねに現われる、と正確に言われたのでした。>(『神を待ちのぞむ』)

ものすごく大事なことをヴェイユは言っている。キリストはヴェイユにかぎりなく近傍に存在しているので、その神を内面化や社会化することができない。婚礼の部屋は〔性〕である。だから神は「二人の向かい合った親密さの中に、第三者としてつねに現われる」。この第三者を意識の外延性がとりだすことはできない。ぎりぎりのところまでヴェイユは思考を延ばしていた。ヴェイユの第三者は逆向きに意識を求心することができる。同一性的な意識の平面では第三者としてあらわれる〔と共に〕は、根源のふたりの痕跡なのだ。この面影のことをわたしたちは神や仏と言い習わしてきた。自己も共同性もそれほど堅固なものではない。内面を内包化すると他力のなかの他力がふいに湧いてくる。内包という言葉をつくればヴェイユはもっと生きられた。そのことについて「歩く浄土272」で少しコメントした。再掲する。

<婚礼の部屋で、ヴェイユはこの上なく無上の神である根源の一人称と一対一で対面している。二人の向かい合った親密さのなかにつねに第三者としてあらわれる神は可視化できない〔ことば〕である。根源の一元である〔ことば〕はそのままでは対他性をもたないので同一性の慣わしで、根源の二人称と呼んでいる。この対面によってヴェイユの自己という存在は簒奪される。意識の外延性で言えばヴェイユは無になる。この無のなかに観念の無限の可能性が潜んでいる。つまり婚礼の部屋は〔性〕である。二人の向かい合った親密さの中に第三者としてあらわれる〔ことば〕という〔性〕を意識の外延性がとりだすことはできない。ぎりぎりのところまでヴェイユは思考を延ばしていた。そこに存在した、ある思考の限界を極限までヴェイユは生きた。(略)

再びヴェイユに問う。婚礼の部屋でなにが起こるのか。明瞭である。「私が無になるにつれて、神は私をとおして自分自身を愛する」(『重力と恩寵』)という言葉については多義的な解釈が可能だ。おなじことがエックハルトや親鸞にも起こった。自分自身を愛するのはだれか。ヴェイユが神を婚礼の部屋で愛するのか。翻訳によるとヴェイユが我執を放下して無になるにつれて、神はヴェイユを愛することになると読むこともできる。もっとシンプルにかんがえれば、ヴェイユと神とのあいだにある絶対の非可換性が輪郭をうしない、神とヴェイユが相互に入れ替わっている場面のように読める。ヴェイユより近くに神がいて、神より近くにヴェイユがいる。わたしには、ヴェイユと神が根源の一人称として円融しているようにみえる。わたしは〔ことば〕という婚礼の部屋でイノセントなヴェイユが肩の力を抜いて逍遙游するありえない光景を目撃している。>

    4

マルティン・ブーバー(1878-1965)は『我と汝・対話』で第一の根源語と第二の根源語についてつぎのように言う。おおまかに関係の型として、第一の根源語は内包論の根源の一人称に、第二の根源語は根源の二人称にいくらか対応しているようにみえる。

<世界は人間のとる二つの態度によって二つとなる。
人間の態度は人間が語る根源語の二重性にもとづいて、二つとなる。根源語とは、単独語ではなく、対応語である。
根源語の一つは、〈われ―なんじ〉の対応語である。
他の根源語は、〈われ―それ〉の対応語である。この場合〈それ〉のかわりに〈彼〉と〈彼女〉のいずれかに置きかえても、根源語には変化はない。
したがって人間の〈われ〉も二つとなる。なぜならば、根源語〈われ―なんじ〉の〈われ〉は、根源語〈われ―それ〉の〈われ〉とは異なったものだからである。

根源語は、それをはなれて外にある何かを言い表わすのではなく、根源語が語られることによって、存在の存立がひき起こされる。
根源語は、存在者によって語られる。〈なんじ〉が語られるとき、〈われ―なんじ〉の〈われ〉がともに語られる。
〈それ〉が語られるとき、対応語〈われ―それ〉の〈われ〉がともに語られる。
根源語〈われ―なんじ〉は、全存在をもってのみ語ることができる。
根源語〈われ―それ〉は、けっして全存在をもって語ることができない。>(岩波文庫『我と汝・対話』7~8p)

<〈なんじ〉を語るひとは、対象といったようなものをもたない。なぜならば、〈なにかあるもの〉が存在するところには、かならず他の〈なにかあるもの〉が存在するからである。それぞれの〈それ〉は、他の〈それ〉と境を接する。〈それ〉は、他の〈それ〉と境を接することによってのみ存在する。しかるに、〈なんじ〉が語られるところでは、〈なにかあるもの〉は存在しない。〈なんじ〉は限界をもたない。
〈なんじ〉を語るひとは、〈なにかあるもの〉をもたない、否、全然なにものをも、もたない。そうではなくて〈なんじ〉を語るひとは、関係の中に生きるのである。>(同前8~9p)

ブーバーが根源語と言うとき第一義的な根源語が〈われ―なんじ〉を指していることはすぐわかる。この〈われ―なんじ〉の根源のつながりは、他のなにかあるものではなく、対象をもたず実詞化することができない。そのおのずからなる応答として存在の定立がもたらされるとブーバーは言う。この存在の定立の後に〈われ―それ〉という出来事が起こる。わたしはブーバーのいう根源的な対応語のことを根源の性を分有すると内包論で考えてきた。この根源語は関係が表現であるように生きられる。〈われ―なんじ〉はつねに〈われ―それ〉に先立つ。ありえたけれどもなかったものを現にあらしめるという内包論の意図もそこにある。また古代の陽気な面々の総敗北がここにある。総敗北した一万年余のそびえ立つ歴史。内包の生を手にするのにそれほどの歳月がかかった。あなたはわたしよりわたしの近くにいる。このずっしり軽い性。おそらくここまで到達するのに万余の歳月があった。外延史の果てに内包史がある。

ブーバーは未開・原始と現代をなめらかにつなぎ、第一の根源語は内包論の根源の一人称に、第二の根源語が意識の外延表現にある対応しているようにみえる。第一の根源語から第二の根源が派生したことになるが、この外延表現はブーバーによるとつぎの形体となってあらわれる。ブーバーは未開人が光の到来以前を生きているのではなく、第一の根源語を自然に生きていると言う。精神の古代形象をよくつかんでいるようで、じつはこの尊大な語り口はハイデガーにそっくりであることに気づいた。

<二つの根源語の根本的差異は、原始人のたどった精神の歩みに明らかである。原初的な関係の出来事において、まだ自己を〈われ〉として認める以前に、前形体的在り方ではあるが、彼らはすでに根源語〈われ-なんじ〉をきわめて自然に語っている。これに反して、根源語〈われーそれ〉は、おそらく自己を〈われ〉と認識して、すなわち、〈われ〉の分離によって、はじめて可能となる。おそらく第一の根源語は、〈われ〉と〈なんじ〉に分解できるであろうが、しかし二つの要素が一つになって生じたものではない。この根源語は〈われ〉より先のものである。第二の根源語は、〈われ〉と〈それ〉の二つを一つにして成り立つ。これは〈われ〉より後のものである。>(同前32p)

〈われ〉に先立つ〈われ―なんじ〉はしかし第二の根源語の〈われ〉と〈それ〉に分かれていき、〈なんじ〉が〈それ〉の集積物となり、経済や政治はその重量で頭上に崩れ落ちてくる。現在につながる考察だと思う。

<・・・現代の人間の共同生活は、必然的に〈それ〉の世界に落ち込むようにできているのではないだろうか。経済とか国家とかいった生活の二つの組織は、現代のように規模が完璧なものになると、あらゆる〈直接性〉を冷然として無視する立場だけしかとり得なくなるのではないだろうか。いわんやその分野を異にする立場からの抗議や、強硬な拒絶などを受けつけることはあるまい。(・・・略・・・)もしこれらの支配者が、彼+彼+彼を合計して〈それ〉という式の代わりに、〈なんじ〉よりほかなにものも生じない〈なんじ〉+〈なんじ〉+〈なんじ〉の総計を出そうと試みるならば、彼らの経済や政治の世界は、彼らの頭上に崩れ落ちてしまうのではなかろうか。>(同前60~61p)

なぜ第一の根源語が第二の根源語に融解していったのか。第一の根源語が、神を第一義とし、その神を仲立ちとした対幻想や友情であることはすぐに読み取れるし、第二の根源語が社会関係の〈われ〉と〈それ〉だとすると、第一の根源語と第二の根源語は意識の外延表現で一括りすることができ、それはこの世のしくみをなぞることにしかならない。「原初的な関係の出来事において、まだ自己を〈われ〉として認める以前に、前形体的在り方ではあるが、彼らはすでに根源語〈われ-なんじ〉をきわめて自然に語っている」ことの発見はブーバーの功績だと言える。知識人のブーバーは世界の成り立ちを解釈しているつもりで、じつは世界を睥睨していることになる。ベルグソンの静謐な純粋意識とは似て非なる卑しさを感じる。なんということはない言葉を戯れこの世のしくみを上滑りして解釈しているだけだ。この邪さをレヴィナスは見抜いている。レヴィナスはブーバーの〈われ―なんじ〉への応答として辛辣な書簡を出す。その一部を引用する。

<食物を与えたり衣服を着せたりという機械的な行為がそれだけで〈私〉と〈きみ〉の出会いをなす、とは私は決して考えてはおりません。いずれにしましても、この点にかんする私の考えはいま少し複雑なものです。私見によりますと、「きみと呼び合うこと」はそれ自体ですでに与えることであり、このような与えることから切り離された「きみと呼び合うこと」は、たとえそれが異邦人同士のあいだで生じるとしても、実質を欠いた「単に精神的な」友情、言い換えますなら、すでに「無気力な」友情-事実ある種の世界ではこのような事態が生じかねないのですが-にすぎないのです。「きみと呼び合うこと」はすでにして(与える手をもふくむ)私の身体をつらぬいており、したがって、それは(自己の身体としての)私の身体、(享受の対象たる)諸々の事物、〈他者〉の飢えを想定しているということ。このように「語ること」は受肉したものであるということ、言い換えますなら、それは音声や歌や芸術的行為の器官に還元されるものではないということ。〈他者〉はつねに、〈他者〉である限りにおいて、(私の主人であると同時に)貧者であり窮民であるということ。要するに、〈関係〉は本質的に非対称的なものであるということ。>(『固有名』所収「マルティン・ブーバーとの対話」1963年ブーバー宛の書簡)

当事者であることのひずみを根底からひらこうとして、存在するとは別の仕方で、あるいは存在することの彼方から実詞化できない非対称的な他者に向かってレヴィナスは叫んでいる。うまく存在をひらいているとは思わないが、レヴィナスのイリヤがブーバーにとどくことはない。この世のしくみを審問する言葉の切迫感はブーバーにはない。わたしはブーバーの「〈われ―なんじ〉」も〈われ―それ〉」という根源語も、ともに同一性の派生態であるという前提から内包論を考えてきた。ブーバーが「関係の中に生きる」というとき、根源語を支える神が一義的なものとして暗喩されている。この一義を仲立ちとして〈われ―なんじ〉の関係が表現されることになるのだ。理解はできるが違うと思う。ブーバーの生ぬるい考えではアウシュビッツはなんどでも繰り返され、そのつどかれは嘆く言葉を痛みもなく記すことになるだろう。ただことの始まりが〈われ―なんじ〉に起因するという着想はいまでも鮮やかだと言える。〈われ―なんじ〉の関係が絶対的な神を仲立ちする関係だとしても。

    5

おおきな思想的恩恵をうけた滝沢さんのインマヌエル(と共に)という信のどこにすきまを感じたのだろうか。滝沢さんの目と表情をみているとかれはかれが発するその言葉の場所を疑いもなく生きていた。微塵の欺瞞もそこにはなかった。風の谷のナウシカのようにうつくしい佇まいだった。あまりもうつくしすぎてこの世のよどみは、かれの、ただの人という主張からいつもはみだしているようにみえた。滝沢さんは神とのつながりを媒介にして自己という現象があらわれることを見事に言語化したが、ではその信はどう解体されることになるのかについて終生自覚的ではなかったと思う。おそらくインマヌエルのリアルさに圧倒されそのなかを生きながら汲めども尽きない豊饒さにかまけて信の解体をめざすことはなかったのではないか。天皇制への驚くべきイノセント。その点ではレヴィナスの思想との相同性があると言えるが、レヴィナスのほうが同一性の思考の制約について自覚的だった。自己意識の用語法がいずれにしても同一者に回収されることにレヴィナスはよく観取していた。次の一文はどうか。存在の彼方を語ろうとしたレヴィナスの気づきと、息づかいはつぎの語りのなかによくあらわれている。

<近代の認識理論は主体と客体の関係にかんする問いを提起しているが、この問いは真理をめぐる古代の問いを継承するものである。ただし、近代の認識理論は、宇宙を形づくる諸存在の階梯のうちにその座を占めるような認識主体をもはや想定してはいない。真理を希求する者は存在から根底的に切り離されている。つきつめて考えるなら、分離の観念は、分離された存在の起源をこの存在それ自体のうちに探し求めるよう、哲学者たちを導くことになる。どんな他なるものにも導くことの決してない内面性を起点として、自己にしか向かうことのない次元のうちで、分離された存在は解釈され、定立される。このように分離された実存が認識の主体ないし意識であることになろう。>(『固有名』所収「マルティン・ブーバーと認識の理論」)

自己意識から存在に触れることができないその原理が述べられている。わずかなずれもなくレヴィナスが言う通りだと思う。そう書きながらレヴィナス自身は絶句する。絶対的な他性に媒介される他者の顔の現前としか存在の彼方を言うことができない。存在するとは別の仕方でと自己意識の用語法に回帰することで、実詞化できない存在を顔と寓意することになる。なにかすっきりしない。斯くしてレヴィナスは生涯、思考の堂々めぐりの旅程を生きた。同一者の手前に、存在の彼方や存在するとは別の仕方があることによくレヴィナスは気づいていたが、実詞化できないその存在を神という同一者に委ね、他なるものを顔の現前と寓喩することでハイデガーの哲学に帰順した。レヴィナスの言いたいことはよくわかるがもっとも肝心な思想の根柢に関わることをうまく言えてない。それほどハイデガーのうそが巧みだったということだ。レヴィナスほど滝沢克己はナイーブではなかった。かれが足下にあるインマヌエルという原事実がどんなただのひとにも及んでいるというとき、インマヌエルが非信を包括することはなかった。おそらくわたしは若い頃そのことに漠然とした不満を感じたのだと思う。シモーヌ・ヴェイユがじかに生きた婚礼の部屋での言葉と公衆の場での言葉の違い、信と非信を包括する言葉の場所を滝沢克己がもつことはなかった。

わたしの立ち位置を申し述べる。信の解体もまたひとつの信ではないかと問い返されたら、たしかにそれもまたひとつの信ではあるが、内包という信が共同性を疎外し宗教を生むことはないと答える。この信は内面でも、内面の共同的な符丁でもなく、それらのすべてを反転するけっして実詞化できない非信であり、非信がそのまままるごと信である、謂わばけっして実詞化しえない喩としての信と言える。滝沢さんの思想の核心に迫りたいので親鸞の信についてまた考える。

複数の者が親鸞の他力を知覚したとする。いずれも親鸞の他力を他力として生きている。また信の深さについては甲乙つけがたい。あるいはすべての衆生が正定聚を覚知したとする。それにもかかわらず、かれらはかれらの意図に反して他力による信の共同体をつくるはずだ。現に浄土真宗という巨大な教団がある。むろん親鸞の思想と他力本願という自力の聖道門の教団の教義はまったくべつものである。それでも親鸞の思想には目に見えない逆理がある。親鸞の思想はこの矛盾に耐えられるだろうか。ひとり親鸞にとって浄土門の信は解体したが、浄土門それ自体の信をまるごと解体することはできなかった。わたしはそこに親鸞の未然があると考えてきた。自然法爾にわずかでも奥行きをつくることができれば、内包の信に到達したはずだ。内包論で共同幻想のない世界は可能かと問いながら始終、信の共同性のことについて考えてきた。複数の他力の念仏者はここで根底的な矛盾にさらされる。他力による浄土という信を生きるのはそれぞれの覚者であるが、覚者は不可避に共同の信をもつことになった。わたしたちの時代では、信は、決壊した民主主義という共同幻想や健康という宗教やコロナ禍という集団憑依現象としてあらわれている。さまざまなる信の多様性というべきか。いずれの信も虚ろで力がない。

しかし親鸞は言う。<この上ない仏といいますのは形もおありになりません。形もおありにならないから自然というのであります。形がおありになるように示すときには、如来のさとりをこの上ないものとはいいません。形もおありにならないわけを知らせようとして、とくに阿弥陀仏と申しあげる、と聞き習っています。>(石田瑞麿訳「末燈鈔」)形のない仏とはなにか。たんてきに〔ことば〕というしかない。

この場面で「ヨハネによる福音書」の一節を思いだした。旧約聖書の創世記のはじめにある混沌としたカオスに神が「光あれ」と言うと、光があったとはどういうことを意味するのか。旧約聖書の根幹にはなにがあるか。絶対者として君臨する神がいて、生を引き裂かれた衆生の呪詛をその神が睥睨し、生々しい現世の修羅と怨嗟は神のみ言葉によって反転し、祝福されるというのは俗解で、混沌とした存在に神という超越でたどたどしく裂け目を入れ、存在を語ろうとした未熟さがその実相だと思う。旧約の神は存在をよく可視化しえていない。わたしはずっとそのように理解してきた。斯くてこの彫刻された存在の裂け目に二分心の神が降臨することになった。この神は憑依の力が薄れていくにつれて、神性の復権をめざし、文字と国家と貨幣を外延的に表現することとなった。人間の集団が自然的な関係を逸脱し共同幻想でしか関係をつなぐことができなくなったことの象徴としてこの出来事はある。なぜか人間は共同性を疎外する人間の関係のありかたを選択してしまった。ここにはありえたけれどもなかった人間のもうひとつの可能性が潜んでいた。内包ではない意識の外延性のこの原理は、ヨハネによる福音書に色濃く引き継がれているようにみえる。旧約の神の「光あれ」は存在する事実に圧倒され慄き、二分心に分裂することでカオスを収集しようとした。旧約の「光あれ」は存在することの驚異へのたじろぎだった。新約聖書の「ヨハネによる福音書」はつぎのようにはじまる。存在に人類史の規模でおおきな亀裂が走った瞬間だ。旧約の土俗的な信とは異なるもうひとつの超越が誕生した。

<初めに言(ことば)があった。言葉は神と共にあった。言葉は神であった。この言葉は初めに神と共にあった。すべてのものは、これによってできた。・・・この言葉には命(いのち)があった。そしてこの命は人の光であった。ここにひとりの人があって、神からつかわされていた。その名をヨハネと言った。この人はあかしのためにきた。光についてあかしをし、彼によってすべての人が信じるためである。彼は光ではなく、ただ光によってあかしをするためにきたのである。・・・ヨハネは彼についてあかしをし、叫んでいった。「『わたしのあとに来るかたは、わたしよりすぐれたかたである。わたしより先におられるからである』とわたしが言ったのは、この人のことである」。律法はモーセをとおして与えられ、めぐみとまことは、イエス・キリストをとおしてきたのである。神を見た者はまだひとりもいない。ただ父のふところにいるひとり子なる神だけが神をあらわしたのである。>(『新約聖書』「ヨハネによる福音書」第一章:日本聖書協会1954年改訳)

ヨハネの後に来るイエスが神の子であり、神の子であるイエスによって衆生に言葉という光がとどくことになった。言いかえれば、はじめて、神という絶対的な超越者と人間との途絶が、イエスを媒介にすることで、衆生とつながることになる。なにを信じるかは人間が共同的な符牒として存在していることに帰せられるが、なにかを信じるということは、はるかに古い精神の古代形象に淵源をもっている。わたしは自他未分の根源の一人称に、神という同一者が、ユダヤの神とは違って存在に刻み目を入れた大きな観念の革命がはじまる場面として、ヨハネ伝を感慨深く読んだ。言葉と共にある神と衆生を媒介する人格がイエスに象徴されている。神の子であるイエスを媒介に神が衆生とつながりうるという観念は人類史の偉大な観念の革命だった。古代ギリシアを逍遙していた前キリスト教的直観が同一者に縮減していった象徴的な場面と言いかえることもできる。ソクラテスの弁明で知られる無知の知も、論語の孔子もユーラシア大陸の西と東を同時期に生きた巨才だが自己と共同性を前提とした叡智が語られている。自同者が十全に発露されたモダンな思想だと思う。伝承される新約のイエスのふるまいによって硬い生存の条理のなかでかすかにやわらかい生存の条理が語られることになったと言ってもよい。それは観念の偉大な革命であるとどうじに神という超越を戴く堅固な共同性で呪縛される巨大な呪力の誕生でもあった。わたしは文明の外在史と精神の内在史という意識のありかたの全体を自己意識の外延表現とみなしてきた。イエスを神の子とする観念の大きな飛躍も意識されることなく同一性のしばりが拘束する意識の外延性の範疇に滞留することになった。

わたしは体験の固有性を普遍化するなかで意識が外延的に表現された外延知とは異なる内包知があることに気づいた。ふたつの意識がある。共同性をつくることができる意識と共同性をつくることができない意識。意識の外延性は三人称を外化し、意識の内包性は三人称をつくることができない。領域としての自己が性だから三人称という概念は存在しないし、三人称をつくろうとしてもつくることができない。前者の意識はわたしたちの人類史だが、後者の意識のありかたは還相の性を媒介に喩としての内包的親族となってあらわれる。なぜこんなことになるのか。存在が複相的だからだ。もし意識が外延という単層だったら三人称は不可避となる。ひるがえって自己が領域としての性だとしたら、どんなふうに観念を操作しても三人称の世界をつくることができない。外延知が存在の複相性を生きることはないが、内包知は存在の複相性を往還し、やわらかい生存の条理をそれ自体として生きることができる。わたしはここに歴史の未知があると考えてきた。コロナという宗教的な祭儀のなかにあっても変わらない。コロナはたんに科学が宗教であることを剥きだしにしてくれただけだ。ある特定のパラダイムのなかでだけ科学の真理は宗教的な真理として担保されているにすぎない。

自他未分の根源の一人称という存在の全円性に刻み目を入れ、存在に亀裂が走ると、根源の一人称は、還相の性と、それを核とした喩としての内包的な親族という根源の二人称を表現する。還相の性はたんなる内包的な表現の起点と考えていい。還相の性は、あるか、ないかとして存在しているのではない。根源の一人称という存在の全円性が、還相の性というおのずからなるつながりがあるから、自他未分の根源の一人称が根源の二人称として表現される。しかしこの起点がないと人と人のつながりは共同性として疎外され、国家と貨幣の発生を避けることができない。国家や貨幣や科学知という同一律のしばりをうけた共同的迷妄という明晰からどうやったら生や歴史を折り返すことができるか。還相の性と内包的な親族の関係のどちらが優先するか、その先後はどうなっているかと問うことには意味がない。起点があるから優先や先後のない関係ができるし、そこでだけ凡庸な悪が消えてしまう。領域としての自己が性であるなら、三人称が疎外する凡庸な悪はどこにも存在する余地がなくなる。心身一如に自己のありようの起点をおくかぎり、三人称が疎外されることからまぬがれることはない。人倫をどれほど熱く説いても禁止は侵犯される。ソクラテスの弁明も孔子の論語も自同者を前提としたモダンな思考にすぎない。自他未分の存在の全円性が自己意識の外延性に先立って存在する。

同一的なものは根源の性のうねりを可視化してみずからを立ち上げ、際限なく同一律を反復し、さまざまな自然を粗視化してきた。そうではなくおのずからなる性のうねりが跳ね上げた無数のしぶきのひとつぶ一粒が総表現者の固有の生に比喩される。そしてここがいちばんの要だが、しぶきの解像度をあげると、だれのどんな生においても、しぶきは点ではなく一粒であるにもかかわらず波という領域として存在している。領域というしぶきとしての生が無数にあるなら、表現の階調もまた無数にあることになる。最晩年の吉本隆明やフーコーはこの近傍まできていた。外延的な生の途絶は、内包的にはこの世界のどんな深い悲しみより深い悲しみとしてあらわれるが、外延的な終命とは違って有縁の不思議というほかなく、このうえない生の深さをもたらす。倫理の彼岸の謂わば根源の倫理とでもいうものが倫理の手前ある。意識の外延性が生の途絶を招いても〔あなた〕へ全面的に明け渡された領域としての自己は、内包という観念の母型に回帰するだけで、終命はどこにも存在せず、このうえなく深い生の和解ということができる。わたしたちが認識の自然としている思考の慣性を転倒すると外延的な死は内包自然のなかで内包自然という生の一部となる。死はわたしに属することでも、共同幻想に属すことでもなく、根源の二人称の分有としていつも生きられている。

わたしは既存の適者生存を前提とする、他者を自己の生存の手段にする生の様式とまったくことなる内包自然(じねん)の大地に根ざした、還相の性を核とし、領域としての自己という性と、ひとりでいてもふたり、ふたりで居てもひとりの存在が巻き取っていく、喩としての内包的な親族によって、意識の外延的なさまざまな自然を包み込むことができると考えている。いまひとつこの考えになにかつけ加えることがあるとすれば、生の原像を還相の性として生きるとき、生の原像はどこに価値の基底をもつかという根元的な問いがある。非僧非俗や非知はまだ知の解体の途上にあってここに触れることができない。知に対する非知、あるいは非僧非俗は、依然として知の範疇に属する。非知ではなく、愚それ自体、俗それ自体、卑小それ自体、息をしていないことと対応する生存の最小与件が、可視化も実詞化も実体化もできない〔性〕として挿入されている。だれのどんな生のなかにも自己意識とはべつのかたちでこの〔性〕が分有されているから、固有の生それ自体が価値となる。それは一個の偉大な卑小そのものだ。心身一如の自己という認識の容器のなかには空虚だけがある。ヴェイユも宮沢賢治も言語化できない意識の深いところでこのことに気づきそれぞれの生を十全に生きた。

ここでゆくりなくもユヴァルの思想と邂逅する。ユヴァル・ノア・ハラリは、人々の自然な関係の広がりは150人までで、それを超えると人と人は、共同主観的現実という虚構を通じてしかつながらないと言う。虚構という共同主観的現実に還り道があるとしたらどうなるかとここでユヴァルに問いたい。意識の外延性ではなく、存在しないことが不可能な意識の内包性に向かって意識を往還することができる。わかってしまうと、とてもシンプルでどうしてそのことに気がつかなかったのかといういうくらいにかんたんなことだ。はじめに自他未分の〔2〕があり、心身一如の自然が事後的にそのことを〔1〕と認識し、あらためて1から2が語られている。この同一性は人間を無機的自然をふくめた全自然の一部とする。意識の外延性にとってこの過程は不可避となる。それは西欧的な偏りということもできるが、ユヴァルの哲学にも知識の折り返しがない。存在を往還すると『ホモ・デウス』を可能とする意識の自然が象る共同主観と内面の主観は領域としての自己と内包的な親族に拡張され、貨幣は適者生存というむきだしの競争からおのずからなる贈与に転位し、国家という共同性は内包的な親族のなかに嵌入し内包自然に包み込まれることになる。自身の考えてきたことをふり返りながら滝沢さんの世界に半世紀ぶりに立ち入っている。滝沢克己さんのインマヌエルとまみえるために迂回路を必要とした。

    6

インマヌエルの原事実だけを、生涯、飽くことなく、滝沢さんは、くり返しくり返し、それ以外に言うことはないというほど、書き、発言した。若い頃偶然に滝沢さんの思想に接し、不思議と懐かしいような感じがしてかれの言うことが染みいるようにするりと入り込んできた。はじめからりくつではなくわかった。すでに感得していたことを長い歳月をかけインマヌエルをいくらか変奏し内包と言いかえたとも言える。むしろインマヌエルの祖型となる観念を生きてしまったと言うべきか。理念としては吉本隆明の共同幻想論を根拠にかつて絶対孤立の苛烈な闘いを敢行した。凄まじかった。国家の本質が共同の幻想であるように、たしかに、被差別部落と呼ばれる現象は内と外をめくり返す共同幻想という迷妄である。そこで演じた惨劇はわが事としてわたしの生存感覚を貫通し焼きついている。共同幻想という思想を知ることがなかったら胸の悪くなる陰惨な闘いを持続することはできなかった。しかし共同幻想という考えをもっとも深いところで支えたのは滝沢克己の言葉だったように思う。吉本隆明の言葉のひとつひとつ、滝沢克己の言葉のひとつひとつがなかったら生きていくことはできなかった。この時期にひとの生を引き裂く硬い生存の条理といやおうなく生をひらく熱い自然を体験した。滝沢克己さんのつぎの発言をどう理解するか。

④<ある一人の現実の人が、どんなに強く、その人の生まれ育った家庭環境やその時代の歴史的社会的状況の重い病に規定せられて、やがては滅びてしまうだろうと思われても、次の瞬間にどのような現実のかれ(の姿)が現れるかは、だれもこれを「規定」したり「予定」したりすることはできません。前の現実はそれ自体、事実存在する人間の無数の可能性のなかから、人間の真実の主に対する応答として現れた一つの形である以上、そのなかにはかならず、(かれのもの)人間のものではない真実の要求と、それに対してどう応答するか、まったくかれ自身に委ねられた無限の可能性が含まれているからです。だれかが、人間存在にとって最も根本的なこの単純な事実性と自由を抜かして、「現実の」社会的制約とか歴史的「必然的な法則」にしたがっての成り行きとかを語るとすれば、その人の語る「現実」とか「必然的法則」とかいうものこそまったくの空想だと言わなくてはなりません。>(『純粋神人学序説』48~49p)

⑤<実存在する物としてのみ人は人として存在する、という厳しい制約があるからこそ、人間は長く苦しい経験をとおして、人間として成長発展することができます。人間社会の形成もこのことのほかではありません。(略)マルクスが、「労働の疎外」とか、これと不可分の「資本主義社会の経済法則」とか言いえたのも、人間労働(物質的生産的に労働する人間存在)に、人間の意志(意識)を超えて直属する根源的制約(「経済原則」)を踏まえてのことです。これに対する人間の応答の仕方の狂い―その根源的制約を無視して「自主独立」な「私人」《Privatmensch》として立とう伸びようとするその背叛―が、当の私人のあらゆる努力とその社会のめざましい発展にもかかわらず、いかに惨憺たる不幸を結果するか、この点の「物の道理」を、はっきりと示してくれたといってよいでしょう。>(同前51p)

④、⑤として引用したこの箇所について『Guan02』に『「内包」という名の贈り物』という解説を寄せてくれた萩原幸枝さんはつぎのように書いている。有限な生が無限であることの意味が充分に読み解かれている。

<この中にある「人間のものではない真実の要求」、「事実存在する物としてのみ人は人として存在する」という人間存在にとっての厳然とした制約は同時にそれへの応答というかたちで人間の自由、無限の可能性をすでに含みもっているという考え方は、いくつかの過誤や回り道を経て、今わたしの中にしみとおるように理解できるような気がします。「だれかが、人間存在にとって最も根本的なこの単純な事実性と自由を抜かして、『現実の』社会的制約とか歴史的『必然的な法則』にしたがっての成り行きとかを語るとすれば、その人の語る『現実』とか『必然的法則』とかいうものこそまったくの空想だと言わなくてはなりません」という滝沢先生のことばはわたしのなかでは七〇年に書かれた吉本隆明の「三番目の劇まで」のなかにある「部落は共同の幻想である」ということばから受けたある種の解放感というようなものとぴったりと重なります。よく考えてみればすでにわかっていたことだったのです。>(『Guan02』322p)

もうひとつシモーヌ・ヴェイユについて書かれたところを引用する。

<今、シモーヌ・ヴェイユの思想からわたしたちが学ぶものがあるとしたら、それは社会的な属性や立場というようなものとはまったく異なった次元に、人間にとってほんとうにたいせつなことはあるということではないでしょうか。もっとはっきり言えば、ほんとうにたいせつなことは社会的な属性や立場というようなものとは異なる次元にしか存在しないということだとおもいます。そのようなことはなんの関係もないといいうる次元が確実に存在し、そしてわたしたちにはその地平を生きうるという可能性が与えられています。つまり、わたしたちが有限な存在だということ(生まれてくる場所や時を選ぶことはできないし、死についても同じ。そして誰一人の例外もないということ)は制約ではなく、むしろ自由であることを証明する契機となりうる存在でもあるということであり、人間はそのために、そのようにつくられているのだということをヴェイユはその言葉によって今も示しつづけています。>(『Guan02』317~318p)

どのような苦界があろうとなぜひとは自由であるのか、それを験すためにそのひとの固有の生があるが、そのことを自己が決定することはできない。自己や社会的属性が擬制であることのなかにむしろ固有の自由がある。言葉が言葉を生きることのなかにしか固有の生はない。総表現者のひとりのなかにある生の原像を還相の性として生きるときいやおうなくひとりはふたりとなる。ひとは根源においてふたりである。わたしの体験に即して言えば、ほんとうにこのことがわかるひとは無限小ではないかと思う。またこの世の思考の慣性からは痛ましい生として感受される。わたしの考えではここからしか言葉ははじまらない。言葉は固有の体験の場所をもっている。そしてこの体験の固有値は内面化することも共同化することもできない。

滝沢克己さんとシモーヌ・ヴェイユについての批評は彼女の生を貫通したうえで書かれている。その場に居合わせた者として彼女の言うことのすべてをまるごとリアルに一瞬の留保もなく理解できる。滝沢さんの所論から自由の根源がどこから来るのか、しみとおるように理解でき、吉本隆明の部落は共同幻想であるという思想から受けた開放感に重なり、さらに有限である人間の生は社会的な属性を超えて自由へとひらかれているという、そのおなじ地平をわたしも生き、いまも生きている。わたしは考えた。けっして内面化も共同化もできないこの固有の体験をそのまま歴史の概念として言うことはできないか。できると考え、徒手空拳。悶絶、輾転反側しながら粘りに粘って、究尽した。公開した〔歩く浄土〕のすべての論考がその試みである。生の制約は生が自由であることを証明する契機であるという体験の固有値によって、文明の外在史と精神の内在史という外延的な表現を、その手前で折り返すことができる。体験の固有値は言葉のはじまる固有値から喩としての内包的親族へと内包的に表現される。この生の覚知を存在の複相性の往還につなぐことができる。けっして内面化も共同化もできない意識の内包的な表出はこれまで重畳されてきた世界や歴史の概念を転倒し、拡張し、変奏することができる。対幻想の裂け目から音もなく水のようにながれているなにかを意識の外延性と逆向きに求心すると根源の性があった。それが事の次第だ。

パウル・ツェランもわたしの内包と至近の場所で詩作を実践していた。レヴィナスは『固有名』のなかでパウル・ツェランの作品を「存在するとは別の仕方でという未曾有の様態としてまさに詩を示唆しているのではなかろうか」と読解し、詩を、分節化されない喃語期にある幼年時代の間投詞の水準に引き戻していると言っている。<したがってツェランにとっては、詩は構文や論理に先立つ(言うまでもないだろうが、このことは今日どれほど必須の事態と化していることか!)のみならず、開示にも先立つこの水準に位置していたことになる。純粋な接触、純粋な触れ合いの瞬間に、掴み握りしめる瞬間に、詩は位置しているのだが、おそらくそれは、与える手をも与えるひとつの仕方なのだろう。近さのためにあるような近さの言語。存在の真理よりも古い言語。おそらくは存在の真理を担い、支えてさえいるような言語。数々の言語のうちでも第一の言語。問いに先立つ答え。>(レヴィナス『固有名』61~62p)

「問いに先立つ答え」が滝沢さんのインマヌエルだが、引用の①から④を要約するとつぎのようになる。

最晩年の滝沢克己さんが中学生の孫に遺した言葉がまとめられている。些細な事情は省く。長女の長男が中学生になるとき、世界が異和そのものとして迫ってきて、日々の息継ぎができなくなる。世界の変容にとまどい、のっぴきならない絶望がその子を追い詰めていく。その孫に滝沢さんはなんども手紙を書く。そのなかからいちばん印象深くのこる言葉を追記する。

⑥<しかし、賢ちゃん、もう心配しなくてもいいのです。たとい過去にどんなひどいことがあったとしても、そしてそれをもとに戻すことはむろん、償うことさえできなくても、そのために自分の生に絶望することはないのです。なぜといって、その「自分の生」がもともと、自分の正しさに支えられて立っていたものではない、「自分の生」というけれども、ほんとうは神さまに恵まれたもの・神さまからあずかったものとして、始めて「自分の生」だからです。そしてその「自分」と神さまとの結びつきは、賢ちゃん自身にとってもまた、肉親の父母と自分とのそれとさえ比較を絶して、堅く親しい支えであり力だからです。>(滝沢克己『中学生の孫への手紙』)

親子が有情であり、インマヌエルが有縁であることはいうまでもないが、比類を絶する竪超の信が説かれて入る気がしてしかたない。神を媒介にしてはじめて個人が個人であることの各自性が出てくる。それはよく理解できる。エックハルトも登場する古井由吉の『神秘の人びと』でもこのくだりが無名者の信仰の告白として頻出する。わかるが不満である。親子の関係よりインマヌエルが隔絶しておおきいということは、むしろ根源の一人称を神と人の関係を第一義とすることを可能とした、同一性に縮減したことの斥力として表現されているのではないだろうか。この斥力は信を媒介に自己と社会という擬制を不可避に疎外した。それにもかかわらず「問いに先立つ」根源の一人称は曲率ゼロの同一性の平面上に無限小となった根源の性の痕跡をのこす。この痕跡のことをわたしたちは神や仏と名づけてきた。これもまた稀な幼童のひとつといえる。

同一者に縮減された斥力として各自性は存在の全円性から切断され隔離されたことになったのではないか。内包の世界では存在の複相性を往還することによって、インマヌエルのはるか手前にインマヌエルの祖型が、インマヌエルより深いものとして厳然として存在することを知覚することができる。親鸞の有情より有縁を度すべきということは、有情は有縁に包括され生が反転し、還相の生となることを意味している。親鸞が生きた自然(じねん)と滝沢さんのインマヌエルは至近ではあるが無限に隔てられている。信もまた面々のはからいといえばそれまでだが、解体された信がなければ禁止と侵犯という人倫の解けない問いとして生をしばるものになる。恩を仇で返そうとして詭弁を弄しているのではない。だれかをかけがえのないと思う可能性のなかに起こりうる世界のすべての可能性がある。この生の知覚はインマヌエルの手前にある。わたしは一箇の性としてわたしより近くの固有名を表現する。そのほかに書く理由などあるものか。しかしその刹那、還相の性によって喩としての内包的な親族が表現される。原口孝博さんが言う〔重なりの1〕はこのことを指しているのではないだろうか。わたしはこの不思議に魅入られる。

インマヌエルぬきにインマヌエルより深い、解体された、もはや信ではない、内包の信を生きるとはどういうことか。いま、例外状態が常態化しつつある。インフォデミックとパンデミックが重ね合わせられ、世界が新型コロナウイルスに憑依された。わたしたちはそのただなかにいて、そのど真ん中を〔歩く浄土〕として生きようとしている。このあたりのことは内包論でもつたわりにくいところだと思っている。知識人と大衆という生の分割支配を突きぬける総表現者を生きるほかに内包論があらわそうとしていることを伝えるすべはない。なぜ内包論がわかりにくいのか。いくつもの意識のありようが外延と内包をめぐってめまぐるしく入れ替わっている。その機微が理解しにくいからではないかと思う。そのあたりのことを我が身に起こったことを反芻しながら改めてたどってみる。生を引き裂く苛烈な自然との争闘のなかで熱い自然が一閃した。不意打ちなのでそれがなんであるかわからない。この不思議を名づける言葉は知る範囲になかったので、手造りの概念をつくりその不思議をつかもうと考えた。もうずいぶん昔のことで、関係が表現であるとか、関係の原像という言い方をしていたように思う。わたしがあなたである。わたしより近くにいるあなたという言い方がなじんだ。のちにはこの知覚を根源の一人称や根源の二人称と名づけている。当時は根源の一人称と根源の二人称との相違を言語化することはできなかった。根源の性、分有、内包表出、内包表現、内包知、内包自然、喩としての内包的な親族や総表現者、存在の複相性の往還とやわらかい生存の条理、幼童など、言葉をひとつずつつくっていき、それらを織り合わせて〔歩く浄土〕を書きすすめている。切りがないし果てがない。最近、実詞化できない言葉を可視化し、「歩く浄土273」のなかで、4つの画像を体験の固有値の、ある比喩としてひとつの普遍理念を表現した。

fig1:メビウスの輪
fig2:メビウスの輪の圧縮
fig3:メビウスの輪に刻み目を入れる
fig4:メビウスの輪に刻み目を入れてできあがる2つの輪

身が心をかぎり、心が身をかぎる存在の自同性は神と神への臣従という二分心を生む。歴史の遷移とともにやがて自我が生まれそれを礎として社会が営まれることになる。つまり、fig2のメビウスの輪の圧縮を前提としてインマヌエルという信が発祥することになる。それにもかかわらず精神の古代形象である根源の一人称(fig1)はインマヌエルの祖型としてその痕跡を自同律のなかにとどめている。また曲率ゼロの平面である自己同一性に刻みを入れ、ひらくと存在の複相性が表現され、根源の一人称が根源の二人称に転位することになる。ひとつのメビウスの輪とふたひねりされた輪っかがつながっている。輪っかがつながるこの箇所のことを親鸞は有縁と名づけている。ここまでくると還相の性と喩としての内包的な親族の差異はとるにたらぬ、たんなる機縁にすぎなくなる。その先後でさえ差異が消滅する。ただ根源の性を分有するメビウスの輪が存在しないなら喩としての内包的親族が立ちあがることもない。

たしかに生の知覚として存在するにもかかわらず、存在の影にすぎない言葉で存在の本態をつかもうとすることは、二次元で三次元を粗視化するとき遭遇する困難とよく似ている。できっこない。悪戦苦闘ののちに、それならばとわたしは考えた。対象の粗視化を徹底して逆倒しようではないか。〔2〕を主格として世界を描くこと。人間のだれも、人類のだれもこのことを究尽していない、ソクラテスも孔子も、と考えた。〔2〕を観念の起源として公準とし、〔2〕の派生態として「1」を考えるとどういう世界があらわれてくることになるか。無謀な妄念と言うこともできる。10年余の失語を経てようやく世界が動きはじめた。わたしは憑かれるようにして内包を語り書いた。知るかぎりだれもここまで踏み込むことはなかった。それほどまでわたしたちの思考の慣性は大きいということだ。おそらく人類史の規模で。対象を粗視化する観念と思考の慣性は軋むことになる。そのことに気づく人は皆無だといっていい。

マルクスが「イェニーさん問題」をそれ自体の領域として表現できなかったことと、島尾敏雄の「Sさん問題」はおなじことを意味している。マルクスには男性の女性にたいする関係のなかにもっとも本質的なことがじかにあらわれるという直感があり、『経哲草稿』のなかで、男性の女性にたいする関係のなかに人間の人間にたいする関係がありそれは人間の自然にたいする関係であると記している。そのことを「イェニーさん問題」と呼んできた。マルクスは時代の趨勢のなかで「イェニーさん問題」を社会化した。マルクスのイェニーさん問題と島尾敏雄のSさん問題はあらわれかたの違いがあるようにみえて意識としてはまったく同型なのだ。もしもマルクスが「イェニーさん問題」を自己と類の結節点としてとらえるのではなく、「イェニーさん問題」を基点として世界を表現していたら、貨幣の精妙煩瑣な交換のしくみは資本論ではなく贈与論となるように、もしも島尾敏雄が「Sさん問題」を内面化を超えて表現していたら三角関係は消滅したと思う。対幻想という特殊な共同性を内包化すると性はそれ自体の領域としてあらわれ、自己と共同性を包み込んでしまい、自己は領域としての自己として、外延表現の共同性は喩としての内包的な親族となるほかない。内包的な生と内包史の可能性は還相の性のなかにある。

「Sさん問題」の悲劇の根源になにがあるのか。政治と文学は同一性という意識の表裏の関係にあって、政治が文学を、文学が政治を補完している。共同幻想の精神の避難場所が文学や芸術であり、文学や芸術がそれ自体として自存しているわけではまったくない。互いが互いの補完物にすぎない。内面という思考の慣性を前提とした文学は夥しく書かれてきたが、内面化できない自然を表現しえた表現者は存在しない。この擬制や虚偽を突き抜けるには、けっして共同化できず、どうじに内面化もできない精神のあり方をそれ自体として取り出し、名づけるしかない。島尾伸三は父が死んだとき母親が殺してくれと言えば嬉々として殺したと思うと『小高へ』で書いている。そしてその息子も父親とおなじ共同的な信の場所から父を糾問する。なぜこういう意識のどうどうめぐりを振りきることができないのか。それでも息子の伸三さんが「父の落ち着いた声には甲高く細い音が混じっています。母は混乱していても声は低く、幅が広くて丈夫な紐のような音が三本くらい流れています。彼女は高い声で歌をうたっても細くなることはありません」と描写するくだりはたとえようもなく美しい。憎悪する両親への身を切るような哀惜がここに書かれている。「興奮すると西洋の音楽を奏でるバイオリンのような音を紡ぐ父の声は、奄美の三線のような野太い悲しみの音楽のような母の声と、共鳴することはありませんでした」。

なにか少し島尾夫婦のもつれがわかったような気がした。先行する巫女の母型の精神と、後を追うシャーマンの父系的な精神が軋む生と性の戦い。ミホはヤポネシアの象徴であり、敏雄は記紀万葉の世界の精神を象徴し、そのどちらも意識の外延性を統覚する共同的な信に呑み込まれていく。島尾敏雄はキリスト教の信に帰依し、その代償として精神の地獄を風景として俯瞰することができるようになる。ミホは始めから最後まで性愛の対象として神格化された島の隊長さんを共同の信の枠組みに納めようとヨブ記の神のように際限なく夫を苛む。政治と文学という意識の外延性をどれほど緻密に外延しても解けない主題を解けない方法で解こうとする錯認からまぬがれる途はどこにもない。

ここでも内包論の原則を貫く。けっして共同化も内面化もできない出来事の真芯を内包的な〔ことば〕として表現すること。生の原像を還相の性として生きる。これよりほかにわたしたちがなすことはないと思う。メビウスの輪となった性をメビウスの輪にそって一人称と二人称と三人称に切り分けていくと、ふたひねりした輪っかができる。三人称は消えて喩としての内包的な親族が親鸞の有縁によって還相の性とつながることになる。意識のこの地平で「イェニーさん問題」と「Sさん問題」は消滅し、還相の性と喩としての内包的親族は拡張されたあるひとつの幼童となる。もしこのような読解が可能なら「イェニーさん問題」も「Sさん問題」も内包論のなかで本懐を遂げ往生する。

コメント

1 件のコメント
  • 倉田昌紀 より:

    紀州の倉田昌紀です。3月18日の文章(言葉)を、小生なりにですが、読ませて頂きました。ありがとうございます。「書かれることをやめようとしない」不可能性と、「書くことをやめようとしない」必然性が、せめぎあっているのでしょうか?「無意識の不成功(失敗)は、愛である」と「性関係はない」という言葉が、なぜか、小生には、想起されてきたのです。
    また、読ませて頂いていないところへ、遡って読ませて頂きます。感謝しています。小生自身を知るために、参考にさせて頂きます。ありがたいことです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です