日々愚案

歩く浄土272:複相的な存在の往還-幼童について4

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これから当面するコロナ後の世界新秩序が無意識のものか意図されたものかまだわからない。資本主義のフェーズが変わるとサイトに書いたが、むしろ資本主義をリセットすることで世界新秩序が駆動されつつあるのではないか。養鶏、養豚、と同じように給餌することで人間を賄うことが進行しつつあるのではないか。悪の権化が遂行しているということではない。さまざまな機縁のノードが絡まって大規模に世界が改変されている。どう考えてもコロナ禍は文明史の転換の前哨戦だという気がする。伊藤計劃の『虐殺器官』と『ハーモニー』が同時に進行している。アフターコロナの時代がどうなるかということは、結局のところ同一性がどう振る舞うかということに帰せられる。自己意識の用語法によって同一律のふるまいが自在にコントロールされ、人びとは同一性のふるまいが確定する事象を公理として受け入れる。コロナ禍という人為的な災害においても。核兵器があり、生物兵器もある。科学知という情報が兵器として機能することもあるんだなと今回の倒錯したコロナ禍で初めて実感した。

内包論はやっと幼童の世界まできたが、重畳する人類史になにかひとつ未知のやわらかい生の条理をつけくわえるにはさらに膨大な思考を積みあげて行かねばならない。意識の外延史として扇状地のように分厚く堆積した思考の慣性を書き換えるのは容易なことではない。しかし同一律の手前の構造を明らかにすることで、少しずつ、同一律が必然とした歴史や生のありようをつくり変えつつある実感がある。内包論はいつも過度であり、内包自然のやわらかい生存の大地に吹く一陣の風を目指している。幼童の世界についての考えを進めていく過程でヴェイユの思想の全円性に触れたような、これまでとちがった手応えを感じた。記憶のなかにあるヴェイユの言葉の断片をつなぎ合わせ、だれも触れたことのないヴェイユの思想を彫り刻みたい。

人格の表出とは深淵でもって隔てられた第一級のものが存在するが、それらのものは本質的に名をもたない。この箇所はヴェイユの思索に触れただれもが印象深く記憶に刻むところだ。破壊される世界のただなかを苛烈に生き急いだヴェイユの遺した言葉は強烈である。峻烈な生を生きるしかなかったものにヴェイユの言葉がじかに届く。生存の争闘のど真ん中でひたすら愚直にヴェイユは生きた。集団は虚構であり、集団が人格を抑圧するのではなく、人格の側に集団に突進する傾向がある。だからデモクラシーとはべつの形態を創造するしかないが、それがどういうものであるかだれも知らない。身に染みこんでいるヴェイユの言葉がつぎつぎに湧いてくる。言葉がオリジナルで深いのでかんたんにはわからない。一身で三生を経るように、ヴェイユが生きた歳月よりはるかに長く生きてきた。長い時間をかけてじぶんなりにヴェイユの言葉を咀嚼し、ヴェイユの思想の未遂もよくみえてきた。

『ロンドン論集と最後の手紙』で、人格のなかに聖なるものはなく、無人格的なものなかに聖なるものがある、とヴェイユは書いている。読んだのは若い頃だったが、彼女が言いたいことが、わたしにはよくわかった。知解ではない。そこを行き来する道は一度通ると消えてしまって、二度とおなじ道を通って行くことはできない。たしかに通ったと言っても、それを第三者に見せることはできない。じぶんの道をみつけて通ったことのある人にしか、向こう側に行く道があることはわからない。触れたという実感が残響のようにのこるだけで、そこに至る道は消えてたどり直すことができない。ヴェイユの思想はそのようなものとしてあった。ことばと出会うというのはそういうことだと思う。

これまでヴェイユの思想を何度も取りあげてきて、いまヴェイユのなし得たことと、ヴェイユにとっての不明が手に取るようによくわかる。ヴェイユが人格に対して無人格を対置することは、フロイトの意識に対する無意識の対置とまるでまったく地軸が傾くほどに違う。フロイトの無意識はフロイトの自己意識の反照にすぎない。神がじぶんより近くにあることを知覚しながら、共同的なものの一部になることを、ヴェイユはだれよりも激しく拒絶した。ヴェイユは彼女に固有の神にしかじぶんを差しださなかった。なにより自我と社会的なものをふたつの大きな偶像として拒んだヴェイユにとってもはや内面はなんの価値もなかったし、その固有の神を共同化することになんの関心をもつこともなかった。神はヴェイユ一人がためのものだった。内面化も共同化もできない比類を絶したヴェイユにとっての固有の神とはなにか。

教会の信者という公衆のまえにイエスはいない。『神を待ちのぞむ』に「あなた方のうち二、三人が私の名において集うとき、そこに私はいるだろう」(「マタイ伝」18-20―森崎注)とある。「キリストは親密な友情、二人の向かい合った親密さの中につねに第三者として現れる」。ヴェイユの思想がいっそう深くなる場所だ。ヴェイユはこの場所のことを婚礼の部屋と名づけている。「神の真の友人達が―私の気持ちではマイステル・エックハルトのような人です―ひそかに、沈黙の中で、愛の結合の中で聞いた言葉をくり返す時、そして、かれらが教会の教えと一致しなくなる時、それはただ、公けの場所での言語が、婚礼の部屋の言語とは異なるからであるにほかならないのです」。内面化も共同化もできないヴェイユに固有の神はキリスト教の信よりもはるかにふかい精神の古代形象に由来するものではないか。

婚礼の部屋で、ヴェイユはこの上なく無上の神である根源の一人称と一対一で対面している。二人の向かい合った親密さのなかにつねに第三者としてあらわれる神は可視化できない〔ことば〕である。根源の一元である〔ことば〕はそのままでは対他性をもたないので同一性の慣わしで、根源の二人称と呼んでいる。この対面によってヴェイユの自己という存在は簒奪される。意識の外延性で言えばヴェイユは無になる。この無のなかに観念の無限の可能性が潜んでいる。つまり婚礼の部屋は〔性〕である。二人の向かい合った親密さの中に第三者としてあらわれる〔ことば〕という〔性〕を意識の外延性がとりだすことはできない。ぎりぎりのところまでヴェイユは思考を延ばしていた。そこに存在した、ある思考の限界を極限までヴェイユは生きた。

ヴェイユの第三者を逆向きに求心するとなにがあらわれるか。同一性的な意識の平面で第三者としてあらわれる「と共に」という超越は根源のふたりの痕跡なのだ。この面影のことをわたしたちは神や仏と言い慣わしてきた。思考の限界もまた同一律の専制が強いたあるひとつの放埒にすぎない。人格的な表出が意識の外延的な表現に、無人格的なものが内包表現に対応している。存在の複相性を往還すると即座に思考の限界は破られることになる。ヴェイユの大才をもっていしてもこの機微を生きることは困難だった。なにより若すぎる死だった。存在はべつに同一律によって規定されるものではない。もっと闊達で複相的なものだ。

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ヴェイユが煩悶し超えることのできなかった思想の難関とはなにか。ヴェイユの思想をあらためて概観する。偉大な人格の表出とは深淵で距たれたもうひとつの領域が匿名の領域として存在して、そこには人類史を画する偉大な業績よりはるかに偉大なものが無限小のものとして存在している。「ある一つの秩序に、それを超越する秩序を対比させる場合、超越するほうの秩序は、無限に小さなもののかたちでしか、超越されるほうの秩序のなかに挿入されえない」(春秋社刊『重力と恩寵)それは人格ではなく無人格である。思考の限界を拡張しようとして果たせずにヴェイユは凝然と佇んでいる。デモクラシーとはべつの形態とはなにか。なぜ「神の体験をもたない二人の人間のうち、神を否定する人のほうがおそらく神により近いところにいる」(「重力と恩寵」)のか。1789年のフランス市民革命の自由と平等と博愛はなぜ混乱と騒乱と虐殺を帰結したのか。ヴェイユは言う。「一七八九年、全世界に向かって発せられた権利の概念は、その内容が不十分であったがために、それに委託された機能を遂行することができなかった。」(『ロンドン論集と最後の手紙』)なにが不十分だったのか。ヴェイユは答えていないが、あらゆる根本的な疑義を出し切っている。答えることはできないのは外延的な意識の必然だった。「思考の黙して語らぬ働きによって限界づけられているこの概念は、定義されることができないのである。定義することも、理解することも不可能な概念を、公の道徳の範とすることは、あらゆる種類の暴虐に道を開くことになる。」(同前)なにより存在の複相性をヴェイユも生きればよかった。

開きかけたなにかが閉じてしまい、それをなんとかこじ開けようとしてヴェイユは思考の限界にぶつかってしまう。自我と社会なものがふたつの擬制の偶像であることはよくわかる。同一律が共同性や個人の内面を疎外し強固な思考の慣性に閉じられて聳え、どうあがいてもこの外延的な意識を内側から破ることはできない。内面化も共同化もできないそれ自体をどう表現すればいいのか。その途上でヴェイユは倒れた。残されたヴェイユの言葉をていねいにたどっていくと、思考の限界を超えかかっていた痕跡がある。ヴェイユの婚礼の部屋という言葉がそれだ。そこでヴェイユにとっての固有の神が生まれる。そのなかで生き、それがあるから生きられる固有の神との濃密な関係を、ヴェイユは生々しくつかんでいた。非知の領域をはるかに超えたところに、甦る現代の親鸞に比肩されるヴェイユの痛ましさが唸りをあげながら渦を巻いていた。ヴェイユの著作を読み始めて半世紀が経ち、果たし得なかったヴェイユの夢をいまじかにつかんでいる。

 自力信仰の我執解脱なら竪超の聖道門でもできる。そんなものは自然にいかに融即するかという生の技法にすぎない。ヴェイユにとってもわたしにとってもそういうことはどうでもよかった。ヴェイユを苦しめたのはそんなあまいことではない。瞑想という虚偽でヴェイユの壮絶な孤独を埋めることはできない。ヴェイユは『重力と恩寵』で言う。<このどうしてもなくならない「私」、それが私の苦しみのどうしてもなくならない土台である。この「私」を普遍的なひろがりをもつものにすること。>(春秋社版『重力と恩寵』242p)このくだりも若い頃に読んだが、遠くまで来てしまったという感慨がある。内面化も共同化もすでにヴェイユの関心はない。それにもかかわらず、どうしてもなくならない〔私〕が残ってしまう。ヴェイユにとって〔私〕は我執や個の内面ではないのだ。ヴェイユはけっして内面の葛藤を悩んでいるのではない。そういうものはすでにすっ飛んでいる。なぜ〔私〕がなくならないのか。それが黙して語らぬヴェイユにとっての思考の限界だ。たんてきにヴェイユは同一律のしばりを逃れることができなかった。じぶんをたどりながらヴェイユの苦しみの根源に迫る。わたしの皮膚に焼きつけられた消しようのない生存感覚がある。生を引き裂く固い自然とはからいではなくおのずからつながる熱い自然。

再びヴェイユに問う。婚礼の部屋でなにが起こるのか。明瞭である。「私が無になるにつれて、神は私をとおして自分自身を愛する」(『重力と恩寵』)という言葉については多義的な解釈が可能だ。おなじことがエックハルトや親鸞にも起こった。自分自身を愛するのはだれか。ヴェイユが神を婚礼の部屋で愛するのか。翻訳によるとヴェイユが我執を放下して無になるにつれて、神はヴェイユを愛することになると読むこともできる。もっとシンプルにかんがえれば、ヴェイユと神とのあいだにある絶対の非可換性が輪郭をうしない、神とヴェイユが相互に入れ替わっている場面のように読める。ヴェイユより近くに神がいて、神より近くにヴェイユがいる。わたしには、ヴェイユと神が根源の一人称として円融しているようにみえる。わたしは〔ことば〕という婚礼の部屋でイノセントなヴェイユが肩の力を抜いて逍遙游するありえない光景を目撃している。だれも知ることのなかったヴェイユのありようをヴェイユの幼童と名づけてもいいのではないか。傍からは狂死したとみられるヴェイユの生存のありようには痛ましさのかけらもないとわたしは思う。だれに知られることもなく、本人でさえそのことを意識することもなく、存在の複相性を往還し、ヴェイユは、存分にじぶんの生を幼童として舞い、本懐を遂げた。

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シモーヌ・ヴェイユの3つ年上の兄、アンドレ・ヴェイユにたいするコンプレックスがなかったらヴェイユの思想がかたちになることはなかった。アンドレのパスカルに比される数学の大才は観念の自然過程に属する人格の表現にすぎない。数千年を生きのびる人格の表出である輝かしい業績を超えて、その領域とは深淵でもって距てられたもうひとつの領域は、人格の表出をはるかに超えた生の源泉となる。兄のアンドレがヴェイユの人格の表出を象徴している。<ヴェイユは、リーマンを数学界の偉人の一人と考え、リーマンの本とギリシャの詩を読んだことで、「人類の歴史の中で本当に価値があるのは真の偉人であり、その頭の中を知るには彼らの業績に直接触れなければならない」という結論に至った。ヴェイユ日く、妹のシモーヌ・ヴェイユも、おそらく彼の影響を受けて同様の結論に達したのだという。>(『ブルバギとグロタンディーク』アミール・D・アクゼル)ヴェイユとアンドレはべつの気圏に棲息していた。

妹のヴェイユが兄アンドレに抱いた複合感情をヴェイユに語ってもらう。<十四歳の時、私は思春期の底なしの絶望の一つに落ちこみました。自分の生来の能力の凡庸さに苦しみ、真剣に死ぬことを考えました。パスカルの才能に比較されるほどの少年期、青年期を持ちました私の兄の異常な天賦の才能が、どうしても私に私の凡庸さを意識させずにはおかないのでした。外的な成功を得られないことを残念に思っていたのではなく、本当に偉大な人間だけがはいることのできる、真理の住む超越的なこの王国に接近することがどうしてもできないということを口惜しく思っていたのでした。>(『神を待ちのぞむ』)

レヴィ=ストロースの『遠近の回想』を読むと、シモーヌ・ヴェイユのことが出てくる。アグレガシオン(哲学教授資格)を受験するときヴェイユやメルロ=ポンティやボーヴォワールと一緒だったと言い、ヴェイユの印象をつぎのように語っている。<「彼女の剃刀のような考え方にはついていけませんでした。彼女にとって、ものごとはいつもオール・オア・ナッシングでした」「シモーヌ・ヴェイユという人は、その厳しい考え方を、自己破壊にまで貫徹した人でした」>同一律の世界の公理を通して世界を観察したレヴィ=ストロースにとってヴェイユはそのようなものでしかなかった。レヴィ=ストロースの主著のひとつである『親族の基本構造』の複雑な婚姻関係を群論で定式化したのはアンドレ・ヴェイユである。

才能については、知る限り吉本隆明が最も腑に落ちることを言っている。鮎川信夫が吉本隆明に問う。やっぱり才能の差というのはあるのではないかと吉本に問いを投げかける。即座に吉本隆明は鮎川信夫に反論する。才能の差はない。べつに倫理で言っているわけではないと強調する。

<吉本 うん。そうですか、その能力っていうものも平等じゃないと思ってますか?
鮎川 能力もそうじゃないと思ってますよ、ぼくは。
吉本 そうか、ぼくは平等だと思ってますよ。
鮎川 そうらしいんだ。どうも、君はね。
吉本 そうなんですよ、平等だと思ってる。ぼくはね、全部おんなじだと思ってるわけです。
・・・(略)・・・
鮎川 だから君がいった理論でいくとね、人間の感覚はどの感覚も発展させられると、もちろん頭脳の問題にしたって、頭だってどんどんどこまでだって発展できるってことでしょう?
吉本 そうですね。
鮎川 そうなるとさ、はじめっからある能力が劣っているものがね、なにもそれを補償するような努力をするとはかぎらないんだよ。やっぱり同じ盲目であっても、触覚が普通の人の倍ぐらいしか発達してない奴もいれば、十倍発達してる奴もいるわけでしょう?
吉本 ええ、そういうことですね。
鮎川 そうするとね、どうかしら。やっぱり、結局トータルな差というものも、むしろ開いちゃうこともあり得るんじゃない?
吉本 ええ、それはあり得ますね。そう思います。個々のケースでいえばあり得ますし、そういうふうに、排除して残る能力云々てことになりますけど、ある偶然が、育った環境かしりませんけれど、それでもってしらないうちにある制約を受けるってことがあるでしょうけれども、そういうことがはっきり把めるならば、そうしたら、やっぱり、能力の差というのは人間にはないんだと思えるのです。それからもし身体的なあるいは感覚的な不利みたいなもの、差みたいなものがあっても、おそらく観念というのは、それをなんか無視できる所で発揮されるだろうというふうに考えていくと、おんなじではないかと思うのです。だからぼくは、自分より能力のある奴がいるっていうのを信じないしね、能力がない奴がいるとも信じないわけです。全然信じない。>(『詩の読解』吉本VS鮎川信夫:1981年)

才能についてのもろもろは吉本隆明の言うことに尽きると思う。人間が平等であること、才能に違いがないこと、これは吉本隆明の思想の公理であり、そのことを疑う余地はない。人格の表出史に名をとどめたアンドレ・ヴェイユという天才と、それとはことなる気圏を匿名の領域としてつくり、そこを生きたシモーヌ・ヴェイユになにか違いがあるだろうか。わたしはシモーヌ・ヴェイユの思想のほうが比較を絶してはるかに偉大であると思う。

強いAIとアナログな人間の知力を比べてみよう。適者生存の最適解の解像度は桁違いに圧倒的に強いAIがアナログ的な思考を制圧する。むしろしがらみのない強いAIのほうが人の足下をみることなく公平に事態を判断するだろう。非効率の極みのアナログの生には最適解はない。アルゴリズムにできることは観念の自然過程を効率よく実現することだ。そのことに是非はない。しかし人間であることは適者生存からこぼれ落ち、ぼこぼこに生が破綻する自然のなかにありながら存在の複相性を往還することは強いAIにはできない。強いAIもまた同一性の手前にある内包自然によって統覚されている。同一律のアルゴリズムは還相の性の手中にある。アルゴリズムと同一性の手前は非可換である。

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原始キリスト教の苛烈な倫理をヴェイユは生きていた。工場での無能体験を経て、卑小な存在であるじぶんを凝視する日々を過ごしていて、あるとき突然、ヴェイユは背後を一閃される。旅したポルトガルの小村の満月の夜、漁師の女達が古い聖歌を、胸を引き裂かんばかり悲しげに歌っていた。そのときふいにヴェイユはキリスト教は奴隷たちの宗教であることを覚知する。なにかヴェイユより強い、知ではない、知をはるかに超えるなにかが彼女をひざまずかせた。人格の表出とは隔絶したもうひとつの気圏とは同一性の手前にある自然のことである。ヴェイユがわたしか、わたしがヴェイユか判然としない。わたしも愚劣につぐ愚劣を重ねることがなかったらヴェイユの思想の凄みとそこにある思想の未遂を理解することができなかったように思う。いくら頭が柔軟で空っぽでもいくつものことが頭のなかを占めることはない。生きていくのに必要なことはほんとうにわずかなことだ。それは時代性と偶然がないまぜられて、言うならば個人の意思はほとんど関与できない。あらゆる出来事が面々のはからいに帰することになる。

ここまでヴェイユの思想をたどってくると、内面化も共同化もできなかったヴェイユの心性はどこに向かったのだろうか。残された問いはそのことに尽きるように思う。ヴェイユのいう婚礼の部屋でヴェイユはイエスと円融したと思えてならない。ほかにヴェイユにとっての観念の可能性があっただろうか。ヴェイユを簒奪する絶対的な他者が彼女を無にすることで、かろうじてヴェイユは生を統覚することができた。むろんその信は内面化も共同化もできない、ヴェイユにとってこのうえなく無上の〔ことば〕という固有の他者だった。「ヨハネによる福音書」の冒頭に「初めに言(ことば)があった。言(ことば)は神であった。この言(ことば)は初めに神と共にあった」という聖句がある。二分心による同一律の専制の宣言である。こういう虚偽をヴェイユは受けいれることができなかった。竪超を信じるものたちはこの擬制の虜になる。いま渦中のコロナ真理教とおなじだ。

キリスト教の信を解体して、キリスト教を統覚する同一性の手前にある内包自然の幼童をヴェイユは生きた。傍からは精神の狂気に見えた。そうではない。ヴェイユの精神は明澄だった。ヴェイユもまた時代の申し子であったが、孤絶や痛ましさとは無縁の苛烈でありながらも悠然としたひとつの無垢を生きた。ヴェイユの思想に自身の生を重ねながらヴェイユの自然について書いてきた。ヴェイユはヴェイユに固有のありかたで、ヴェイユに固有の幼童という不在の神を満身で駆け抜けるように生きた。このヴェイユ論を読んだら、そう、少し生き急ぎすぎたかもね、と笑いながら言うと思う。

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