日々愚案

歩く浄土254:寄せられたコメントへの切れ切れの応答

内包論は書いていても読者からの反応はほとんどないので、中村高明さんのコメントの連投を関心深く読みました。頂いたコメントのそれぞれに短いメモを書き添えました。中村さんはいつもとは違うやり方で存在に触れたくてたまらないのではないか。わたしもそうだったから言葉の響きがつくれそうです。読みにくくて何をいっているのかわかりにくい文章を読んでいただいて信じられない気持ちでいます。

①「歩く浄土252」への2019年5月26日付コメントの感想

    加藤典洋に関する文章を探してあちらこちらと航海していたら、この不可思議な孤島にたどり着きました。感想のつぶつぶはぷつぷつとわきあがってくるのですが、どれも形にはなりませんが、無理を強いて、言葉に出してみます。吉本さんの「存在の倫理」という言葉から触発されたのは、人間の「無垢の存在形」というものにふれることが人間の精神に果たして可能なのかという問いです。つきつめるなら、人間の精神には人間の「無垢の存在形」というものにふれようとする内面的動機が成立可能なのかという問いです。私はこの問いをずうっとかかえていますが、なかなか、解けません。ずっと以前に、「精神的交感可能性」という言葉を作ってみましたが、そこまでで、行き止まりです。実に情けないのですが。人間の言葉の意味の世界を自分の一個の脳のなかにすでに形成した「後の祭り」という感慨があります。「無垢の存在形」というものを感受するプロセスが仮に可能であっても、それはつねに人間の言葉の意味の世界による干渉を受けざるを得ない。その異質な二つの存在の仕方を見分けることがはたして人間の精神において可能なのかという問いがつねに残響するからです。自己意識という精神のかたちをすでに身に着けている個人にとって、同じことですが、精神という形の自己意識をすでに身に着けている個人にとって、「存在の無垢のかたち」に触れることははなはだしくむつかしいことに思えてなりません。先ず、そのような動機が生まれてくる必然性と可能性が見つかりません。あえて言うならば、限りなく不可能であるような可能性を問うことではないのか。「存在の倫理」という言葉の可能性を私なりに翻訳すると、このような独り言がぷつぷつとわいてきました。人間の言葉の意味の「蜘蛛の巣」のねばねばしたものが人間の精神のひだひだにくっついているすがたを鏡に映し出しているのですが、この「蜘蛛の巣」のねばねばをひとつひとつ見つけ出して消去することははたして人間の精神において可能なのか。私の精神でははっきりと不可能です。吉本さんの「存在の倫理」というイデーは人間の精神にまつわりついている「蜘蛛の巣」のねばねばをどうにかしなければという問いを動機づけることは間違いないのですが、はたして、人間に可能な問いなのか、私の精神ではわかりません。人間と人間との関係性をそのようなイデーに導かれてつくりあげていくという夢想は私の精神にも存在するのですが。言葉足らずですが、感想を終えます。

中村さんは「精神的交感可能性」を探究されたとのことですが、わたしの考えでは存在の複相性を往還することに対応しているのではないかと思いました。言葉が行き止まった理由として、自己意識をすでにもってしまっている人間が「無垢の存在形」に触れようとしても自己意識の後の祭りとしてしかそのことを語ることができず、「その異質な二つの存在の仕方を見分けることがはたして人間の精神において可能なのかという問いがつねに残響する」と書かれています。このくだりはよくわかります。わたしもほんとうに長い間輾転反側悶絶絶句しました。わたしの内包知は体験知です。悟りや回心とは違います。わたしの生存感覚のど真ん中を貫通した出来事を内包論として数十年考えつづけています。他人から理解されるように書く余裕はありません。精神の無垢を自己という自明を括弧に入れ精神の古代形象のなかに存在倫理としてつかもうとしたのが吉本さんの最晩年のアフリカ的段階についてという考察であったと理解しています。自己意識が内包存在のあふれでた者だと考え、意識の外延性と内包性を往還すると、存在の複相性のひとつのありかたが自己意識というものにすぎないということになります。ふたつの意識の気圏を行ったり来たりするだけです。存在の無垢は到達できるかどうかではありません。だれもどんな生のなかにも、いつもすでに変わるだけ変わってかわらない根源の二人称として内挿されています。この存在のありように、救いという信と、どこまでも明晰でありたいという不信が触れることはできません。往相廻向の信や非信はどうでもいいのです。他力のなかに自力があるように親鸞の他力のなかにも喩としての膨らんだ自然法爾という他力が存在します。

②「還相の性と国家4」への2019年5月28日付コメントの感想

 森崎さんの思考に触発されて、言葉足らずの感想を述べてみます。

 思想する動き方生き方に二種類があります。一つは信ずる信仰するという生き方動き方です。一つは疑い問い続けるという生き方動き方です。両者において思想する動機が根本的に分かれます。一つは救いです。一つは真理です。浄土という理念は救いの理念です。真理の理念ではありません。吉本さんの思想の動き方は信ずる信仰するという生き方動き方を自己肯定しながらも、それを自らの思想の方法としては絶対にとらないという意志のポジションに立ち続けたことです。したがって、そのことの極度の精神的緊張によって、思考の痙攣発作という無意識の症状がときおり露呈することがあります。たとえば、麻原彰晃にたいする過剰な肯定的的評価ともいえるような自己の思想の投射。吉本さんの自らの思想の禁忌としている部分からの反動です。

 吉本さんは自らを語っています。『親鸞は、独特の言い方で妻帯について語っています。たとえば「自分は人に教えることが好きだった。それに、女の人が好きだった」と公然と語り、「そのふたつの要素があったから、自分はふつうの人にはなれなかったし、それが自分の弱点だ」と言っています。』まさにその通りです。吉本さんは絶対に「寡黙な人」ではありません。「饒舌な人」です。自分の思想を「人に教えることが好き」な人です。これはある意味では親鸞と同じ「信仰の人」の生き方動き方ではないのか。そのとおりです。誤解を恐れずに言うなら、ある意味では、麻原彰晃的です。さらに言うなら、親鸞的です。吉本さんが思想の方法として、信仰にみちびく思想方法を自己抑制しているにもかかわらず、不信仰にみちびく思想方法をすすめているわけではありません。自分は信仰しないけれども、自分には信仰がわからないけれどもと、口ごもりながら語っていますが、それが真実の全体であるとはわたしには思えないのです。思想方法的には「非信仰の人」というポジションに立っているけれども、思想体質的には「信仰の人」であってもおかしくないと思います。そうでなければ、「最後の親鸞」をテーマにするはずがありません。

 吉本さんの「世界認識の方法」という一貫した大テーマを底の底で通奏低音のごとく支えているのが「存在認識の方法」の自己探求ではないのか。そこのところにイエスがあられ、親鸞があらわれ、宮沢賢治が現れ、ヴェイユがあらわれる。そのように見えます。

救いと真理は思想の対蹠的な関係にあると中村さんは言っています。麻原彰晃を思想的に称揚した吉本隆明の「思考の痙攣発作」はなぜ起こるのか。むしろ浄土という信(救い)と不信という信(どこまでも疑いつづける精神)の構造は同一性の観念の粗視化が形象化した必然であり、救いと真理というありかたは意識の外延表現としてまったく同型です。つまり吉本さんの信と不信は意識の構造としてはおなじものです。不信という信を天皇崇拝に懲りて、オウム真理教の麻原彰晃を擁護するとき奇妙なことをいうのは意識の外延性の幅であると思います。ふたつの精神のあり方や動き方を外延表現は可能にしますし、二種類の相反する思想の動きと生き方が中村さんのお考えになっている「無垢の存在形」に触れることは思考の制約によって先験的にできません。信と不信はいずれにしても往相廻向という自力思想にすぎないと考えています。

③「還相の性と国家6」への2019年5月29日付コメントの感想

 森崎さんの純粋思考に触発されながら、言葉足らずの感想を述べてみます。
    
   自己同一性ということばをどのようにして精神の内側からひらくことができるのか、ほどくことができるのか、と自分に問うてみます。私は私であるという自明に思える命題が意味するところを考えてみます。私は私ではないという自明ではなさそうに見える命題が意味するところを同じく考えてみます。私は私であり私でないという奇妙な命題が意味するところをさらに考えてみます。
    
 どの命題も人間の精神について真であるという感触がわたしのなかに生じてきます。わたしの「自己同一性」というものがこれらの命題の世界にしかないことが判明します。
    
 わたしが問題にしている、多分、吉本さんも問題にしているであろう、「存在の無垢のかたち」あるいは「無垢の存在形」に蝕知することが人間の精神の在り方として可能であるのかという問いは、近代の「自己同一性」の思考がいちばん苦手にしている問題領域であるしょう。なぜなら、人間の関係性を「制度」として構築したいという意志(「自己同一性」の意志)が生まれる場所とはまったく無関係な場所にこそ、その問いが生じるからです。人間の関係性を「制度」として構築したいという意志が生じた歴史的瞬間に、あらゆる自然(人間自然そのものもふくめて)が「存在の序列」から脱落していったからだと思います。政治的経済的宗教的人間の意志によって、「存在の序列」が「秩序と制度の序列」に変換した歴史的瞬間から、人間の精神には、「存在の無垢のかたち」あるいは「無垢の存在形」に蝕知することが不可能になったと思います。
    
 ごく最近、白川静さんの『孔子伝』を読んでいて気がついたのですが、『論語』の言葉が生まれた場所というのが、おそらく、この「存在の序列」から「制度と秩序の序列」へ完全に(後戻りできないという意味で)転換する歴史的時間であったように思えてなりません。では、鎌倉期の親鸞さんにとって、「歎異抄」の思想が生まれたれ独特の場所時間というものが何であるのか、わたしにはまったく不明ですが、おそらく、歴史的な独特な転換期であるに違いありません。吉本さんの場合にも、同じように、独特な思想が生まれた場所時間というものがそこにあるように思えます。
    
 「自己同一性の志向性」という思想の形から自らの意志において身をそらすという精神のかたちをあえてとらざるをえなかった内発的動機というものにいたく感じるところがあります。

中村さんの③のコメントはとても面白く読みました。私が私であるという自明とわたしは私であり私でないという命題がどちらも真であるという感触が生じてくると書かれています。聖道門系の自力廻向は私は私であり私でないを一と多が同一であることを理念として実現しました。中村さんがこだわっているのはそういうことではないと思います。自己同一性は制度を秩序として粗視化し空間化します。ここに巨大な思考の慣性ができあがります。わたしは中村さんの「存在の序列」は存在の複相性ではないかと考えていますが、同一性を認識の基盤にする理念は可視化と空間化と実体化を旨とし、そこからさまざまな権力が生まれてきます。人類史がそうですね。白川静さんの『孔子伝』を読んで存在の無垢のかたちが秩序と制度の序列から脱落していったのではないかという気づきは鋭いと思います。わたしは白川静さんの文字学は国家と文字の成立が同時であったモダンな時代の思想なので、もっとはるかにいつもすでにそのうえに立っている自他未分の渾然一体となった熱い意識のかたまりまで遡行し、信でも非信でもない精神のありようをこれからも考えていきたいと思います。

④「親鸞の未然1」への2019年5月30日付コメントの感想

    森崎さんが引用されているヴェイユの文章を一読して自然とうかんでくる感想を言葉足らずに述べてみます。
    
  ヴェイユの思想の動き方そのものに言葉には言い表しがたい痛ましさを感じます。その独特な痛ましさというものがヴェイユの存在と思想そのものを縁取っているように思えます。ヴェイユが問題にしている「集団と個人との位相の違い」を精密に分析するだけなら、その文体に、このような痛ましさを感じさせるはずがありません。ヴェイユは分析の先の先について問いただしている、自分のたましいの中心に向けて。その問い出されているヴェイユのたましいの在り処そのものがヴェイユの痛ましさを生み出しているように思えます。「不在の神の前に」立ち尽くしているという精神の場所は誰によっても共有されることのない、誰によっても共感されることのない、誰によっても理解されることのない、魂の絶対孤独の場所であるにちがいありません。ヴェイユはユーモアの感覚を身に着けた美しい性格を感じさせる女性なのですが、彼女の固有のたましいの動きについて、日本人である私は多分に誤って解するしかできないでしょう。なぜなら、そのような魂の場所に立った経験が私には皆無だからです。
   
 ヴェイユが存在論的に居た場所というものを日本人である私には到底意識することができません。ヴェイユが「不在の神の前」に立っているという、その精神の場所を、日本人の誰ひとりとして、立った経験がないからです。さらに言うなら、ヴェイユの独自性は、レヴィナスとも(引用を読む限り)、全く性格の異なっている場所に立っている点にあります。「集団性」「共同性」「共同幻想性」の地平にある精神の構造を心底見切っている点にあります。その地平にはヴェイユひとりが探し求めている「不在の神」はけっして現れないことは間違いありません。ヴェイユは人類から完全に孤立している。
   
 予感にすぎませんが、ヴェイユの「不在の神」という場所は親鸞の「浄土」という場所とはおそらく全くちがった場所であると思わざるをえません。森崎さんが引用する「善人なおもて往生する、いわんや悪人をや」という思想は「不在の神」の場所からは到底生み出されるはずもないと思われます。ヴェイユはその「不在の神」に殺されたはずではないとは思いたいですが、釈然とはしません。むむむ。

ヴェイユの遺した言葉は半世紀わたしの胸中にあり時間の経過と共に彼女の「痛ましい」言葉がこなれてきました。「不在の神の前」に立つという魂の絶対の孤独の場所に「日本人の誰ひとりとして、立った経験がない」と言われています。わたしはふたつの体験からヴェイユのいいたかったことが生存感覚としてわかります。ひとつは生を引き裂く固い自然の体験。「たとえどんな生涯であれ代理不能のふかく刻みこまれた固有の体験というものがある。それは言葉に最も遠い場所だ。書けぬことも書かぬこともある。〔おれは人間ではなく〈おれ〉である〕という表現の格率から、〔わたしは〈性〉である〕という内包の知覚に至る、わたしの三〇年を賭けて、原口論考の感想を走り書きする。
一人でながいあいだ戦争をやった。時代がうねって渦巻いた、避けようのない、昏い、仁義なき戦いだった。船戸与一や笠井潔やトマス・ハリスの小説よりもサイコでハード・ボイルドだった。終戦も手打ちもどこにもなかった。じぶんのすべてを賭け、殺されても殺してもゆずれないこととしてそこを潜るほかなかった。不意の一撃にそなえ全身を眼にした二四時間。麻紐の滑り止めを巻きつけた一尺の肉厚鉄パイプをブルゾンの袖にしのばせ、灼熱の夏にボルトナットを縫いこんだ皮手袋を身につけ重ねた十数年。それがじぶんがじぶんであることのすべてだった。書くということはどこか遠い世界の出来事だった。そうやって十数年を生き延びた。それでもアタマのなかが一瞬で真っ白になる出来事のまえでおれは能面になった。迂闊だった。書かぬことも書けぬこともある。一九八六年、三六の歳だった。自殺する人がやたら元気に見えた。じぶんがそこらに転がっている石ころとおなじみたいで一切の感情がなくなった。コトバも消えた。死でさえ余裕がありすぎた。おれたちの連合赤軍としてひきうけた一九七三年春の昏い衝撃も吹き飛んだ。Jumping Jack Flash! そしてわたしはビッグピンクにさわった。そこから内包表現論をはじめ、一〇年が過ぎた」(『Guan02』所収「熱くて深い夢―中村哲論」)

もうひとつ。熱い自然の体験だ。
「『わたし』になんの挨拶もなくいきなり『わたし』のど真ん中をまっすぐに貫通し、『わたし』のなかのなにか硬いものを破壊して、『わたし』という存在を根こそぎさらっていき、理不尽に『わたし』を簒奪するもの、それが〈性〉だ。この〈性〉によぎられることなくしてわたしがわたしであることの自己性はけっしてあらわれない。(中略)こうなるとわたしはわたしであってわたしでなく(非わたし)、あなたはあなたであってあなたでなく(非あなた)、生存の形式としてはわたしはわたしであり続けるのに、表現としては〈非わたし〉となって、なにより驚くべきことに、ここにおいて、〈非わたし〉が〈非あなた〉となる絶対矛盾的自己同一があらわれいずることになる。これより不思議な超越はありえない。わたしの内包論では〈性〉はこういうものとしてある」(同前所収「内包世界論1」)

内包論の存在の複相性の往還はこのふたつの体験知を普遍的に語ろうとする試みである。じりじりひりひりしながら少しずつ考えを進めている。
「ヴェイユは人類から完全に孤立している」とも書かれています。わたしもまた人類のすべてを向こうにまわしても言いたいことがあるとして同一性的な思考の慣性を批判してきました。夭折したヴェイユの未熟はありますが、善人より悪人の方が神の近くにいるという考えは親鸞の悪人正機とおなじものです。ヴェイユの匿名の領域は親鸞の自然法爾です。不在の神は往相廻向の神ではなく還相廻向の仏です。「「ヴェイユはその『不在の神』に殺されたはずではないとは思いたいですが、釈然とはしません。むむむ」であるのならなぜそう考えるのかもっと自身を語るしかないと思います。ヴェイユはまちがいなく不在の神を舞っています。

⑤「親鸞の未然1」への中村さんにたいする佐川さんのコメント(2019年5月31日)

 中村 高明さんへ
   突然割り込んできてすみません。
   わたしにはヴェイユの「不在の神」という場所こそ、「人間の内部にはなにかが、つまりたましいの一部分があって」(『ロンドン論集と最後の手紙』)という、つまり誰の心にもある真実を指し示しているように思えます。むしろ〝そのような魂の場所〟を如何にしてひらいていけるか、そこへ分け入ることができるかがわたしたちに問われているように思えます。
  ヴェイユはその「不在の神」に殺されたはずではなく、むしろ生かされたというべきか、信じる・信じないを超えた無形・無感のものに触れた得た喜びの自分を発見したのではないのだろうか?
 ゴメンナサイ。

⑥佐川さんのコメントにはつぎのように返信をされています。(2019年5月31日)

 佐川さんの言葉―『わたしにはヴェイユの「不在の神」という場所こそ、「人間の内部にはなにかが、つまりたましいの一部分があって」(『ロンドン論集と最後の手紙』)という、つまり誰の心にもある真実を指し示しているように思えます』について、私の考えを述べてみます。
   
 「不在の神の前で」という精神の姿勢は、私の精神の射程範囲には存在しません。吉本さんがなさったやり方で想像し思考することが可能であるとしても、「不在の神の前で」という精神のかたちには届かないと思います。なぜ届かないのかというなら、精神の姿勢が「信仰」という場所に定位することができる人とできない人にわかれるからです。精神の在り方における、この「存在論的」位相の違いは無視することができません。
   
 魂という場所があっても、「不在の神の前」に立つ魂の表情が、私のものとはあまりにも違うからです。
   
 なぜ誤解を招くような『ヴェイユはその「不在の神」に殺されたはずではないとは思いたいですが、釈然とはしません。むむむ。』という言葉を付け加えたかというと、これは私の感じ方ですが、繊細なたましいを持つヴェイユにとって、ヴェイユの精神が、はたして、「不在の神」の重力に耐えきるだけの体質を所有していたのかと、いぶかるからです。本当のところは私にもわかりません。
   
 応答、ありがとうございました。

信と非信の場の違いは相対的なものでどちらも同一性の派生態だと思います。だから「存在論的」位相の違いは無視してかまわないのではないですか。魂の絶対の孤独という重力に耐えるだけの体質をヴェイユがもっていたかどうかそれがなぜ問題となるのでしょうか。

⑦「親鸞の未然2」への2019年5月31日付コメントの感想

 「おそろしい問題」に直面した時の人間の精神の反応というものについて考え抜くことがどれほどまでできるのか、感じるままに、言葉足らずの感想を述べてみます。
   
 ハイデガーのいわゆる「存在論的差異」という問題視線がなにゆえに当時の知識人の哲学する精神をそれほどまでに驚かせたのか、本当のところ、私には理解できないのです。同時代のレヴィナスの言葉――「私にとって、ハイデガーは今世紀のもっとも偉大な哲学者です。おそらく、千年という単位で考えても、傑出した哲学者のひとりでしょう。」という評価を下したこと自体、不思議でなりません。多分、おそらく、人間の思考の歴史に対するまったくの無教養をさらけ出しているとしか思えません。「存在論的差異」という言葉の魔術に子供のようにただただびっくりしたにすぎません。私の未熟な観察をもってしても、人間の精神は、「存在論的差異」という言葉を使っていないだけで、存在と存在物の差異の感触を、数千年前から、もしかすると、数万年前から、意識していると思います。問題はまさに提起されたが、「存在論的」問題の重力の前に、問題適者自体の精神がはたして十二分に耐えることができたのか。おのずから明らかです。恐ろしいも問題に直面した時に、人間の精神は、どのような姿勢で自己自身を保つことができるのか、その格好の見本を、『存在と時間』で示したことになります。
   
 わたしが問題にしている「存在の無垢のかたち」あるいは「無垢の存在のかたち」ということを、日本人の言葉の世界に発見できないのかというと、発見できると思います。それがギリシャ哲学の言葉の方法で書かれていないとしても、日本語の言葉の世界に発見できると思います。ただし、発見するには、「自己同一性」の思考のロジックを精神の内側でその都度その都度解除するという手続きひと手間がいります。解除する方法はどの哲学の教科書にも勿論書いておりませんが。
    
 恐ろしいも問題に直面した時に、人間の精神は、どのような姿勢で自己自身を保つことができるのか、辺見さんの真摯なことば―「そのとき、私は、なにかそこに、ただ単に宗教や民族であるとか、あるいは政治というものから発するのとちょっと異なった、人間の奥底にある不可思議な闇のようなもの、どす黒い狂暴性を見た気がしました。」という反応にもしめされていることに、同意しながらも、少しだけ、首をひねるのです。
    
 殺戮の方法の残忍さに私の身体は生理的に反応し、泣き叫び、おびえ、萎縮し、凝固するに違いない。人間の「知性」が成し遂げてきた殺戮の技術の数々を人類史のなかにたどっていくなら、「人間の奥底にある不可思議な闇のようなもの」、「どす黒い狂暴性」を見るだけでなく、ホモ・サピエンスの「暴力性」の姿をまざまざと見ることになる。つい何日か前に起こった川崎の刺殺事件を見るなら、ため息が出る。動機如何にかかわりなく、ホモ・サピエンスは「不在の神の前」で殺戮(同胞殺人・異邦人殺人)をえんえんと続けている。
    
 その細かなおそろしい事件事実の前に、ハイデガーは、ただこのように述べるだけです。―「憤怒に燃えた悪事の本質は、人間行為のたんなる背徳性のうちに存するのではない。むしろ、憤怒に燃えた悪事の本質は、深い激怒の邪悪さにもとづくのである。しかし、無傷の健全なものと、深い激怒に駆られたものという二つのものが、存在のうちに生き生きとあり続けることができるのは、実はただ、存在そのものが争いを含んだものであるかぎりにおいてのみ、である。争いを含んだもののうちにこそ、歪む働きの本質由来が隠れ潜んでいるのである。」――歴史的事実に対するこれほどのおろかしい鈍感さというものを私は一度も見たことがない。

おそろしい出来事に遭遇したとき人間の精神は自己自身を保つことができるか。それは面々のはからいというほかありません。「ホモ・サピエンスは「不在の神の前」で殺戮(同胞殺人・異邦人殺人)をえんえんと続けている」からという事実によってこの世のしくみは成り立っています。適者生存です。人類史の自然とはそういうものです。その猛威をしのぐわずかな凹みが芸術や文学というちいさな自然であることはいうまでないことです。圧倒的に悪、善は枝葉末節。だからこそ圧倒的に善、悪は枝葉末節という驚異が可能となるのです。わたしが遭遇した過酷と辺見庸が書いた皇軍の蛮行の記録「1★9★3★7」は審問のベクトルが真逆である。「おい、おまえ、じぶんならばぜったいにやらなかったと言いきれるかと責問するためであった」と辺見庸は言う。観察者の理性からの眺め降ろしではないか。読み始めてすぐ責問のぬるさを感じた。辺見さんよ、あなたが唾棄する文化人とあなたはどこが違うのか。「1★9★3★7」に書かれていることはすべてが他人事であり、あなたの身に起こったことはなにも書かれていないではないか。あの時代の皇軍の蛮行を歌舞伎役者の化粧のようにどぎつく言葉の字面を隈取っていないか。わたしは辺見庸の腑抜けた言葉と真逆の立ち位置を敢行した。すごかったぞ。わたしが文化的言説と文化人を嫌悪するすべてがここにある。ただ最近の辺見庸は言葉の尖りかたが丸くなってなかなかいいです。こういうことを書いていました。「存在者が自己自身を対象化する自覚的在り方を、今後いっさい廃止することとする」。なかなか面白い言い方だと思う。でも廃止するもなにも、もともと存在者が自己自身を自覚的に対象化することなどできっこないではないか。同一性の大いなる錯覚。おおいなる近代の逆理と擬制がここにあります。ナチに加担し戦後はナチと連合軍によって二重に迫害を受けたとぬけぬけと嘘を言い抜いたハイデガーの空疎な哲学。「これほどのおろかしい鈍感さというものを私は一度も見たことがない」に同意します。だからと言って「つい何日か前に起こった川崎の刺殺事件を見るなら、ため息が出る」ことになりますか。

⑧「親鸞の未然6」への2019年6月1日付コメントへの感想

 ここに至って、始めて、森崎さんの横から見た素顔を垣間見ることができました。あるいは、森崎さんの素足の裏を見ることができたと思います。私と違って、健脚家だなという感想がわいてきます。私はひたすら書物と対峙するだけで、その著作者とじかに対峙することには気後れを感じてしまい、会いに行くということにはなりません。ただただ、書物のことばを読むことにのみ自身を限定しています。大抵が、死者の書き残した文章です。
  
 ヴェイユについては全くの不勉強なので、引用されている文章から、「不在の神」という言葉に反応して、感想を述べてみたのですが、そこで私が問題にしたかったことは、精神と魂とのあいだに生じる均衡あるいは不均衡ということです。「救い」という問題にとって、何が救いの「対象」であるかというなら、それは精神ではなく魂であると私は感じるからです。さらに突き詰めるなら、精神がおのれの魂の救いを真剣に問題にするときにのみ、「不在の神」が真剣に問題になると思うからです。「不在の神」であるのは現在のこの世界において文字通りに「不在」であるからです。ベッケットの「ゴドーを待つ」という寓話の世界をここで想起します。ヴェイユにとって、自分の精神と魂との均衡線というものが人とはけた外れに違っているので、その均衡線のかたちにまったくそぐわない「救いの神」=共同幻想の地平にのみ存在する、教会によって公認された「神」は認められない受け入れることができないことになります。これは思想の問題として途轍もなく「おそろしい」問題であると感じます。これが親鸞が問題にする「往生」するという問題ではないからです。「救い」の存在論的位相が食い違っているのではと感じがします。「不在の神」が身近にそーっと近づくかすかな足音が聞こえてくるまで、待つしかない。しかし、「不在の神」が果たして自分の眼の前に現れるのかは誰ひとりとしてわからない。そのことに精神はじっと耐え続けなければならない。時間がそのことを明らかにするという保証はない。
   
 私が感じるのは精神的に不健康であるという感覚です。健康であるとは思えません。精神上の詐欺をおのれに演じさせているという感覚を抱きます。精神上の自己欺瞞ではないのか、とさえ思います。

 このような感想も、東海の孤島の日本人の私の偏見が、「信仰」をまったく解しない私の偏見がそういわせているのかもしれません。

ヴェイユが考えたことは精神的に不健康なことでしょうか。わたしはじつに真っ正直で剛胆だと思います。精神上の詐欺を演じていると感じる人の問題ではないか、そんなことを思います。わたしが二十歳の頃ヴェイユの本を読んだとき、彼女の言葉がじかに届きました。ほんとうに彼女の言いたいことがよくわかったのです。りくつを理解できたということではありません。ああ、おれがここにいる、とおもいました。爾来半世紀ヴェイユの言葉は身内みたいに自然なものとしてあります。不在の神に向けて祈るというのはとても激しい精神の行為です。虚偽の入り込む余地はまったくありません。宗教は共同幻想ですから、ヴェイユが教会という信の共同体に属することができるはずもありません。トロツキーに相対してあなた方の革命は間違っていると面罵した小娘のヴェイユがいます。繊細だが剛直な精神がなければ、血塗られた革命の立役者、その当の本人に向かって言うことができますか。1950年代のバタイユのソ連への諂いなど聞くに堪えません。文化人という者たちはどこの国でも同じです。まれな例を除き、右顧左眄し時流におもねります。不在の神とは実詞化できないヴェイユに固有の神ということです。だれもそんな神をのぞみませんでした。空間化され共同化された神で充分だったのです。そんなものはいらないと大見得を切って顰蹙を買ったのがニーチェですね。痛快です。

⑨「歩く浄土1」への2019年6月2日付コメントの感想

 ヴェイユについて、「ユーモアの感覚を身に着けた人」と私は表現しましたが、T.S.エリオットによる「英語版『根をもつこと』の序文」のなかに、それとは違った表現を見つけましたので、書き留めておきます。「シモーヌ・ヴェーユのように諧謔を解する感覚がまったく認められぬような人びとにあっては―自己愛と自己放棄とが、われわれの目から見ると両者をとり違えてしまうほどたがいに似通っていることもありうるのだ。」(春秋社版「著作集Ⅴ」)

 ここから森崎さんの正面の顔を見つめることになります。

 「人々がささやかな善意をもちよりそれが山となることで、善意に満ちた世界ができるでしょうか。アーレントが「凡庸な悪」と呼んだ人のあり方は変わるでしょうか。そうはならないと思います。あるいは知識を積み増しし、世界のことをよりよく知ることで、世界は善の方に舵を切るでしょうか。そうはならないと思います。」

 「その世界では自己の観念が社会の観念と矛盾したり背反したり対立することはありません。自己は社会の中に融即するのです。私はそんな世界を遠望しています。テクノロジーと結合したグローバルな資本はそこまで行きつくと考えています。それこそ自己同一性の究極の自己実現です。」

 「そこでは情緒は極少になります。とても平和な世界です。自己意識の過剰さなどどこにもないのです。過剰な自己意識そのものが商品化されパーツ交換されると思います。自己の内面そのものが多様な商品としてディスプレイされているでしょう。身体が商品化されるだけではないのです。身体に乗っているる心も選択可能な商品になるのだとおもいます。自己同一性の究極形はそういうものになるという気がします。自己同一性と科学やテクノロジーはきわめて相性がいいのです。そしてこの世界へ漸近していくことはすべて善とされます。」

 ここまでは心ある人なら誰もが同意します。そこから先は私も何もわからない素のままに対峙していくことになります。

   「「私」という自己同一性の彼方は、けっして共同化できないようなそれ自体、それ以外のものではあり得ないようなものとして、そのことを名づけることでしかあらわれてこないように思います。そこでしか人と人がつながることはないと考えています。」

 「そこでしか人と人がつながることはない」と言い切っていますが、「そこ」は誰ひとり経験したことのない絶対不可能な場所ではないのか。「そこ」が存在として開けてくるには少なくとも「私という自己同一性」に支えられた「社会性」「共同性」「共同幻想性」がこの世界から消滅するプロセスをすべての個人がくぐりぬけなければならない。人類の歴史的体験として。そのような壮大な実験に同意する個人が果たして森崎さんの前に現れるのか。

   「わたしの考えでは、内包という根源の性からの贈与が〈わたし〉なのです。根源の性の面影といってもおなじです。この驚異が自己同一性の本来性なのです。生の原像を還相の性で生きるということはそういうことです。」

 「自己同一性の本来性」、「内包という根源の性からの贈与」、「根源の性の面影」、「生の原像を還相の性で生きる」という言葉を見つめてみて、わかりにくい、と思う。「自己同一性の本来性」がなぜ必要なのか、わからない。人間がすでに「精神」という存在位相を有している限り、私という「自己同一性」は消去できない。それを消去したなら、「人間存在」ではなくなる。繰り返しますが、「精神」という存在位相を消去することはできない。もしも、森崎さんがそのような「自己同一性の本来性」を所有する「人間存在」を当てにしたいというなら、「天使」的存在、「悪魔」的存在、「精霊」的存在をこの地上に見つけるしかない。それはもはや人間の世界ではない。

  「内包という根源の性からの贈与」、「根源の性の面影」、「生の原像を還相の性で生きる」という言葉がわかりづらいのはなぜなのか。いまだ存在しないものを仮に名づけてみるというやり方から、何がリアルに生まれるのか。少なくとも、ヴェイユは自身の精神と魂の均衡が狂いだしていたとしても、それを理由に、「不在の神」をある実体的なものとして召喚しようとはしない。「不在の神」に精神がただひたすら耐え続けるしかない。耐え続けて、均衡が狂っていくとしても、痛いとは叫ばない。それ以外の存在の仕方を見つけ出すことが森崎さんの念願であるにしても、それは森崎さん独りの固有の「自己幻想」である。私はそのような固有性を肯定する。しかし、他人にすすめたいとは思わない。「自己幻想」は「共同幻想」にいつも対立するものだから。「自己幻想」が「共同幻想化」するとしたなら、もはや、「自己幻想」ではない。「弟子一人持たない」という親鸞の言葉はそれを指していると思う。ヴェイユも弟子を持たない人であった。

  固有の「自己幻想」が「共同幻想化」しないままでの人間同士のつながりということが果たして可能なのか、その可能性の片鱗というものが歴史のなかに存在するのか、それを検討することなくして、何も語れない。

 「内包という根源の性からの贈与」、という言葉が難解である。そこにのみ、「自己同一性の本来性」が存在として開けるという論理がまずわかりにくい。「自己幻想」と「対幻想」の狭間にいま生きている人間にとって、この幻想性を消去することが可能だとは思えない。消去にするには、幻想性を生み出す観念の装置、すなわち、意識そのものをなくすしかない。それが意識的存在である人間に可能な事か。「贈与」という言葉のレトリックにうなずけない。これが人間同士の間の「贈与」であってはならないとするなら、その「贈与」はどこからでてくるのか。「贈与」を受け取る側と贈る側とにわかれるとしたなら、一番最初の、贈る側に定位するものは人間ではないであろう。「根源の性」というものは果たして人間存在なのか。「天使的存在」なのか。「内包」と「外延」という用語が使われることに、首をひねる。その概念に引きずられて、何を見落としてしまうのか。

 「違うと思うのです。根源の性があるから、根源の性の面影として同一性が出来するのではないでしょうか。もしそうでないとしたらなぜ人は人に関心を持つのでしょうか。1と3が融即したり、1と3が逆立するのだったら、自己の陶冶と他者への配慮は永遠の夢です。わたしは思うのですが、自己意識の外延表現で人と人はつながらないのです。」

 「人と人はつながらない」のが真相である。「自己意識の外延表現」に全く関係なく、「人と人はつながらない」のが真相である。それを受け入れるのか受け入れないのかはあくまでも個人の自由な意思である。前提として不可能な命題を仮定するなら、おのずから、不可解な命題を見つけ出すしかない。「人と人はつながらない」という命題から出発するのか、そうではなく、「人と人はつながる」、「人と人はつながらなければならない」という命題から出発するのか、それはまったく個人の自由意志である。そのことに私は反対しない。

 なぜ「人と人はつながらない」のかの理由根拠をあげるなら、まずもって、人が自然の個体であるからだ。さらには、この自然の個体が意識の個体を持つからだ。この二重の個体性が存在する限り、「人と人はつながらない」。不可能である。我々が経験しているのはすべて「関係」である。こいつは「つながり」ではない。個体の間の「関係性」を経験しているだけである。「つながり性」はどこにも存在しない。「関係性」こそが、「幻想性」を生み出す。吉本さんが分析したとおりに。

 「関係性」が嫌だというのなら、それは私にも理解できる。「幻想性」が嫌だというなら、それも私には理解できる。しかし、「関係性」「幻想性」のない世界を構想することが可能なのかと問うならば、否と答える。わたしたちは「不在の神」の重力に耐え続けるしかない存在である。ヴェイユのように。

 「根源の性を含みもつ〈わたし〉がそのままに〈あなた〉だから、〈わたし〉であるとどうじに〈わたし〉が〈あなた〉であるという〈性〉になる。この心的な機微を還相の性と言ってきました。内包の面影が還相の性であるということにほかならないのです。・・・いまならば、神仏と往相の性の彼方にある根源の性と言います。」

 「還相の性を手がかりにすれば、一人称であるとどうじに二人称である〈わたし〉が、他者と結ぶ関係は、外延論理でいえば三人称が内包化され、あたかも二人称の関係のように見えるのです。ここから国家のない世界を当事者性を手放さずに遠望できると考えるようになったのです。内包の理念に外延論理でいう三人称はないのです。」

 これについては、もう少し後で、感想を述べることにします。

⑩「歩く浄土1」への2019年6月3日付コメントの感想(⑨と⑩は合わせての感想です)

 さらに私の感想文を続けてみます。
 「根源の性を含みもつ〈わたし〉がそのままに〈あなた〉だから、〈わたし〉であるとどうじに〈わたし〉が〈あなた〉であるという〈性〉になる。この心的な機微を還相の性と言ってきました。内包の面影が還相の性であるということにほかならないのです。・・・いまならば、神仏と往相の性の彼方にある根源の性と言います。」
   
 今現在の森崎さんが身に着けている、自己意識の存立構造を変えてみたことがあるのですか、どのようにして、変えることができたのですか。その実体験を詳細にあなたのいわゆる「内包言語」をつかって書いてみてください。すくなくとも、私にもわかるように。
    
 私には信じられないことが奇跡的にあなたのいわゆる「外延的世界」のなかに起こっていることを証明してください。誰もが納得するように明証的に。私の望んでいる「無垢の存在のかたち」を貫き通す力を持って。それが起きたなら、私はヴェイユのように、「不在の神」を待ち続ける必要も一切なくなります。
    
 片山さんとの往復書簡を何通か読み通してみて、信じがたい奇跡がいまここに起こっているという確証は得られませんでした。その手応えがどこにも語られていないからです。これでは親鸞と同じではありませんか。肩透かしを食うとはこのようなことです。私の感度のにぶさ、あるいは読解力のよわさのせいなのでしょうか。
    
   「内包言語」を用いて、「外延言語」を食い破っているという言葉の世界を見せてください。

内包論の数少ない読者がいるとして、その読者はどう読むだろうかと考えることはありますが、反応がないので、読みにくい文章だしな、と思いながら少しずつ書いています。
わたしが文章を書くときの立ち位置について述べます。
わたしは生を引き裂き人びとを統治する方便である「知識人-大衆」という人類史発祥以来の伝統的な世界の解説や解釈を擬制だと考えています。知的に世界を睥睨するという発想はわたしにはありません。弱者に寄り添うふりをする権力の言説を弄することもない。わたしはたくさんのなかの一人であり、そのように生きてきました。吉本さんの大衆の原像を繰り込むという左翼批判の言説も変形された共同幻想であり自力廻向の宗教です。
わたしは、喰い、寝て、念ずるシンプルさを生の原像と名づけました。生の原像はだれもが当事者として生きており、そこが生の基底です。
じぶんじしんの曰く言いがたい体験を経て「知識人-大衆」という虚妄ではなく総表現者という概念をつくりました。これなら過不足なくわたしが自身を生きられます。いま世界の趨勢は人びとを総アスリート化しています。わたしたち一人ひとりはすでに貨幣に換算されるビッグデータの端末にすぎません。

わたしはだれもが生の原像と、ほぼ無数にある表現の当事者だと考えています。総表現者としてそのなかのひとりを生きる。それがわたしにとっての表現です。生を監禁する同一性の罠をほどいて同一性の手前を表現することは未知の領域に属するので汎用性がなく商品にはなりません。根源の性という〈主体〉には領域としての心性がふたつあり、楕円体をなしているので、アルゴリズムでコーディングすることもできません。ユヴァルの『ホモ・デウス』を軽々と超えることができます。

中村さんは、共同幻想がこの世界から消滅する壮大な実験に参画する個人がはたして森崎の前に現れるかと問うておられます。中村さんの疑念はこの一点に凝縮することができると思います。
読者がひとりいるとしたらそれは奇跡だと思いながら、わたしがつかんだリアルを長い間言葉に置き換えています。そんなことがあるはずがない、それはおまえの妄想だ。第一おまえの書くことはわかりにくい。もっとわかりやすく書けと言われつづけた数十年です。吉本さんからも、あのう、そのう、あなたはいったいなにをおっしゃりたいのでしょうと、対談のなかでなんどもなんどもくり返し問いかけられました。

中村さんがいらだっているのは伝わってきます。そのいらいらが、自己意識をもったその時点ですでに人間は同一性の意識に制約されていたのであって、私たちはそれ以外の自己意識のあり方を知らないというところからきています。たしかに自己意識の用語法によってしか人間や回りの世界について考えることはできません。
自己意識のありようが引き寄せ実現した世界の総体がわたしたちの知る人類史だとすると、適者生存という巨大な思考の慣性は同一性の産物だと考えました。その思考の総体を外延表現と名づけたのです。ではなぜ内包なのか。内包とはなにかと聞かれています。わたしの内包知は本で読み知ったものではなく体験知です。そのことはくり返しくり返し書いてきました。だからだれのどんな本を読んでも書いてありません。おまえの妄想だと言われればそれまでです。
中村さん、「精神的交感可能性」を同一性を暗黙の公理とした自己意識によってつくることができますか。わたしは外延知から内包知へ過ぎ超すことができると考え内包論を書いていますが、そこには縁(えにし)があります、その契機は面々のはからいですから、それこそ固有なものとしてしか訪れることはないように思います。

⑪「歩く浄土2」への2019年6月4日付コメントの感想

 この部屋にいる森崎さんのことばを聞いていて、少しだけですが、粛然となります。借り物ではけっしてない、自分自身の思索の末におのずから生み出されてきた言葉が真剣に生きているからです。これは参ったなというのが率直の感想です。まさしくこれは思索の真剣勝負です。
    
 「こころの交感可能性」と「精神の交感可能性」と「たましひの交感可能性」が人間存在の存在可能性として組み込まれていると私は予感するのですが、その交感可能性が存在可能性として潜在するだけで、現実に全的に表現されることは未だかってなかったことだけははっきりしています。その存在可能性のごく一瞬間だけの自己表出という奇跡的な事件はあるにしても。その奇跡的至福の瞬間の記憶と記録は人類の文化の中にしっかりと埋め込まれていると思います。読む人が読むならそのようにしか読めないように記録されていると思います。その記録が一切なかったなら、多分、誰ひとり、先に述べた存在可能性を予感することはできなかったことでしょう。私は大切な記録を残してくれた先人がいたことをたいへん幸運だと思っています。
  
 存在論的可能性を自己表出する方法はいかなるものなのか、私の精神のなかに自ずと問いが生まれてきます。誰かその問いに答えている人はいないのかとたずねてみます。先ず、身近に居る人の言葉を注意深く観察します。父親、母親、おじさん、おばさん、兄さん、姉さん、いとこ、学校の先生、同級生、先輩、後輩、それから、文章に書かれた言葉を注意深く観察します。教科書に載っている有名な作家が書いた詩や小説や評論を読みます。そのうちに、興味と関心がわいた人の作品を読むことにします。そういうことを、精神は延々と続けることになります。
    
   さて、何がわかって、何がわからないのか、自分自身に問うてみます。ゴッホの生き方から学んだこと、感銘深く、わたしのたましひに残していったことをつねに反芻します。高校生の2年の時に、有志数名をさそって美術部をこしらえました。生まれてはじめてキャンバスに向かい、油絵具と筆を使って、油絵を製作することを卒業の年までのわずか2年間、体験しました。それだけの経験だけで、札幌の学芸大にしかなかった特設美術課程を受験しました。ものの見事に落ちました。一年間の浪人生活が始まります。その時期に、美術部の後輩から、近くにある教会に行かないかと誘われて、通うようになりました。ごく普通の民家の1階の床敷きの部屋が礼拝室というものでした。それは大きな教会宗派に全く属してはいない独立教会でした。そこに、一年間だけ、通いました。翌年、札幌の学芸大にかろうじて入学してからは、足が遠のいたからです。
    
   わたしのたましひに深く刻印されたゴッホという人はふたつのこと(2年間の油絵の製作と1年間の聖書の世界)を体験させてくれる内発的動機をつくってくれた人になります。全くの一面識もない人にすぎないゴッホがわたしのたましいひに少なからず触れたのです。
    
   そのような一面識のない人でありながら、わたしのたましいひと精神に痕跡を残してくれた人の名をあげるなら、ゴッホ、イエス、キルケゴール、ニーチェ、ドストエフスキー、小林秀雄、マルクス、ヘーゲル、レーニン、吉本隆明、宮沢賢治、バッハ、グレン・グールド、わたしのかみさん、そのくらいでしょうか。
    
   わたしの精神を成長させるうえでの精神的糧を無償で提供してくれた無名の人はおそらく幾人も存在すると思いますが、名をあげることはできません。その人たちからは作品を通じてではなく対面することを通して贈与として与えられたからです。
    
   わたしは迂闊にもゴッホの死んだ年齢の倍近く生きてきましたが、先ほどの存在論的可能性について何かが明証的に明らかになっているという実感はありません。予感はあるにしても。

 「内包言語」と「外延言語」を峻別するという方法的態度は、わたしにははじめての経験であって、まったく、分かりません。理解しづらいからです。ゆっくりと考えてみます。
 
 森崎さんの文章を読み通してみて、そのような感想が、浮かんできました。

よく似たことを考えてこられたのだなと思い、このコメントを読んでほっとしました。

中村さんは、<「こころの交感可能性」と「精神の交感可能性」と「たましひの交感可能性」が人間存在の存在可能性として組み込まれている>と予感しているとお書きになっていますが、「自己表出という奇跡的な事件」はわたしの考えでは内包表出の事後的な表現ということになります。

4半世紀前に書いた文章を貼りつけます。

<吉本隆明は表現としての言語のはじまりについてつぎのように言っている。

「芸術(詩)の起源についての、これらのさくそうした混濁物のあいだから、わたしたちが救いださなければならないのは、次のようなことだけである。まず、原始的な社会では、人間の自然にたいする動物的な関係のうちから、はじめに自然にたいする対立の意識があらわれるやいなや、人間にとって、自然は及びがたい不可解な全能物のようにあらわれる。原始人が、はじめに、狩や、糧食の採取を動物のようにではなく、すこしでも作為をもってはじめ、また、住居のために、意識的に穴をほったり、木を組んでゆわえたり、風よけをこしらえたりしはじめるやいなや、自然はいままでとちがっておそろしい対立物として感ぜられるようになる。なぜならば、そのとき原始人は自然が悪天候や異変によって食とすべき動物たちをかれらから隠したり、食べるための植物の実を腐らせたり、住居を風によって吹きとばしたり、水漬しにしたりすることに気づくからである。もちろん、動物的な生活をしていたときでも、自然はおなじように暴威をかれらにふるったのだが、意識的に狩や植物の実の採取や、住居の組みたてをやらないかぎり、自然の暴威は、暴威として対立するものと感ぜられなかっただけである。
この自然からの最初の疎外感のうちに、自然を全能者のようにかんがえる宗教的な意識の混濁があらわれる。そして、自然はそのとき原始人にとっては、生活のすべてに侵入している何ものかである。狩や野性の植物の実の採取のような〈労働〉も、人間と人間とのあいだのじかの自然関係である〈性〉行為も、〈眠り〉も眠りのなかにあらわれる〈夢〉のような表象もふくめて、自然は全能のものであるかのようにあらわれる。そうして、自然がおそるべき対立物としてあらわれたちょうどそのときに、原始人たちのうえに、最初のじぶん自身にたいする不満や異和感がおおいはじめる。動物的な生活では、じぶん自身の行為は、そのままじぶん自身の欲求であった。いまは、じぶんが自然に働きかけても、じぶんのおもいどおりにはならないから、かれはじぶん自身を、じぶん自身に対立するものとして感ずるようになってゆく。(略)ここで大切なことは、原始人たちが感ずる自然やじぶん自身にたいする最初の対立感は、自然や自然としてのじぶん自身(生理的・身体的)にたいする宗教的崇拝や、畏怖となってあらわれると同時に、じぶん以外の他の原始人にたいする最初の対立感や異和感や畏怖感として実現されることである」(『言語にとって美とはなにか』)

吉本隆明は芸術の起源について原始の民を徹底した観察する理性から素描している。内在的に理解するという観点はまったくない。初期の人類がじぶんの傍らにいるような記述の仕方ではない。張りつめた抽象性がいっさいの無駄をはぶいて叙述されていることはよくわかる。吉本隆明の描く原始人は記号のようで少しも息づいていない。なにかひやっとするものを感じてしまう。三木成夫の「胃袋とペニスに、目玉と手足の生えたのが動物。その上に脳味噌の被さったのが人間」という考えをあいだにはさむと太古の面々がふいにわたしの隣人となる。もうひとつ吉本隆明の表現の方法の特質がある。かれは人間と自然の相互規定性を自身の生の不全感を投影しながら記述している。なにか根本的なことを吉本隆明は錯認している。はじめからボタンを掛け違えている。かつておおくの者が魅了された吉本隆明が理解する原人の自己表出のしくみについてのかれが考えたことを貼りつける。

「言語は動物的な段階では現実的な反射であり、その反射がしだいに意識のさわりを含むようになり、それが発達して自己表出として指示性をもつようになったとき、はじめて言語とよばれるべき条件を獲取した。この状態は、『生存のためにじぶんに必要な手段を生産』する段階におおざっぱに対応している。言語が現実の反射であったとき、人類はどんな人間的意識ももつことがなかった。やや高度になった段階でこの現実的反射において、人間はさわりのようなものを感じ、やがて意識的にこの現実的反射が自己表出されるようになって、はじめて言語はそれを発した人間のために存在し、また他のために存在するようになった。
たとえば狩猟人が、ある日はじめて海岸に迷いでて、ひろびろと青い海をみたとする。人間の意識が現実的反射の段階にあったとしたら、海が視覚に反映したときある叫び声を〈う〉なら〈う〉と発するはずである。また、さわりの段階にあるとすれば、海が視覚に映ったとき意識はあるさわりをおぼえ〈う〉なら〈う〉という有節音を発するだろう。このとき〈う〉という有節音は海を器官が視覚的に反映したことにたいする反映的な指示音声であるが、この指示音声のなかに意識のさわりがこめられることになる。また狩猟人が自己表出のできる意識を獲取しているとすれば〈海〉という有節音は自己表出として発せられて、眼前の海(う)を直接的にではなく象徴的(記号的)に指示することになる。このとき、〈海〉という有節音は言語としての条件を完全にそなえることになる」(同前)

むかしつぎのように要約した。

Ⅰ 叫び声〈う〉→反射
     ↓
Ⅱ 〈う〉という有節音(指示音声)→意識のさわり
     ↓
Ⅲ 〈海〉→自己表出(象徴的な指示)

吉本隆明の原人「意識のさわり説」は要約するとこうなる。ヒトが環界への反射として唸り声を発する段階からすこしずつ意識のさわりを巻きとり、巻きとった意識のさわりを意識的に自己表出できるようになったとき、対象を指示する有節音は対象の直接性からはなれて象徴表現が可能になり、意識は言語の条件をそなえ、言語の表現は言語を発した人間や他のために存在するようになると吉本隆明は言う。これが吉本隆明の人間的意識の起源であり、「初めに言葉ありき」という立場である。

よく考えると不思議なことだが、Ⅰ→Ⅱ→Ⅲの転化が自然なひとつながりを成しているように吉本隆明は展開する。ここには吉本隆明が気がつかないひとつの作為がある。この理念はおおきな謎を隠している。つまり吉本隆明の思想がおもわず背中を見せているところだ。吉本隆明がじしんの意識のさわりをたどるように表出の起源をたずねるとき、この意識の伸張の仕方は必然としてひとつの特異点を抱えこむことになる。いうまでもなくこの特異点は近代がはらむ意識の逆理であり、意識が穿つ孔にほかならない。吉本隆明の「意識のさわり→自己表出説」もこの囚われのうちにある。

なぜヒトの環界への反射の反映である叫び声やうなり声がしだいに意識のさわりを含み、さわりのようなものを感じ、さわりをおぼえ、そこにさわりがこめられるのか、その動因がすこしもふれられていない。これではヒトは空気を呼吸しているというそれ自体ウソはない言い方をするのとかわらない。

なぜか意識のさわりが忽然とユーレイのようにあらわれる。なぜ意識のさわりは生まれるのか、あるいは意識のさわりは何によってうながされるのか。親鸞は念仏を一回唱えたら浄土にゆけるといったけど、じゃ叫び声を何回あげたら言語になるのだろうか。まあまあそんなかたいこといわないで、でも、ねぇ、なんとなくそんな気がしない?っていわれているようで、まるで上野の一泊2300円のカプセルホテルでフロントのにーちゃんに財布を預けたはいいけど、かえって盗られそうで心許なくなったのとおなじような気がする。そんなことおもうのはおれだけか。

あっさり言えば、「言語が現実の反射であったとき、人類はどんな人間的意識ももつことがなかった。やや高度になった段階でこの現実的反射において、人間はさわりのようなものを感じ、やがて意識的にこの現実的反射が自己表出されるようになって、はじめて言語はそれを発した人間のために存在し、また他のために存在するようになった」と吉本隆明のいう自・他の構造は動態化できる。

この自・他のしくみを動態化することは近代の壁をつき抜けるということであり、ひとりの〈じぶん〉をひらくことにつながる。ここをつき抜け、ひらく度合いに応じて人間という概念はいやおうなく拡張した表現型をもつことになる。たぶんその鍵は生の根底にある根源の二人称という自然の実現可能性にかかっている。あっ。私はすでに対の内包という自然を手にしている。〔性〕はひとりよりはるかにふかい。

私の理解では、Ⅰ→Ⅱ→Ⅲにいたる意識の高度化は連続的転化でもなければ、自然なひとつながりでもない。情動する性というひとの起源からすれば、ⅠとⅡのあいだには目がくらむ裂け目があるというべきなのだ。この裂け目に対の内包という根源の二人称がでんと存在する。この裂け目を〈じぶん〉の外延表現で無理につなごうとすれば今西錦司の「成るべくして成る」にならって、ヒトは意識のさわりを含むべくして含み、意識のさわりをおぼえるべくしておぼえたとでもいうほかない。それではミもフタもない、それは気がついたらそうなっていたと言うにすぎない。つまりなにも言っていないのだ。

なぜそうなるかと言えば、すでに私たちがひとりということを知っており、そのことになじんでいるので、ついこの意識を外延することで鎖状につながった意味の連関を追い求め、意識や言語の起源をそのなかにたずねようとするからだ。この意識の線状性を私はモダンといってきた。

この意識の線状性はつねに志向する対象を事後的にたどりなおすという特質をもつ。これは意識されない近代のひとつの作為だ。そして近代の〈じぶん〉さがしはうちにふくんだ逆理に意趣返しされひらたく貧血し、熱血するマルクスの社会にかけた意志論は人間という形態の自然に呑みこまれた。言い換えれば近代はこの意識を自然とするおおきな囚われのうちにつくられ、成長し、築かれた堅固な人工物だ。注意せよ! マルクスという巨大な才能もこの罠にかかったのだよ>(『内包表現論序説』)

おなじことを片山さんと話しています。重なりますが肝心なところなので貼りつけます。

<マルクスも吉本隆明もかれらの方法意識ではもともと解けない主題を解けない方法で解こうとしたように思う。内面というちいさな自然で、その自然の抽象化された一般性である共同幻想としての貨幣や国家を解くことはできないということだった。むろんかれらの主観的意識の襞にある信は、貨幣や国家の謎を解くことができるとかれらに告げた。

マルクスの思想を思想たらしめ、吉本隆明の思想を思想たらしめている太い精神のうねりに、あらかじめ、ある公理が約定されている。外延表現が前提としている曲率ゼロの意識の平面に隠れている自他未分の観念がある。その観念のことをかりに原観念と呼んでみる。マルクスや吉本隆明の思想の解像度をあげて粗視化すると自他未分の原観念といえるものが潜んでいることがわかる。
吉本隆明は言語の表現理論『言語にとって美とはなにか』のなかで、なぜ人は言語を発出したのかということについて詳しく書いている。吉本さんの言語理論を、片山さんとの対話でわたしは次のように要約した。

森崎 ・・・なぜ発語したのか? いつも一緒、どこでも一緒、この不思議を心身において享受する。そのとき発語する以外にない。ここに意識の起源があると思うのです。ヘーゲルにもマルクスにもはじまりの不明がありますが、彼らの影響を強く受けた吉本隆明の言語論も、同様のはじまりの不明を残しています。『言語にとって美とはなにか』のはじめのほうに、有名な「意識のさわり」説が出てくるでしょう。
片山 狩人がはじめて海を見て、思わず「う」という音を発したというやつですね。
森崎 吉本さんの言語論では、動物が吠えたり鳴いたり唸り声をあげたりするように、ヒトも一種の反射として声を発していた段階があったと考えます。その反射がしだいに意識のさわりを含むようになり、さらに発達して自己表出として指示機能をもつようになった。つまり海を見て反射的に「う」という音を発していた段階から、「う」という有節音が海という対象の直接性から離れて象徴的(記号的)に指示する機能を獲得する。この段階で、はじめて「う(海)」という有節音は「言語」と呼ばれる条件をもった、というふうに説明されます。要約すると、以下のようになります。

Ⅰ 叫び声〈う〉→反射
Ⅱ 〈う〉という有節音(指示音声)→意識のさわり
Ⅲ 〈海〉→自己表出(象徴的な指示)

Ⅰの段階は動物的な反射だと吉本さんは言います。ではⅠの段階にある前人間的な人類は、なぜⅡの段階では意識のさわりを覚えたのか。哺乳綱霊長目から分岐したある人類が、ある時期Ⅰの段階にあったことは了解できます。しかしⅠからⅡへの飛躍、つまり人間的な意識をもつことのなかった人類が、なぜ意識のさわりをもつことになったのか。そもそも「意識のさわり」を覚えるとはどういうことなのか。吉本さんの説明では、「意識のさわり」というのはただの電子ノイズです。人間的な意識の起源については、まったく説明されていません。
片山 たしかに、そうなったからそうなったというふうにしか読めませんね。説明が非常にフラットというか、『共同幻想論』で自己幻想、対幻想、共同幻想というふうにスライドさせてくときの手つきと、よく似ている気がします。
森崎 ぼくはⅠとⅡのあいだには、目のくらむような裂け目があると思うんです。人間だけがこの裂け目を飛び越えた。どうやって乗り越えたかというと、表現として言うのですが、Ⅰの段階からⅡの段階に移行するとき、ある種の哺乳綱霊長目が根源の二人称を知覚した。このとき人類が生まれたのだと思います。先ほどの例でいうと、高熱でうなされる子をまえにしてさすってやることしかできずにいるとき、天を仰ぐようにして発せられた声は、すでに動物的な反射ではなく、吉本さんの言う「意識のさわり」とともにある人間的な言語であったはずです。あるいは空腹に耐えて何日もさまよい歩いたあと、ようやく食べ物を手に入れる。棍棒か何かで仕留めた獣かもしれないし、たまたま見つけた果実かもしれない。それを恋人か連れ合いか子どもか、いつも一緒にいる人とともに食べたとき、「ううっ」という唸り声は、「うまい」とか「美味しい」といった初源の意識とともにあったはずです。動物的な段階にあった反射の応答は、根源の二人称に促されて内包的な意識として表現された。〔と共に〕あることが〔充たす〕なにか、それが同一性の起源だと思います。(「歩く浄土172」)

『言語にとって美とはなにか』はとても孤独な書物である。どういうことか。わたしたちのちいさな自然に内面があるとみなし、その内面の自然を外界との相克の表現としてみる世界の感受性が、生の不全感のあらわれとして語られてしまう、その記述の仕方が寂しいということだ。この不全感は、おそらく吉本さんのなかで生涯、解決のできない孤絶感としてあったのだと思う。だから当時の若い人たちの心性を惹きつけた。この意識のありかたを表現の公準とするかぎり、いつまで経っても言葉をじぶんにとどけることはできない。内面と外界という意識の公準とべつのまなざしをつくること。娘の上の子どもが三つになったので、なにを送ろうかとメールしたら、となりのトトロがいいということだったので、アマゾンから送ったらすぐ着いた。一心に魅入る孫娘の写真が送ってきて、宮崎駿には内包の心があるんだなと思った。風の谷のナウシカは子どもたちがちいさいときによく見ていた。変わるだけ変わって変わらないものがだれの心性のなかにもある。そのことを吉本隆明は裏側から触っている。それが『ハイ・イメージ論』三冊であり、『母系論』や『アフリカ的段階について』であると思っている。この一連の論考はまだ、だれによっても本格的には解読されず、放置されたままである。内面と外界という表現の型を意識の外延表現と呼んできたが、外延表現ではじぶんに言葉がとどくことがなく、言葉が言葉を生きることもなく、言葉が性となることもない。そのことを表現の寂しさと形容している。

なんど読んでもすきな情景がある。「南インドの小さい都市の鉄道の駅で、乗客が窓から投げ捨てるバナナの皮に、飢えた少年や少女が群がって奪い合っている。一歳くらいの妹を片脇にかかえた少年も負けることなく奪い合っている。乗客のひとりがこの少年にバナナを与えると、わたしたちがふつう食用にするまん中のやわらかい部分はすべて、たぶんまだ歯のそろっていない妹に食べさせている。その長い間、少年は法悦のような目つきで、女の子を見つづけている。陽射しの強さもあるかもしれないが、わたしはこんなに幸福な人間の顔を、これまでに何回かしか見たことがない。おしまいの根元の部分を女の子の口におしこむと、少年は皮だけを食べて、またあの容赦のない争奪戦に、仲間をおしのけ蹴たぐりながら走りこんで行く。餓鬼は餓鬼として即菩薩であり菩薩は菩薩として即餓鬼である。もっと「文明的」な世界では幾重ものシステムと観念装置に覆われている関係の真理のようなものが、仮借ない直接性の陽射しにさらされて裸出している」(真木悠介『自我の起源』所収「補論 性現象と宗教現象」)

妹にバナナを食べさせるときにお兄ちゃんのなかに言葉ではない、言葉のはるか手前で、なにか不思議な感情が充ちてくる。そのなにかがはじけて言語が発出される。お兄ちゃんは腹が減っているにもかかわらず、じぶんが食べているようにおいしいと知覚できる。じぶんより近い妹を生きている。その関係が表現ではないのか。お兄ちゃんはうっとりと自己を表現しているのではない。おいしそうに食べている妹によって、お兄ちゃんが表現されている。表現とはそういうものではないか。
吉本隆明は、作品から作家の個性をとりのけ、環境や性格や生活をとりのけ、作品がうみ出された時代や社会をとりのけたうえで、作品の歴史の記述概念を、マルクスの交換価値を読みかえ自己表出という概念をつくったと言っている。「『交換価値』という概念が、『貨幣』と同じで、万人の意識あるいは内面のなかに共通にある働きかけの表現(自己表出)に該当する」と吉本隆明は考えた。三木成夫の解剖学に出会ったのちは、吉本隆明は自己表出を内臓感覚にたとえている。歴史を貫く言語の表現の理念として自己表出をひとつの軸とすることは可能である。自己表出と指示表出について吉本隆明がわかりやすく解説しているので、その箇所を引用する。

 例えば、きれいな花が咲いているのを見て「きれいな花だ」とか「ああ、きれいだ」と思わずつぶやいたり、心のなかだけで言葉にならず感嘆したとする。もちろん大声で叫んで傍にいる人々が視線の方向を見た場合でもいい。この場合、他人に伝達するために「きれいな花だ」といったのではなく、思わずその言葉を発したり、内心にいいきかせたり、つぶやいたりしたことだけは共通で確かなことだ。言葉のもつこの側面を「自己表出」と名づける。「指示表出」というのはこの場合、自分だけにしかわからない場合も、傍にいる人々に花の方に視線を集めさせた場合も、自分または他人に花を指示させたことは確かである。言葉のもつこの側面を「指示表出」と呼ぶ。するとすべての言葉は「自己表出」と「指示表出」の度合に違いがあるが、「指示」の目的が多くて「自己表出」の度合はそれほど大きくないとか、その反対だとかということができる。極端に考えると数字は「指示表出」だけ。胃が痛いのを「痛い」とおもっただけで他人には全くわからなかった場合には「自己表出」だけと考えられるかもしれない。けれどこまかく見れば「3プラス5は8」を暗算するのと、声に出すのと、ノートに記すのとは「自己表出」の度合が違っている。胃が痛いと内心でつぶやくのと、沈黙のままでいるのとは「指示表出」の度合が違う。だから言語はすべてこの両者の織物で、その度合が違っただけだとみなすのが妥当だといえよう。するとすべての言葉は「自己表出」をタテ軸に「指示表出」をヨコ軸にとると次のように表わすことができる。(『中学生のための社会科』)

言葉にならないある情動が指示性ゼロで表白される。うなり声でも、ああ、でも、感嘆でもいい。吉本隆明の言い方では、「他人に伝達するために『きれいな花だ』といったのではなく、思わずその言葉を発したり、内心にいいきかせたり、つぶやいたりしたことだけは共通で確かなことだ」となる。これは貨幣の交換価値とおなじように、万人の意識あるいは内面のなかにある共通の働きかけが自己表出であることと対応している。ここで自己表出の起源をなす万人の意識は、人間が社会的な存在であることを前提とし、あるいはそれが内面のなかにあるというとき、人間は個的な存在であることが前提とされている。そして社会的な生存と個的な生存の乖離を回復しようとする心の作用を吉本隆明は表現とみなしている。万人にある共通の働きかけと、内面のなかにある共通の働きかけはどう相関するのか不明である。この不明の原観念のなかに生の不全感と「社会」主義が忍びこんでくる。わたしの考えでは、このふたつの共通の働きかけは互いが鏡像の関係にある。内面というわたしたちのちいさな自然が織りなしたひとつの文明が終焉しようとしている。吉本隆明の言語芸術論でも言語の表現理論でもいいが、言語の指示表出性と自己表出性をより合わせたものを文学と考えても、この表現では言葉をじぶんにとどけることはできない。べつのまなざしに、べつの意識の呼吸法によぎられることによってしか言葉が言葉を生きる生きることはない。わたしたちの思考の慣性がかたどってきた内面という認識の自然がなにか未知をつくりだすことはもうできない。生が生にとどかない生の不全感がわたしたちの文明史だといってもいい。この世のしくみをつくりかえようと意図したマルクスの『資本論』がなぜ現実によって反故にされたのか。マルクスが『経済学・哲学草稿』のなかで熱く語ったイェニーさん問題をそれ自体として取りだし、貨幣論ではなく『贈与論』を書いていたらマルクス主義という人類史の厄災は回避できたと思う。マルクスの思想は「社会」主義のひとつの淵源をなしている。『資本論』の思想の骨格を借用して構想された言語の表現理論が生の不全感と共に始まり生の不全感に帰結するのは必然だった>

⑫「歩く浄土3」への2019年6月5日付コメントの感想

   前の部屋で森崎さんが自分の考えを引用しています。そのことについて、触れたいと思います。
    
   「しかし理念としていえば、血縁集団を拡大したら氏族共同体まではつくれるのですが、氏族制が血縁集団であるかぎり、統一国家あるいは統一社会となりえないわけです。氏族制が部族制へと転化するには断層というか裂け目があります。近親相姦の禁止という一理があれば国家は誕生します。共同幻想の彼方に行くには近親相姦の禁止の謎を解き明かし、それを梃子にして共同幻想を経ない世界がつくれるのではないか、ぼくが考えたのはおおまかにはそういうことです。」
    
   私は国家の起源について考え抜いたことがないので、感想にしかなりませんが、国家の起源のメカニズムを解析するために、分析の梃子となるエレメントとして、「近親相姦のタブー」を持ってくることには首をかしげざるを得ません。国家的共同幻想の地平といわゆる「対幻想」の関係性の地平は吉本さん自らが述べているように逆立ちした関係にあって、接続することはないからです。どこをたたいても、「対幻想」の関係性の地平が固有に持っているメカニズムから国家的共同幻想の関係性が不可避的に自生することは不可能です。そのことは吉本さんが自らこしらえた幻想論の論理からただしく言えることです。では、「対幻想」の関係性以外のどの関係性から、国家的共同幻想の起源が始まるのかが問われなければならないのですが、それはどこにあるのでしょうか。
    
   私は国家的共同性の起源が潜勢力として生じてきたときに、その存在の気配に気づいた者たちが、社会的抑止力として、見い出したものについて考えてみます。ひとつは、「贈与」の交換です。一つは「ポトラッチ」です。もうひとつは、「クラ」です。これが有効であるためにはお互いに「同胞」であるという意識があるかどうかで決まりますことです。少なくとも、言語が身振り手振りを加えてもお互いにつうじあえる。最高神としているものに類似性・親類性がお互いに認め合うことができる。顔つき、肌の色、体格などが著しく違っていない。食生活上のタブーなどが共通である。などなど。
    
   しかし、このような国家的共同幻想の関係性の起源を抑止する力が破壊される場合が起こります。同胞意識がまったく感じられない異邦人(エイリアン)が集団でしかも武装して接触してきた場合です。歴史が証明している事実は絶滅か奴隷化です。
    
   では、同胞でない者たちのテリトリーに侵入して、そこにある生命と財産を無慈悲に奪いつくすという行動(強盗的強姦的戦争行為)を行えるようにある種の人間集団がなぜ生まれてきたのかをまず考えなければ、いわゆる「国家の起源」は不可解な謎に包まれてしまいます。さてそれはいったい何なのか。
    
   二つだけエレメントとして考えられます。一つは「自己幻想」から奇形的に生まれてきたであろう「権力への意志」です。これが唯一考えられる固有の原動力です。もう一つは、その「権力への意志」のエンジンにエネルギーとしてガソリンを供給すると考えられる「私的所有の欲望」です。このふたつはシャム双生児のようにぴったりと癒着しています。
    
   国家的共同体が成立した後でも、それ以前の共同体的の習慣的行為が受け継がれます。「タラ」は各氏族をループを描くように10年12年と時間をかけて運動するのですが、権威の象徴であるものは、一氏族の独占物に成り代わります。「皇位継承」に必要な三種の神器はその名残であると思います。それと、「人質」があります、それはそれ以前の共同体の間での花嫁の「贈与交換」の名残りでしょうか。
    
   「国家の起源」を何に求めるのか、「近親相姦の禁止」は全く関係ありません。思考の糸口を求めるなら、ホモ・サピエンスだけがなぜ宗教的幻想世界を持ち、精神を駆使する言語装置をもっているのか、個体の「自由意志」をもっているのかを問わなければならないわけです。すべての個体の総意によって「国家的共同幻想」の関係が生まれてくるはずがないからです。すべての共同幻想の起源の場所には一個体の「自由意志」(権力への意志)が居座っていると考えるのが自然ではないでしょうか。その意味では、ホッブスの説は完全に間違っています。あるいは、「一般意志」を仮定することも間違っています。
    
   さて、ホモ・サピエンスの「自己幻想」の芯に生息するらしい「権力への意志」と「私的所有欲望」を絶滅することが可能であるのかという不可解な問いが生まれてきます。この二つは人間の「自由意志」を根拠にしているからです。私には回答不可能です。

国家起源の梃子になる媒介として兄弟姉妹の性関係をともなわない性的親和感をもってきたのは吉本隆明です。吉本隆明の国家共同幻想論の理念の骨格はそうなっています。近親相姦の禁止がなければ国家は登場しえないことに吉本隆明の思想ではなります。禁止と侵犯という同一性に監禁された生が自己を実有の根拠として、他者を自己の生存の手段とする私性によって成り立っているとすれば、近親婚のタブーがあろうとなかろうと国家は成立することになります。
内包存在という理念は禁止と侵犯という同一性の対自-対他構造をもちません。対自-対他構造のあらわれである禁止と侵犯がないのです。自己を実有の根拠とする心身一如は同一性というおおきな思考の慣性の派生態にすぎないのです。そういう巨大な意識の産物が外延的な人類史そのものです。外延自然は外延的な歴史として疎外されるのです。内包存在はそれ自体のなかに倫理をもちません。
中村さんの考えてこられた「無垢の存在形」はこの意識=存在のなかにどうやれば言葉の住処をみいだすことができますか。自己表出のなかにはないと体験的にわたしは考えました。自己表出をどれほど突き詰めてもじぶんに言葉がとどくことはないのです。自己は端的にがらんどうです。文明の外在史と精神の内在史が理念的に同型であるのはいずれも外延自然を抽象してきたからです。存在の複相性に外延表現がとどくことはないと考えています。

⑬「歩く浄土4」への2019年6月7日付コメントの感想

 森崎さんの「内包論理」「外延論理」を峻別する思想方法がいかなるモチーフにおいて生まれてきたのか。その感触だけはわずかに感じることができます。そのモチーフに刺戟をうけて、言葉足らずの感想を述べてみます。「幻想論」の問題領域です。

 「精神の場所」を問題にしてみます。それは身体の外ではなく身体のなかにあるはずなのですが、その場所がどこにあるのか、私にはわかりません。脳のなかにあるよと言われても、釈然としません。デカルトが「コギト エルゴ スム」という呪文のような命題を見出したのは、精神の場所が「コギト」にとって不明であったからでしょう。それで、仮置きとして、精神の場所について留保したまま、「私」は「ある」という意識(自己意識)を担保にして、それから先の思考を続けることができるようにした。一種の思考の詐欺、自己欺瞞です。思考の存在の場所である「精神の場所」について、不明であることは、デカルトにとっても、「不全感」は残ると思います。そこのところを思考の上で回避しているわけですから。

 脳のなかにあるはずだよと言われても、脳の働きだよと言われても、しっくりとしないのは、脳そのものは誰にとってもほぼ似たり寄ったりのものであるのに、さらには、その脳の働きも基本的には似たり寄ったのものであるのに、どれ一つとして、同じ「精神」のかたちが見いだされないという事実があるからです。まるっきり違っている「精神」のかたちを切りがないほど見つけることができるからです。

 そこから、「精神の場所」が誰にとってもみな同じような場所なのかという問いが生まれてきます。どうも、同じ場所のようには思えない。違っているように見える。違った場所に各人それぞれの「精神」が存在しているように見える。

 同じことが、「たましひの場所」問題についても問うことができます。「精神の場所」と同じ場所に「たましひの場所」があるというふうに考えてもいいわけですが、そう言い切ることに、なんらかの抵抗感が少なからず生まれてきます。同じ場所にあるとは言い切れないのではないか。仮に同じ場所ではないないだとすると、それでは、それはどこだということになります。

 デカルトはたいそう苦しんだに違いない。まったくわからないから。もちろん、デカルト一人ではなく、その後も、たとえばフロイトも苦しんだことでしょう。やはり、わからないから。悔しいから、仮説だけはを立てることにする。確証も確信ももちろんありっこない。

 そういうわけで、私にしても、この問題について、ほぼ同じ立場に位置しているわけです。わからないという点では同列です。それでは悔しいので、確証がないにもかかわらず、仮説的な感想を述べてみることだけはできます。

 ヴェイユさんの『根をもつこと』をひもとくと、「精神」と「魂」が中心を占めていることがすぐに分かります。そのふたつは厳密に区別されていることが分かります。混同されていないことが分かります。また、「こころ」(訳語では心情)とも区別されていることも分かります。「精神」が真理を探究をする思考の場所であることが分かります。「魂」が善と悪とがたたかう場所であることが分かります。「こころ」は感情や欲望があらわれる場所であることが分かります。ヴェイユさんが「根をもつこと」といっているのが、「魂」の場所であることがすぐにわかります。そして、「魂」が「根をもつ」には「魂」の場所に「種子」を植えるという行為が絶対に必要であると言っています。その「種子」を自分の「魂」の場所に植えるという自覚と意志が「精神」には必要であると言っています。その「種子」は「魂」の善の成長にとってもっともよいものを選びなさいと言っています。その「魂」の成長を「精神」はつねに注意深く見つめなさいと言っています。「精神」がこのことで眠ってはならないと言っています。

 「精神」の場所にあるのがヴェイユさんの言うとおりに「真理」を探究する思考であるとするなら、吉本さんが言っている「自己幻想」はそれと同じものなのか、違うものなのか、問いが生まれてきます。あるいは、「対幻想」・「国家的共同幻想」が生まれてくる場所はどこなのかという問いが生まれてきます。一般的に言うなら、人間の「幻想」が生まれてくる場所はどこなのかが問題になります。

 「幻想」という言葉を、「思想」「観念」「意識」に置きかえてみると、自己幻想は自己思想自己観念自己意識になり、対幻想は対思想対観念対意識になり、国家的共同幻想は国家的共同思想国家的共同観念国家的共同意識になります。そうすると、これらはみな、「精神」の場所に存在することになります。

 「幻想」の位相が違っているのはその通りなのに、自己幻想も対幻想も国家的共同幻想も、幻想としては同一であり、等価である。それらは同じ幻想として「精神」の場所から生まれる。それ以外の場所からは生まれない。そのように考えると、すべての「幻想」は精神が精神のみが生産するものであることがわかる。

 「権力への意志」あるいは「権力欲望」は社会的に存在する「権力関係」に規定されてその反映としてあらわれるだけでは決してなくて、その逆に、起源においては、「権力の意志」そのものが先に存在し、その「権力への意志」が「権力関係」を始めて創造する。そのように考えるのが合理的に思えます。

 「国家的共同性」の関係性は天から降ってくるわけでないとしたなら、あるいは、何らかの共同体の構成員の総意において生まれてくるものでもないとしたなら、あくまでも、自らの自由意志によって、したがって自らの「精神」によって、「権力への意志」という自己幻想を生み出した「偉大な個体」の行為からはじまると考えるしかない。したがって、「国家の起源」の謎は歴史の記録として残されていないことに起因する。しかし、「国家の起源」は一度きりではなく何度も何度も反復される。つい最近の歴史的現象として挙げることができるのは、1917年のロシア革命であり、1930年代のヒトラーのナチス革命であり、1789年のフランス革命であり、アメリカの独立革命であり、などなど。その歴史的事象から私は推測するであろう。「国家的共同性」は、一個の有機的生命体のように、古い抜け殻を脱ぎ捨てて、時代と情況に適応した、新しい国家形態を身に着ける「起源」を反復することが必要となると。

 これはあくまでも感想にすぎません。吉本さんの「幻想論」があまりにも窮屈なので、深呼吸してみたかったのです。

意識というものはなにか、意識はなぜうまれたのか、に絞って考えてみたいと思います。意識の起源についてはまったくわかっていないというのが、大脳生理学の最先端の事情だと理解しています。刺激の往路については大脳生理学は説明できますが復路についてはなにも説明できていません。吉本隆明と大森荘藏はその矛盾に気づきました。まず大森荘藏の言い分を聞いてみます。かれは次のように言っています。

 脳産教理が一番具体的に展開され素人にも見透しがきく領域は知覚であろうから、私も知覚の場面から始めよう。そして知覚の中でも視覚を考えよう。現代の生理学公認の視覚の説明方式は、外部の事物からの反射光線が私の眼球で屈折して網膜の神経細胞に達し、その神経細胞からの活動電位パルスが視神経、外側膝状体を経て後頭葉の視覚領野のニューロンに達する。後頭葉以後や側枝の回路を簡単のために省略すれば、この一連の因果連鎖の伝達には議論の余地はない。この、外界事物に始まって後頭葉ニューロンに終る因果系列を「順路」の因果と呼ぼう。しかし、問題はこの順路の逆をたどる「逆路」にある。この逆路に進む因果系列は見出されたことはないし、見出されることはありえないだろう。仮にこの逆路をたどる因果系列―例えば神経軸索とシナプスを逆行するプロセス―を神経網の中に考えうるとしても、網膜から発して外界事物に到る因果系列を今日の公認の科学の中で考えることはできない。(『時間と存在』所収「無脳論の可能性」)

「外界事物に始まって後頭葉ニューロンに終る因果系列に『順路』の因果」はあっても、「この逆路に進む因果系列は見出されたことはないし、見出されることはありえないだろう」『時は流れず』)という指摘は、吉本隆明の「刺激情報の総和は、なぜ、いかにして対象物の総体を再現できるのだろうか」という問いとおなじく根本的なものだと理解しています。この奇妙さへの数学的な表明がゲーデルの不完全性定理だと考えています。もっと踏み込めば、明晰さを規範とする同一性の意識で大森荘藏が考えた知覚の「復路」や吉本隆明の「像」の奇妙さに触れることはできません。大森荘藏が指摘する脳生理学の奇怪さを意識にとっての自然としてやりすごすことができるということです。自然科学の自然とはまたそういうものでもあると思います。

おなじことを吉本隆明も言っています。心的現象論の本論の冒頭に「眼の知覚論」がある。わたしも若い頃大脳生理学の矛盾に気づいた。

 いま、視たいとおもった対象物が網膜にその像をむすんだ。この像のあたえる刺激は網膜背後に分布する神経節に刺激としてあたえられ、この刺激は、蛙の場合とおなじように分担されて、ある神経節は明暗を、ある神経節は輪郭を、ある神経節はコントラストを、ある神経節は対象の移動をといった具合に脳の視覚中枢に伝達される。
 ところが、問題なのは、このように機能的に分担され、また、前後する刺激のつぎつぎの伝達によって脳の視覚中枢に情報刺激の総体が到達したとき、この刺激情報の総和は、なぜ、いかにして対象物の総体を再現できるのだろうか? 常識的にかんがえてこのばあい脳の視覚中枢に到達するのは、それぞれに機能分担されて時間的に前後してやってくる刺激の総和であってそれ以外のものではない。だから、対象物の形状も明暗も輪郭や動きも伝達されるわけではなく、ただ、刺激の総和が伝達されただけである。どうかんがえても、この刺激の総和が対象物の像を網膜のように再現できるとはかんがえられない。そして再現できるとかんがえるばあいには、生理過程ではなく、それ以外のものでなければならないはずである。そしてこのそれ以外のものとは、心的な過程とみなすよりほかに術がないようにおもわれる。

もちろん、ここで重要な別の疑義がないわけではない。あるいは、別の解釈がないわけではないといってもいい。もともと生物の視覚の〈過程〉は、対象物の形態とか明暗とか運動とかを、それがまさにそう在るように〈視える〉ように出来ているので、そのことは、いわば先験的自然性にすぎない。だから、ひとたび網膜に映った対象像が、刺激分担にかえられたうえで脳の視覚中枢に達するといった過程は、どうでもよいことである。最終的には、そのように網膜に映った対象像は、そのように視えるということだけは確実なことである。なぜかといえば、生物の視覚系は先験的にそのように出来上っているのだから、途中の過程が刺激の伝達にかえられて脳中枢に達するか、あるいは下等動物の趨光性のように光反射行動に転化されるかといったことは、生物に固有な構造によるもので、対象物がそこにあるようにそのとおり視るという〈視覚〉系の機能だけはうたがいようがないのではないか?

 以上のような解釈あるいは疑義がさしあたってかんがえられるものである。わたしにはこの解釈あるいは疑義は相当に迫力があるようにみえる。
 これを否定することができる唯一の根拠は、そもそも〈視覚〉系の構造について、ここで種々に考えをめぐらしていること、そのこともまた心的な構成力によるものであり、いいかえれば、〈視覚〉系の刺激分担を像にかえる再構成力は心的な過程ではないかという解釈自体が広義な心的過程に包括されるという矛盾が存在しているということだけである。このような矛盾を演じられるという機能を、わたしたちは心的な過程とみなしうるのではないか。

デカルトのコギトはままごとみたいなことしかいっていません。一種の詐欺です。デカルトにとって人間は機械なのだから、数学者としての業績以上のものはなにもないと思ってきました。わたしは意識の起源は同一性の科学や論理では解けないと実感している。わたしの知るかぎり吉本さんの意識の起源がいちばん欺瞞がなく、とても用心深く定義されています。

 そこで、わたしたちは、身体の生理過程がそれ自体で矛盾をつくりだすときは、つねに心的な過程をうみだすという規定をもうけることにする。つまり心的な過程は生理的な過程の矛盾を補償するための吐け口であり、心的な過程ははじめてこのような矛盾の捨て場あるいは緩衝域としてうみだされたものであるとしておく。(『心的現象論・本論』)

この吉本隆明の心的過程についての記述は見事だと思います。ペンローズの数学的な自然の実在性や大森荘藏の視覚情報の復路の欠落の指摘よりも巧みで破綻がない。ペンローズはゲーデルについて書いた。「ゲーデルは物理的な脳それ自体は計算的に振る舞うことは明らかだと認めながらも、心は脳を越えたもの」だと。吉本隆明の「身体の生理過程がそれ自体で矛盾をつくりだすときは、つねに心的な過程をうみだす」と言うことがここに重なります。生理過程の矛盾の緩衝域として心的なものが産みだされたという気づきには、表現としての言語の初源が意識のさわりがたわんだ末に自己表出されるという吉本隆明の言語論につながる端緒があります。吉本隆明の言語表現論はゲーデルやペンローズのつかんだものをはるかに超えて、ある可能な心的過程の表現論の領域を主張しています。自然に宿る非自然をこれほど見事に接合した表現論はほかありません。もちろん同一性に拠る表現論だから外延表現に閉じられ、いずれにしてもこの閉じた意識の範型をひらくことができないということはこれまでも指摘してきました。

しかし吉本隆明の心的な過程の定義にも矛盾があります。生理的な過程を記述する論理と心的な過程の記述を可能にする原型となる観念を想定しないと、生理的な過程の緩衝域を心的な過程と定義することはできないのです。あるものがそのものにひとしいという観念の刻み方を同一性と名づけるとき、同一性に先立つ観念というものがなければ、あるものとそのものはたんなる電子ノイズにすぎないのではないかという根底的な疑問が残される。あるものがそのものにひとしいことを統覚する原型の観念があるはずです。わたしたちは同一性という公理によって同一性を説明しています。まるで二点間の最短距離を直線と定義するという命題のパラドックスです。自己意識の無限性を自己意識を前提にして語るとき、はじまりはいつも不明となります。偉大なヘーゲルもこの罠にかかっていると考えました。マルクスの資本論もおなじです。あらかじめ同一性という観念を暗黙に想定し、その公理を使って同一性を定義する。これは決定的な矛盾を引き起こすことになるとゲーデルは不完全性定理として示しました。公理に根拠はないということだったのです。

吉本隆明は生理的な矛盾を補償する緩衝域として心的な過程を定義し、意識の特異点を含んだままに表現概念をつくり外延表現の極北を生きました。意識の「自閉的拘束衣」を哲学的に表明すれば、ニーチェの意識のがらんどうの発見になり、数学的に形式化するとゲーデルの不完全性定理になるだけのことです。人工知能の提起する問題もことごとくこの閉じられた信の体系のなかにあります。心的な過程を生理過程の矛盾の緩衝域とみなす吉本隆明の表現論は本質的にニヒリズムだとわたしは考えています。中村さんが言われるようにあまりに窮屈なのです。

⑭「歩く浄土5」への2019年6月8日付コメントの感想

 森崎さんの語る言葉のリズムをぼーっと聞いていると、何かしら腑に落ちるところがかすかながら動きはじめます。名づけることはできません。言葉足らずの感想を述べてみます。

 吉本さんが独自の幻想論を構想するにあたって、特に「対幻想」を峻別した思想の一身上のモチーフを考えてみます。これは「心的現象論」の思考を進めるモチーフとおそらくぴったりと重なるのではと推測します。

 吉本さんの著作から三木成夫という名前を教わったのですが、三木成夫の、何と言ったらいいか、胎児期の生命にかかわる思想論理に触発されて、吉本さんは自己幻想の核心を自己解析する上での大事なヒントを手に入れた、そのような手応えを感じたと推測します。

 自己幻想の起源が胎児期にあるという想定です。フロイトがそこまで言い切っているのかは私には不勉強なので分かりませんが、フロイトの「エス」を自分流に解明するためのヒントが三木さんの研究のなかに確かなのものとしてあることに気づいたと推測します。

 フロイトの「リビドー」説を自分流読み解いて、吉本さんは、人間存在の幻想領域のなかに、「対幻想」が独特の位置を占めているという仮説を作り上げたと推測します。これはやはり吉本さんだけが成し遂げたすごい着眼点だと私は判断します。

 さて、吉本さんの幻想論を構想する上での、いわゆる、「実存論的」なモチーフというのは、「胎児期」への独特な関心にあるのだと推測します。フロイトが果たして胎児期の生命体の「リビドー」を問題としていたのか、わかりません。問題意識としてはあったとしても、当時の科学の水準において、仮説を構想するうえでの必要十分な学的知見が絶対的に足りていなかったから、そのことを主題として研究することは断念したのかもしれません。

 幸運なことに、フロイトと吉本さんの間には三木成夫さんがいました。この三木さんの胎児期生命体の思想論理を使わないわけにはゆかない。そのように吉本さんは思ったことでしょう。

 胎児期の「リビドー」という問題はじつのところ「未然の性」を問題にすることであり、「未然の性」から「現実の性」へ移行するという過渡期を想定することになります。これこそが吉本さんの一番探究したいことではなかったのか。

 「性」が未分化である生命時間が確かに胎児期にある。そいつは、胎児期だけにしかない。この発見は思考の想像力をかき立てます。「意識」の起源がどの時期から始まるのか、「未然の性」の時期の「意識」から「現実の性」へと移行する過渡期の生命体の「意識」はいかなる変容を経過するのか、その過渡期に「リビドー」はいかなる存在としてあるのか、その過渡期を経て誕生するまでの間の時間に生命体として「体験する」ことの個性的な経過それ自体から、彼(彼女)の「リビドー」の原形がつくられるとしたなら、それはいわゆる「遺伝子型」とは、異質な、その胎児だけに固有の存在のかたち(表現型)が生まれてくるのではないか。

 そのような思考の筋道を推測すると、吉本さんが、なぜ「対幻想」領域を特別なものとして概念化したのかが、了解されます。さらに、「心的現象論」を最後の最後まで探求した真の理由も了解されます。

 言葉足らずな未熟な感想文ですが、ここまでにします。

三木成夫さんはとても好きです。かれの著作からたくさん触発されました。天与の才をもつ人で余人とは隔絶した世界の感受性をもった研究者でした。『南と北の生物学』で「胃袋とペニスに、目玉と手足の生えたのが動物。その上に脳味噌の被さったのが人間」だという人間の素描はみごとなものだと思いました。まさにそのとおりだと共感しました。吉本さんも若い頃三木成夫さんの考えに接していたら、おれの言語表現論はまったくちがったものになったと思っているとよく書いていました。
<三歳のわが子が「遠」をさまよい、どこをみるともなくみている夢のまた夢、ここを三木成夫が人類の桃源郷と感得するとき>、この遠の感得にもなんともいえない情緒があります。強烈な読書体験でした。かれはいつもそこにいてそこを生きているので、解釈の入る余地がありません。こういう言葉は好きです。

中村さんの「こころの交感可能性」と「精神の交感可能性」と「たましひの交感可能性」や、いただいたコメントのはじめのほうに書かれていた「人間の無垢の存在形」という言葉があります。この問いのなかに中村さんを突き動かす通奏低音が響いていると思います。そこにふれることが人間の精神に果たして可能か。わたしの考えはとてもシンプルです。無垢の存在にふれないことは不可能なのです。それが人が人であることの約束であり、人が人であることの限界だと考えています。切れ切れの応答で申し訳ありません。問いかけられたことにうまく答えているとも思えません。〔歩く浄土〕を少しでも進めることで応えていきたいと思います。

 

 

 

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