日々愚案

歩く浄土21

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自己が領域であると考えるのが内包論という言い方もできます。
自己は自我や主観という質点のようなものではなく領域なのです。
自己は領域として存在しています。
領域としての自己にはひとであることの根源のつながりが無限に小さなものとして畳み込まれています。あまりに小さいのでそれが埋めこまれていることに気づくことはなかなかありません。ある縁(えにし)があるとだれでも気づきます。そして気づくと、その刹那、つながりは自己の背後に隠れ忘却されます。事後的にこの事態を、ああこれが性なのだと認識します。条理が見事に逆転するのです。ここにはたくさんのことがひそんでいます。

自己を認識の自然な基底とするとき、この性は行き途としてわたしたちひとりひとりにあらわれ、たくさんの物語がつむがれます。性をそういうものだとながいあいだわたしたちは認識しまたそこを生きてきました。
わたしの性の感覚は世間の性とはんぶん重なり、はんぶんはずれていると、ずっと、しゃべったり書いたりしてきました。なにより当の本人にもわからないところがありました。
仮に、心を奪われる関係や、自己が簒奪される関係のことを性の世界と呼んでみます。だれにでも思いあたることです。やがて家族を為し、感情は中性化していきます。その過程でさまざまな出来事があります。みなそのように生きてきたし、また生きていると思います。ふつうのことです。

ひとりの人がべつのひとりの人とつくる、自己関係でもなく、共同の関係でもない世界が対幻想なのか。ひとびとはそうみなして生きていると思います。この世界は生木を裂かれるように引き裂かれることもあるし、跡形もなく消滅することもあります。もちろん諦念として生き延びることも、稀に、行き途の性が還相の性を含みもって生きられることもあると思います。かんたんに類型化することはとうていできません。それぞれに固有のあり方があるからです。

自己を領域とすると、外延世界に規定された性の世界とはべつの知覚が立ち上がります。自己を、自己の輪郭をもった質点のようなものに比喩すると、性の世界での自己はじぶんまるごとは登場できずに、気ままな自己がいちばんとしてあらわれるように思います。それは自己を実有のものと前提しているからではないかと考えました。個人が自己によって所有されることなら、そうなるのが自然だと思います。
はたしてそうだろうかとわたしはじぶんのことをふり返り考えました。

はじめは奥行きのある自己というようなことを考えていました。30年ほど前のことです。そうとう戸惑いました。常識では自己は自己だからです。自己がなくなるような体験です。意識のこのうねりのことを内包と名づけました。信じがたいこの不思議な感覚に驚きながら、それがどういうことであるのか、ひとつひとつ言葉にしてきました。解釈や俯瞰ではなく、そのなかにいてそこを生きることとして。
思っているよりずっとそれは困難でした。このうねりをあらわす言葉がどこにもないのです。だれも信じがたいこの驚異を言葉で言っていないのです。どこにもない。ならばつくろうと思いました。闇夜の手探りです。徒手空拳でした。

大気はぱちぱちと弾け窒息しそうに濃密で、熱くて涼やかな音色のいい風が吹いていました。この脈うつ自然を内包自然と名づけました。根源の性と分有者という言葉もつくりました。それからさらに10年余、やっと還相の性という概念を手にしました。いまそこにいます。

性が性に対して内包的な表現を遂げたとこの事態を諒解しています。
この性の知覚はこれまでの性の世界をはんぶんだけ拡張したと思っています。実感としてあります。理念やりくつではないように思います。わたしの生存感覚を貫く生の知覚です。奥行きのある自己として考えはじめた直感がここまできたのです。

熊本の田舎少年が青年になりかけの頃、博多に出てながく暮らし、子の親となり、親のことが気がかりで熊本に戻り、父を見送り、いまは週末を母と暮らしています。そのとき遭遇したことを糧として、わたしに固有の考えをいくつか手にしました。わたしが触れた生の知覚からは世界が違うものとして見えます。

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