日々愚案

歩く浄土17

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音によぎられることがある。この感じを言葉にできたらいいなといつも思います。
内包論と外延論は互いにどう相関しているのか。
だれもが知っていますが、外延論という現実では、生はいつもなにかへの過程として、ここではないどこかをめざし、順延されます。この圏域の言葉で生が充たされることはありません。言葉が対象をつかまえようとしてどうしてもハイ・アングルになるからです。

外延論の拡張を内包論として考えてきました。外延論の否定ではありません。拡張です。外延論の圏域は生の自然的な基底をなしています。
外延論は拡張されると内包論に内接することになると考えてきました。数は自然数から実数まで拡張できます。それでも自然数が自然数であることはなにも変わりません。
数と生きていることはまったくべつの出来事ですから比喩として言ってます。
もっと違う息つぎをしないと生が窮屈です。

わたしは外延論の息づかいではなく、いつもそのなかにいてそこを生きる、そういう息づかいで、日々を重ねていきたいと思っています。ここがどこかになることは、歩く浄土をつかみ生きるということになります。

    2
吉本さんの『母型論』の感想を、内包論からはどう見えるかということついて書いてみようと思いましたが、1冊を読み返し、残りの時間でメモをとると、今日中にブログのアップができそうにないので、以前書いた文章をコピペし、短いメモをつけます。

ひとを性的な存在としてみれば、世界とは母子関係の壮大なフィクションにほかならないし、それは人類の文明史の必然という規模をもっていると吉本隆明さんは言います。それについて20年前に書いた文章です。わたしの吉本さんへの異論の骨子はふるくなっていないと思います。

 心の領域の問題としていえば、わたしたち人類の人格は現在もライヒのいう性格構成の中間層にいるといってよい。ただいくらかの度合でこの層をぬける兆候がみえるようになったということもできよう。ライヒによればこの中間層は恐るべきもので、憎悪、恐怖、殺害、死、混乱、分裂病や鬱病の契機が渦巻いている地獄のような層で、この層を通過しなければ、「本物、すなわち、愛、生命、合理的なもの」に到達できないとされる。

 ただわたしたちがとってきた考え方では、この憎悪、恐怖、殺害、死、混乱、病気(分裂病、鬱病)の渦巻いている地獄のようなライヒの中間層は、ライヒのように文化の人為的につくられた事実とかんがえても、またフロイトのように死の本能や破壊の本能とかんがえても、密接に母型を乳胎児期の母親との関係の仕方と、その関係の写像のされ方とに対応するものとみることができる。この地獄の層をくぐり抜けることは、この母親との関係と母親からの写像を未来への追憶としてくぐり抜けることと対応している。するとわたしたちはライヒのいう性格構成の地獄の中間層は、乳胎児期の無意識の核が形成する過程の課題に、転化させることができるとおもえる。もっといえばその時期の母親との関係と母親との関係の写像の問題に帰する。そして、〈ここに地獄の母型がある!〉ということだ。(「心的現象論」『試行』71号)

 吉本隆明の大洋のイメージは暗くて、きついなあ。なんて感じていたらちょうどここでパソコンがハングアップした。きっと吉本隆明の念力のせいだとおもう。こわいなあ。なぜこんなつらい大洋の像がつくられるかというと、彼が〔1〕の回路を外延して起源や発生をつかもうとするからだ。〈ここに地獄の母型がある!〉なんて言われたら、とたんに生が重くなる。
 私の追憶する未来のイメージは吉本隆明と全く異なる。彼には「母親と胎児との胎内の関係が人間の絶対的な認識と感性の起源である」(『心的現象論』)という絶対的な認識と感性の強度がある。この明証への絶対の信がなければ、世界を母子関係の壮大なフィクションと見做す思想の規模は出てこない。私は吉本隆明のこの思考の型は〔1〕の回路の現状を前提とした典型的な転倒した因果論だとおもう。

 「私」が罪多いのはきっと母親が自分を嫌っていたからに違いないとか、「私」がこうも気が多いのは、やっぱり母親が自分を疎んじながらおっぱい飲ませたからだとか、いちいちあげればきりなく誰にもおもいあたる節があるのだが、これらはすべて自分の精神のかたむきを欠如と感知してその原因をつきとめようとする志向のあらわれにほかならない。性についてのある不全感がまずあって、そこで志向されるものが原因をあらかじめ想定するしくみになっている。私たちはそのしくみの緻密さに眩惑されるのだが、つかんだ大洋の像は自己の写像されたものにほかならない。

 吉本隆明は言う。「人間のばあいには母親の内面の奥底まで全部、乳胎児期に刷り込まれると理解します。完全に、決定的だといいたいんですが、そういうと宿命論になっちゃいます。だから決定的だとはいいません。第一義的だというふうにいいたい気がしているわけです」(『ハイ・エディプス論』)なんのことはない。宿命だと本心はおもっているわけだ。そこまで言ったら身も蓋もないので、第一義的だと言っているにすぎない。そんなことは体験的に「三つ子の魂百まで」ということで誰でも知っている。自然科学の進展にともなって「三つ子の魂」の振る舞いが胎児期まで遡れるようになったとしてもたいしたちがいはない。

 そうではないのだ。人類幼年期の終わりに西欧近代に発祥し、我が国にも受け入れられた理念の型が問題なのだ。吉本隆明には、「憎悪、恐怖、殺害、死」の渦巻く地獄の母型を明証的に了解することが、癒しにつながるというぬきがたい信がある。フロイトも神経症の原因をつかむことは治癒であると言っているが、私は意識の明証性をたどるほどに病が昂じるのではないかとおもっている。
 もちろん意識が分解能をこまやかにするにしたがって、囚われから免れることがたくさんある。茅葺きの屋根にカラスが止まっているから、それは不吉の前兆だといって家を焼き払ったりする迷信は今はない。雷の轟きに脅えたり腰をぬかしたりすることもない。雷、ああ、大気の放電現象ね、としかならない。発熱、下痢、腹痛に加持祈祷はしない。ハイ、抗生剤を飲んで、静養しなさいとなる。これらは科学知の効用だ。

 たしかに人間を質点に比喩すればマルクスの社会モデルは消費主体を軸にした世界のモデルへと拡張可能だが、そういう意志論がからっきしスカだったことがこの百年の現実ではなかったのか。いったいどうしたことだ。ほんとうに人は科学知のかたよりに沿って生きているのか。思想は科学知を追認するだけなのか。
 昔、人は光は直進すると考えた。日常の経験知としては今でもそうだ。アインシュタインは強い重力場では空間が曲がっていると予言し、日食の観測でそのことが実測された。質点に無限や無意識を導入すると相対論や量子力学、フロイトの性の分析理論がつくられる。ここが現代の入口だ。太陽の巨大な質量にフロイトの性を置換してみる。太陽に比喩されるフロイトの性は人の生の軌跡を曲げないだろうか。それがフロイトのエディプスだ。

 ライヒは「木が一度曲がったまま伸びてしまうと、あとでそれを矯めることはできない」と言う。吉本隆明はむろんこの理念の型を拡張しようとしている。だから「心の領域の問題としていえば、わたしたち人類の人格は現在もライヒのいう性格構成の中間層にいるといってよい。ただいくらかの度合でこの層をぬける兆候がみえるようになったということもできよう」と言うのだ。彼は地獄の母型をなすエディプス複合がいくぶんかゆるくなる兆しを時代にみることができるといっている。無意識は均されもはやかくべつの意味合いをもてなくなったというわけだ。

 若い人の性意識のありようを観察すると、もはやエディプス複合の固着する性のしこりはみあたらない。それが吉本隆明のここ数年言い続けてきた「無意識」を創ると言う課題だ。そこで彼は言う。「無意識の二世代を一世代にする以外にないんじゃないか。つまり、一世代性ということは、それぞれ無意識をつくっていく。どこを基準にしてつくるかといえば、それはやっぱり死を基準にしてつくる以外にないんだとおもいます。少なくともエディプス・コンプレックスに該当する、つまり、親しい者、近親の間のコンプレックスになる無意識というのをつくる以外にない。それは死を基準にしてつくることになってくるような気がします」(『マルクス-読みかえの方法』)なかなか用意周到でなにを言っているのかわかりにくい。私も一世代でつくられる無意識は死がもっとも切実だと感じている。しかし吉本隆明のつくられる無意識ということと、私が死の内包表現として考えていることとは、とおく隔たっている。近親の死を基準に無意識をつくり、ハイ・エディプスを仕上げても根本の性の不全感は癒されない。一体何が変わるというのか。何も変わらない。

 「母親と胎児との胎内の関係が人間の絶対的な認識と感性の起源である」ということは、「木が一度曲がったまま伸びてしまうと、あとでそれを矯めることはできない」ということとおなじことであり、それが吉本隆明のいう「地獄の母型」ということだ。現在の社会では女性が母親を拒否する傾向があるから、母親が授乳期間に心理的に男である振る舞いをとらなければ、男の乳児も女の乳児も中性に近づいていき、生理的な制約はあるとしても、いずれにせよ男と女は中性に近づくほかないと吉本隆明は言う。そこが現在という時代がエディプス複合の地獄の層をいくらかの度合いでぬけつつある徴候であり、この徴候を手がかりにエディプス複合の拡張としてハイ・エディプスの可能性を遠望できるはずだと吉本隆明は言いたがっている。

 吉本隆明の思考の癖は一貫している。ハイ・エディプスの手法とおなじ手つきで、人間というのは実に粗末な、空虚な観念で、いずれにしても将来ゼロに近づいてゆくのだ、と吉本隆明は予告する。「ある意味で「内面の時代」はすでに終わっています。・・・人間の内面性も同じことです。ゆくゆくは廃棄処分になるというのが、これからの人類の未来じゃないですか」(『わが「転向」』)こういう吉本隆明の理屈に出会うと痛ましい気持ちになる。人間を粗末で空虚でそのうち消滅するというのはまるごとフーコーの影響だが、そこにどれほど思想の真理の意味合いが込められようと、またそこをどんなに緻密に考察するとしても、結局は自分が空虚だということをいっているだけなのだ。自分が空虚なことを真理にされたらたまらない。歴史の近代に発祥した思考の型が外延された典型的な悲劇だとおもう。ニーチェはこの罠にかかって絶叫したが、吉本隆明は俯瞰する。このちがいはおおきいなあ。

 私はエディプス複合の地獄の母型とも、時代の流れを組み込んだハイ・エディプスの試みともちがった感触をもっている。太古の気楽な面々が偶然身につけた激しい性の情動によってヒトがひとになったと私は考えている。ひとは由来からして元来セクシー・アニマル・コンピュータなのだ。この官能は刈るごとに世界をふかくする。人間というセクシー・アニマル・コンピュータを駆動する内包表出のうねりが貧血することはない。したがって人間という概念が消滅することもゼロになることもない。男や女が中性に近づくこともない。ただ内包表現という性の思想に感応して、人間という概念は幹を太くし、ヴァーチャル・リアリティーは生身の実感へと巻き込まれて知覚を拡張し、性は艶かしくなるだけだ。

 〈あなた〉が〈わたし〉であるというメビウスの性が炸烈して、熱くてじんとして狂おしい情動から大洋感情がむっくり身をもたげ、この大洋の像を太古のひとびとは、群れと、群れから分極しつつあったわが身の軋みをなだめたくて、時代の制約のもとで呪術やアニミズムとして表現し、時代を経るにつれて洗練され、やがて太陽の像は一神教や多神教の「神」や「仏」として名づけられるようになった。宗教を謂わば扇の要めとしてひとびとは多様で多義的な自然を扇状地のように折り重ねた。国家や消費社会もそのひとつであるといえよう。

 ひとびとがじぶんのなかに際限のない無限や無意識を発見したとき、反力として大衆と人間と社会が発見され歴史は近代を刻みはじめ、〔自-多〕の亀裂は〔自〕と〔性-家族〕と〔世間〕の三層の観念を〔自〕のなかに織りたたむことになった。〔自〕のなかに際限のないものを見出すことは同時に〔自〕を追い詰めることでもあった。その尖端の時代に私たちは今、位置している。
 〔1〕の回路が〔1〕の回路のまま他の〔1〕の回路と交叉しつくられる観念を、これまで私たちは対幻想と言ってきた。私は〔1〕の回路をひとひねりして〔あなた〕の〔1〕の回路とつないでみた。するといきなり真っ赤な白が出現し一気に大気を濃くした。それが対の内包像ということだった。対幻想ではなく対の内包像に性を巻きもどせばフロイトの性や無意識がひらかれる。

 フロイトのエディプス複合を可能とする根源の〔1〕と〔1〕の保存系といえるエスのリビドーによる結合が地獄の母型だということはともかく、この「憎悪、恐怖、殺害、死」という地獄の層をぬける徴候がみえるようになったからといって、ハイ・エディプスは可能だろうか。すぐそういったことを考えたがる思考の癖を矯正しないかぎり、エディプス複合によって根本から曲がった生や生の軌跡を伸ばすことはできないと私はおもう。吉本隆明がやろうとしていることは時代の変化の徴候を変数としてエディプス複合に組み込めば、ハイ・エディプスが可能なはずだという願望だが、吉本隆明の執る意識の線状性が生のなかにいやおうなく特異点をつくるのはもはや明白だ。五O年経とうが百年経とうがなにもかわらない。

 私はフロイトや、フロイトの性の拡張をはかる吉本隆明と全く異なった感覚が可能なことに気がついた。直観が私の掌のなかでビクンビクンと跳ねている。太陽の近くを光が通過すると相対論の効果によって光の進路は曲げられる。フロイトや吉本隆明が考えたことはここまでだ。そこで私は考えた。光の進路をもう一度、直進させることができるはずだ。簡単な思考実験で示すことができる。ほんとに簡単なことだ。太陽の近くを光が通過するとして、光をはさんで太陽とちょうど対称的なところに太陽とおなじ質量の太陽をもうひとつ持ってくればいい。そうすると曲がるはずの光は直進するはずだ。すくなくとも光は直進すると知覚されるはずだ。

 もちろん私はここでライヒの「曲がった木」がどうやったらまっすぐ伸びるかということをイメージしている。吉本隆明の〈地獄の母型〉という近代知がどれほど人の生を脅迫するか言いたい。それでは人類が起源からして分裂病にかかっていると言うに等しいではないか。明晰は迷妄からひとを救いはするが生を熱くすることはない。さらに私は考えた。反撥するより〈極楽の母型〉をつくるほうがはやいぞ。太陽の重力効果を無化する然然の大洋の像をつくれば、胎乳児期の母子関係の如何に関わらず「地獄の母型」はそのまま直立し〔然り!〕と往生するはずだ。思想を革めることの真のおそろしさがここにある。だれもここまでは踏み込まなかった。

 「木が一度曲がったまま伸びてしまうと、あとでそれを矯めることはできない」という世界の知覚は近代がつくったおおきな落とし穴なのだ。こんなものは息子がよく言う、〝だけん、なんね〟の一言で行き詰まる。フーコーでさえも近代のこの罠をほどくことができなかった。私は世界に熱い風を吹かせようと、とうとうここに踏み込んだ。生を社会化し性をひらたくひきのばす〔1〕の回路をどんなに緻密に外延しても精神のかたむきを矯めることなんかできるはずがないのだ。そういうことではない。ありえたけれどもなかった、刈るごとにふかくなる性、真っ赤な白が存在する。たぶんここより先に文学も芸術も科学も行くことができない。不可知論としてではなく、〔内包〕という知覚が、欲望するすべての可能性の源泉だからだ。

 ライヒや吉本隆明の精神のかたむきをなぞる〈地獄の母型〉という母子関係の起源をなすものがフロイトの性の手前に存在する。真っ赤な白という〔内包〕する知覚が母子関係や家族に先行して存在する。胎乳児期のこどもに母親の愛憎が刷り込まれるのではない。この解釈は一見誰にもよくおもいあたることで、どこにも謎がないように見えて、しかしよく考えると途方もない知の倒錯がある。愛憎の起源をみなし孤にするのだ。カクカクシカジカの理由で母親は、胎児あるいは乳児に〈地獄の母型〉となる信号を発信し、カクカクシカジカの理由でその子はネジレたとする。それはだいたいのところ夫婦関係がうまくいかなかったということをいっているだけでありふれたことだ。しかしそれにも関わらず、こどもはそこから甚大な影響を被ってしまう。ある、ある、ある。そんなことは諺で「三つ子の魂百まで」といって誰でも知っている。こどもは親の世代のエディプス複合とその時代の影響を受ける。たしかにそうだとする。するとその親はその一世代前のエディプス複合と当時の時代の時代性という影響を受ける。だいたいそうだろうなと考える。

 そうやってきりなく遡行したとする。そうするとかならず〔1〕の回路の起源をなす、迷子になった大文字の感情の一群が、唐突に出現するはずだ。ではその大文字の感情はどうしてあらわれたのかという問いに〔1〕の回路は答えられない。それでどうなるかというと、人間の自然との関係としてからだとか、歴史のある段階における制度と人間個々人の矛盾としてからだとか、つまり、ヘーゲルやマルクスやフロイトやレヴィ=ストロースらの考えたことをさすがに天才はすごいといって崇めたりするしかなくなるわけだ。どんなに巧妙などんなに徹底した意識の外延化も発生や起源においてかならず意識の特異点をつくってしまう。人が考えつくことはよく似ている。つまり、〔1〕の回路の輪郭をぼやけさせて、自他未分離の混沌としたところに意識の発生や起源をもとめるというわけだ。

 猿の生態を超長時間ビデオにとって早送りすると、あるとき、あるところでピッと人間になるだろうか。私はならないとおもう。もちろんそれは反科学を意味しない。かたちに起源をもとめる自然人類学や考古学のウソがいつもここにあると私はおもっている。同じように宗教を批判した近代の天才たちは意識の明証性に溺れ言葉を過信した。そのツケを百年かかってまだ払っている。私は彼らよりもっと明証的であるとおもっている。私はあらゆる人間的感情の起源は性にあると考えているから、〔内包〕の知覚なしに、わが子をじいっと見つめる母親のまなざしのふかさも、ああ、こうなったのもすべてアノ男のせいだとかいう嫌悪の感情が生じることもありえないとおもう。〔内包〕の像の表現として戦慄・恐怖・不安・憎悪・対立・孤独という大文字の否定がはじめてあらわれるのだ。

 〔内包〕の知覚を〔1〕の回路に封じ込めたとき、近代がはじまった。偉大な近代に巨大な罠がしかけられた。〔1〕の回路がみずからに無限や無意識を発見したとき、この際限のなさが〔内包〕の表現のあらわれであると知覚すればよかったのだ。興隆する近代の勢いが根源的な点としての主体を実有と見做し、〔内包〕を陰伏した。もちろんそんなことは後の祭だった。怒涛の近代は過ぎて世界はきっちり貧血する。私は〔内包〕という朱色のたましいをじぶんの近代を通過して手でさわった。〔内包〕は官能する。感応する知を革めるということはかなり怖いことだが、GUAN!!! この感覚はいいぞ。世界にはじめて吹く風、欲しいひとには分けてあげてもいいとおもっている。私はうすいピンクの〔内包〕する知覚を大洋の像と呼ぶことにした。刈るごとにふかくなる性、ここが、私の大洋の像だ。(『内包表現論序説』476~481p)

むかし書いた文章を読み返して、吉本さんの心の領域のつかみかたは息苦しいなとあらためて感じました。エディプスコンプレックスが地獄の母型だとすると生きていることが苦にしかなりません。まさに明晰は迷妄から人を救いはするが、生を熱くしないという理念の典型です。『言語にとって美とはなにか』のなかで述べられている、原初の人間の言語の発出の場面と、心の触り方がおなじです。不満はいろいろとこれまで書いてきましたが、最後に残るのは、こういうのはおれの好みではないなあということだけです。
理念の実現まであと何年待てばいいのか、あと100年か、あと1000年か、となります。生は理念の実現への過程にしかなりません。余生ではとても間に合いません。だったらいつも間に合っているという考えをつくった方が生きやすいです。なにがあってもどんなときでも生きて行けるという考えの方が好きです。それがわたしの内包論です。

    3
もうひとつ地獄の見本をとりあげます。島尾敏雄の『死の棘』です。2回読んだことあります。

「トシオ、ほんとにあたしが好きか」
 と妻に出し抜けに言われたとき、悪い予感が光のように通り過ぎた。
「好きだ」
 と答えると、
「その女は、好きかきらいか」
 と追求してくる。女の目を見かえしながら、
「きらいだ」
 と低い声でやっと答えた。
「そんならあたしの目のまえで、そいつをぶんなぐれるでしょ。そうしてみせて」
 と妻は言った。試みは幾重もの罠。どう答えても、妻の感受はおなじだと思うと、のがれ口は段々せばまってくる。私はこころぎめして、女の頬を叩くと、女の皮膚の下で血の走るのが見えた。
「力が弱い。もういっぺん」
 と妻が言えば、さからえず、おおげさな身ぶりで、もう一度平手打ちをした。女はさげすんだ目つきで私を見ていた。
・・・(略)・・・
 そのあいだ私はだまって突っ立ち腕を組みそれをみていた。
「Sさん、助けてください。どうしてじっと見ているのです」
 と女が言ったが、私は返事ができない。
「Sさんがこうしたのよ。よく見てちょうだい。あなたはふたりの女を見殺しにするつもりなのね」
 とつづけて言ったとき、妻は狂ったように乱暴に、何度も女の顔を地面に叩きつけた。(『死の刺』島尾敏雄)

「妻」は 『海辺の生と死』の島尾ミホさんです。『海辺の生と死』もわかい頃、読みました。美しい小説です。奄美の加計呂麻島の巫女後継者とされたミホさんは海軍の震洋特攻隊長島尾中尉と出会ったのです。優しい島尾隊長は島の人から慕われました。ミホさんは出撃命令が発令されると、海岸に白装束であらわれます。短刀を喉にあて、その出撃をじっと待ちます。1945年8月13日夕方に出撃命令を受け、発進せよの号令がないまま、出発は遂に訪れず、敗戦を迎えたという経緯があります。復員後は神戸で文学活動を始めました。民間人になった島尾敏雄から「隊長様」の幻想がボロボロと剥がれ落ちていきました。そしてミホさんは神経症を病みます。一言一句「妻」の検閲を受け、『死の棘』は書かれました。吉本隆明さんの「島尾敏雄」に詳しいです。

一度、島尾敏雄さんの講演を聞いたことがありますが、とらえどころのない人でとっかかりがありませんでした。わたしにとってはわからない人だったという印象があります。『日の移ろい』はよく読みました。
吉本隆明さんとは対談の前後によくお会いしたのですが、あるとき、吉本さんが、ノーベル賞なんてつまらないけど、日本でもらうに値する人がいるとしたら、島尾さんだけです、と言ったのを覚えています。
また、あるとき、Sさんがその後どうなったか知ってますか、と訊かれました。えっ、です。知るわけないです。飲み屋さんをやってたのですが、最近、彼女、死んだんですよ。これで、島尾さんも彼女のことを書かざるをえませんね、と言いました。ああっ、と内心つぶやきました。はっきり記憶しています。

「試みは幾重もの罠」で、Sさんを叩くと、Sさんは、「さげすんだ目つき」で主人公を見ます。「Sさんがこうしたのよ。よく見てちょうだい。あなたはふたりの女を見殺しにするつもりなのね」と言います。ミホさんにもSさんにもその後の日々がありました。そしてSさんは自殺したのです。引用の箇所を読み返して、なんともいえない気持になります。島尾敏雄はどうやってここを切りぬけたのでしょうか。
 間違いなく、起こっている出来事を風景のように見たのだと思います。危機に直面すると、心のブレーカーが落ちるのです。そうして、島尾敏雄さんは、遁走した心の残余をカトリックの信に預けたような気がします。危機を回避する手立てとして事態を風景として見るというのは心の普遍性としてあると思います。小さい頃、怖い夢をよく見ました。怪物からいよいよ喰われそうになるとするりとそこから逃れて、場面を見ているじぶんをつくるのです。そうやって危機から逃れました。たぶんその頃、両親の諍いがあったのだと思います。

ここを語るのも、「試みは幾重もの罠」です。
外延論理の感受の枠組みでここを逃れることも回避することもできないと思います。いまここでひとつの態度を選択するしかないのです。第三者の立ち位置はありません。おそらくミホさんは生涯、エスを生きたのではないかと思います。どんな外延表現の条理を尽くしても無力だったのではないか。その応力として島尾敏雄はエスの対極にある信に身を預けるしかなかったのだと思います。いずれにして外延表現の心の劇はその振幅の内にあります。

ここで偶然、いいなと思う記事をネットで見つけました。うるうるします。
「硫黄島へ手紙『98歳 元気です』認知症の母、亡き夫へ」と題されていました。

・・・元小学校教諭、笠原登さん(78)は、硫黄島の戦いで70年前に戦死した父を終生慕い続けた母の老境を歌った。
12年の正月。笠原さんが自宅で年賀状を書いていると、認知症を患っていた母の良久(らく)さんが隣に座り、毛筆で手紙を書き始めた。

 「硫黄島 笠原喜久治様 九十八歳で元気です 平成二十四年 笠原良久」

 達筆で筆まめだった母の最後の手紙となった。10日後、脳出血で倒れ、6月に亡くなった。

 良久さんが亡くなったあと、部屋の棚にあった引き出しを整理しているとメモ書きが見つかった。喜久治さんが出征した日付や硫黄島から手紙を受け取った日付などがまとめられていた。(「朝日新聞デジタル」2015年2月23日)

なんともいえない気持になりました。こんなこともあるんだと感動しました。70年経っているのです。「98歳 元気です」。ここには、論理も、時間の観念もありません。時空を超えてます。でも、いいです、いいです、めちゃくちゃいいです。リクツではこのおばあさんもエスを生きたと言えます。還相の性をわたしはこのように考えています。

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