日々愚案

歩く浄土235:内包贈与論67-アフリカ的段階と内包史22ー「マチウ書試論」再考1

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新約の聖句にある内向する叛逆の論理は人の生を脅迫すると吉本隆明は言い、おなじように吉本隆明の「マチウ書試論」も生を脅迫する。「マチウ書試論」を読んで気持ちがやわらかくなることはない。社会的運動も政治的運動も人の生を引き裂くが、もしもその過程で熱い自然に出会うことがなければ、吉本隆明の「マチウ書試論」に納得したと思う。この試論にはなにかが決定的に足らない。自力廻向のキリスト教の信を批判することはできても人びとがなぜ信を渇望したのか、知の言葉が語ることはない。「マチウ書試論」の思想としての半端さは吉本隆明の天皇体験の浅さに由来しているとわたしは思う。20年前の「『マチウ書試論』考」に書き加えることがあると考えているので、「マチウ書試論・再考」を書くことにした。社会化された内面は内包化できるし、内面の内包化はその意識を空間化して共同化することもない。語りえぬ内面を空間化するとき、ビットマシンの強いAIにわたしたちの生は併呑されることになるだろう。生存の条理をなぞる超格差社会の到来も、迫り来る戦争の危機も意識の内包化によって超えることができる。読者よ。内包論の所業の終わるところを汝の眼を瞠いて見よ。
意識を内包に向けて還流すると内面と外界ではなく内面が内包化された意識の第三層があらわれる。内面という思考の慣性からは未知の意識と言える。そこには外延自然ではなく内包自然が淡雪のように降り積んでいる。内面ではなく内面の内包化がこの世にどんなしくみをもたらすか考えてみる。大昔、吉本隆明の「『マチウ書試論』考」を書いた。それ以降、内包論の概念をいくつかつくってきたので、それらを織り交ぜながら「マチウ書試論再考」を書く。吉本隆明の「マチウ書」理解とはべつの理解が可能だと思っている。吉本隆明が考え残した信の共同性が存在しえない世界がそこにある。

信が自己幻想であると共に共同幻想であるということはどういうことか。不思議ではないか。どうすれば自己の信のなかから共同的な信の根を抜くことができるか。

人間は、他の動物のように、個人として恣意的に生きたいにもかかわらず、〈制度〉、〈権力〉、〈法〉など、つまり 共同幻想を不可避的に生みだしたため、人間の本質的な不幸は、個人と共同性のあいだの〈対立〉、〈矛盾〉、〈逆立〉として表出せざるを得ないという点です。(『どこに思想の根拠をおくか』)

このような人間の歴史的な過程が、さまざまな時期に、さまざまな形でなされた抗議の表出にもかかわらず、不可避的に、現在の〈世界〉、〈制度〉をもたらした側面を認識するならば、この不可避性を止揚する過程もまた、普通、考えられているよりも、遙かに困難な、そして、過程をあやまりなく踏むことを必須とするはずです。つまり、すべての個人としての〈人間〉が、在る日、〈人間〉はみな平等であることに目覚め、そういう倫理的規範にのっとって行為すれば、ユートピアが〈実現〉するという性質のものではないということです。これらが人間の本質が〈不幸〉なものであるということの内容だとおもいます。ただ、この〈不幸〉は、〈不幸〉なことが識知された〈不幸〉であるために、究極的には解除可能な〈不幸〉ではないでしょうか。(同前)

吉本隆明の主観的意識の襞に共同幻想が不幸であると映る。それが吉本隆明の信である。この不幸は解除できるか。だれがどうやろうとできない。意識の外延性の気圏とはべつのまなざしをつくらないかぎり吉本隆明の思想が実現されることはない。おそらく吉本隆明もわかっていたと思う。無記名で政府をリコールできるしくみをつくるべきであるとか、政府に叛の異議申し立てができるように、警察や軍隊をなくすべきであるとか、空想が語られているが、それらの行為の総和が共同幻想を消滅に導くとは思わない。吉本隆明はヘーゲルの精神に三つの刻み目を入れたが、三つの観念を統覚する同一性を拡張すれば未知の自然が目の前にひろがってくる。内包という意識を媒介にしないかぎり、吉本隆明の渇望する「歴史の究極のすがたは、平坦な生涯を〈持つ〉人々に、権威と権力を収斂させることだ、という平坦な事実」(『どこに思想の根拠をおくか』所収「思想の基準をめぐって」)が実現されることはない。それはたしかなことだとわたしは考えている。
幸福とはなにか。不幸とはなにか。がんの早期発見・早期治療は幸福をもたらすか。傷を消毒することや、バランスのとれたカロリー制限食は、身体にとって幸福をもたらすか。先端的科学知の大半は思考の慣性をなぞる共同幻想ではないか。共同幻想の信が自己幻想の信に置き換えられていないか。貨幣は虚構であるにもかかわらず共同主観的信としてはこのうえなく強力な共同幻想だと言える。金は人に禍福のいずれをもたらすか。宗教や法や国家が共同幻想であるだけではない。わたしたちの生はそれ以外のおおくの共同幻想に囲繞されている。不幸は解除可能か。吉本隆明の思想はおおくの課題を考え残している。吉本隆明の思想の未然をひらくことは、ヘーゲルやマルクスの思想の未然をひらくことと同義である。自己を実有の根拠として描かれた思考の全円性を、わたしは意識の外延性の象徴として内包論で扱っている。自己幻想のなかにも対幻想のなかにも共同幻想のなかにも精神の古代形象として初源の身体が巻き込まれている。そのことにヘーゲルもマルクスも吉本隆明が思考を傾注することはなかった。おそらく観念と実在、あるいは存在と意識という思考の型は、初源の身体を媒介として同一性に組み込まれている。意識の外延性を意識の内包性にむけてひらくごとに、未知の生の可能性が、そのつど、ひろがってくる。

自己幻想と共同幻想は相互に還元不能であるはずだ。それなのになぜ自己の信が共同の信へと媒介されるのか。共同の信に媒介されることのない自己の信はありえるのか。意識の外延的は表現はこの疑問に答えることができない。吉本隆明は『共同幻想論』のなかの「巫女論」で神についてつぎのように述べている。「〈神〉がフォイエルバッハのいうように、至上物におしあげられた自己意識の別名であっても、マルクスのいうように物質の倒像であっても、このばあいにはどうでもよい。ただ自己幻想かまたは共同幻想の象徴にすぎないということだけが重要なのだ。そして人間は文化の時代情況のなかで、いいいかえれば歴史的現存性を前提として、自己幻想と共同幻想とに参画してゆくのである」。もちろん吉本隆明の説明では共同幻想はどうやれば解体できるのかまったく見通しは立っていない。国家や神という共同幻想を人間が歴史のなかでつくりあげたことはたしかだが、国家や神という観念から折り返してくる道筋は杳として行方が知れない。またヴェイユの神についても吉本隆明は言う。

もうひとつの戸惑いは〈神〉ということなんです。ヴェーユがもともと出発点とした思想は、マルクスやエンゲルスであり・そしてレーニソやトロッキーです。フラソスでいえばフーリエやプルードンやサン・シモンの社会思想、政治思想なはずです。その系譜の思想は、もとをただせばヘーゲルやルソーからはじまるのですが〈神〉とは何かについては、一応は解決をつけています。ヴェーユはそういう思想から出発したのですから、その系譜の思想が到達している〈神〉の考え方は充分知っているはずです。だからヴェーユのように〈神〉の概念がそこででてくるものだとしたら、ヴェーユ自身が、じぶんの従来の考え方について、革命とか戦争とかについてやったとおなじように、概念の組替えの過程を示さなければならないはずです。たとえば〈神〉とは人間の内面性が生みだしたものだ、しかもただの内面性ではなくて、人間の内面性は無限の領域を切り拓くことができるという観念の果てに〈神〉という概念が生みだされるということが、すでにヘーゲル-マルクス系統の考え方では、充分にかんがえつくされています。ですから、ここでヴェーユが〈神〉の概念をもってくるとすれば、そういう系譜の〈神〉の概念とどこにちがいがあるかについて、充分な思想的検討が差しだされるはずなんです。ぼくの追跡では、ヴェーユの〈神〉の概念は唐突にでてきます。(『信の構造2』所収「シモーヌ・ヴェーユの意味」)

ヘーゲルもマルクスも神についてきわめていいかげんな考察しかしていない。ヘーゲルもマルクスも神を理性によって観察し外在として論じた。存在の複相性を意識の外延性に閉じ込めて神を自己意識の至上なものみなし、外化されたその意識を人間精神の夢と考え、宗教を批判したつもりになった。神という超越問題が解決していない度合いに応じて、生の不全感とこの世の適者生存が生き延びただけだった。ヘーゲルの『精神現現象学』もマルクスの『資本論』も世界の無言の条理にたいしてそのようなものとして機能した。神は人間の精神の夢が外化された至上物ではない。自力廻向としてならそういう理解もありうる。自己意識の無限性はなぜ神という超越としてあらわれたのか。内包のきりのなさが自己という同一性に投射されたからだとわたしは考えた。聡明なヘーゲルやマルクスがこのことを考えた気配はない。かれらは自己を実定としてこの自己を梃子に意識の明証性を外延した。いつまで経っても、どういうやりかたをやっても、始まりは不明のものとして残される。つまり有限である自己が無限を知覚することはできない。だから古来よりこの覚知をもたらすものを神や仏と称してきた。親鸞はこの自己のなかの絶対の他者のことを仏と呼び、まったくの受動性として、他力としてこの超越が衆生の一人ひとりにもたらされていると言った。そして最後に仏そのものを解体した。それが自然法爾である。わたしは親鸞の自然法爾にわずかなふくらみをつくり、そこに還相の性を棲まわせた。還相の性がなければ同一性の神や仏もない。

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ヘーゲルの『精神現現象学』はかれが神学小僧だったとき書いた『キリスト教の精神とその運命』(1798)を括弧に入れることで成立している。キリスト教にのめり込んだ忌まわしい過去を葬りたかったのではないかと思う。ヘーゲルやマルクスにとって神という理念は度しがたい制度であり、嫌悪の対象でしかなく、ただ道路交通法の条文のようなものだった。自己に先立つ超越をないことにして消去すれば、意識の明証性に酔うことができる。歴史を精神の劇として記述するか、貨幣の運動として記述するかの違いがあるだけで、卑小な生がそのまま偉大となる契機はどこにもない。それが観念の上部構造であれ、経済の下部構造であれ、衆生は知によって采配される制度の属躰でしかない。もしも人間の精神を明晰な意識で語れば、絶対精神が実現していく過程を歴史とすることも、あるいは人間の社会的生存が個的な生存と重なるという擬制によって人間の歴史を類的なものとして実現できると仮構することもできる。すべては外延的な意識の仮定なのだ。意識にとって解きほぐすのがもっとも困難な課題を括弧に入れて思考するから、解けない主題を解けない方法で解こうとすることが可能であると錯覚できた。かれらは意識の明証性に溺れ、その果てにわたしたちの生はビットマシンの外延革命に呑み込まれようとしている。ヴェイユは神という理念を空間化しないことで自己幻想でも共同幻想でもない、ある観念を摑取した。わたしの言い方では、内面を内包化し、自力の果てるところに不在ではあるがたしかに存在する、ある超越をつかんだ。ヴェイユの神は還相の過程に存在していて、吉本隆明の論じる神は理性が対象とする記述可能な神にすぎない。このちがいはかれの天皇体験の底の浅さからきている。
若いヘーゲルはキリスト教の信に判然としないものを感じ、それはほとんど憎悪に近かったが、生の謎を悶々としながら解こうとした。6年間神学生として過ごし、最後に『キリスト教の精神とその運命』を書き、かろうじて自力廻向の信のしくみを批判し、それら一切を括弧に入れて『精神現象学』でデビューした。聡明なヘーゲルは悶絶しながら頑迷なキリスト教の信の岩盤を掘り崩そうと、信の由来を問い、信を解体しようとしたが、あまりの困難さと制度の宗教への憎悪感から、もう止めたと放りだし、神という超越を解明することに見切りをつけ、神という観念の起源の探究を断念し、自己という意識の明証性を手がかりに精神の劇を構想し、歴史は絶対精神として現成すると考えた。都合よく理性で世界を整序した。大嘘だった。強靱なヘーゲルの思想の真芯に底のみえない虚ろがある。巨大な観念の体系だが生の気配がしない。ヘーゲルによって記述し整序された世界は弁証法と言われ、その観念論は壮大な観念の様式をもち、聳え立ち、マルクスも幻惑された。ヘーゲルの概念のもつ抽象性は厳密で衒学的な装いをしているが、正・反・合という弁証法はだれもが日々繰りかえしている失敗、反省、納得という意識の反復の謂いでしかない。ヘーゲルは信の成り立ちや信そのものを解体することなく精神の劇で世界を表現できると短絡して世界の成り立ちを説明したつもりになった。これで世界の成り立ちが解けたと本気でヘーゲルは考えた。ヘーゲルの方法を逆倒してヘーゲルの思弁の方法によってマルクスは貨幣の謎が解けたと驚喜した。かれらは無言の条理が世界を支配していることをあきらかにしただけだった。マルクスはヘーゲルの意識の劇を物質を歴史の動因とすることでヘーゲルの思想を転倒できると考えた。日々はかれらの主観とは関係なく営まれている。存在についてヘーゲルもマルクスも決定的な思い違いをした。内面と外界という制約された表現で世界を記述すると、主観的意識の襞にある信は世界に外延されて解けない主題を解けない方法で解くことになる。ヘーゲルの思想の未遂をマルクスが受け継ぎ、二人の究尽されなかった思想の未然を吉本隆明が継承した。さらにフロイトの奇妙な性を対幻想として思想に繰り込んだ。ヘーゲルの絶対知に観念の切れ目を入れ、マルクスの思想と総合し、晩年は文明の外在史と精神の内在史を『母型論』や『アフリカ的段階について』で思想の全円性を構想した。文明の外在史を精神の内在史から対象化するという表現はつねに始原の遅れをともなう。それは方法のもたらす必然である。わたしたちの生はいつもなにかへの過渡としてしか存在しえないことになる。文明の外在史をおおきな自然とすれば、精神の内在史はちいさな自然ということができる。適者生存のこの世のしくみのなかでちいさな自然にできることは内省だけである。そして内省が世界の転変にいつも間に合わないことを告げるのは知を采配する者どもである。

若いヘーゲルは、稚児のような気持ちで信を解明しようとし、信の謎にのめり込み、教団の世俗性にほとほと愛想をつかした。その激しい嫌悪感をかれはどうすることもできなかった。『キリスト教の精神とその運命』で信がどういうことかつかみたくて喘いでいる。どこを読んでも聡明なヘーゲルが金太郎飴の切り口みたいに凡庸なことを書き連ねる。キリスト教の信とはなにかをつかみたいのだが、信を解説する理性はそれがどういうことであるかいっこうにわからない。信を解説することはできるが、それは信それ自体ではない。ヘーゲルとは何者か。ついに第十八願を持ちえなかった偉大な知者だ。かれがなしえたことは世界をかれの方法で記述したことだけだと思う。第十八願をもたないヘーゲルはいのちの芯が虚ろだった。『キリスト教の精神とその運命』からヘーゲルがたたらを踏んでいるところを引用する。

愛の直観は完全性の要求を満たすように見える、しかし、それは一つの矛盾である、〔なぜなら〕直観するもの、表象するものは、一つの制限するものであり、制限されたもののみを摂取するものであるのに、その客体は一つの無限なるものであるであろうから、無限なるものをこのような器に盛ることはできない……

有限な直観の表象するものは制限を負荷されているから無限を記述することはできないとヘーゲルは言う。とても正直だと思う。べつのところでもヘーゲルは似たことを言っている。まじめなヘーゲルがこじつけのりくつを精神の現象として取り繕う。「家族は精神の直接的実体性として、精神の感ぜられる一体性、すなわち愛をおのれの規定としている。したがって家族的心術とは、精神の個体性の自己意識を、即自かつ対自的に存在する本質性としてのこの一体性においてもつことによって、そのなかで一個独立の人格としてではなく成員として存在するのである。追加〔愛の概念〕愛とは総じて私と他者が一体であるという意識のことである。だから愛においては、私は私だけで孤立しているのではなく、私は私の自己意識を、私だけの孤立存在を放棄するはたらきとしてのみ獲得するのであり、しかも私の他者との一体性、他者の私との一体性を知るという意味で私を知ることによって、獲得するのである。(略)愛における第一の契機は、私が私だけの独立的人格であるということを欲しないということ、もし私がかかるものであるとすれば、私はおのれが欠けたものであり、不完全なものであると感じるだろうということである。第二の契機は、私が他の人格において私を獲得し、他の人格において重んぜられるということ、そして他方、他の人格が私においてそうなるということである。だから愛は悟性の解きえないとてつもない矛盾である。なぜなら、自己意識の点的性格は、つまりは否定されるものでありながら、それでもやはり私が肯定的なものとしてもたざるをえないものであるから、これほど解きがたいものはないからである。愛は矛盾の惹起であると同時に矛盾の解消である。矛盾の解消として、愛は倫理的合一である。(『法の哲学』所収「第三部 第一章 家族」藤野・赤沢訳 )ヘーゲルの明晰な弁証法では愛の直観は矛盾であり、悟性では解くことができず、矛盾の惹起であるとどうじに矛盾の解消であるとわけのわからないことを言っている。いい気なものだと思う。

死を目前にしたヘーゲルはじぶんのつくった精神の現象学ではなく、ギリシャ以前の哲学に関心をもち、関係が表現であるそのような表現をつかみたいと言った。なかばドゥルーズが生き、フーコーがヘーゲル的自己意識をやっとひらいた。ヘーゲルの『キリスト教の精神とその運命』を読みかえしていると、キリスト教にたいする呪詛が聞こえてくる。制度としてのキリスト教に心底うんざりしていたことがよく伝わってくる。キリスト教にたいする嫌悪感がヘーゲルにあり、ヘーゲルは意識の明晰な運動について書き、ヘーゲルがキリスト教に抱いた気分をドゥルーズやフーコーがヘーゲルの偉大な思想たいしてもった。要するに私はヘーゲルの考えが生理的に嫌いなのです、とドゥルーズは言った。「個をなしているのは関係であり、自我ではないのだ。おのれを一つの自我として考えることをやめ、おのれを一つの流れとして生きること。おのれの外をまた内を流れる他のさまざまな流れと関わりあいながら流れている一つの流れとして、流れの集まりとして生きること。希少性さえ、涸渇さえ一つの流れなのであり、死でさえも一つの流れとなりうる。『性的』といい『象徴的』というのも(略)、まさにそうした生の流れの中の生、流れとしての生以外の何ものも意味していない。自己のもつ譲渡不可能な部分は、人が自我であることをやめたとき、初めてそこに姿を現す。このすぐれて流動的な、うち震える部分をこそ獲得しなければならないのだ。(略)この生きて流れている、流れが結び合う世界を私たちは抽象して、主語〔主体〕、目的語〔対象〕、述語、論理的諸関係からなる、生気を欠いた複製の世界をつくりあげた。私たちはそうやって審判〔判断〕のシステムを抽出してきたのだった。問題は社会と自然、人工的と自然的とを対立させることにあるのではない。人為かどうかなど大したことではない。自然の生身の関わり合いがただの論理的関係に翻訳され、象徴がただのイメージに、流れがただの線分に翻訳されるそのたびに、また生きたやりとりがただの『主-客』の関係に切り抜かれるそのたびに、世界は死ぬのだと、私たちは言わなければならないだろう。そしてそのたびに衆の心、集団の心もまた、民衆の自我のうちにせよ、専制君主の自我のうちにせよ、一個の〈自我〉のうちに閉じ込められてしまうのであると」〕(ドゥルーズ『情動の思考)』)

ドゥルーズの言いたいことはよくわかるが、ドゥルーズ自身はそれがなんであるか究尽しないままに亡くなった。ヘーゲルにたいする反発を普遍まで抽象化できなかった。フーコーはしぶとく考究し、ついにそれを手にして斃れた。ヘーゲルは自己意識の明証性に溺れ、意識の起源を同一性によって説明する道を選んだ。ほんとうはヘーゲルが精神とみなす意識の手前に存在の起源がある。それを追尋するのはあまりにも厄介だったので、意識の明晰性でも論難できる自力廻向でキリスト教の信を否定できると思いなした。意識の外延的な表現はビットマシンによって貪食されている。これからは同一性を埋めるものは技術へと遷移する。到来している文明史の転換はあまりにも大規模なので、変化を変化として識知することができず、適者生存を自然として外延化された自然を思考の慣性として受容していく。

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何事もはじめが難しいとマルクスは言っているが、それはヘーゲルの精神現象学にも妥当する。ヘーゲルはキリスト教のもっとも困難な自己の信仰と共同的な信仰を離接することができず、共同的な信を批判することで、なぜふたつの信があらわれるのかという困難を回避した。親鸞はみごとにこの困難を解消した。なにが親鸞の知とヘーゲルの知を隔てるのか。そこには深淵がある。親鸞は仏という共同幻想の知を使いながらその知を最後には解体した。自然法爾とはそういうことだと理解している。親鸞の知には行き道と帰り道があるが、ヘーゲルの絶対的精神には行き道だけがあって、絶対知という共同幻想をそのまま残している。マルクスは精神を物質と読み替え、絶対知の代わりに類生活という思考の型を導いた。マルクスの類生活も共同化された理念であって、共同幻想を保存したまま貨幣の運動を解明しようとした。精神から始めようと貨幣の分析から始めようと、意識の運動としてはまったく同型である。ヘーゲルもマルクスも自力廻向の神は否定したが、それは意識の明証性という同一性の為せる技だった。同一性を精神、あるいは貨幣として、そこにある差異性を反復するだけで同一性の手前にある存在についてはまったく手をつけていない。親鸞の思想にふかく傾倒して、還相の知を語った吉本隆明もおなじだった。ほら、そこに知の根があると言いながら、それがなんであるか語らなくてもかれは生きていけた。わたしと吉本隆明は親子ほどにも歳が違うが、わたしの体験と吉本隆明の体験は体験の意味が違う。個別の体験を普遍化するとき、かれは自身の体験を空間化した。大衆の原像がそうだ。わたしは体験を内面化することも共同化することも、つまり同一性の言葉で空間化することができなかった。吉本隆明が大衆の原像ではなく、生の原像を同一性ではない表現で語れば内包になったとわたしは考えている。生の原像を還相の知で語ればよかった。そうすれば社会思想を存在の複相性へと転換できた。

純粋なる生命は存在である。多数性はなんら絶対的なあるものではない……この純粋なるものは、あらゆる個別化された生命、もろもろの衝動およびあらゆる行ないの源泉である、人間がこの純粋なるものを信ずる場合のように、それが意識のうちにはいってくるやいなや、それはなお人間のうちに生きているには違いないが、一部分人間の外に置かれている、その限り、意識しているものは自己を制限するのであるから、意識しているものと無限なるものとは、一つのものにおいてあることはできない。人間が一つの神を信ずることができるのは、ただ彼があらゆる行ない、あらゆる規定されたものを捨象することができ、しかもおのおのの行ないの魂、あらゆる規定されたものの魂を純粋に把持することができるということによってのみである、なんらの魂もなんらの精神も存在しないところには、神的なるものは存在しない、つねに自己を規定されたものとして感じている者、すなわち、つねに〔自己を〕これやあれを〔能動的に〕行ない、または、〔受動的に〕受けつつあるものとして、いずれにしてもとにかく行為しつつあるものとして感じている者、そのような者のする抽象においては、限定されるものは精神によって分け離されるのではなく、残っているものはただ生けるものの対立者、支配しつつある一般者にすぎない、もろもろの規定の全体が消失し、もろもろの規定のこの意識の上には、ただもろもろの客体を支配する本質として、それらの客体の総体の空虚な統一が〈存在する〉にすぎない。(『キリスト教の精神とその運命』)

胡乱なことをヘーゲルは言っている。このあいまいさはヘーゲルの全哲学を貫いている。純粋な生命が自己の意識に入ってくるやいなや、意識することは制限であるから、その神をまるごとつかむことはできない。たしかにそうだ。しかしたましいや精神の存在しないところに神は存在しない。たしかにそうだ。全体を認識しようとすると基底の全体が消失し、意識にとっての客体は空虚なものとして現象する。自力廻向の信のなかに神は存在しないのだが、アーメン小僧は意識の線形性で神をとらえようとし、どこにも意識の出口をみいだすことができない。のちに『小論理学』の「有論」でこのごまかしに再挑戦している。同一性的な意識の延長上に神は存在しない。同一性の手前にある存在の複相性のなかにしか自己に先立つ超越はないということをヘーゲルは生涯知らずに生きた。世界を睥睨したヘーゲルの意識の学とはそういうものである。

ヨハネによる福音書の冒頭には、より本来的な言語で神と神的なるものについて言い表わす一連の定立的命題が含まれている、「初めに言があった、言は神とともにあった、言は神であった」〔ヨハネ一・1〕、「この言に命があった」〔ヨハネ一・4〕、と言うのは最も単純な反省言語である。しかし、これらの命題は判断の外観をもってはいるが、それは人を欺くものである、なぜなら、これらの述語は概念ではない、もろもろの判断における一つの反省の表現が必然的に包含しているような一般者ではない、そうではなくて、これらの述語はそれ自身また存在者、生けるものであるからである、この単純な反省もまた、精神的なるものを精神で表現するのに適してはいない。精神的なるものを伝える場合以上に、受け取る者が自分の深い精神でとらえることの必要な場合は、他に決して存しない、その場合以上に、学ぶこと、すなわち、受動的に自己の内へ受けいれることの不可能な場合は、他に決して存しない、というのは、神的なるものに関して反省の形式で表現されたものは、すべて直ちに背理であり、神的なるものを精神によらないで受動的に受けいれることは、単により深い精神を空疎にするのみならず、また悟性をも―なぜなら、〔その場合には〕悟性が神的なるものを受けいれるのであるが、悟性にとっては神的なるものは矛盾であるので―混乱させるからである、したがって、この常に客体的な言語は、それを読む者の精神のうちにのみ、意味と重要性とを見いだすのである。(『キリスト教の精神とその運命』)

ここに同一性に引き裂かれた神学生のヘーゲルの弁明が書かれている。初めに言葉ありきというという聖句は人を欺くとヘーゲルは言う。命題の述語が一般者を包含することができないと理解するのはヘーゲルの意識である。ヘーゲルにとって初めに言葉があるというのは絶対の矛盾として理解される。認識されるものしかヘーゲルには存在しない。言葉が神と共にあったという述語は同一性の手前に性があるということだが、ヘーゲルにはこの機微がわからない。認識の先後関係が徹頭徹尾逆になっている。あらゆる神的なものは受動性として訪れることをヘーゲルの理性は受け容れることができない。神を受け容れることで、より深い精神を空疎にし、意識にとってただちに背理としてあらわれるというのが、ヘーゲルの超越性の理解だ。『キリスト教の精神とその運命』を葬りさることで、ヘーゲルは意識の学へと馳せ昇る。天空にそびえるヘーゲルの学はおおくの者たちを魅了し、惹きつけられた者たちを同一性の罠に拘束した。マルクスのそのひとりである。ハイデガーにも似て、なにか壮大な空虚という気がして仕方ない。わたしの理解では大才のヘーゲルの卑小はいつまでたっても偉大になることはない。自己を自己幻想通有の根拠とする思想は科学の先端知と結合したビットマシンによって粉々に打ち砕かれることになる。いまさらなぜヘーゲルやマルクスや吉本隆明なのか。この問いは充分に反芻している。諸国家の帝国化と人びとの経済格差の拡大が適者生存をより強固なものとしていることはわたしたちの生の実感としてある。

    4

ヘーゲルは「有論」で言う。

「純粋な有〔あるということ〕がはじめをなす。なぜならそれは純粋な思想であるとともに、無規定で単純な直接態であるからであり、第一のはじめというものは媒介されたものでも、それ以上規定されたものでもありえないからである。」

「はじめにおいてわれわれが持っている無規定なものは、直接的なものであって、それは媒介をへた無規定、あらゆる規定の揚棄ではなく、直接的な無規定、あらゆる規定に先立つ無規定、最も最初のものとしての無規定である。これをわれわれは有と呼ぶ。われわれはそれを感覚することも、直観することも、表象することもできない。それは純粋な思想であり、かかるものとしてそれははじめをなすのである。」

「しかしこのようなより進んだ、一層具体的な規定を有に与えれば、有はもはや論理学のはじめにおいて、まったく媒介なしに存在しているような純粋な有ではなくなってしまう。有がこうした全くの無規定性のうちにあり、全くの無規定性であるからこそ、それは無なのであり、・言いあらわしえないものなのであり、それと無との区別はたんなる意向に過ぎないのである。」

「補遺
有と無の区別は、区別があるはずだという区別にすぎない。言いかえれば、両者の区別は即自的にすぎず、まだ定立されていない。区別と言うからには、そこには二つのものがあって、各々他方にはないひとつの規定を持たなければならない。ところが有はまったく無規定のものにすぎず、無もおなじである。したがって両者の区別は、あるはずだと考えられているにすぎないもの、まったく抽象的な区別であって、同時になんら区別でないものであるその他すべての区別の場合には常に、区別されたものを自己の下に包括する一つの共通のものがある。例えば二つの異った類という場合には、類が両者に共通のものである。これに反して有と無の場合には、これら二つの規定はいずれも同じように土台を持たないのであるから、その区別には土台がなく、したがってそれはなんら区別ではない。

もし有と無とはしかしどちらも思想であるから、思想が両者に共通なものではないか、と言う人があるとすれば、その人は、有は特殊な、規定された思想ではなく、全く無規定な、それゆえに無から区別することのできないような思想であることをみのがしているのである。―次に人はまた有を絶対の豊かさ、無を絶対の貧しさとして表象するであろう。しかしわれわれが全世界をみて、すべてはあると言い、それ以上何も言わないとすれば、われわれはあらゆる規定されたものを看過ごしているのであって、われわれは絶対の充実ではなく絶対の空虚を持つにすぎない。同じことは、単なる有としての神の定義についても言える。このような定義が正しいとすれば、神は無であるという仏教徒の定義も同様に正しい。仏教徒はこの原理をつきつめて、人間は自己を絶滅することによって神となると主張している。」(『小論理学』上・いずれも松村一人訳)

それにしてもヘーゲルが祝詞みたいな『小論理学』を、はじまりの不明というほかない、言語の彼方にある豊穣な混沌から立ちあげたことには驚かされる。どんな思想も思想であるかぎり、例外なく起源の闇を抱え込んでいる。逆にいえば、無明のおののきを懐深くにもたないようなものを思想とは呼ばない。「有論」もそのようなものとしてある。ヘーゲルは「有論」がもつ豊穣な混沌を「同一性」に閉じこめた。ヘーゲルがつめきらずにのこした近代の逆理がマルクスにもひきつがれる。マルクス主義が人類史の規模の厄災を招いたのは、マルクスの思想の必然であり、ヘーゲルの思想の帰結だという気がする。マルクスの思想の真意を根本から組み替えること。内包存在論はそれをめざしている。ヘーゲルの混沌とした豊穣な「有論」を〔根源の性〕でたどりなおし、内包存在を主体とする存在論をつくりうるなら、近代が発見した自己同一性の弁証はひらかれる。それはマルクスや吉本の社会思想を転回することになる。対の内包を分有するとき、一方に〈あなた〉が、他方に〈わたし〉があらわれる。内包存在を世界の主体とする内包存在論ではそう考える。そうすると、ヘーゲルの「有」の根底には対の内包が存在することになる。しかしヘーゲルはそこまで行かなかった。分有されたそれぞれの自己を、否定を媒介に自己関係として伸縮した精妙煩瑣な意識の総体を世界と考えた。そうではない。対の内包があるから「有」が存在し、事後的に自己同一性が現象するのだ。おそらくヘーゲルは「有」と内包存在についての機微(弁証)を知らなかった。だからヘーゲルの「同一性」は起源を訪ね、暗黙のうちに混沌とした無規定な「有」を要請することになる。神という観念を持ち出さずに自己同一性の起源を探りあてようとするなら、フロイトが自我の探索の果てに混沌と沸き立つエスを見いだしたように、あたかもエスに相当する「有」をそこに想定せざるをえないからだ。しかしほんとうは逆ではないのか。「有」を自己同一性という概念まで抽象化すれば、「同一性」は観念の自働性で止めようもなく行くところまで行く。ヘーゲルの絶対精神とはそういうものだ。ヘーゲルは論理学のはじめに「有論」を据え、フロイトは精神分析学の礎にエスを導入し、自己同一性や自我で世界を遡及的に記述した。たとえば、数学では、直線を二点間を結ぶ最短距離によって定義する。すると、直線という最短距離によって直線を定義するという矛盾が生じる。定義されるものが定義の文言にふくまれてしまうのだ。同じことをヘーゲルも踏襲する。

「本質は自己のうちで反照する。すなわち純粋な反省である。かくしてそれは単に自己関係にすぎないが、しかし直接的な自己関係ではなく、反省した自己関係、自己との同一性である。

同一性はまず、われわれが先に有としてもっていたものと同じであるが、しかしそれは直接的な規定性の揚棄によって生成したものであるから、観念性としての有である。・・・人間を自然一般および動物から区別するものも、自己意識という同一性である。

したがって同一性は同時に関係であり、しかも否定的な自己関係、言いかえれば、自分自身から自己を区別するものである。」(同前)

「観念性としての有」が「同一性」であり、それは「自然一般および動物から区別」される自己意識によって措定されるというのが、ヘーゲルの認識の根本のかまえだ。なぜ、「純粋な有」がはじまりをなすのか。明晰なヘーゲルの不明が「有論」にある。直観することも、表象することもできない、直接的な無規定とヘーゲルが呼ぶ「有」のあいまいさが、のちに、ニーチェが世にひろめたニヒリズムとしてあまねくゆきわたることになる。
ヘーゲルも、彼に追随する者も、彼を批判する者も、約めると「自」を実有の根拠とみなす思考の型においてかわるところはない。そうではなくて、性という超越を分有する出来事として、男や女が(生理の性も含め)事後的に分節されるのである。どんな指示性によっても語りえない、ほかならぬこの〈わたし〉は、いかなる機縁によってあらわれいでたのか、このことだけが真に考えるにあたいする。
あるものとそのものとの関係は、近代起源の意識の粗野な形式においては同一であるのに、「わたし」があたかも一個の他者であるかのように「わたし」と自己関係する。ひとは数学のように存在しているのではない。またそこに近代と、近代がつくった現代の累層する歴史の制約がある。

近代はヘーゲルに象徴されるから世界は「同一性」によって睥睨され統べられる。賢いヘーゲルは知っていた。いかなる意味でもA=Aということは、ひとのふるまいや、ふるまいが収蔵された世界や歴史にとってはありえない。だから、「同一性」が自体にたいしてもつぶれを、区別・差異・対立なる概念で刻み、それらを括る「移行」という概念で修復しようと試みた(まさに、フロイトの自我・超自我・エスとそれらを貫くリビドーという概念がこれに対応する)。彼はそれができると考えた。ヘーゲルの弁証法とはそういうものだ。人間精神がおのずと内蔵する観念の見えない動きにヘーゲルは論理の筋目をいれた。而して彼の長い足は二〇〇年を一跨ぎにした。
しかし考えてもみよ。なぜはじめに「同一性」なのか。「同一性」がなぜ普遍的で根源的なのか。ヘーゲルにあっても根源の事象は幽霊のように忽然とあらわれる。意識の平行線公理に比喩され、ゆるぎなくみえるヘーゲルの「同一性」という概念の根柢にあるはじまりの不明は無視できない。ヘーゲルがいうように、有が「言いあらわしえないもの」であり観念としての有が同一性だとしたら、なぜ「言いあらわしえないもの」が自己意識としての同一性を措定できるのか。おかしいではないか。
ヘーゲルの論理は逆立ちしている。だから同一性が陰伏する謎が、いまニヒリズムとしてあまねく生きられる。はっは。存在論の拡張が断じて現実や歴史の分析に先行する。そうでないとしたら、わたしたちは冷え冷えした空虚をかかえて際限もなく内省と遡行を繰り返すだろう。そして時折、神戸の少年Aみたいな事件に遭遇しては喉元を凍らせる。ニヒリズムからモノのような狂気までほんの紙一重だ。もしかするとすでにそこを生きはじめているのかもしれない。点と外延の思想はそういう戦慄を不可避とする。存在論は思弁ではなく肌が粟立つほどなまなましいことなのだ。思考にとってこれ以上のリアルがどこにあるか。

わたしがヘーゲルの自己同一性を拡張する。太初に、ヘーゲルが直接的な無規定と名づけた「純粋な有」を立ちあげる内包する〈気〉のたわみが存在する。内包存在がくびれて分有された存在を事後的に自己意識が「有」とかたどるのだ。自己意識ではつかむことのできない「有」の興りとそのしくみを、ヘーゲルは直観することも表象することもできない。だからヘーゲルはそのありようを、もっとも直接的な無規定であるというしかなかった。自己意識によって「有」にふれることはできないからだ。
内包存在によってヘーゲルの「有」は拡張され、途方もない転回を遂げる。西欧近代の巨大な才能たちは、「有」を点と外延で縁取ったものを「存在」とみなし、「存在」をかたどるものを「同一性」と呼び、「存在」と「同一性」の彼我を往還するものを「意識」と名づけた。わたしは、それなしでは「有」が「有」として現象しえない、ヘーゲルの「有」よりもはるかに根源的な〈気〉が存在すると考えた。
世界をよく感じ、徹底して考えつめると、ヘーゲルが手つかずに不明のまま遺した、あるということにまつわる明晰がもつ弛みに気がつく。思想にとって決定的なのは、「存在」でも「同一性」でもなく、それらが内包存在に順伏するということなのだ。全くの思考の未知がここにある。内包が外延化された以降の「存在」や「同一性」についての精緻な記述はヘーゲルでも、ヘーゲルを受けたハイデガーでも、意識の第一次の自然表現としては、おおむね妥当なものであるといってよい。わたしたちの思考の慣性は外延表現にあるから、近代を超えようと意欲した現代が、「同一性」の弛みを「差異性」に拠る解体表現によって巻き返そうとしたのは、カラスになぜ鳴くの、と訊くようなものだった。勝手でしょ、とポスト・モダンは考えた。嗚呼。

しかしいずれにせよ大文字の「同一性」が意識の線状性として見え隠れしていることに変わりはない。問題は「同一性」か「差異性」か、ではなく「同一性」の拡張なのだ。あるものとそのものは、厳密には内包の関係にあって同一ではない。あるものを往相とすれば、そのものは還相としてあるものに関係する。あるものがめくれて他なるものとメビウスの環をなすから、ひるがえって、あるものはそのものに重複する。それが本然であり道理だ。わたしは外延する意識にとってはかなり変な、しかし内包する意識にとっては自然(じねん)を語っている。たしかな手応えがわたしにある。近代がかたどった現代は、存在論の拡張においておのずと拓かれる。近代の天才も、彼らを模倣する者も、思想のこの機微を知らない。
思考の歴史というようなものを考えると、わたしたちが近代と名づけている時代に大きな転換点があることがわかる。それは、〈じぶん〉という出来事を「わたし」が所有するということとしてあらわれた。その規範的表現が、たとえば、法の下における万人の平等という観念だ。わたしの考えでは、人間・社会・大衆・自己といった一群の観念の出現は人類史の規模での革命であったと思う。自己が「わたし」によって領有されることの信念の表明に近代の偉大さがあり、同時にこのなかに超えがたい背理がひそんでいる。
もちろん、即自と対自、あるいは利己的な行為と利他的な行為の対立と背反は、対象的な意識としてはよく知られていることだから、この矛盾を解こうとさまざまな考えが試みられた。文学や批評、マルクス主義の実践もそのひとつである。すでに滅んだ社会主義思想もそうだが、どんな考え(思想)であれ、それらの考えは、〈じぶん〉が「わたし」に等しいという自己同一性をそのよりどころとしている。これは疑いえない事実だと思う。またそのことによって現代の豊饒と奇形的な繁栄がもたらされた。
自己同一性原理とは、あるものがそのものに等しいことを梃子の原理とする存在の形式である。現代に照らしていえば、その内面的表現が空虚として、社会的な表現が消費資本主義としてあらわれ、両者は互いに鏡像関係にある。この自己保存系の思想を拡張することに思想のダイナミズムがあり、生きられる可能な世界のすべてがある。

たとえば、フロイトの自我と無意識の関係も、ハイデガーの存在者と存在の関係も、おなじ意識の呼吸法によって縁取られている。まずはじめに、自我が無意識へ、存在者が存在へ写像され、しかるのちに無意識が自我を、存在が存在者を措定するように思想がかたどられる。このありさまは高金利にあえぐサラ金の債務者に似ている。いくら返済しても元金が減らないのだ。もとより元金が空虚に比喩される。
マルクスも例外ではなかった。せっかく人間の自然本性を男性の女性に対する関係のなかに洞察したマルクスの思想の原石は絶え間ない抽象化の過程で、類的共同存在へと至る豊饒さを捨象し、関係的存在をそのまま価値形態論にもっていくことができなかった。同一性の経済的理念化として『資本論』は不朽の名作となった。
奇妙なことにそうやってつくられた思想は、ある根源の事態の事後的な解釈として妥当するにすぎないにもかかわらず、そのことをぬぐい去り、やがて逆立ちして、存在そのものや、出来事の根源自体を指し示しうる権能をもつと主張するようになる。この思考の型をもって近代を定義できるといってもよい。吉本隆明の思想の核心をなす自己幻想と共同幻想の「逆立」論も、意識の線形性において同じ轍を踏んでいる。わたしは、この表現の型を自己意識の外延表現と呼び、外延表現を拡張した内包存在とその分有者がとりもつしなりやたわみのあらわれを内包表現と名づけてきた。内包は外延の拡張としてある。
自己同一性が内包存在という主体のかたわれだということは、〈わたし〉の根源が〈あなた〉であり、〈あなた〉の根源は〈わたし〉であることに発祥する。あるものが他なるものに重ならないなら、なぜ、あるものがそのものに等しいということがおころうか!「自」がかまえをほどくその度合いにおうじて「他」がそのなかに陥入し、ふいに自・他が反転する。この事態のことを内包と呼ぶ。わたしはこの驚異をそのまま主体とする存在論が可能だと思う。(『Guan02』所収「テロと空爆のない世界」)

    5

人類の歴史に名をとどめるヘーゲルやマルクスの知はなぜ生存の条理を外側からなぞることにしかならなかったのか。大衆の原像に知の自立の拠点をおいた吉本隆明の思想はなぜ時代の変遷に伴い消失したのか。なぜおおきな自然とちいさな自然は現実に遅延してしか到達しないのか。外界と内面という意識の形式が始原の遅れを内含しているからではないかと内包論をすすめながら考えた。わたしたちの思考の慣性をふかく規定している同一性を暗黙の公理として表象された内面や内面が疎外された環界は内面が社会化され、社会化された内面の総和である共同幻想は自己の自己についての観念と、共同の観念が同期するようにもともとできているということだった。ビットマシンもまた同一性を公準としているから、尖端の科学知に思考の慣性は容易に同期する。いまでは同一性のすきまを埋めるものは技術なのだ。同一性を拡張すると意識の全円的な往還が可能となる還相の性という公準がすがたをあらわしてくる。とてもリアルな生の知覚としてある。表現の理念が内在する始原の遅れは同一性という空虚の必然だと思っている。始原の遷延は繰り延べられることなく内包論で表現することができる。ヘーゲルは心身をモナドであることを前提にキリスト教の神をつかもうとした。親鸞やエックハルトにとって仏や神はすでに領域化されたものとしたあった。自己は神や仏という領域として内面の信でも共同の信でもないこととして生きられていた。とくに親鸞は浄土教の教義を解体することをつうじてその領域化した自己のことを自然法爾として生きた。みごとな還相廻向の他力だと思う。仏の言葉を手がかりに往き道の信を否定し、還り道の信で共同的信そのものを解体する。内面を内包化すると、あるいは他力を内包化すると、自然法爾がほんのすこしだけふくらみ概念の奥行きができる。そこに還相の性が棲まっている。(この稿つづく)

〔付記〕
『Guan02』に収録した「マチウ書試論考」を再掲する。加筆は行っていない。「マチウ書試論再考」は「マチウ書試論考」の続稿である。再掲した文章も真剣に書いた。当時より内包論の輪郭がはっきりしてきた。なによりもっとも困難だったのは熱い自然という生のリアルを内包の感覚で言葉にすることだった。だれのどんな本を読んでもなにも書かれていなかった。自己に先立つ超越を同一性を規範として記述されたものはあったが実感にそぐわず、考えるうえでなんの足しにもならなかった。なんども書いたが思考が10年余フリーズした。第三者問題を喩としての内包的な親族へと概念化しえたとき、わたしの生の個別的な体験を還相の性という理念で普遍化できると考えた。三人称のない世界をつくる試みをやった人は、わたしの知るかぎりいなかった。三人称のない世界と共同性の信の根をぬくことはおなじだが、第三者は例外なく自己というモナドから表象されている。ヘーゲルもマルクスも吉本隆明も変わりない。精神のモナドは起こった出来事を追認することしかできない。内省として適者生存を捉え返すことは存在の内化と外化をもたらす。この思考の様式が存在することの始原の遅れを招いている。文明の外在史と精神の内在史という思考の型は生きていることにいつも遅れてしか到達しない。そしてその生を知のふるまいが分割統治する。それが人類史だ。「マチウ書試論考」にいくつかの概念を加えることで「マチウ書試論再考」を書きついでいく。

「マチウ書試論」考

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 吉本隆明の思想の概念は幾重にも折り重なり複雑な屈折率をもっているので、容易には概念の全貌をつかみにくいという際立った特徴がある。分かったつもりになっても、次の瞬間に、たしかにつかんだと感じたその感触が、するりと手のひらから抜け落ちていく。その繰り返しの振幅が吉本隆明の思想の魅力のようなものだ。そういう意味では吉本の造作した概念はほとんど呪文のようなものであり、なんとでも解釈できるのだが、概念がふくみもつおおづかみの直観の比類のない鋭敏さは驚嘆にあたいする。それでも韜晦な表現を透かしみて、まちがいなく理解できることがある。それは吉本隆明が人間に固有の観念化の力能を好いていないということである。大衆の原像といい、観念の上昇路が自然過程にすぎぬことといい、総じて観念の果てる場所を愛好するぬきがたい精神の傾きをもっている。この質感はいわゆる文化人の口舌には絶対にないものだ。吉本思想の最大の魅力はここにある。自分の体験を振り返っても吉本隆明の明晰のなかにある無明の還相の知に惹きつけられてきたという気がする。非知を偏愛しながらなかなかそこへ到達できないどはずれのはにかみが吉本隆明の思想にあり、そこにおそらくけっして語られることのない生にからみついた不幸の気配や不全感を生みだす幽冥がひそんでいる。それは言葉でないかぎりで端的に謎であり、そこを吉本がときほぐすことはもはやないように思える。しかし、もしかすると吉本の思想の初期の論考にその謎がかくされているのではないか。少しそんなことを思う。
 青年マルクスが『経哲草稿』を書いたように青年吉本が「マチウ書試論」を書いた。吉本が30歳ぐらいのとき、今から43年前のことだ。敗戦の打撃から低く身を起こし、労働争議と人妻略取のこじれた三角関係を抱え込んでいた時期ではないかと思う。それら一切に吉本は自己の存在を賭けて対峙していたはずだ。その頃、「ぼくがたふれたらひとつの直接性がたふれる」(「ちひさな群への挨拶」)とか「ぼくが真実を口にするとほとんど全世界を凍らせるだろうといふ妄想によってぼくは廃人であるそうだ」(「廃人の歌」)という詩を書いている。「マチウ書試論」というこの異端の書は地軸を傾かせるほどの苛烈な意志を秘めていた。血煙をあげ疾走する意志の化身となった「マチウ書試論」の風圧の強さに近著『アフリカ的段階について』は遙かに及ばない。文明の外在史と精神の内在史の相克するものを歴史と考えるとき、「アフリカ的段階」という概念を人類史の母型とみなせばヘーゲルの絶対近代史観は拡張できるという論理の強靱さだけがかろうじて若い吉本が抱いた、世界をねじ伏せずにおくものかと一途に思いつめた、直立する意志の片鱗をうかがわせているというべきか。それほどの激しさが「マチウ書試論」にはある。
 昔若い頃読んだことがあったが、それから30年経って読み返して、マルクスの『経哲草稿』の言葉にあるおおらかさと吉本の言葉がもつ秩序への昏い叛逆の心意の違いがどこからくるのかひどく気になった。30年という風雪にたえてなお読みごたえのある文章の力にあらためて驚きながら、吉本が考えた原始キリスト教批判の思想的な精髄のどこに落とし穴があってつきつめられていないあいまいさがあるのか、精読してたしかな手応えがあった。「マチウ書試論」は現存する世界と相渋るときの吉本の資質をなまなましく抉ったものであり、「マタイ伝」を手がかりに世界の臍のありかを身を削るように問い尋ね、たどりつき、ついにつかんだと信じた吉本幻想論の要である「関係の絶対性」の思想は、しかし私の考えでは超えうるものとしてある。私のなかで30年の歳月を経た「マチウ書試論」はそのようなものとして立ち現れた。彼がつかんだと思いなした確信の深さの由来も思想的なあらもふくめて間合いを見切ることができたように思う。
 吉本隆明は、「マタイ伝」を、ヘブライ聖書やユダヤ教からの「人類最大のひょうせつの書」だという。吉本の言葉を借りていえば、「マタイ伝」には原始キリスト教のたえてきた風雪の強さがあり、眼を覆う血なまぐさい現実と苛烈な抗争が、ユダヤ教に対する敵意と憎悪感を思想の型にまで普遍化させたのだということになる。「マチウ書試論」は途方もない思考の革命だった。私たちははじめて「マチウ書試論」にマルクス主義からの自立的な思想の萌芽をみることになる。ここには敗戦期吉本がくぐった体験の心象が投射されている。八紘一宇や大東亜共栄圏という大義が敗戦を境に民主主義になだれをうって転換した根こそぎの理念や社会の豹変に、なすすべもなく呆然とした吉本の屈折した感情を「マタイ伝」をだしにして内省的に語っているのが、「マチウ書試論」だといってもいい。まず吉本25歳のときの論文「ラムボオ若くはカール・マルクスの方法についての諸註」があった。やがて「マチウ書試論」が書かれ、編者の解題によるとそれから3年後に「転向論」が書かれたことになる。このトライアングルのなかに吉本思想の原石のすべてがある。
 「諸註」で彼は考えた。存在が意識をつくるのだとしたら、しかし、この確からしさは、意識がなければ存在を指し示しえないことを同時に意味するはずだ。この確信を手に、ランボーの詩に幻想論(上部構造)を、マルクスの『資本論』に経済論(下部構造)の可能性を読み込み、のちに「ある構造を介して関係する」という吉本の特異な方法論となって、私たちの知るところとなる。幻想論は素粒子(重力)の振る舞いに、経済論は重力(素粒子)の作用に比喩されてよい。彼に大きな波がやってきた。見えない力にさらわれ勢いに乗って、「転向論」で、日本近代社会の構造を総体のヴィジョンにおいてつかまえようとする大胆な構想が提出された。すさまじい膂力というほかない。経済論を縦糸の重力とすれば、幻想論が横糸の反重力として経済論を垂直に貫く。そして二つの力が交錯してつくった、偏心してゆがんだ、編み目の大きさを「ある構造」という可変なボリュームが調節することになる。ある意味でここに晩年に至るまでの思想の型がすでにすべて出そろっている。吉本がめざしたものはいわば表現の統一場理論だった。たしかにこの希有な思想は吉本隆明が創案したものには違いないが、第二次大戦の歪みやねじれが軋みをあげながらしなりをかえすとき吉本隆明という個性をよぎったというのが、思想が生まれる本義に近いと思う。「マチウ書試論」で呪詛する吉本のつぶやきは私にとっても身近な資質であり、同時に超えうる思想でもある。私は内包論を吉本隆明の思想が到達し歩みを止めたところから始めた。

    2

 吉本隆明の「マチウ書試論」から使用頻度の多い言葉を任意に拾ってみる。

敵意、憎悪、攻撃、過酷、悲惨、秩序からの重圧、疎外、圧迫、叛逆、被害感、陰惨、迫害、偏執的、倒錯、神経症、欠如、敗残、裏切り、猜疑心、・・・。

 ざっとこんな具合だ。ひとことで云うと「否定性」として表象される言葉の一群が多用されている。とてもくらい気持ちになってため息がでる。アッシリア人の侵略や、バビロニアの虜囚、ローマ帝国の支配が原始キリスト教団の直面した宿命的な現実の背景をなしている。否定性であざなわれた、しなりにしなった心意が限界までたわんで一気にたわみをかえそうと空を切って描いた言葉の軌跡を吉本はイエスの言行録と考えた。ひとつの秩序があり、そこには秩序と和解したイデオロギーが支配的なものとして存在するとき、ある人物、ある集団が、秩序や支配的なイデオロギーとの全面的な抗争に入ったとする。そのとき、その人物や、そこでともに担われた共同性は、どういう命運をたどることになるか、というのが「マチウ書試論」がえぐりだしたことである。イエスの物語も、「マチウ書試論」の結末も、その後の彼の40年余にわたる思想の営為もすでに私たちは知っている。
 吉本はイエスに象徴される原始キリスト教団をパラノイアだと考える。そこにふれた箇所をまたいくつか任意に拾ってみる。「迫害をうけたら喜べというのは、いったいどういう心理か」「人間性の脆弱点を嗅ぎ出して得意げにあばき立てる病的な鋭敏さと、底意地の悪さをいたるところで発揮している」「ひとの弱みにつけ込んで脅迫し、きき入れなければ、二三人の子分をつれて陰性におしかけるごろつきと同じ形の心理」「無茶苦茶なことを言う妄想狂」といったぐあいだ。ほかにも似たような文言はいたるところに散見される。ふと思う。あれ、「ジェジュ」批判を騙って、天に唾しているのは吉本隆明ではないのか。そんな錯覚がやってくる。ここで、神戸の事件の少年が書いた、「殺しをしている時だけは日頃の憎悪から解放され、安らぎを得る事ができる。人の痛みのみが、ボクの痛みを和らげる事ができるのである」というコトバを思い出した。そうなのだ。少年がさかむけした言葉を社会へ浴びせるとき、その言葉が彼の憎悪する社会と似た顔つきをしているように、吉本によってイエスという妄想狂が秩序に叛意を貫くありさまが描かれるとき、なぜかイエスのイメージは吉本とよく似た相貌をしている気がしてならない。だれもがふとそんな思いを抱くはずだ。伝記作家がつくったイエスのイメージは吉本が決めつけたいマゾヒズムに酔いしれる卑俗なイエスよりかなりしたたかなはずだ。私にはそう思えてならない。
 吉本は「マチウ書試論」のあの結末を言いたくてたまらない。そのためには聖なるイエスをなんとしても俗化して相対化する必要があった。オウム事件がマスコミを賑わせたとき、私は原始キリスト教もこんなものだったのだろうと思った記憶がある。しかし私は吉本の「マタイによる福音書」の批判に、ひたむきだがどこかすれっからしの感じをどうしても持ってしまう(「ジェジュ」がクソなら麻原もクソであるはずなのに、半端な批判のツケとして晩年の吉本は麻原彰晃を持ち上げた)。吉本の原始キリスト教批判の否定の激しさはなにに由来するのか、なぜだろうかと一晩頬杖をついて考えた。なぜこうまでムキになって「ジェジュ」の言行録を否定したいのだろうか。それは吉本のなかにあるゆずれないなにかがそうさせるからだ。〈おれは人間ではなくおれである〉と繋けた日のかつてのじぶんのこととしてよくわかるが、吉本の「マタイ伝」批判程度ではなまぬるいのだ。吉本の言説には底のぬけた言葉がもつ強さがない。否定性に縁取られた言説はどんなに激しくても「不可侵」の圏域にとどめおかれる。そんなものは思想の名に値しない。「不可侵」と「不可被侵」を兼ねそなえた満月のこころを思想という。それは言葉ではない。あらゆる断念を超えて、一切の宗教理念やその信・不信とは無関係に、また自己意識の用語法からすれば無媒介に、それはじかに起こる。伝説のイエスが喩としてのイエスになるのがここだ。当事者性を決して手放さず、その軋みを存在論においてひらくこと。私が「マチウ書試論」の批判をなす根拠はここにあり、この根拠以外のなにものも必要とはしなかった。たしかな思想の転回がここにある。
 原始キリスト教団の一党にまじって、吉本も一度ぐらい心臓がめくれかえる修羅場をくぐればよかった。やればいやでも身にしみてわかることがある。吉本の言葉はすこしもおれにふれてこない。土壇場の体験にたいする根っからのコンプレックスが吉本の幽冥の場所にあって、防御のために神経をとがらせ相手を底意地悪く徹底的に痛めつける精神の傾きを吉本はもっていると私は思う。良寛も言ったではないか。「災難に逢う時節には災難に逢うがよく候死ぬ時節には死ぬがよく候是は災難をのがるる妙法にて候」と。
 文言で批判することと、そこをかいくぐることのあいだには天と地のひらきがある。そんなこともわからないのか。この天地のひらきが聖句に書きつけられていると錯覚できる脳天気さが吉本にある。伝承されるイエスが身にしみて思い知ったことが言葉として書かれるわけがない。またそれは喩としてのイエスが歴史的人格であるかどうかにも、「マタイ伝」の作者の意図にもまったく関係のないことだ。聖句や経文の言葉がたがいに衝突し、矛盾し、脱臼しているそのあいだにだけ書かれぬ、見えない言葉がある。これは体験主義ではない。吉本の「ジェジュ」批判がおれにふれてこないから、とどかないから、そういうほかないのだ。身にしみて思い知るような体験はけっして語られることはない。体験は体験主義からもっとも遠い場所にある。おそらく伝説のイエスも抱きようのない苛烈を抱いてそこにいたと思う。世界に叛逆し、ひとりゆきくれ、ねじくれささくれだった言葉の膝を抱えたイエスのふるえがつたわってくる。聖句や経文がこころをうつのはそのためである。そこに分け入って共同化された理念のもつ欺瞞と詭弁のおぞましさに一太刀浴びせるのが宗教の批判にほかならない。
 私たちの知るところでは、人類が歴史の初期につくった、ありえたかもしれないひとつの超越は、のちに神や仏という共同幻想をつくりだすことになる。このときニーチェが叫んだ神の死にはるかに先だってひとつの超越が人類史に封じ込められた。しかし神や仏という超越よりはるかにふるくはるかにふかい根源の情動がまずはじめに存在したというべきなのだ。「ジェジュ」も吉本も「衆」と「自」の根源である内包存在を知らなかった。「ジェジュ」は現世の秩序による支配を否定し神の国の到来を予言し、吉本は「マチウ書試論」でそれは妄想であり人間という自然に反する倒錯であると批判する。原始キリスト教団を率いた首領「ジェジュ」がふともらした「空の鳥、野の花をみよ」という言葉が秘めた、そこにありえたかもしれない、うすく朱をひいた豊穣な驚異にたどりつくのに、人間はながいながいすさまじい歳月を必要とした。

    3

 イエスが荒野で四〇日、四〇夜断食をして腹が減っているとき、彼を験す者が現れて、もしおまえが神の子なら、この石をパンにかえてみよ、と言う。イエスは「人はパンだけで生きるのではなく、神の口からでる一つ一つの言葉で生きるのである」と答える。サタンよ去れ、とイエスが言ったとされるこの場面をめぐる応答は深い。イエスはなぜ人はパンのみで生きるのではないと言ったのか。イエスの答えは尽きぬ謎をふくんでいる。イエスは謎のありかを知らなかった。なぜパンなのか。胃袋の飢えや病苦が圧倒的な現実であり、人為によってその現実を改変することがまったく不可能だったからだ。パンは端的に現実の喩だといってよい。戦乱で家を焼かれ、飢餓で飢え、疫病で虫けらのように死んでいく地を這う衆生をまのあたりにして鎌倉時代を生きた親鸞も、念仏を一回唱えたら浄土にいける、と同じことを言った。吉本は「マタイ伝」のこの場面を次のように解釈する。

「人間はパンだけで生きるものではなく、と言ったとき、原始キリスト教は、人間が生きていくために欠くことのできない現実的な条件のほかに、より高次な生の意味が存在していることをほのめかしたのではない。実は、逆に、人間が生きるためにぜひとも必要な現実的な条件が、うばうことのできないものであることを認めたのである。つまり、悪魔の問いがよって立っている根拠をくつがえしたのではなく、かえって、それがくつがえし得えない強固な条理であることを認めたのである。」

 たしかにそうだ。吉本のこの解釈は切れ味がいい。パンが現実や秩序を支える譬えだということはよくわかる。ここでサタンはパンを操る匿名の現実と秩序の象徴である。それはよくわかるが、吉本は現実がなぜかくもゆるぎないものとして現れるのかとは問わなかった。ほんとうはこう問わなければならなかったのだ。人はなぜパンをめぐってかくも争うのか、と。反逆の意志が苛烈なら、問いはかならずそこまでゆきつく。吉本の思想は現実を俯瞰し追認するだけでこの問いにけっして答えない。
 人間が生きるのに欠かせない現実的な与件とはなにか。穀物の籾を蒔き、耕し、収穫し、風雨をしのぎ、暖をとり、胃袋をみたすことである。地に伏し、喰い、寝て、天空を仰ぎ見ては念ずることを繰り返す。古代の空はそうやってゆるゆるうつりかわっていった。古代の民のくらしの輪郭を古代の神がおおきな腕で抱いている、いわば、神と人間がおのずからなる関係で過不足なく結びついている情景を無理なく想像することができる。ここでは神と人間の関係はそのまま人間と現実の関係に重なる。モーゼの十戒を共同体の掟としてもつユダヤの民もそのようなものとして古代の空を吹く風を呼吸していた。しかし、いかなる宗教神も戒律を社会化することによる現世の俗化をさけることはできない。言い換えれば、神と人間との一義的な関係が人間と社会の関係にさしかえられるには、神が現世に降り、支配的な秩序となり果てるほかにない。なんとなれば、人間は眼にみえないものの存在より、かたちあるものになびくという度し難い本性をもつからだ。 原始キリスト教が現れたときユダヤ教の神はすでに地に墜ちたものとして彼らにうつった。経験的にいって、遠くに聳える権力よりも秩序にたいして叛逆する集団同士のわずかな見解の相違の方が、反秩序の徒にとって激しい憎悪と攻撃の対象となりやすい。このことは文化や民族や宗教を超えて秩序へ謀反を企てる者が陥る心情の普遍的な型として存在する。イエスに率いられた者らは、「汝ら偽善なる律法学者とパリサイ人に禍あれ」とわめきちらし、あちこちで衝突をはじめた。壊せ、壊せ、すべてを破壊せよ。憑かれたように彼らは酷い現実に手を染めた。不逞の輩に一方的になじられ、侮辱され、そのまま引き下がる手はない。パリサイ派の面々は、原始キリスト教の盲信者にたいして、おまえたちこそ神の御心に背く偽善者だ。おまえたちは暴徒で破壊者にすぎない、と言ったに違いない。対立のこの単純な明快さはゆきつくところまでゆくほかに止むことはない。秩序へ叛逆するもの、秩序から迫害されるものが、追いつめられた果てに抱く心情のすべてが「マタイ伝」の物語として包括的な理念のかたちで吉本によって宣明される。吉本隆明の敗戦体験の気狂いじみた執念が、驚嘆する思想として躍り出た、身震いするようなところだ。まぎれもなく確乎としたゆるぎないひとつの思想だ。

「ここでマチウ書が提出していることから、強いて現代的な意味を描き出してみると、加担というものは、人間の意志にかかわりなく、人間と人間との関係がそれを強いるものであるということだ。人間の意志はなるほど、選択する自由をもっている。選択のなかに、自由の意志がよみがえるのを感ずることができる。だが、この自由な選択にかけられた、人間の意志も、人間と人間との関係が強いる絶対性のまえでは、相対的なものにすぎない。(略)秩序に対する反逆、それへの加担というものを、倫理に結びつけ得るのは、ただ関係の絶対性という視点を導入することによってのみ可能である。(略)加担の意味は、関係の絶対性のなかで、人間の心情から自由に離れ、総体のメカニズムのなかに移されてしまう。マチウの作者は、(略)現実の秩序のなかで生きねばならない人間が、どんな相対性と絶対性の矛盾のなかで生きつづけているか、について語る。思想などは、決して人間の生の意味づけを保証しやしないと言っているのだ。人間は、狡猾に秩序をぬってあるきながら、革命思想を信ずることもできるし、貧困と不合理な立法をまもることを強いられながら、革命思想を嫌悪することも出来る。自由な意志は選択するからだ。人間の情況を決定するのは関係の絶対性だけである。ぼくたちは、この矛盾を断ちきろうとするときだけは、じぶんの発想の底をえぐり出してみる。そのとき、ぼくたちの孤独がある。孤独が自問する。革命とは何か。もし人間の生存における矛盾を断ち切れないならばだ。」

 おそらく「マチウ書試論」を読むだれの胸奥にも印象ぶかく名状しがたい余韻がのこる箇所だ。「関係の絶対性」という言葉の硬い芯の手応えに衝撃をうけた記憶がある。引用の文言は、身につまされ、まるでじぶんのことが言われているかのような錯覚をおこさせる強い磁力をもっている。「私は君でない」を自明のこととする、自己意識の外延表現の途につくならば、あるいは吉本の言説は真理であるといってもよい。吉本が「人間の情況を決定するのは関係の絶対性だけである」と断言するとき、じぶんの思想のおよぶ範囲を世界史的な広がりまで視野に入れてそういっているのは明らかだ。ひとたび戦争がおこるや、個人の叛逆の意志や内面などいちころに押し潰してしまった国家や共同体というものはいったい何なのだという、苦い戦争体験がこの奇妙な考えを導いた。皇国を信奉した愛国者が敗戦を境に一夜にしてインターナショナリズムと民主主義を偏愛する人民に豹変した変節ぶりは吉本に大きなしこりを残した。この体験に目をつむって、過ぎた昔をチャラにする器量は吉本にはなかった。吉本は身を削って考えた。革命の可能性をもとめ世界をむこうにまわして一人で戦った。それは口舌ではなかった。この世界の秩序へ叛逆する自由な意志は、関係の絶対性という総体のメカニズムに繰り込まれて充分咀嚼され、のちに自己幻想と共同幻想は「逆立する」という思想となってあらわれることになる。
 世界が寒かった。この世がこうでしかないことにたぎるものがあった。世界は在るものでなく感じるものだから、意志が固有時をもとめて世界に挑みかかった。よく世界を感じ、よく闘った者が、追いつめられ、退路を断たれて敗残し、みえない言葉で、世界とはなにか、ここにいるおれはなんだ、と冷たい膝を抱える。吉本隆明のいう「関係の絶対性」の支配する世界は、「狡猾に秩序をぬってあるきながら、革命思想を信ずる」ごろつきと、「貧困と不合理な立法をまもることを強いられながら、革命思想を嫌悪する」わが忍従の民で占められることになる。そんな馬鹿な。胸が痛くなる。敗残者を尻目に、この世をうまく泳ぎ渡った者が明るく人々に世界の行方を語りかけるというのは、昔から変わりばえせずによくあることであり、これからも変わらずありつづけることで、そんなことはどうでもいいのだ。そうではないか。吉本はそのどうでもいいことを、これでもか、これでもかと暴き立てる。赦すことのない吉本の言葉は執拗で、容赦なく、笑いがない。「思想などは、決して人間の生の意味づけを保証しやしない」という言葉はまた吉本のつぶやきでもある。否定の対象を痛罵することでじぶんの生の不全感を保守するというのが吉本の根本をなす思想の構えだ。吉本はここを超えようとはしなかった。彼の「ジェジュ」批判がどこかはすっぱでなげやりなのはそのためだ。それがまた吉本と世界との機縁だった。
 私は吉本の思想を好悪とは関係なく近代思想のもっともすぐれたひとつの達成とみている。しかし、吉本が戦後一人で悪戦の果てに切り拓いてつくった思想は推移する時代がすでに無意識に自然と身につけてしまったものだ。たぎる叛逆の倫理は消費資本主義の興隆とともに漂白され、代わりに空虚が主題化され、それにふさわしい倫理観を皆が一斉に探しはじめ、想像力の枯渇した口舌の輩が、若者のかったるさやだるさに意味を読み込む。かつてよく見た光景ではないか。欠如(貧困)の時代に、プロレタリアートが、ついで第三世界の被抑圧人民が、「不可侵」を唱える者の実存の意味を充たすものとして主題化された。いまや貧血や空虚というわけだ。そしてパッとしない主体に気合いづけとしてひそかに悪が導き入れられる。この思想的構図のうちに世界は閉じられている。文学であれ、思想であれ、現存するすべての言説はここを超えるものではない。これではパンの問題はおろか、生の空虚さをうめることも、絶対にできない。
 ある時期から私は「奥行きのある点」という概念をつくれないかと考えはじめた。それは点の思考に窮屈さと権力の気配を嗅ぎとったからだ。「関係の絶対性」は吉本が見た夢であって、おれの夢ではなかった。現実はさまざまに入り組んだ観念の編み目によって成り立っている。そこで「くつがえし得えない強固な条理」から吉本は思想を立ち上げる。パンがここに一個あるとする。堅固な条理は、人はそれを奪い合うものであると考える。マルクスの経済論や吉本の幻想論は、身体に心が貼りつき、それをひとつきりの身体と心からなるそのものが所有することを、暗黙に表現の公理としている。このことを疑うことは彼らにはなかった。なぜならそこに人間の生命のかたちの自然をみるからだ。言い換えれば、近代の偉大と背理がそこにある。吉本の点的な思考は、点的な思考をいわば秤の原器にして、そこから世界への触手を延ばしていくという方法だ。この思想は不可避に空虚を抱え込む。この存在には穴があいているからだ。「ジェジュ」の「汝姦淫するなかれ」、を批判した吉本の「関係の絶対性」が理念と実感を分裂させるのはこのためだ。
 私は吉本とまったく異なった考え方で、吉本の考えたことをふくみもって拡張することができることに気がついた。「ひとりの個体という位相」を向こう側から見て、向こう側からの視線とのからみを主体とする概念を創れば、「ひとりの個体という位相」が拡張されると内包表現論で考えた。吉本がそこにくつがえし得ない条理があるという人間の自然も、私の内包論では観念の問題として扱うことができる。眼にみえないものよりも、かたちあるものや実利になびく人間の本性と考えられるものがおのずと胸襟をひらくのがここだ。マルクスや吉本の社会思想は、はじめからゴルディオスの結び目を抱え込んでいたというべきだ。私は自己というものを彼らとは違って考えた。人間の意志が人間と人間との関係が強いる絶対性のまえで相対的なものにすぎないようにあらわれるのは、自己を質点とする思想がその分裂を呼び込んでいるからなのだ。点の思考は内包存在論によってヘーゲルやフロイトともまったく異なった思想として領域化されうる!
 内包存在を主体とする内包というつながりが、身を節目にくびれて分有されたものを自己と考えればよい。私の考えでは内包存在を主体とし、2つの自己が分有されることになる。人間の我欲や我執を本能や生得的とみなすのは離散的な自己から始める限り妥当なものである。人々はそれを人間の本性と思いなしている。それは根拠のある頑迷な臆見であり、しかし歴史の制約であるということにおいて、不変ではなく可変である。点的な思考をとるかぎり、自己は善悪に分裂し、自己のなかに善悪をふくみもつことになるほかない。そしてそこに空虚や我執が棲まうことになる。たしかに〈わたし〉と〈あなた〉は身を隔てそれぞれ個人として生きている。人間というかたちの自然によって〈わたし〉と〈あなた〉が離接するからだ。それにもかかわらず、点と外延の思考を縁取る近代がはらむ背理は内包の思想で超えられる。内包存在は自己=意識を一跨ぎにしてじかに存在する。内包存在を根拠とするほかにどんな手をこうじても、近代発祥の自己意識についての理念が超えられることはない。
 人であることの根源をなすつながりのあらわれが自己であり、自己にはつながりがあらかじめうめこまれていて、他者をすでにふくみもつものとして存在している。「我」が「我にあらず」をすでにふくみもつから、一個のパンが自然(じねん)に分けもたれることになるのだ。内包存在という自然(じねん)を主体とするとき、「関係の絶対性」はおのずと内包化される。点の思考が外延された吉本の「関係の絶対性」は「人間の生存における矛盾」をいやおうなく引き込むようにもともとできあがっている。「人間は、その生活の社会的生産において、一定の、必然的な、かれらの意志から独立した諸関係を、つまりかれらの物質的生産諸力の一定の発展段階に対応する生産諸関係を、とりむすぶ」(岩波文庫)というマルクスの『経済学批判』の序言を吉本はよく知っていた。マルクスの経済論を吉本は幻想論の立場から意志の関与しえない「関係の絶対性」と読み替えた。裏返しにされた同型の思想とマルクスへの隷従がここにある。自己意識が外延的に表現された世界ではたしかに自己幻想と共同幻想は「逆立」する。それは内包という主体を躰のなかに自我として閉じ込め、身に貼りついたこころを所有するものを自己とみなす近代思想からの自然な帰結だ。主体はいかなる意味でも自己に属しているのではない。内包存在の分有者と、自然の粗視化された代償態である「社会」を拡張する内包自然とがあやなす世界には、「逆立」するという思考法が存在しない。私は「関係の絶対性」を起動する点と外延の思考の彼方に途方もない夢を見る。不倫の吉本思想、倫の内包思想。内包には孤独と空虚がなくかなしみがある。
         一九九八年七月三一日

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