日々愚案

歩く浄土229:内包贈与論62-アフリカ的段階と内包史17ーヴェイユの自然3

シモーヌ・ヴェイユは言葉で音をつくろうとした。音のように言葉を生きたかった。その音はヴェイユにはいつも聞こえていたが、だれにも聞こえなかった。ヴェイユの生は痛ましかったのだろうか。ヴェイユは彼女に内在する神と共に、その神を、内面化することも共同化することもなく、ひとりでいてもふたりとして充分に生きて往生した。わたしは二十歳の頃、憑かれるようにヴェイユの本を読み、ここにおれがいる、と思い、さまざまな体験を経て、いまもヴェイユはわたしの隣にいる。触れることができないほど近くにいるので、ヴェイユがわたしか、わたしがヴェイユか区別がつかない。ヴェイユの生存の知覚をわかるものはいなかった。壮絶な身を切り刻むような苛烈な生であったともいえるが、彼女のなかでいつも野の花は匂い立ち、空の鳥は天空を滑空していた。だれにもそれはみえなかった。彼女だけが生きた世界だ。

いま親鸞さんを囲んで親鸞さんのわずかにふくらんだ自然法爾のうえに乗っかって、ヴェイユと宮沢賢治とディランのOH MERCYを聴きながら内包知の話をしている。内包の世界からひろがってくる世界は楽しいぞ。この世ならざる風景が息づいている。ここではないどこかではなく、いつもここがどこかになっていく。ヴェイユはヴェイユの言葉で、宮沢賢治は宮沢賢治の言葉で、その世界をひりひりじんじんしながら逍遙游している。内面より深く、一切の信の共同性が断たれている。いいぞ、この世界は。内包の世界の言葉はやわらかくて肌ざわりがよく気持ちいい。内包の言葉はいつも同一性の手前にあるので、この世のしくみとはなじみにくい。そこでしか人と人がつながることはないのだが、同一性の言葉に身を寄せてつながることをねつ造する。いかなる意味でも個的な実存が共同的な生存とつながることはない。そのことを直視しながらヴェイユは時代のただなかを絶対的に孤絶して生き抜いた。みぞおちに良心をもつ者たちはヴェイユの生き方から身を逸らしてわが身に災禍がふりかからないようにその範囲で人びとを啓蒙した。そういう偽善の一切をヴェイユは拒み通した。

ヴェイユにとって国家も反国家も教会も「全体主義的な巨獣」であり、「自我と社会的なものとは二つの大きな偶像である」ことは自明であった。おそらくこの認識はヴェイユの生存感覚として根づいていて、知的な操作を必要としないものだった。人びとを啓蒙する生を分割支配する権力の視線を行使することは一度もなかった。根こぎの世界のなかで根をもって生きることはどうすれば可能かと一心にヴェイユは考えつづけた。それほど深い世界をヴェイユは渇望した。人と人はどうやればつながるか、この問いを終生、ヴェイユはわが事として考えた。他のだれにたいしてということではなくヴェイユは自身を苛烈に生きた。世界の最も深いものより深い、この場所でしか、人と人はつながらないということはヴェイユにとって知的な操作ではなかった。わたしもヴェイユとは異なる時代を異なる場所でおなじように生きてきたから、ヴェイユが考えたことは知を媒介とせずに理解できる。工場体験をとおし、不幸がヴェイユのたましいと肉体のなかに流れ込み、額に焼きごてのように刻み込まれた。ヴェイユにとってキリスト教はすぐれて奴隷の宗教であるという生の知覚があり、自身もまた奴隷のひとりとして世界を生きている。悩ましいというべきだろうか。痛ましいというべきだろうか。それとも欺瞞であるというべきだろうか。わたしはわたしの生の体験を反芻しながら、そのいずれもちがうと思う。出来事から身を剥がして、遠くから事態を傍観することもできる。みぞおちに良心をもつ者たちは凄惨な出来事を野次馬として慨嘆する。人間は共同的な集団であるとき、あるいは社会的な存在であるとき、そのなかにいてそこを生きていることから身を逸らし、なにが起こっているのか、観察する理性としてふるまうこともできる。そしてその者たちは事態を傍観したことの疚しさを良心として語る。いつの時代にもあることだ。ヴェイユにとって義は疎ましいこととしてあった。義に身を委ねるとき凄まじい災禍に見舞われる。そのただなかにヴェイユはいた。ロシア革命の立役者の一人であるトロツキーをなぜ罵倒できたか。知的な操作が媒介されているとは思わない。どうであれ、あなた方のやり方で人と人がつながることがないという、言葉の彼方から襲来された、言葉ではないなにかが、若いヴェイユを突き動かした。それがなんであるかヴェイユも語りえなかった。

親鸞の他力に近い言葉をヴェイユは遺している。ヴェイユは親鸞の「よしあしの文字をもしらぬひとはみな、まことのこころなりけるを、善悪の字しりがおは、おおそらごとのかたちなり」(『正像和讃』)や「善人なおもて往生をとぐ,いはんや悪人をや」を生きていたと思う。『重力と恩寵』のなかから音色のいい言葉を拾ってみる。

 われわれは、善にも悪にも公平でなければならない。それもほんとうに公平でなければならない。すなわち、どちらにも同じように注意の光をあてるのである。そうすると善のほうがひとりでに優位を占めるようになる。

 この世界は、まったく神を欠いているかぎりにおいて、神自身なのである。必然性は、善とまったく異なるものであるかぎりにおいて、善そのものである。だからこそ、不幸のなかの慰めはすべて、人を愛と真実とから遠ざけるのだ。これこそ秘義のなかの秘義である。この秘義に触れるとき、人は安心である。

 浄化の一つの方法。神に祈ること。人知れず祈るだけでなく、神は存在しないと考えながら祈ること。

 私が無になるにつれて、神は私をとおして自分自身を愛する。

 悪に相反するものとしての善は、すべて相反するものがそうであるように、ある意味では悪と等しい。

 人が悪を行なうと、すぐにそれは一種の義務のように見えてくる。大部分の人は、ある種の悪しきことの遂行を義務と感じ、そのほかの人びとは、善いことの実行を義務と感じている。同じ人間が、できるだけ高く売ることを義務と感じるかたわら、盗んではならないことも義務と感じている。このような人びとの場合、善は悪と同一平面上にある。それは光のない善である。

 神の体験をもたない二人の人間のうち、神を否定する人のほうがおそらく神により近いところにいる。
 われわれがそれに触れることができないという点を除けば、あらゆる点でまことの神に似かよっているいつわりの神は、われわれのまことの神への接近をいつも妨げる。
 存在しないという点を除けば、あらゆる点でまことの神に似ているようなある神を信じなければならない。なぜなら、われわれはまだ神が存在している点にたどりついていないのだから。

 二つの善がある、どちらも同じ名称をもつが、根本的に相異なっている。悪の反対としての善と、絶対としての善と。絶対というものにはその反対がない。相対は絶対の反対ではない。相対は絶対から派生したものであり、両者の関係を交換することはできない。われわれが欲しているのは絶対的な善である。われわれが到達できるのは、悪と相関関係にある善である。われわれはそれをわれわれが欲している善であると思いあやまり、そこにおもむく。

スキャナで読み取りサイトの記事原稿に貼りつけながら親鸞とヴェイユの言葉の近しさに驚いている。親鸞の他力にヴェイユの不在の神が正確に照応する。親鸞の650年後に生まれたヴェイユがほとんどおなじことを言っている。ヴェイユはエックハルトは知っていたが、親鸞は知らなかったはずだ。断片的なヴェイユの言葉に注解をするのがあほらしくなってくる。読んだとおりのことだからだ。ヴェイユのいっていることを知解することは虚偽である。生存感覚を貫通しないかぎりヴェイユの世界への理解を感得することはできない。知的な操作を媒介としないでじかにヴェイユのいうことを生きないとヴェイユの思想は身につかない。親鸞がいうように、当事者性のない言葉は、おおそらごとだからだ。まるごとそこを生きないとヴェイユの言葉はわからない。
いまヴェイユの遺した言葉のなにが現在のこととして生きられるか。ヴェイユ自身より近くにいたヴェイユにとっての固有の神をヴェイユはけっして内面化も社会化もしなかったということだ。ヴェイユは自己を無として彼女に固有の神に差しだした。自己意識の無上のものとして神があったのか。ちがう。では共同の観念として神はあったのか。ちがう。そのいずれともちがう超越性として、実詞化できないがそれはヴェイユにとってなまなましいものとして存在した。ヴェイユにとって自己を放下することはなんでもないことだった。それよりも自己と社会は間違った一般化にかたどられた擬制であるというリアルな生の感覚がヴェイユにさし迫ったこととしてあった。それがどういうことかをつかみたくてならなかった。傍からは狂者のふるまいにみえたのではないかと思う。観察する理性の強者であるレヴィ=ストロースには、剃刀の刃のようで、自己破壊を貫徹するものであるように映った。不思議なことに、ヴェイユを予備知識なく初読したとき、ああ、ここにおれがいると、わたしには感じられた。ヴェイユの感覚がわが事のように流れ込んだのだと思う。なんどもいうが理念ではなく皮膚感覚としてわかったということだ。わたしの理解では、ヴェイユの思想は一度も本格的に読まれたことはない。ほんとうは思考にとってのものすごい潜勢力を秘めている。自己を放下するなかでヴェイユがつかんだことはおよそ意識の明証性とはべつの知覚だった。意識の明証性とは間違った一般化が可視化した共同幻想にすぎない。そのことを身もだえしながら振り絞るようにしてヴェイユは固有の思想を語った。

ある世界の知覚をだれからも理解されることなくこの世からうち捨てられるように生を生き急ぎ、自己を無に放下することでヴェイユは意識の外延性では触れえない思想を摑取した。神を存在しないと考えながら祈ること。神は間違った一般化による内面化や共同化という思考の慣性に沿って表現することはできない。それはヴェイユにとっての思考の公準だった。しかしそれにもかかわらず神は現存する。どこに存在するか。集団の言語のなかにも、個人の言語のなかにも、存在しない。「二人の向かい合った親密さの中に、第三者としてつねに現われる」(『神を待ちのぞむ』)ここに意識の外延性を包越するものすごい観念の力が秘められている。むろん意識の明証性として語られることではない。このときこの世のしくみのなかで可視化されて語られる善悪は一挙に直ちに相対化される。「神の体験をもたない二人の人間のうち、神を否定する人のほうがおそらく神により近いところ」にいて、「悪に相反するものとしての善は、すべて相反するものがそうであるように、ある意味では悪と等しい」。だから「善にも悪にも公平でなければならない。・・・そうすると善のほうがひとりでに優位を占めるようになる」。まるで親鸞の悪人正機ではないか。間違った一般化はそれが共同の言語であろうと個人の言語であろうと、おおそらごとである。この認識の格率がヴェイユのなかでゆらぐことはいちどもなかった。観察する理性を行使する者たちの知識人という生を分割統治する気配はどこにもない。なぜこういう世界の知覚が可能となったのか。ヴェイユは自身の生をだれにもゆずり渡すことなく固有のものとして生ききったからだと思う。

ヴェイユが、神と共にあることの秘儀を語ったようにわたしも内包の核心を証す。とても簡単なことで意識の外延性を還相としてたどり直せばいい。とてもシンプルなことだ。親鸞に未然があるようにヴェイユにも思想の未然がある。それは親鸞やヴェイユの思想を否定することではない。意識の往還にそってただしく拡張すればいいだけのことだ。ただこの意識の往還がどれほど困難なことであるかは身に沁みた。ヴェイユの内面化も共同化もできない第三者がどういうことであるかをつかむのにわたしは10年余絶息した。存在するとはべつの仕方で、存在することの彼方に、内包存在が存在することは、内包論を書き始めたとき自明であったが、ではそのことをどういうふうに表現すればいいのか。『Guan02』という私家本を出したとき序文でつい指が滑って内包論の概要についてつぎのように書いた。「内包存在のそれぞれの分有者は、根源の性を分有する内包者でもあるから、わたしによって生きられるあなた、あなたによって生きられるわたしは、自己表現ではなく内包表現するものとしてあらわれる。分有者と分有者たちの微妙なあわいは、同一性の思考の様式に倣って謂えば、あたかも一人称と二人称の関係に比喩されてもよい。つまり、内包と分有の世界では人称がひとつずつずれて繰りあがり、繰りあがることで同一性が事後的に分節した三人称が、内包と分有に上書きされて消えてしまうのだ。それは分有者が直接に性であるからにほかならない。内包の世界では、分有者は二者にして一者であるから、あるいは他なるものが自らにひとしいものであるから、さらにひとりのままふたりが可能なるものとして生きられるから、三人称が存在しえないことになる」。いまは意識を往還することに慣れたから、このあたりまえを行ったり来たりしている。そのときは七転八倒どころではなかった。完全に意識がフリーズした。どうやっても三人称が消えない。ヴェイユのいう第三者としてあらわれるとはどういうことかを内包的に表現することができなかったわけだ。

この思考の外延性を拡張するのに長い歳月がかかった。『Guan02』以降、還相の性と総表現者という概念をつくった。いまは存在の複相性についてもかなり考えることができるようになった。もしわたしが還相の性という理念をつくることができなかったら、内包論は途絶していたと思う。還相の性という理念によって信の共同性を解体することができるようになり、三人称のない世界を実現可能な世界として構想している。親鸞の思想を拡張できるように、ヴェイユが悪戦苦闘した思想も拡張できる。親鸞の非僧非俗という思想が思考の終点ではない。おなじようにヴェイユが自己を無限に放下することで手にした思想に思考の限界があるのでもない。たえず意識を漕ぎつづけること。泳ぎながらなぜ水中で息継ぎができるか。二輪車がなぜ地面の上を転ばずに移動できるのか。1を手のひらのうえにとりだすことはできない。それでも1という観念は意識にとって観念として実在する。おなじように還相の性も観念として実在する。ヴェイユの触った第三者という自然を還相の性によってひらくことができる。ヴェイユがたどった生はどう形容されようとヴェイユが生きた生である。時代に翻弄されるような凄惨な出来事のなかで、逆理ではあるが、生を性の驚異として言祝ぐ以外に、なにかできることがあるだろうか。ヴェイユの壮絶な生、身が朽ち果てても世界への赫々とした意志を貫くことを、痛ましいと感得するかどうか、それは面々のはからいである。(この稿つづく)

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