日々愚案

歩く浄土217:アフリカ的段階と内包史6

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吉本隆明の思想の根本的な欠落とはなにか。国家の起源を解明したにもかかわらず、国家から降りる原理をつくることができなかった。国家への往き道はあるが国家からの還り道がない。内包論によってわずかにふくらんだ自然法爾や宮沢賢治の喩としての作品の根にある擬音のなかに国家をつくらない可能性があるとわたしは考えている。まだある。マルクスの『資本論』の骨格である使用価値を指示表出に、交換価値を自己表出と読み込んで、言語の美を構想したので、マルクス同様、吉本隆明の思想の方法はモダンである。だから「贈与とは遅延された形而上学的な交換である」と考えることになる。贈与とは交換であるということになり、交換から贈与はでてこないことを隠蔽している。モダンから内包が出てこないのとおなじだ。吉本隆明の贈与論は転倒している。贈与は未開社会の交換であると言っている。贈与が交換であると説明をしているだけで、つまり交換は交換であるというどうどうめぐり。国家が共同幻想であるように、貨幣もまた共同主観的な現実であることに帰着する。マルクスは貨幣が共同幻想であることを洞察できなかった。おなじように吉本隆明も貨幣が共同幻想であることを見抜けなかった。ユヴァルは宗教は特定の神へ帰依することを求めるが、貨幣は他の人々が特定のものを信じていることを信じるように求めると言った。国家よりも貨幣の共同主観的現実の方が強大であると言い切った。思考の鮮やかな転換がユヴァルの言明のなかにある。じつにそのとおりとしか言いようがない。経済的諸関係という土台の構造が観念の上部構造を規定するというマルクスの思想の根本理念がユヴァルによって相対化される。マルクスはつぎのように考えた。「人間は、その生活の社会的生産において、一定の、必然的な、かれらの意思から独立した諸関係を、つまりかれらの物質的生産諸力の一定の発生段階に対応する生産諸関係を、とりむすぶ。この生産諸関係の総体は社会の経済的機構を形づくっており、これが現実の土台となって、そのうえに、法律的、政治的上部構造がそびえたち、また、一定の社会的意識諸形態は、この現実の土台に対応している。物質的生活の生産様式は、社会的、政治的、精神的生活諸過程一般を制約する。人間の意識がその存在を規定するのではなくて、逆に、人間の社会的存在がその意識を規定するのである」(『経済学批判』)そうだとするとマルクスの経済論にたいして、マルクスの経済論を一方の極として構想された吉本隆明の全幻想論も相対化されるほかない。貨幣が共同幻想であり、生産社会にそびえる上部構造である観念の構造が共同幻想であるとしたら、おおきなふたつの共同幻想があるということにならないか。共同幻想という概念は拡張せざるをえなくなる。このことに吉本隆明の共同幻想論は無頓着であったといえる。もともとマルクスの使用価値と交換価値という概念はモダンなものであり、マルクスが『資本論』をどう記述しようと、交換が贈与へと転換することはない。マルクスの巨大な頭脳も人々の業の深さを洞察するすることはなかった。人間の社会的な存在を第一義的なものとし、個的な存在が共同的な存在となることを夢想したが、類的な生活は実現しなかった。

吉本隆明の天皇体験とはなにか。詩を書いていた青年の文学観を無条件降伏が打ち砕いた。家族や故郷のためには死ねないが天皇のためなら死ねるという宗教体験が吉本隆明にある。この体験の内省をつうじてのちに「マチウ書試論」や「転向論」や『共同幻想論』を書くことになる。すぎた時代の思考の散乱を見ているような気がしてくる。共同幻想を共同幻想で批判することはできないし、経済のシステムと相対的に独立した上部構造を全観念領域として解明するという思想の方法がマルクスの思想の派生態にすぎなかった。マルクスの経済論と、ある構造を介して関係するまで、マルクスの経済論をしりぞけて考えることができるという吉本隆明の思想の方法は牧歌的なものだった。さらに、共同幻想という概念も矛盾をふくんでいる。三人以上の人間のつくる関係を共同幻想と定義しながら、あらゆる共同幻想は消滅すべきであると吉本隆明は言明している。できるわけがない。定義によって命題が実現できないことになる。国家から降りる思想をつくらずとも吉本隆明は戦後を生きられた。それが吉本隆明の現人神体験だった。

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見田宗介のいう世界の組織者であるトナールは同一性の喩であるが、トナールとナワールを一対のものとしてもこの世のしくみは微動もしない。ネイティブ・アメリカンが国家をつくらなかったのは契機にすぎない。個人の抽象化された一般性が共同性であるから、兄弟と姉妹の性関係を伴わない性的親和感があれば、りくつのうえでは、氏族共同体は部族共同体に拡大し、部族の連合が軍隊をもてば、国家はできあがる。吉本隆明の国家論は家族を特殊な共同幻想とみなし、兄弟と姉妹の性的な親和感を基盤に国家が形成されるというひとつの仮説であるが、外延表現のある必然ではあっても、意識の外延性によってつくられた内面をもつ個人と共同性があれば、契機によって国家は誕生する。吉本隆明とってそのひとつの契機が兄弟と姉妹の性的な親和感だった。未開・野蛮・原始と歴史を分割する理性のなかに内包が裸形で登場することはない。未開社会では他の氏族に属する父親よりもおなじ氏族に属する兄弟の方が親族のきずなが強いとされているが、この観念のまなざしも迷妄であるし、未開社会の家族観にも霞がかかっている。人類の初期も、未開・野蛮・原始の社会も家族の根源は内包である。内包が外延され親族や母系制や父系性が析出していく。母系制の必然も父系性の必然もない。家族をかりに量子に比喩すれば量子のもつれが母系制や父系性として現象したにすぎないのかもしれない。そこに強い必然性はなく、母系制も父系性も恣意的なものではなかったのか。わたしは母系制や父系性の祖型である核家族のちいさなバンドに精神の古代形象がもっとも濃く表現されていると考えてきた。吉本隆明が言語の無意識のリズムがヤポネシアの方言として原日本語に昇華したというとき、初期人類の核家族と宮沢賢治の擬音は相関するが、記紀の神話と順接することはない。吉本隆明がアフリカ的段階の精神の初源的な表現を『リトル・トリー』や『ジェロニモ』の作品世界にみるとき、その世界が精神の古代形象を豊かに内蔵しているとしても、トワールを外在とし、ナワールを内在とする意識はすでに充分にモダンなのだ。

ねばり強く国家と交換の起源や、ヤポネシアの島嶼の国の自然生成を問い尋ね、この世のしくみとはべつの内包というまなざしをつくりつつある。このまなざしからみると稀有な吉本隆明の思想も戦後を象徴する思考が外延的に表現されたものにすぎないことに気づく。吉本隆明は国家の起源についてある方便を仮説として提示した。わたしはその恩恵をおおいにうけ、若い頃の悪戦を吉本隆明の思想でくぐり抜けた。1980年代からは、吉本隆明の思想に異和を感じ、かれのタイトな理念を七転八倒しながら拡張してきた。吉本隆明の思想では生きられなかったからだ。影響をうけた吉本隆明の思想とは異なる思想をつくるのに半世紀を費やしたことになる。いま吉本隆明からうけた恩恵のおおきさに、内包論としてささやかな返礼ができたと思う。
同一性が統覚する意識の外延表現としてなされた、文明の外在史と精神の内在史の矛盾というモチーフが世界を豊かにすることはない。同一性を公準として生や歴史をどれほど精妙に抽出しても虚ろである。同一性を前提に差異をどれほどこまかく記述しても生きることを然りとする生をつくることはできない。そうではないか。宮沢賢治の擬音の無意識をヤポネシアの方言である原日本語として神話に接合することは、なにごとも成るべくして成るように成る、この国の天皇制的な心性をなぞることにしかならない。神話から降り立つことができないということは国家から降り立つことができないということと同義である。おなじようにいったんできあがった貨幣の交換のしくみを贈与に転換することはできない。モダンな吉本隆明の思想を内包自然で包み込むとき、国家をつくらない世界が遠望されることになる。

個人と社会という理念があれば、国家はいつでも可能となる。ある共同体が国家を形成するかどうかは契機にすぎない。契機のひとつが家族を媒介に国家が誕生すると考えた吉本隆明の国家論だ。家族を特殊な共同幻想としないでも、内面と外界という精神の形式が同一性によって統覚されている世界であれば、いずれにしてもきっかけがあれば国家は自然に生起し、この世界では法と秩序のあいだの和解は永遠の夢であるようにあらわれる。個人の内面は抽象化された一般性として共同性へと疎外され、共同性からはぐれた意識は文学や芸術に憑依するほかない。それが吉本隆明の精神の内在史という理念だが、むしろ、意識の外延性は同一性という空虚な論理式によってぶんがじぶんとはぐれることを本質としているから、どうやろうと精神の内在性という内面にじぶんがとどくことはない。じぶんがじぶんにとどかないということは言葉が言葉にとどかないということと同義である。国家から降りることができないことも精神の内在性が空虚であることと対応する。その間隙を縫って同一性に回収されない意識のありようを宮沢賢治が喩としての作品や擬音によって折り返し、同一性的な生や歴史を包み込んでいるように思える。神話的な世界の生成の手前で宮沢賢治の表現は折り返し、業の花の世界を包含している。互いが合い犯さない世界は国家ではなく喩としての内包的な親族として表現できると宮沢賢治は考えた。なぜそういうことが可能となったのか。ジョバンニがカムパネルラであったからだ。そのときジョバンニより近いカムパネルラをジョバンニとして生きている。個人としての個人ではなく、どうしようもなく自己が領域となってしまうことは宮沢賢治の作品の宿命のようなものだった。そのような宮沢賢治にとって第三者はあたかも二人称のようにあらわれるほかなかった。それが「しばらくぼうと西日に向ひ」という詩である。そしてこの詩の深奥にどうしようもなく〔性〕であるほかない擬音が内面化も共同化も不能のものとして位置している。そのことを宮沢賢治はほんとうのほんとうといっているように思う。

    3

マルクスや吉本隆明の錯誤とはなにか。意識の外延表現のたどる宿命を必然として受容し、必然を可能とした表現の枠組みそのものの転倒を試みなかったことにあると思う。ここで、イェニーさん問題と時間が垂直に運動するということを交差させてみる。マルクスには男性の女性にたいする関係のなかにもっとも本質的なことがじかにあらわれるという直感があった。そのことをイェニーさん問題と呼んできた。マルクスはこの直感を、人間の人間にたいする関係や人間の自然にたいする関係に外延できると本気で考えたのだと思う。〔性〕から来て〔性〕に還るすべての過程が人であるということだが、マルクスは錯認した。〔性〕であることは社会化も共同化も内面化もできない。それが可能であるように同一性が擬装していることにマルクスも、吉本隆明も気づくことはなかった。なんども言うが、マルクスや吉本隆明を人類史のある制約された思考の象徴としてとりあげていることに留意されたい。対面して話をしたとき、吉本隆明は時間は垂直に運動することを強調した。そのことを翻訳する。文明の外在史と精神の内在史の背反という世界の感受の仕方の内部では表現の垂直な時間性は作者の意図とは無関係に空間化される。内面が内面を修辞していくと内面は重畳され輻湊する。そのことについて吉本隆明は言う。「文学作品が、言葉で作りだされたじぶんの運命をうけいれながら、しかも運命の磁場の影響を忘れられるのはどこからさきなのだろうか? ここで問うべきなのはそれだ。わたしたちの理解の仕方では、そこから普遍的な意味の喩のすがたがあらわれる。かりにこれを文字による記述の第三の段階と呼ぶとすれば、この段階にきてはじめて文学作品は自分の運命の、じぶんじしんへの影響を忘れさる。・・・この語りの言葉を記述することと、内語の記述の二重性は、層のように積みかさなる。そして、その度ごとに記述は複雑で高度になってゆく。(略)だが第三段階になると違う。作品の運命は遠ざかり、ただ作品の無意識のなかにしまいこまれる。それと同時に作品はじぶんじしんの運命にたいする他者の表現をうみだすのだといっていい。わたしたちが普遍的な喩とみなすものは、いずれにしてもこの他者の表現をさすし、またこの運命にたいする他者の表現から普遍的な喩の世界はできるといっていい」(『ハイ・イメージ論 Ⅱ』所収「普遍喩論」)内面化も共同化も不可能な時間の垂直性が暗黙に同一性を担保とすることでみごとに空間化されている。この錯認のうちに擬制の人類史が仮構された。文学を扱うときの吉本隆明と歴史を記述するときの吉本隆明が同一のものとしてあらわれている。宮沢賢治の擬音を普遍的な喩として解説するたびに宮沢賢治の擬音の本質から遠ざかっていく。吉本隆明の理解する「記述の第三の段階」は内面をさらに外延している。記述の第三段階で作品の運命が作品の無意識のなかにしまいこまれるときうみだされる他者の表現もおなじように外延的である。宮沢賢治は擬音を発することで、内面とは違う意識のありかたを、わたしの言い方でいえば、根源のふたりを表象している。そしてこの擬音という喩は内面化も共同化もできないということにおいて意識のおおきな可能性ということができる。どうしようもなく〔性〕であるほかない言葉によって、自己が領域化し、その余熱が国家や共同体を喩として内包的な親族へと組み替えるということが宮沢賢治の擬音の本態である。ここに文明の外在史と精神の内在史の広大な認識の時空間がはてなく拡がっている。

人間にとっての広大な意識の平面をマルクスは経済論として認識の自然を探索した。おなじように吉本隆明も重畳された観念の領野を幻想論として探究した。マルクスの思想と吉本隆明の思想は存在と意識についての対偶をなしている。マルクスの主観的な意識の襞にある信は、貨幣の交換過程をつぶさに描くことで貨幣の謎は解けると思いなした。その信をマルクスが疑うことはなかった。ほんとうはイェニーさん問題は人間や自然の関係に外化できるものではない。吉本隆明のように経済的な範疇をとりあえず括弧に入れ、個人としての個人と家族の一員としての個人と社会の一員としての個人を類別してもなにが解決するわけでもない。晩年しきりに吉本さんはアフリカ的段階という理念を主張していた。なにかをつかんだのだと思う。おそらく吉本さんも親鸞の他力の概念を拡張したかった。それが吉本隆明の人間という概念を統覚するアフリカ的段階という理念だ。内面というちいさな自然で人類の母型を描こうとすると、意識の外延性は避けようもなく表現の時間を空間化することになる。外延化によって折りたたまれた表現の時間は空間化しないと粗視化できないからだ。意識の外延性の主観が垂直な時間とみなすものを空間的に疎外するほかに観念は対象性をもつことができない。主観的には垂直に運動すると感じられている表現の時間を空間化したとき精神の母型であるアフリカ的段階が登場する。この思考の様式は生の不全感を外延化するだけだとわたしは考えた。内面という形式の是非を超えた必然がここにある。歴史を人間の真の自然史であると考えたマルクスも、人間の観念を自然史に還元できると考えた吉本隆明も、内面と外界という認識の自然が、時間を空間的に疎外することでしか対象を粗視化できないことに直面した。だからマルクスの主観的意識の襞は『資本論』を科学として粗視化することができたし、詩人吉本隆明は主観的な意識の襞にある信を、人間の歴史の母胎をアフリカ的段階として粗視化することができた。むろんかれらの主観的な意識の襞にある信は、観察する理性としてかれらの主観という信に閉じられているが、かれらがそれを知覚することはない。
文明史を外在史と言おうと精神の内在史と呼ぼうと、外在と内在が表裏一体の曲率ゼロの意識の平面で垂直に運動する時間を表現しようとすれば、ここではないどこかを空間として疎外するほかないからだ。ここにマルクスの主観的な意識の襞にある信の錯誤も吉本隆明の表現論の欠陥もある。交換から贈与が出てくることもなければ、内面がここをどこかにすることもない。べつのまなざし、べつの生の知覚によってしか、交換を贈与に転換することも、内面を突きぬける垂直な時間を表現することもできない。なにがべつのまなざしを、なにがべつの意識の息づかいを可能とするか。イェニーさん問題だけがこの世のしくみを革める猛烈な潜勢力をもつとわたしは考えてきた。おのずからなる性のうねりによって人類史にひとしい積み重ねてられてきた観念がたわみ、曲率ゼロの意識の平面がわずかにふくらみ、個人としての個人と社会の一員としての個人を、つまり意識の外延性を、歴史の外在史であろうと精神の内在性であろうと、あたかもシャツの腕まくりをするように、手袋を裏返すように、すっぽり包んでしまうことができる。存在の複相性を生きると、意識の外延性はいつでも意識の内包性と往還することができる。ゆくりなくあたらしい人類史が意識の外延性を乗せている意識の内包性に沿って流れ始めることになるだろう。

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