日々愚案

進撃の内包4

8153ZUovyHL__SL1208_ 迷って、買った、『フランシス子へ』。
 ハルノ宵子さんのあとがきの一言、「吉本ファン諸子よ! 私はあなた方とはなんの関係もないのだ」が痛快だった。彼女のいうとおりだと思う。

 吉本さんの思想を最深のところから超えたいと思っている。それができると思わないならこの文章を書くこともない。
 吉本さんの思想の最深のありかを訪ねてみる。吉本さんは言っている。

 いや、今あなたがおっしゃったね、僕が書いたね、自分で書いて表現して自分の考えを述べたり、芸術らしき詩を発表したり、それはね、それはちょっと自信があるんですよ。まだ俺は、俺の考え方の底のほうまで理解してくれた人はおらんな、っていうそういう感じがします。それは俺はちょっと自信がありますね」(「菅原則生のブログ」吉本隆明さんを囲んで1)

 こういう吉本隆明さんの言葉に出会うとうれしい。知らなかった発言をとりあげてくれた菅原則生さんありがとう。吉本隆明さんが言うとおりだという気がする。知るかぎり、吉本ファン諸子のもの書きは吉本さんの思想をかすりもしていない。ずしんと堪える批判を目にしたこともない。孤独な吉本隆明さんが笑っている。

    2
 吉本さんの思想の底には余人を寄せつけないなにか強靱な塊のようなものがあると思う。若いころからずっと気がかりだった。それはとてもわかりにくい思想だ。大衆の原象という、言葉としてはよく知っていても、理解した人はだれひとりいないのではないかとわたしは思っている。大衆の原象という言葉を深いところで支えている生存の最小与件という言葉が原型といっていい。それほど感得するのがむつかしい思想だと思う。

 そこで典型的に原点になる生活者を想定しますと、その想定のなかに何があるのかといえば、ほんとうは生活という概念よりも、〈生存〉という概念のほうがいいように思います。つまり、ある人間が死んでなくて生きて生活しているばあいの最小条件といいますか、その中からいろんなものを全部排除してしまって、ともかく〈生存〉だけはしていて、それはまさに〈生存〉しないことと対応しているとかんがえられるものです。そういう原点の生活者を想定しているばあい、極端にいえば、今日食べて明日食べて、そして今日欲望し明日煩悩し、という次元で理解するよりも、むしろ〈生存〉の最小条件を保持しているもの、というところでかんがえられると思います。だからそれは、まさに生活しないことと対応するよりも、〈生存〉しないことと対応していると云ったほうがいいでしょう。厳密にそれをじぶんで定義づけたのではありませんが、最小限度、〈生存〉しているばあいに、それはだれにでも普遍的にある状態ということになります。〈生存〉しているかぎりはだれにでもある状態という意味合いまでいけば、その重さはすごく重いという考え方が、ぼくにはあると思います。それは、自力以外に世界はないんだ、というようにつきつめて行く概念の崩壊点で、再び自力へ引き戻しうる重さの根拠みたいな原点になると思います。
 それは生と死という概念とはちがいます。あるいは、全き生命をうるということにおいては万人平等であるという、わりあい宗教的な考え方にたいしても、〈生存〉ということと〈生存〉しないという概念は、すこしちがうような気がします。ぼくは、〈生存〉という概念を、人間は、ひじょうに即物的、具体的、活動的、自然物それ自体であるというところでかんがえていて、それにたいして、〈生存〉そのものを再び概念に、反省的に取り出してきて、そこに生命という概念を与えるという考え方は、ぼくにはないように思います。まったく物質的になくなっちゃうというところが行き止まりのような気がします。(『最後の親鸞』ノート所収「歎異鈔の現代的意味」より)

 あとで吉本さんの最深の思想をかたどるいくつかの概念をぬいあわせていくことになるが、ここで述べられていることはだれによっても言われたことのない特異な思想だと思う。生存の最小与件は、生存しないことと対応する概念で、人間は自然それ自体であり、反省的に命という概念を与えるという考え方はないという。だれもこういうことを言った者はいない。どういうことなのか手に取ることがむつかしい。

    3
 おそらく彼自身もこのあたりのことについて反芻した。晩年、オウム事件や同時テロをきっかけとして思索を深めたと言っている。

吉本 テロの例でいいますと、アメリカのブッシュの方は、恒久的な、永遠的な自由のために戦うんだといって、片っ方では、古い宗教特有なものといえばそうなんだけれども、自分らの宗教的な信仰とか、理念とか、そういうものをないがしろにするのは殺しちゃってもいいんだ、その殺しちゃってもということの中には、自分たちが死んでもという意味が当然入っているんだと思います。殺しちゃってもいいんだということは、古い宗教だったら、心理としても、その心情としても肯定されていると思うんです。
 日本でいえば、仏教で一番古いところというと天台宗で、天台宗の根本聖典、法華経の中にも、この法華経を護持することをないがしろにする者は、刀杖をもって殺してもいいんだと書いてあります。それは古い宗教の特徴のようなもので、そういうことは今度のビンラディンという人の個人的声明の中に、やっぱり同じようにあります。
 その両方に対して、今の僕なら僕自身の場所からそれを見ていると、よくもずうずうしく永遠の自由のために戦うんだみたいなことをいえるものだね、とアメリカに対しては思います。そういうふうに言明することは、イスラム原理主義というものは、貧乏国民という意味でもいいし、そういうものを生命にかえても信仰している人たちととっても、どっちでもいいですけれども、それを初めから理解する気も全然ないし、しないということが歴然として出てきていますね。
 イスラム原理主義の方を見ると、先ほどいいましたように、ブッシュが自由という言葉を出しているんだから、自由でもいいですけれども、自由を理解していないよ。これで命を捨ててもいいということは迷妄なものだよ。全般的に迷妄というよりも、自由とは何なんだということについて何も考えていないじゃないかという意味合いで迷妄だというふうになるから、両方とも手前味噌なことをいっているねという以外の感じは持てないですね。
 結局、こういうのを設定する以外にないんじゃないかと僕が思えるのは、社会倫理でもいいし、個人倫理でもいいし、国家的なものの倫理でも、民族的な倫理でも、何でもいいんですけれども、そういうもののほかに、人間が存在すること自体が倫理を喚起するものなんだよ、という意味合いの倫理、「存在倫理」という言葉を使うとすれば、そういうのがまた全然別にあると考えます。それを考慮しないと、この手前味噌な言い方とやり方は理解できないんじゃないかという感じ方になっちゃうのです。「存在倫理」という倫理の設定の仕方をすると、つまり、そこに 「いる」ということは、「いる」ということに影響を与えるといいましょうか、生まれてそこに「いる」こと自体が、「いる」ということに対して倫理性を喚起するものなんだ。そういう意味合いの倫理を設定すると、両者に対する具体的な批判みたいなのができる気がします。そういう意味合いの論理を設定しないとダメなんじゃないか。

加藤 吉本さん、今おっしゃってることは、本邦初公開として今初めていっているんじゃない?

吉本 今初めていっているわけ。(笑)つまり、今度のテロで、発明したわけなんですよ、どういうふうに考えればいいか。
 例えばこの問題は、「存在倫理」を設定しないと、両方とも自分の立場でいっちゃえば全部成り立って、相手はもちろん悪であって、おれの方は善だ。両方でそういうことが成り立っちゃう。

加藤 『アフリカ的段階について』に「史観の拡張」という副題がついているでしょう。それでいうと、いまいわれているのは「倫理観の拡張」という話だ。

吉本 それは種はもちろんあります。(笑)量子力学、量子論とかいうことでもいいんですけれども、そこは歴然と、電子であろうと、中性子であろうと、原子核であろうと、それが「ある」ということは、「ある」ということに影響を与える。つまり、「ある」ということは、「ある」ということの影響をこうむることを抜きにしてはいえないという物質観みたいなのがあるわけです。結局、生まれちゃったとか、生まれて存在していること自体が、存在していること自体に対して倫理性を喚起するということを設定すれば、何かいえそうな気がするけれども、それ以外は両方ともいいたいことをいっているだけで、どうしようもない。(『群像』2002年1月号「存在倫理について」207p~209p 吉本隆明vs加藤典洋)

 わたしの思いちがいかもしれないが、先の引用にあった生存の最小与件にはごつんとくる手応えがあったのに、オウム事件と同時テロに触発されて発明したと吉本さんがいう初公開の「存在倫理」には稟としたものがなく、泥縄式に苦し紛れに語られたもののような気がする。量子力学に比喩して語られる、人間が存在すること自体が他者へ影響を与えるという存在倫理には、少しも痛みや深さがない。論理がつるんとしている。
 吉本隆明さんの考えはよく突き詰められているようで、意外におおざっぱなところがある。オウム事件を契機に親鸞の悪人正機説について、よりたくさん人を殺すほどに浄土が近くなると本気で親鸞は考えたのだと思うようになりましたとも述べている。そんなばかなことあるかい! それは現存する世界有数の宗教家だと麻原を擁護した不可解さともつながる。びっくりして目玉が飛び出しそうになった。
 小川国夫との対談本『宗教論争』の中で、「しかし、現実否定という面では、オウムがレベルを飛躍させてしまった。ざまみろ連合赤軍や全共闘、という気持ちも僕はありますが」といい、さらに「理想の社会のイメージを、善の方向にだけ暢気に考えてきたのが間違いだったのかもしれません。・・・、もともと、理想の社会をつくることを善の方向にしか考えていなかったから、見落とした問題があったんですよ」とまで言っている。これはいったいどうしたことなんだい、と気持ち悪かった。10年以上前のこと。(注)

    4
 わたしが記憶している吉本さんの美しい言葉がある。

 歴史の究極のすがたは、平坦な生涯を〈持つ〉人々に、権威と権力を収斂させることだ、という平坦な事実に帰せられます。しかし、そこへの道程が、どんな倒錯と困難と殺伐さと奇怪さに充ちているか、は想像を絶するほどです。(『どこに思想の根拠をおくか』所収「思想の基準をめぐって」)

 若い頃吉本さんのこの言葉に激しく感応した。いま読み返しても美しい文章だと思う。「ざまみろ連合赤軍や全共闘」や「理想の社会のイメージを、善の方向にだけ暢気に考えてきたのが間違いだったのかもしれません」からは凜とした意志の力を感じ取ることができない。どういうことなんだと思う。なぜこういうことになるのか。壮年の吉本さんと晩年の吉本さんの言説の乖離。
 わたしの理解では、言葉とそれを発した主体のあいだにある空隙は、吉本さんの生存することのいちばん根っこにある虚(うろ)な心性から来ているものではないかという気がする。おそらく生成変化する現実から吉本さんの生存も思想も侵食され、そこにごろんと転がるモノそれ自体の狂気に、もはや耐え得なくなったのではないか。

 今は昔、叛にかぶれたこの国の若者を虜にした激しい思想があった。ぼくがたふれたらひとつの直接性がたふれると詩い、あらゆる共同幻想は消滅すべきであると宣布した断言命題。そこで語られていることは苛烈な倫理ではあるけど、論理の必然として解決不能の命題に自縄自縛されている。つまり絶対に実現不可能なことが宣明されたわけだ。

人間は、他の動物のように、個人として恣意的に生きたいにもかかわらず、〈制度〉、〈権力〉、〈法〉など、つまり 共同幻想を不可避的に生みだしたため、人間の本質的な不幸は、個人と共同性のあいだの〈対立〉、〈矛盾〉、〈逆立〉として表出せざるを得ないという点です。(『どこに思想の根拠をおくか』)

共同幻想も人間がこの世界でとりうる態度がつくりだした観念の形態である。〈種族の父〉も〈種族の母〉も〈トーテム〉も、たんなる〈習俗〉や〈神話〉も、〈宗教〉や〈法〉や〈国家〉とおなじように共同幻想のある表われ方であるということができよう。人間はしばしばじぶんの存在を圧殺するために、圧殺されることをしりながら、どうすることもできない必然にうながされてさまざまな負担をつくりだすことができる存在である。共同幻想もまたこの種の負担のひとつである。だから人間にとって共同幻想は個体の幻想と逆立する構造をもっている。そして共同幻想のうち男性または女性としての人間がうみだす幻想をここではとくに対幻想とよぶことにした。(『共同幻想論』)

 なぜ共同幻想の世界を生み出すのが不可避なのか。なぜそれはどうしようもない必然なのか。こういう存在の仕方は不幸だと吉本隆明は言う。「このような人間の歴史的な過程が、さまざまな時期に、さまざまな形でなされた抗議の表出にもかかわらず、不可避的に、現在の〈世界〉、〈制度〉をもたらした側面を認識するならば、この不可避性を止揚する過程もまた、普通、考えられているよりも、遙かに困難な、そして、過程をあやまりなく踏むことを必須とするはずです。つまり、すべての個人としての〈人間〉が、在る日、〈人間〉はみな平等であることに目覚め、そういう倫理的規範にのっとって行為すれば、ユートピアが〈実現〉するという性質のものではないということです。これらが人間の本質が〈不幸〉なものであるということの内容だとおもいます。ただ、この〈不幸〉は、〈不幸〉なことが識知された〈不幸〉であるために、究極的には解除可能な〈不幸〉ではないでしょうか。(『どこに思想の基準をおくか』)

 おそらくこの思想の難所を解く手がかりを吉本さんは持ちえなかったのだと思う。だから奇怪なわたしたちの生を照らす正定聚の場所を生涯追い続けた。そこから生を照射すれば別様の生き方が浮かび上がることを渇望しながら。
 ここに絡めて言えば、1990年に吉本さんと対幻想をめぐって表現の根っこについて対談をしたとき、吉本さんの思想は拡張できますよ、ということを申し述べた。吉本さんの世界認識の型は自己意識の外延表現でできています。自己意識の外延態は一人称、二人称、三人称として表現されます。この意識の範型をわたしは自然の第一次の表現と呼びます。自己意識の外延表現に閉じられているかぎり、自己幻想と共同幻想が矛盾・対立・背反することはなく、むしろ同期するのが自然です。この思想の型をひらくには存在概念そのものを拡張するしかなく、吉本さん、奥行きのある点という概念があるのです、とわたしは身振り手振りを交えて内包思想を説明しました。吉本さんがしきりに、あのう、そのう、あなたはいったいなにをおっしゃりたいのでしょう、と何度も問い返したことをよく憶えています。

 対談後の食事をしながらの歓談のとき、吉本さんが、ぼくはこの国は99パーセントが中流になると思っていますから、欠如や貧困に基盤をおいた思想はぜんぶ駄目です。森崎さんはどう思いますかと聞かれたので、即座にハイパーリアルになると思います、これから剥き出しの生存競争が始まりますといって、状況判断がすれ違いました。現実の世の中はわたしのいうとおりになりました。

 そのときのことをふり返ると、吉本さんの世界認識の方法では麻原も神戸の少年も擁護さるべき存在として、言い換えれば、市民社会の制約を超える錯乱としてとらえられていたのではないかと思う。そこには言明したことを風見鶏のようには翻さなかった思想家としての矜持と潔さがあったと思っている。

 それぞれの仕事が進んだときにまた話をしましょうということになり、それを果たすことなく吉本さんは旅立たれた。吉本さんの強靱な思考とは異なるべつの考えをつくるのにわたしは生涯の大半を費やした。『開店休業』の追想文を読んで、他者を自己の生存の手段にしない伸びやかな世界を吉本さんが逍遙遊していたことがわかり、すごく気持ちが楽になりました。

 フランちやんこと「フランシス子(♀)」 は、父の〝愛人〟と言われていた猫だ。 父が海老天の切れ端や牛井の肉を持って書斎に入るのを待ち構え、定位置の座椅子に座るやフランシス子も父の胡座の中に入り、父も噛んでやった食べ物を与えたりして、〝イチャイチャクと二人〟だけの時間を過ごしていた。フランシス子の目当ては食べ物ではない。食べてもほんの一欠けか舐める程度だ。フランシス子は他の猫とあまり交わらず、自分から甘えてこないので、私も特に構ってやらなかった。フランシス子は、自分だけに向けられた〝愛〟が欲しかったのだ。(中略)
 フランシス子は、二〇一一年六月に急性腎不全で死んだ。その時父の中で何かが終わった。〝守り守られる〟対の関係を喪失したのだ。妻も娘たちも最早その対象ではない。父にとってフランシス子が唯一、愛せば同等の愛を返してくれる対象だったのだ。
 その頃から父は眠りがちになり、半ば夢の中で思考するようになった。父が亡くなったのは、フランシス子の死から九ケ月後だった。(吉本隆明『開店休業』「フランシス子と父」ハルノ宵子』)

 そうか、吉本さんは飼い猫と恋愛をしていたのか。ほんとうだと思う。ちょっとうらやましい。
 正定聚と生存の最小与件と存在倫理をつなぎあわせたブログ文を書こうとしたけど、ハルノ宵子さんのいい文章に出会って、ああ、よかったなと思ったので、これで終わります。
 それではまた。。。

〔注〕オウム事件と、神戸の少年の事件の新聞掲載記事を再録します。当時はまだこういうヘンな記事が新聞に載っていたのです。いまは学級会新聞みたいです。

誰も書かなかったオウム-その愚劣を超えるもの

 言葉による行為が一連のオウム事件に関わるとき表現の器量が赤裸々に問われる。誰も書かないオウムがある。サリンによって、拉致されあるいはリンチで酷い殺され方をした者が、その無惨な死を何かに照らされて、ああそれならもう一度この死を生きる元気が湧いてくると笑ってみせる、そこまで言葉が届くときはじめてオウムの論評が表現として現成する。それが、ないものを創る表現という行為だ。またそこが眼を覆う惨劇が突きつけたことのほんとうの核心だと思う。
 オウムの愚劣を竦みあがらせる凛とした言葉が欲しかった。麻原彰晃と彼を尊師と仰ぐオウム真理教団の吐き気のする愚劣さを目の当たりにして、自身の言説へのとまどいをおぼえないこの国の八十年代以降の全ての言論人はさかしらな言論の敗北を潔ぎよく認め断筆せよ。するわけないか。
 私たちの日常感覚から隔たった常軌を逸する事件が起こるとマスコミはこぞって事件の猟奇性を煽りたてる。連合赤軍事件やイエスの方舟事件で当事者を狂人に仕立てあげ断罪したマスコミとマスコミに登場した学者・文化人の卑劣を私はまだ明瞭に記憶している。
 その反動で吉本隆明は「著作から判断して優れたヨーガの修業者」(「サリン事件考」『サンサーラ』95年6月号)だと麻原彰晃を擁護する。おお、なんと的はずれなことを言う。オウムの愚劣の核心はそこにあるのではない。マスコミの報道の姿勢がどうであろうとオウムに接した者が一様に神経を逆なでされ感受した、言葉にならないおぞましさと禍々しさがオウム真理教の核心であり本質なのだ。その余は野次馬の鳥瞰にすぎない。
 村上春樹の文学を現実のポジの象徴だとすると、オウムが裏側にネガとして貼りついていたということではないのか。そこを曖昧にしてきた15年分のツケがオウムで一挙に噴出したのだと私は考え始めた。根深い知の囚われが言説を拘束する。たしかに貧困を時代の背景とする表現はとうの昔に過ぎ去ったことだ。左翼理念は滅んだのに、しかし表現を時代の反映とみる理念の型はしぶとく生き残る。事件を社会の背景や病理から解釈する理念の型そのものがほんとうは問われるべきだと私は考える。
 人間の社会的存在のありようが意識を決定するという古い知の囚われが根底的な疑問にふされるべきだ。このふるい知の習慣を脱ぎ捨て、ここを体ごと突き抜けないと未知の生の様式は手にはいらない。生煮えの解釈を可能とする思考の習慣を大本からあたらしく創り変えないと表現はいつまでも現実に到達できない。そういうことばかり繰り返している。生が希薄になったのではない。生を感じる思想が貧血しているのだ。
 いま、時代の顔は貧血である。するとすぐに、豊かな社会で自我や生の実感がつくれず裸で漂流している若者といういかにもありそうなイメージがつくられ、そこに希薄な生の現在を象徴する社会病理が引き寄せられる。そしてそこにオウムの愚劣をあてはめるとオウムの狂気についてのもっともらしい解釈が成り立つというわけだ。まるで昔のプロレタリア文芸みたいじゃないか。いったいどうしたことだ。この錯誤の根は深い。
 若者がその時代の感性をもっとも鋭敏に身に浴びるのはいつの時代も変わらない。今は生の気配が希薄だからそこにあたかも新しいタイプの離人症が広範に育ちつつあるかのように誰もかもが思いたがる。世間の大人はそんな若者を見て覇気がないという。私は違うと思う。若い人の中でも目に見えない愛や憎悪や執着が激しく渦巻いている。ただ彼らはそれをどう表現していいのかわからない。
 若者の生が貧血して覇気がないように感じられるとしたら、それは大人のできあいのリクツがガラクタだからそんなものでは自分たちは熱くなれないともがいていることのあらわれにすぎないのだ。世の大人はそんな彼らを最近の若い者は根性がないときめつける。彼らは小さなニーチェを身をもって生きている。そうでなかったらオウムが起こるわけがない。
 オウム狂騒の最中、テレビに実名で登場した高橋青年はモザイクなしの映像で終始誠実に自分のオウム体験を内省し麻原彰晃を尊師と呼び、その存在感は世界有数のパワーをもっていると言って憚らなかった。誠実さは伝わるのだが、この青年はオウム経験の半分しか喋っていないと私はすぐに直感した。
 やがて隠された半分がめくられてリンチ殺人が報道される。リンチで殺された落田さんは俺だと実感した。やり残したことがあると気が咎めた彼がどういう気持ちで夜更けサティアンに戻り、彼の見開いた眼がそこで何を見たか。
 一瞬の昂揚のあと雪崩をうつように後退した全共闘運動の敗走期、私もまた同じ状況下にあった。何人か死ぬなという予感が脈を打ちドクンと世界が鼓動した。高橋君よ、麻原彰晃は義にもとると何故真正面からぶつからなかった。とことんやればいい。それが逃れえぬことだとしたら、誰に届くとも知れぬそこからしか一切が、そして何事もはじまらないのだ。世界にじかに触れるということはそういうことだ。私は偶然そこから生還したが、いいようのない感じがして言葉がない。
 オウム吊るしの野次馬としてではなく自己体験的にいえば、実直で真面目な高橋青年が崇拝する麻原彰晃の「魅力」とリンチ殺人にいたる振幅のなかに、サリン事件や拉致・監禁・人格と金品の強奪、その他の数多くのテロの、およそ人がなしうる愚劣の鍵がひそんでいる。得体の知れないものが私たちの中にある。私たちの短い永遠。私たちの小さなニーチェ。ささやかということの激しい夢。私たちの平坦な戦場を生き延びること。知識による行為がこの鍵を開けたことはまだ一度もない。
 死の雰囲気のたちこめる暗い地下室で彼らは何を想ったのだろうか。彼らはかつての私であり、いくぶんか今の私でもある。世間に融け込むのがぎこちない彼らはドラゴンボールの元気玉が欲しくてたまらなかったのだと思う。何か世界の芯のようなものが欲しかった。そのありふれたことがオウムの狂気のはじまりにあった。そしてすぐにかれらの顔から晴々とした表情が失せた。手にとるようにわかる。
 ひとは義を成就するのになぜ群れるのか。この謎はまだ解かれていない。連合赤軍の狂気を引き受けた者として、だから、私は彼らを断罪する。首謀者麻原彰晃の悪意と妄想と虚言とそれに踊った幹部達が公判を経て法の執行者からどういう刑を受けることになるか、それは私の知るところではない。
 私は生の全てが表現だと考えるから、麻原彰晃の声や表情やものごしから冷酷とかキワモノという言葉ではとうてい形容しがたい、彼が内に秘めているおぞましさをじかに体感する。彼の強烈な禍々しさを浴びて周囲はひとたまりもなかった。そして知識の行為がここに爪を立てたことはまだ一度もないのだ。
 私はかつてひとりでここをかい潜った。宗教とか神秘体験より遥かにふかくどうしようもないものが日本の底の底でとぐろを巻いている。つまり私は吉本隆明ほど脳天気ではない。それは理念からくるというより繋けた日のちがいに因るとしかいいようがない。
 バタイユでさえ錯覚した人類の激烈な性の発見から認識による生の貧血の不可避性という、近代に起源をもつ転倒したぬきがたい思考の型は、私の、〈狩るごとにふかくなる性があるから、「いま・ここ」にあふれる狂おしさを、そのつどまったく新しい生として繰り返すことができる〉という世界の知覚へとひらかれる。手にしたひとつの直観と実感から未存の新しい自然理念と固有の歴史理念が次第に形を現わしてくる。
 私は性を基軸にした、まっさらで熱にはぜる世界認識の、人類史的な構想が可能だと思っている。たぶんその中でだけ昏い呪的な麻原彰晃の眼がひらかれる。(『読売新聞』夕刊1995年7 月12日)

底冷えする事件のただ中で…

 神戸の小学生殺人事件の容疑者として14歳の少年が逮捕されてからひと月が過ぎた。
「ボクは殺しが愉快でたまらない」。何か嫌なものが体の中を電流のように駆け抜け、しだいに頭が底冷えしてくる。この事件のわかりにくさはどこからくるのか。私たちが暗黙に人間というものに抱いているイメージが根こそぎに損なわれてしまうことへの戦慄と戸惑い。それが繰り返し湧きあがってくる、わからない?何故?の由来だと思う。
 ほんとうは、どんな考えを持ってこようとこの事件には歯が立たないし、またこの種の犯罪が起こりうること、そしてそれを阻止しえないことを、私たちはすでに直感している。この無力感が事件の衝撃と動揺の芯にある。もしかするとこの事件に世界の壊れを予感しているのかも知れない。喉元が凍りつくこの事件の昏い衝撃を眼を背けずに直視し、狂気の核心に迫ることができないなら、考えることや表現の一切がパアだ。
 私はこの暗澹とした事件を根底から超える思想はありうると思う。「禁止と侵犯」がきりなく円環するのが私たちの歴史や現実の実相だが、ここには思いもよらぬ盲点がある。「汝殺すなかれ」ではなく、人を殺すということを思いもつかないような存在のあり方を観念の力で創ればいいのだ。途方もない夢には違いないが、私はそれが可能だと思う。
 おそらくこの事件の解釈は大きく二つに分かれると思う。一つはこれは生まれつきのサイコパスによる猟奇事件であって、私たちの日常とは関係のないことだと考えて、狂気を正常から排除することで、事件を始末しようとするやり方だ。生まれつきの異常は脳の回路の異常や多重人格説に結びつけられて説明されるに違いない。
 もう一つある。モノの豊かな社会で生のリアルさを喪失した若者に特有の社会病理と見なす考え方がそれだ。現代社会の抱える空虚さや生の希薄さの原因を、教育の荒廃や、家族の崩壊や、現実と仮想現実の相克のうちに求め、狂気の病巣を抉ろうとする方法だ。
 果たしてこの事件は現代の社会の歪みが生みだしたのだろうか。あるいは人類創生の起源の闇が先祖帰りして再現されたものなのだろうか。サイコな少年の呪的な儀式と呪文はそのために必要だったのだろうか。
 どの切り口にも幾ばくかの真実があり、しかしこれらの誘因をどれだけ集めても決して狂気の核心に迫ることができないという気がしてならない。この事件はたかだかここ数十年の急激な社会の変貌とのからみのみで解けるはずがない。少年の突きつけたものは人間や社会の成り立ちそのものの根本を問い、揺るがす深度を持っている。
「酒鬼薔薇聖斗」を名乗る少年は書いている。「殺しをしている時だけは日頃の憎悪から解放され、安らぎを得る事ができる。人の痛みのみが、ボクの痛みを和らげる事ができるのである」。私たちの神経を最も逆なでしたのがこの箇所だ。彼の言葉からはまるで内面というものが感じ取れない。とうとうここまで来たのか。社会へ復讐を告げる言葉がその社会と同じ顔つきをしている。つるんとした仮面のような呪詛の言葉はドストエフスキーの『罪と罰』よりはるかにリアルな衝迫力がある。冷たい狂気がモノのように転がっているというべきか。
 あるとき何かをきっかけとして少年の世界が少しずつこの世とずれ始めた。しかしあるところまでは追体験可能な彼の世界がグニャリと歪みこの世からはみだしてしまう。私たちの戦慄と戸惑いはそこで起こる。そのとき彼はすでにこの世にはいない。彼が引き起こした事件が常軌を逸しているだけではない。彼が尋常ではないのだ。それは彼が狂人だということではない。彼は狂人ですらない何者かなのだ。
 殺すなかれという原初の掟も、脳や社会の病理への還元論も、善悪の彼岸に超え出た彼には届かない。なぜなら彼はそこをすでに生きたのだから。彼は人間の埒外にあるが、しかし、まぎれもなく人間である。この事態をどう考えたらいいのか。私たちはどうしようもないジレンマに陥る。
 ここにもう一人、白日の深い闇に堕ちた男がいる。死刑囚ピーウィーという。百名余を惨殺した性的猟奇事件の犯人だ。彼は刑執行の直前に告白する。「うまく説明できればいいんだが、言葉じゃなにも伝わらない。おれのやってきたことを実地にやってみないかぎり、理解することなんかできっこないのだ。たとえばおれがこう言って、あんたらにその意味が分かるだろうか?…、だれもおれにはさわれない」。そして最後の瞬間、改悛のかけらもなく言う。「おれの名前は永遠に生き続けるだろう。連中が善と悪について語りつづけるかぎり」。
 身震いするような言葉だ。同じとは言わないが、誰もサイコな少年にさわれない。神戸の少年殺しは一切の事後的解釈を拒んでいる。この事件は、「殺すなかれ」という規範の絶対の根拠を、個人も社会もそれ自体の内部に持っていないということを裏側からめくってみせた、そういう生々しい出来事なのだ。
 私たちの歴史が培ってきた、自分という存在を自明のこととする存在論の欠陥に事件の発端があるのではないかと私は思っている。彼は自分という存在に強い執着があった。それは声明文のなかに「自分」という意味で「存在」という語を六回使っていることからわかる。しかし「透明な存在」を生きる「ボク」の存在を彼が疑うことはついになかった。彼は存在を自己が所有できると考えた。
 そうではない。存在するという信じがたい驚異は自分が所有するとか社会や現実に還元できるようなこととは全く違う出来事なのだ。彼の自分という存在へのこだわりには徹底して他者が不在である。他者のまなざしが欠落した「ボク」に人は「野菜」としてあらわれた。
 このような存在論の錯誤は、私たちが人類史の起源から抱え込んできたものであり、この錯誤を極限化した場所に、少年の狂気が芽を吹いたのではないか。その意味では、少年の心の風景は、私たちの社会の現実と地続きなのであり、この事件がひとごとではないのは、この一点でしかない。
 人であることのはるかな深みで熱く息づくものがある。〈わたし〉とは自分に先立って他者へと結びつけられている存在のことではないのか。存在の分かちがたさを分かち合うことに人間であることの根源的な由来があり、その心映えのあらわれが自己であり他者なのだ。そこにこの世界のどんな深いものより深い豊穣な生の源泉がある。
 もしも私たちが他者を内包する存在を風のように生きることができるなら、そこがこの痛ましい事件から最も遠い場所だ。そしてそこにほんとうの意味で現代の病理や空虚を超えて生を肯定する、空の鳥や野の花が色めき匂い立つ元気の素があると私は思う。足下にある彼方へ!
 私たちは底冷えする事件のただ中でこう夢を語ることもできる。これが希望でなくてなんだろうか。(『夕刊読売』1997年7月28日)

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