日々愚案

最後の吉本隆明

81+wiflCzVL__SL1231_ 「都市論としての福岡」は桜井孝身・友納英毅・森崎茂の共同編集による雑誌『パラダイスへの道91』に掲載された。この福岡での講演は前年に私と吉本さんとの間で行われた対談の延長上にあった(対談は『パラダイスへの道90』に「対幻想の現在~疎外論の根源」として収録)。講演後の打ち上げパーティでのこと。踊る吉本さんがその夜出現した。九州派の怪人絵描き桜井さんに手を引かれて、参ったなあといいながらあの吉本さんがライブバンドのロックンロールに合わせてステップを踏んだのだ。一期一会の出来事ではなかったかと思う。忘れがたい吉本さんの肉声や情景のひとつがそこにあった。

 すぐれた思想は良質の陶土のようなものだと思っている。読み手の関心の所在や深さによって自在に変形可能だということ。これが生のリアルを秘めた思想の条件ではないか。吉本さんの思想からあらゆる概念を削ぎ落としていくと最後に何が残るか。私の考えでは生存それ自体を価値とする思想ではないかと思う。吉本さんはそのことを大衆の原像や理念としてのふつうという言葉で言ってきた。

 おそらく生についてのこういう感得は言語によるものではない。もとより思想は知識ではないし、知識の極北にある生きられるリアルのことにほかならない。吉本隆明の生涯を突き動かしたものはこのリアルを言葉で言い表したいという衝動ではなかったのかという気がする。

 吉本さんのこういった生の感得に太平洋戦争の歪みのエネルギーの総体が応力として作用し、彼は空前絶後の壮大な思想を構築した。吉本さんもまた時代の申し子であるが、彼の思想がそれを生んだ時代を突き抜けて魅力的なのは大衆の原像を価値の根源とみなす思想にある。生存の最少与件以外に価値となるものがないとする非知の思考。底が見えない深くてリアルな倫理。

 「市井の片隅に生まれ、そだち、生活し、老いて死ぬといった生涯をくりかえした無数の人物は、千年に一度しかこの世にあらわれない人物の価値とまったくおなじである」(「カール・マルクス」)。これが吉本さんの思想である。理念それ自体が可能性としての倫理をふくみもつ凄い思想だ。残余はこの価値概念を損ねる者たちへの反撃の軌跡であったとみてよい。彼は血煙をあげながら疾走した。若い時分、吉本さんの情況への発言に共振し、鼓舞され日を繋いだ。

 彼にとって大衆を基本にすえる理念を創りうるか否かが思想の全てであった。「歴史の究極のすがたは、平坦な生涯を〈持つ〉人々に、権威と権力を収斂させることだ、という平坦な事実に帰せられます」(『どこに思想の根拠をおくか』)。

 しかし途方もなく生成変化する現実を前にして彼の胸中に不安と疑念が去来する。「もしかすると人間は無意識のうちに歴史を作成してきたが、意志をもって歴史を創出するのに適さないし、耐ええない存在ではないか。それが自己欺瞞の体系を世界大に拡大し、いま自らその深い穴に陥没しつつあるのではないか。人間という概念は事実という概念とまったく等価なものにすぎないのではないか」(『死のサルトル』)。たぶん誰もが同じ場所に立っていると思う。

 なぜそこまで大衆にこだわるのですかという問いに答えて言う。「ひとつには大衆の英知というのは基本的に信頼できる。大衆のいい部分も悪い部分も含めて、その凝縮されたものが、どうにか少しずつよくなっていくということが基本にないならば、歴史ってものはいらないじゃないか、と思うからです」(「夕刊読売」1991年10月13日)。

 吉本さんの言葉を借りれば、帰りがけの視線として「大衆」が語られているわけなのだが、どんなに現実の大衆と理念の大衆を分離しても「倒錯と困難と奇怪さ」が止むことはないというのが私たちの実感だ。倦まず思考を進める吉本さんはぎりぎりヴェイユの匿名の領域に接近する。「ヴェーユは『歴史上、偉大な人たちはたくさんいる。そういう人たちのことは、ちゃんと記録にも残っていて、誰でも知ることはできるけど、真に偉大なものは、さらにその彼方にある』といったんです。・・・そこは〝無名の領域〟です。・・・『価値の源泉とは何か?』といえば、やっぱりそこだよって。僕にとっては、ヴェーユがいってることは、自分を支えるつっかい棒になっていますね」(『超「20世紀論」』)。

 吉本さんの思想の根幹である大衆の理念と、ヴェイユがいう歴史上の偉大なことの遙か彼方にそういったことと深淵でもって距てられて存在する匿名の領域とは、しかし全く別物である。この違いが吉本さんには分からない。親鸞やヴェイユにとって信と非信という分別はすでに消滅しているのだ。

 世間からの石つぶてを百も承知で、オウム―サリン事件の首謀者麻原彰晃を現存する世界有数の宗教家と呼び、親鸞の造悪論理解の新機軸を打ち出した吉本さん。実感的に考えさせられたと彼は言う。「悪をすすんでつくる『極悪深重の輩』をじぶんの〈善悪〉観のなかに包括できるという確信をもてるようになるまでかんがえぬいて、それで『善人なほもて往生を遂ぐ、いはんや悪人をや』ということを言ったんだというふうにぼくはかんがえてみました」(『宗教の最終のすがた』)。

 理路は追えるが腑に落ちない。あるいは9・11事件を契機にテロリストの殲滅を戦略とするブッシュの米国を世界最大のならずもの国家と罵倒し、「人間が存在すること自体が倫理を喚起する」「存在倫理」(「存在倫理について」『群像』2002年1月号)という理念を発明する。せっかくの根元理念が躍動しない。いずれの理念も市民社会からの超出を渇望する吉本隆明さんのまぎれもない意志のあらわれなのだが、意識の呼吸法にどこか無理がありひずんでいる。同じように理念としての大衆と現実の大衆のあいだにはねじれが生じてしまう。なぜこういうことになるのか。吉本さんの思想がはじめから生の不全感を抱えこんでおり、それを保存したまま世界を巻きとってきたからだと思う。

 最後の吉本隆明さんの三願転入を秘かに夢想する。小林秀雄の『本居宣長』を評した吉本さんに倣っていうと個人倫理や社会・国家倫理を遡源し最後に到達した場所が存在倫理というのは思想の階梯としてあべこべだったのだ。

 私が申し出、吉本さんが無償で引き受けられて成った15年前の対談のことを思い起こす。そこで私は吉本さんの思想の全体系は自己意識の外延表現として括ることができ、もっと違った意識の呼吸法がありうるのではないか、それは奥行きのある点という概念として拡張できるというようなことを申し述べた。

 今はもっと簡明に言うことができる。吉本思想が三願転入する場所だ。吉本さんの思想は拡張可能だと思う。吉本さんの、大衆を基本にすえた理念としてのふつうから「衆」を抜き去り、喰い、寝て、念ずる、生きることの恒常性を生の原像とすればいいのだ。「衆」を媒介とするかぎり思想の自立はなく、意識は特異的に閉じられる。それが生の不全感を象っている。

 生の原像には俯瞰視線も役割論もない。ただ生きることの当事者性のみがある。マルクスの経済論に自身の幻想論を対置し思想の総合化をめざした吉本思想が必然としてはらむ分裂や矛盾や空虚の解消まであと一息なのだ。

 非信もまた信のひとつの姿だから、堅固な非信の立場から信の場所を解体するのではなく、信と非信を分かつ信の構造そのものを「存在倫理」からひらくこと。いつもすでにその上に立っている自己の他者性を分有することによって初めて自己の自己性が析出されるのだと私は考えている。

 自己の他者性とは根源の性にほかならないが、この根源の一人称を自己同一性に封じ込めたとき事後的に自己や家族や宗教という一群の観念の形式があらわれたのだと思う。同一性に監禁された生を存在の彼方から描くこと、吉本さんはこの最後の場所に立っている。

〔注〕この文章は、『吉本隆明全講演ライブ集 11都市論としての福岡、その他』(弓立社2005年)の解説の再録です―森崎茂

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です